彼女にとって一番の(作・ゆどおふ)

彼女にとって一番の

 彼女と僕が初めて顔を合わせたのは大学1年の後期の事だった。僕のバイト先に新人として彼女が入ってきて、研修期間中の指導スタッフに僕が選ばれた。
1年の前期には同じ授業を受けていたこともあり見かけることはあったが、同じ学部という訳でもないので親しくもないし、なろうとも思わなかった。
ある日の授業でグループワークでは、彼女と僕が同じグループになることになった事があった。グループワークと言っても各々が調べてきたことをレポートにして提出するだけの単純作業。程なくしてレポートは終わり、グループは解散。そこから何かあるわけでは無いし、彼女が僕を覚えているはずもない。
しかしながら、彼女はそんな薄情な人ではなかったらしい。僕の名前も授業で一緒になった事も覚えていた。それからはバイトの休憩時間や、学校でもよく話すようになった。
そんな事もあり、ある程度仲良くなって、彼女は僕の誕生日にプレゼントをくれてお祝いしてくれた。なのでお返しとして誕生日プレゼントに何が欲しいか聞いたところ……。

「そうだなぁ。あ!日本で1番の桜が見たい!お花見に連れてって!!」
そんな彼女の一言で全てが始まった。

「日本で1番のサクラが見たい。」
それが彼女が僕に要求してきた誕生日プレゼントだった。
今年は3月に入っても暖波は遅刻、寒波が残業させられている。そのため桜の開花が例年よりも2週間ほど遅れていて、4月に入ってしまった今でも問題なく桜を見ることは出来るとは思うが……。
それにしても、いったい彼女は日本にどれだけお花見の名所があると思っているのだろうか。「花見 名所」で検索しただけでも95万件以上ヒットすると言うのに。
さらに、彼女のことだから……
「他人の決めた基準で評価された『日本一』って、必ずしも私にとっても日本一とは限らないよね。」
やっぱり…。そんな事を言い出しら『日本で1番の桜』を見つけるのに何年かかるか分かったもんじゃない。
彼女は僕の考えなんてお見通しと言いたげな、いたずらっぽい笑顔を浮かべながらこう言った。
「なに?こんなに可愛い女の子が一緒にお花見に行ってあげようって言ってるのに、なんか文句あるの?」
本当に可愛い女の子はそんな事言わない、と言いたいところだけど容姿端麗、運動も勉強も人並み以上にこなしてしまう、そんな明るく無邪気な性格の彼女は大学でもそこそこ人気がある。彼女にあたって砕けた勇者は両手の指で足りるだろうか。
そんな彼女と一緒にお花見にでも行ったと知れたら、今後の大学生活がどうなるか分かったもんじゃない。
まぁ、そんなことを言って他の物にしてくれなんて言ってしまったが最後どんな高価なプレゼントになるかわからないので、ここは彼女の意思を尊重し週末にでもお花見に行くことにしよう。

そしてやって来たのは千鳥ケ淵公園。都内でも有数の桜の名所だ。この週末で丁度満開となった桜を一目見に多くの人で賑わっている。
お堀では男女が薄ピンク色に染まる木々の下でボートに乗りながら楽しげにお話。傍から見ると僕らも週末にデートに来ているカップルにでも見えるのだろうか。
そんなことを思っていると彼女が僕の手を引きどんどんボート乗り場へと近づいていく。気づいた時には水上で波に揺られていた。
「あははっ、ボート漕ぐの下手すぎ。」
お腹を抱えながら笑う彼女。しょうがないだろ、女の子とボートに乗るのなんて初めてなんだから。それだけじゃない、女の子と手を繋ぐなんて幼稚園の遠足ぶりだし、デートだって初めてだ。
「ここの桜は私にとって日本で一番じゃないかな。ボートも最悪だし。人も多いからゆっくり桜を楽しむこともできない。」
残念ながらここの桜では彼女を満足させることは出来なかったらしい。ごめんな千鳥ケ淵の桜たち、お前らに罪はない。
さて、彼女にとっての日本で一番の桜探しが白紙に戻ってしまった。今年中に見つけることが出来るだろうか。
そんなことを思っていると、さらに彼女はこう続けた。
「でも、君と一緒にいるのはいいね。」
「なっ……。」

――いきなりのことにフリーズする。
「あ、やっと声出した。デートなんだから少しくらい話してくれてもいいんじゃないかな?」
なんの脈絡もない台詞が彼女の口から流れ出た。斜め上をいく発言に驚いていると……。
「なに?せっかく声が聞けたと思ったら、まただんまり?」
「え……あぁ、いや突然すぎて……。そうか、だからボートに乗ったのか。」
やっと声が出た。
「うん。ボートに乗れば2人だけだし、話してくれるかなぁって思って。君の声初めてしっかり聞いたかも、うん、好きだな。その声。」
「そんなこと言ってると勘違いされるよ。それともそういう人だったの?」
「軽い女だったのかって?ひどいなぁ、結構本気なんだけど。」
ジッと目を合わせながら彼女が放ったその言葉が嘘だとは思わなかった、と言うよりも、思えなかった。彼女その真剣な眼差しが、声が、僕の思考を停止させる。
「そ、それはなんと言うか……。」
嫌じゃない、いや、むしろ嬉しい。誰かに好きだと言われることに少しだけ喜んでいるのは間違いじゃない。それに気づいた瞬間に彼女から視線をそらす。
「あれ?照れちゃった?意外と可愛いところあるんだ。」
また、このいたずらっぽい笑顔だ。ダメだ勘違いするんじゃない僕。あの笑顔にもあの言葉にも深い意味は無い。無いに決まってる。ここで勘違いしたら後悔する。
「うるさいな。いきなりそんなこと言われたら誰でも恥ずかしいに決まってるだろ。」
頭の中をグルグルと回っていた邪念を吹き飛ばして、何とか反論を口に出す。
「へーそうなんだ。これから楽しみだなぁ。」
「は?何言って……。」
「え?だって日本で一番の桜が見れるまで、また一緒にお花見行ってくれるんでしょ?」
これは……、上目遣いにお願いしてくるのはずるい。だってこんな状況で拒否できる男はまずいないだろう。
「しょ、しょうがない、このままだと後味の悪いから……まぁ、付き合ってやるよ。」
「うん、ありがとう。」
そう言った彼女の笑顔は今までのものとは違う、本当に嬉しそうな、純粋な笑顔だった。


「今年は3月だったね。」
「あぁ、でもまだ肌寒いなぁ。」
彼女との1回目の花見から1年が経った。結局去年の春に日本で一番の桜は見れなかった。またこの時期がやって来て彼女が花見の場に指定したのは千鳥ケ淵公園だった。そして去年と同じくボートに揺られている。
「あの後、桜前線を追いかけながらお花見したの楽しかったなぁ。」
そう、去年は日本で一番の桜を求めて日本を北上して行って、最後には北海道の五稜郭までいってしまった。
「週末は君と一緒に出かけるもんだから、友達には裏切り者扱いされたよ。」
僕が苦笑しながらそんなことを言うと。
「まぁまぁ、その友達とは今でも仲良くしてるんでしょ?」
その言葉に渋々頷く。
「それに、私も気づいたことがあるから……。」
珍しく彼女が口篭る。何を言いたいのだろうか?また突拍子もない事じゃなければいいけど。
「日本で一番の桜見られたから。」
「え?てことは千鳥ケ淵が日本一だったってこと?」
「違うの、そうじゃなくて……。」
また口ごもってしまった。でも先程とは違う。何か恥ずかしそうにこちらをチラチラと見ている。
まさか、そんなベタな話あるわけが無い。そんな都合のいい話。1年前に期待した、あの勘違いがこんな形で現実になるはずがない。
そんな風に心の中で、自分の自惚れにツッコミを入れていると、彼女は意を決したように口を開く。
「君と見るのが日本で……ううん、世界で一番の桜だったって気づけたから。」
彼女が頬を染めながら、恥ずかしそうにハニカミながら、そんな夢にも思わないことを言い出すものだから、僕はそのまま、彼女を見つめたまま固まってしまう。

――ダメだ、頭が動かない……。
そう言えばこんなこと前にもあった、たしかこう、前はもっと軽いと言うと語弊があるが、もう少し控えめな言葉でフリーズした気がする。その程度ならこの1年大学で過ごす中で慣れた。だけど、今回は今までにないワンランク上のハッキリとした言葉。
「な、なんか言ってよ!無反応なんて恥ずかしいでしょ!!」
そんな彼女の言葉で我に返る。
「夢かと思った、いや思ってる。」
「え?信じてないの?去年から言ってたのに……。」
「だって、あれは冗談だと思ってたから。」
それを聞いた瞬間彼女が大きなため息を吐いて言った。
「やっぱり、そんな事だろうと思った。」
「ごめん。」
「別にいいよ、もう過ぎたことだから。で?」
――で?とは?
「だから、君にとって私と見る桜はどうだったの?」
「あ、あぁ……。まぁ楽しかった……と思う。」
「なにその曖昧な返事!?本当に君って人はひどいな。」
またもため息。
「しょうがない、しっかりとした感想が聞けるまで来年も、再来年も、そのまた次の年も、一緒にデートするから、覚悟しといてね!」
「え?それって花見じゃなくなってるんじゃない?」
「いい?」
彼女の笑顔が怖い。こんなにも見ていて安心できない笑顔は初めてだ。
「はい、よろしくお願いします!」
――即答だった。
「うん!よろしく!」
彼女は満足したのか、さっきのものとは全く違う、とても幸せそうな一年前にも見たあの優しい笑顔で頷いた。

彼女にとって一番の(作・ゆどおふ)

彼女にとって一番の(作・ゆどおふ)

お題「桜」で書かれた作品です。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-24

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