血肉となれ

道連れ

カーテンを開けると、朝の眩しい陽光が目に突き刺さった。とっさに目を細め、手で陽を遮ったが、しばらく目が開かなかった。
数分後、体を起こし、朝食の準備をする。寸分の狂いなく並べられた食器棚から、ナイフとフォークを取り出した。
靴磨きが使う台の上にテーブルクロスを敷き、その横にナイフとフォークを起き、どちらにしようかと悩んだ末、自分の“右足”を台に乗せた。
ナイフを手に取り、親指と人差し指の中間を切っていく。薄くではなく、割と分厚く、食べ応えのあるサイズに切り出したら、フォークを手に取り、口へ運ぶ。
咀嚼、咀嚼、咀嚼。
肉のあった場所をガーゼで補強して、朝ごはん終了。

生まれた頃の話をさせて下さい。
まだ俺が純粋だった頃の話です。

物心つく前に両親を殺された俺は、まだ恨みなんて抱けるわけもなく、施設で幸せそうに暮らしていた。
ただ、その当時からポッカリ空いている穴に、肉を詰めなければいけないと本能的に感じ、ナイフとフォークの使い方を覚えてすぐ、俺は自分の足の甲を食べ始めた。最初の頃は痛みとの戦いだった。怪我をすると痛いとか、そんな話ではない。長期にわたる痛み、歩き辛さがしばらく続いた。
自分の肉を食べ始めて3ヶ月目くらいの夜、俺は恐ろしい夢を見た。
全身に穴が空いている何かに追われる夢。そいつは確かに俺を喰らおうとしていた。その意思を明確に感じ取った俺は、逃げるのをやめ、そいつに立ち向かった。肉の喰らいあいの末、俺が喰らい勝った。口と骨だけになった何かが俺に向けて言った。
『俺は痛覚と出血を喰らい尽くした。これでお前は痛みに耐えることなく、肉が喰らえるぞ』
その言葉と同時に目が覚めた。大量の汗をかいていて、ベッドが少し濡れていた。
その夢のあとから確かに痛みを感じなくなった。怪我をしても血が出ることはあまりなく、傷もすぐに癒えた。なんと便利な体だろうと、神に感謝した。

15歳の頃、俺は本当の両親が殺されたということを知った。だいぶ遅めだと思うが、それまで俺は外に出されることがなかったから知る由もなかったんだ。帰巣とでもいうのか、俺は外に出て真っ先に我が家へと帰ってきた。幼い記憶の端を辿ってたどり着いたそこは、黄色のテープが貼り巡らされた廃墟になっていた。
図書館でこの街の過去を遡り、俺は事件の真相を知った。

それからは早かった。
独自の情報網を築き上げ、警察の目を掻い潜ってきた犯罪者達の裁きに身を置いた。

いろんな犯罪者の声を聞いた。
でも全て無視した。
お前らの戯言なんて聞きたくなかった。
人を殺したことに変わりはない。
その罪が消えることは一生ない。
そんな罪をもう背負うことはない。
1人、また1人と、楽にしてやった。
そして喰ってやった。
夢で見た化け物のように、俺は犯罪者達を喰らい尽くした。
ナイフで刺されても、銃で撃たれても俺は死ななかった。
怯えた彼らは黙って俺に殺され、喰われた。
それでいいんだ。
血肉になれ。

数十年の月日が流れた。犯罪者達を喰らい続けて数千人。もう数えてはいない。そして何年たっても、犯罪は無くならない。
それを悟った俺は、静かに出頭した。
『犯罪者喰らいの狂人がついに出頭』
そんな見出しの新聞が出てらしい。

死刑まではあっという間だった。
3ヶ月、牢屋で過ごし、自分の肉を喰らいながら本を読んで過ごした。外の世界のガヤがない独房は、異常なほど静かで、心地よかった。
「398番、最後の晩餐だ。何か食べたいものはあるか？」
死刑執行の日。お世話になった看守さんが笑顔で俺にいった。
「そうだなぁ…人の肉以外の肉を食べたかった人生だった」
「そうか。なら、他の肉を用意してやろうか」
「いや、いいんだ。そういう意味で言ったんじゃない。俺は今日も足の甲を喰らう。最後だから食べたいものを食べる。そんなことをしてはこの世に未練を残してしまう」
「そうか。分かった。お前の話、おもしろかったよ。あの世でも元気にやれよ」
そう言って、看守の人は下がっていった。

頭を麻袋に入れられ、4.5人の人に手を引かれながら、俺は処刑台にセッティングされた。首に縄を括られ、その時を待った。
「何か言い残したことはあるか？」
無機質なスピーカーからその声は発せられた。
「俺はこれからどんな感じで死ぬのか教えて欲しい」
「絞首刑だ」
「なるほど。この妙に弾力のある床は開くのか」
「そうだ」
「そのボタンは誰が押す？機械か？それとも話しているあんたか？」
「…機械だ」
ややあって、スピーカーからあからさまな嘘が発せられた。
「そうか」
俺はそういって、目を閉じた。
数秒後、足元が崩れ落ち、俺は宙ぶらりんになった。

死刑が執行され、398番はこの世を去った。
宙吊りになり10分間。おろされ、麻袋を取った彼の顔は、満面の笑みを浮かべていた。