ヴァンパイアはかく語りき
地下への階段を降りて重たいドアを開けた。
中から優しい明かりが漏れ、足を中に踏み入れ当たりを見回した。
クラシックな落ち着いたインテリア。カウンターの正面の棚に並ぶ酒類と葉巻。白髪で髭を蓄えた男がグラスを磨いていた。
ーーそう、ここは都内某所のバーだった。
ふと、カウンターに目的の人物がいるのを見つけた。
「お待たせし、成亮」
私は目的の人物である彼の隣に座った。
彼は大丈夫だよ、と笑った。
雪のように白い肌、闇を削り出したように黒い髪と瞳。まるでこの世界の人間ではないような雰囲気を持っていた。
「悪いな、急に呼び出して」
「気にしないで、それよりどうしたの?」
「聞いてほしい話があるんだ」
「聞いてほしい話?」
成亮は静かに頷いた。
「貴方の昔話かしら」
と、軽く茶化すと、彼はほんの少しだけ苦笑した。
「いや、俺のことじゃないんだけど・・・少し長くなるけどいいか?」
「えぇ」
成亮は俯きながら語り始めた。
今じゃ有名な流離の彼の同級生にはダイナマイト。つまり1866年。けれど、永遠の25歳。
彼の愛する恋人は華麗に煌めくダイナマイトの炎の中に消えていった。
その光景を目の当たりにした彼は泣き叫んだ。
『これが愛する人の運命だったのか?』と。
それと同時に恋人を殺した犯人、ノーベルへの憎しみが湧き上がった。
『ノーベル許さない、地獄に堕ちろ』なんてな。
男はそこまで語るとウィスキーを一口飲んだ。
グラスを左手で持つ姿はまるで映画のワンシーンの様だった。
ふと、私は疑問を口にした。
「どうして彼は永遠なの?」
「どうしてって……話戻すなよ、ヴァンパイアだかやさ」
成亮は鼻で笑ってウィスキーを煽った。
「ちょ、大丈夫?」
「大丈夫だよ、マスター、キールロワイヤル頂戴」
そう言ってグラスを差し出す彼を横目にいつの間にか目の前に置かれていたギムレットを一口飲んだ。
ーー重い沈黙が流れるーー
私はその沈黙を破るように口を開いた。
「そ、それで?どうなったの?」
「何が?あぁ、さっきの続き?」
「えぇ」
「そう、じゃあ続き」
そう言って成亮はまた語り始めた。
愛しい人が消えた次の日、彼の前にヴァンパイアが現れた。
『やぁ、恋人を殺したやつに復讐したくはないか?』
と、ヴァンパイアは囁いた。彼はその悪魔の誘惑に負け、遂に契約してしまった。
この日から彼は完全に狂ってしまった。
凶暴すぎてヴァンヘルシングに追われる日々。
それでも、復讐のために必死に生き続けた。
そして、遂に宿敵、ノーベルが姿を表した。
彼は一瞬の隙をつき銀の杭を奴の胸に突き刺した。
復讐を果たした彼は狂ったように笑った。
『やった、遂にやったぞ!』ってね。
「ちょっと待って、ノーベルはその前に死んでるはずじゃ……」
「馬鹿言うな、あいつだってヴァンパイアさ」
「まさか、だから彼もヴァンパイアに?」
「そうだよ」
ーー再び重い沈黙が流れたーー
「もう、いいさ、疲れちまったんだ……」
成亮は沈黙を破るように呟いた。
驚いて見つめていると不意に彼の匂いを強く感じた。
「成亮?」
「俺、実はヴァンパイア、なんだ」
「え?」
シゲアキガヴァンパイア……?
嘘だ、今のは聞き間違いだ、そう思いたいのに、抱きしめている彼の体が、瞳の色が現実だ、と私の思考を嘲笑った。
「そんな……」
「ごめん」
「でも、なぜ私に?」
「君が、EMMAのことが好きだから」
彼は真っ直ぐな瞳で私を見つめた。
「でも、ヴァンパイアは人間を愛してはいけない」
「……」
「だから、今日全て君に話して明日消えようと思ったんだ」
「私は……ずっと貴方の事が好きだった、なのに……」
彼はごめん、と呟き私の頬に手を這わせた。
「哀れなヴァンパイアの最後のお願い、聞いてくれる?」
「えぇ、もちろん」
「キス、してもいい?」
その言葉に頷くけば優しく口ずけられた。
嗚呼、このまま時が止まればいいのにっと思った。けど、現実は口ずけのように甘くない。
ーー私は隠し持っていたナイフで成亮の胸を突き刺したーー
「ぐっ!?かっは……」
彼は一瞬瞳を大きく見開きそっと瞼を閉じて私にもたれかかった。
「ごめんなさい、私、実はヴァンヘルシングなの」
砂のように崩れゆく彼の耳に囁いた。
「だから、悪く思わないでね?それにすぐにそっちに行くから」
成亮が完全に消えるのを見届けると私は彼を刺したナイフを自分に向けた。
「愛してる、貴方が人間だった時から」
私は自分の胸にナイフを突き刺した。
END
ヴァンパイアはかく語りき