友の真実
三題話
お題
「待ち合わせ」
「なじみの店」
「雰囲気変わったね」
喫茶店に入り中を見渡すと、一番奥のテーブル席に独りで座っている女の子と目が合った。
その子は俺に気が付くと立ち上がり、手を振って笑顔を見せた。俺も片手を上げながら笑顔を作り、テーブルまで歩く。女の子の向かいの椅子に腰掛けたところで、店員が氷水の入ったコップとおしぼりを目の前に置いた。
アメリカンコーヒーを注文して、水のコップに口を付ける。
冷たい液体が胸元をひんやりと通り過ぎていった。
「久し振りだね、ハク。わざわざ来てくれてありがとう」
「ん、こっちに帰って来て暇だったから、ちょうどよかったよ」
目の前の女の子――ナナは毛先を触りながら目を伏せた。
「髪、短くしたんだな。なんか、雰囲気が違ってて一瞬分からなかったよ」
「……うん。高校の入学式の前にばっさり切っちゃったの」
彼女の物悲しげな苦笑いにはどういう意味が込められているのか。中学の頃は胸の辺りまであった彼女の髪は、今では肩にも届いていない。これだけで別人のように見えてしまうのだから不思議だ。
注文したアメリカンコーヒーが運ばれてきて、角砂糖を一個沈める。スプーンでかき混ぜるとあっという間に消えてなくなってしまった。
「ハクが戻ってきたのは、やっぱり今日のため?」
「……ああ。それに、ちょうど春休みだからというのもあるけどな。もう一つの理由としては、正月に帰らなかったから親がうるさくてさ。あと一週間くらいはこっちにいるよ」
「そっか。それで、あの子の家には行ったの?」
「いや、あの場所に花を置いてきただけだ。……もう、四年も経つんだな」
コーヒーと口に含むと、とても苦く感じた。
「四年、だね」
ナナは冷めた紅茶に口を付けて、深く息を吐いた。
「このお店はね、トモと二人でよく来てたんだよ」
「へえ。中学生なのにシャレてたんだな」
「たまたまトモの従姉がバイトしてたからだよ。さすがにもういないけどね」
「そうだったんだ。それで、今日は何の用なんだ? ただ会いたかった、というわけではないだろ」
俺が尋ねるとナナは俯き、数秒の沈黙の後、ようやく顔を上げて口を開いた。
悲しげに揺れる瞳が胸のざわつきを大きくする。
「えっと、ハクに話したいことがあるの」
「……なに?」
「あのね、えっと……トモが自殺したのは、私のせいなの」
「バカ言うな。トモが死んだのは事故だろう?」
四年前、中学の卒業式を目前に控えたある日の朝。黒泉友は交通事故に遭いその命を落とした。制服の女の子がフラフラと車の前へ飛び出したという目撃証言もあったらしいが、運転手が酒気帯び運転で逮捕されたはず。俺は、その後のことは何も知らないが。
「――私の、せいなの」
それなのにナナはあれが自殺で、自分のせいだという。
そして泣きそうな顔のままゆっくりと過去を語り出した。
◇
初めは、トモがハクのことを好きだったの。
でも一人で話しかける勇気はなかったから、私と一緒にハクと話すようになって、仲良くなって、それだけでトモは幸せそうだった。
あの子、一年の頃から気になってたんだって。なのに話せるようになったのは三年になってから。卒業したら離れ離れになっちゃうかもしれないから、危機感とか焦りとかがあったのかな。
……引っ込み思案が過ぎるっての。
そんな子だったから、私はこの恋を応援してあげたいって思った。
でも、不思議だよね。いつの間にか私もハクのことが好きになってた。
それまで全く気に掛けてなかったのに。むしろ他に気になってる人がいたのに――ね。
もちろんそのことはトモには黙ってた。だって、言えないよ。親友の好きな人を、私も好きになっちゃった、なんて。
それが私の卑怯なところ。
突然ハクを奪っちゃったんだから。
実はね、トモは卒業式の日に告白しようとしてたの。それならもしダメでも、高校が違えば吹っ切れるからって。そんなことで吹っ切れるのかってつっこみたかったけど。
それにこの話をしたのは夏休みだったの。半年先の予定を立てるなんて、それだけ心の準備に時間が必要だったってことかな。私にそれを話したのも、自分を奮い立たせるためだったんだと思う。
そこまでわかっててトモより先に告白しちゃうなんて、私はホント嫌なヤツだね。
でも、私は断られると思ってたんだよ?
だってハクがトモのことを気になってるのは丸分かりだったんだから。そう、トモとハクは両想いなんだって、わかってた。
なのにハクは私の告白を受けて付き合い始めちゃってね。
トモ、すごく怒ってた。ハクの前では笑顔でいたけど、二人になるとずっと睨まれてた。
毎日毎日、毎日毎日毎日、同じことを聞くの。
『どうして? ナナちゃんは友達なのに、どうしてそんなことをするの?』
どうしてって、私も好きだったからだよ。確かに年季は負けてるし、でも、好きって気持ちは本物だったから。トモには申し訳ないって思ってたけど、早い者勝ちってこと。そもそも私の告白は失敗する予定だったし。
私はハクと恋人になれて嬉しかったから、トモにどれだけ文句を言われようと平気だった。勝者の余裕ってやつだね。
わざとトモの前でハクといちゃいちゃしたり。どうせトモはハクの前では笑顔でしかいられなかったから。そうすると後が怖くてね。ハクがいなくなると途端に豹変するの。何度か掴み合いになったりしたよ。
でもさすがの私も罪悪感はあったから、トモにどんな嫌みを言われても何も言い返さなかったよ。
本当の本当に申し訳ないと思ってたから。それ以上に幸せだったからかもしれないけど。
それでも、我慢にも限度があってね……一度だけ、言い返したことがあったんだ。
『負け犬のくせに私の邪魔しないで! ハクは私のものなんだから、私達の前から消えてよ!』
これはあの事故の、前日のことだった。あの時のトモの顔は忘れられない。
今にも泣きそうな、そして怒っているような、そんな顔。
夜に電話が掛かってきたけど、無視した。その後『ごめんね』ってメールが届いたけど、これも無視した。
あんなヒドイことを言ってしまって後悔してたけど、私も意地になっててトモからの連絡は全て無視したんだ。
……だから、ごめんなさい。トモが死んだのは、やっぱり私のせいなの。
ハクが私のことを恨んでも、それを受け入れるよ。当然のことだもん。
でも最後に一つだけ聞かせてほしい。
どうして、私と付き合ったの? ハクはトモのことが好きだったんでしょ?
◇
彼女が目に涙を溜めながら話した独白に俺は黙って耳を傾けていた。
いつの間にか湯気が立たなくなってしまったコーヒーを飲むと、不思議と苦味は感じなかった。
かたかたと、手の震えを感じる。
「俺は――」
トモのことが、好きだったのだろうか。
今となってはそれすらもわからない。
友の真実