LAPIS-episode cendrllon-
キラキラ輝く宝石を身につけて、柔らかい生地の綺麗なドレスを着て、誰もが羨む優しく美しい王子様と踊る。
小さい頃、私はそんなお姫様になりたかった。
そんなものにはきっと成れないであろうことなど、成長すれば誰でも分かってくる。
けれど、どこかでまだ諦めきれない自分がいるのだ。
第1話 Ding, dong, bell
物語はとてつもない理不尽から始まる。
私は義理の母と義理の二人の姉と暮らしている。
母が行方不明になり、暫くして父は病気で他界した。
一応子爵家である我が家”ロータスブラン家”には、父の後継として叔父が来て、その妻と娘も着いて来たのだが…
叔父は仕事人間で、いつも王宮にいてうちに全く帰ってこない。
よって女達はやりたい放題である。
それから、私は母と姉2人のいいようにこき使われていたのだ。
掃除洗濯食事の用意…
そこそこ裕福だった家庭だったからそれまではほとんど使用人に任せていたのだけれど、主導権を握る3人の金遣いは荒く、使用人を雇うお金がなくなってしまった。
だから必然的に仕事は私にまわってきてしまったのだ。
今日も、朝から晩まで家事をしっぱなし。
私は贅沢なんてしていないのに、母や姉の悪行が私にかえってくるなんて理不尽極まりない。
文句の一つでも言いたいが、お母様が機嫌を損ねて追い出されでもしたら困ってしまう。
住むところもないし、食べるものもない、働き口も…… あるにはあるだろうけど、家事しかできない若い女なんて、職場は限られるだろう。
とにかく、私は今の生活を続けるのが1番の策なのだ。
それに一応楽しいことだってある。
ほら、今とか。
「おじさん、こんにちはー」
「おっコハクちゃん、今日は美味いリンゴが入荷されたんだ!パイとかにどうだい?」
「あー、せっかくだけど今日はチョコチップスコーンをリクエストされちゃって…うーん、個人的にいただいちゃおうかな」
そう、買い物
午後3時のティータイムの準備が終わると、毎日必ず商店街に顔を出す。
お店の人達との会話は楽しいし、たまにおまけもしてくれる。
ちなみにおまけ分は勝手に給料として私が頂いているから、まあこれも悪くないかなって。
それに、家でダラダラしてるお姉様達より出会いの機会があるもんね。イケメンと曲がり角でぶつかるかもしれないじゃない。
要は楽しんだもん勝ち。ポジティブシンキング。
「まいどあり!」
「はーい、また来ますね」
購入リンゴをひとつカバンの奥底へいれ、「今日みんなが寝たらこっそり食べよう」とか「パイを作ったら匂いでバレちゃうかな」とかぼーっと考えながら次の目的地、魚屋さんへ向かう。
…と、その前に
八百屋と魚屋の間にある服屋を見ていこうと足を止める。
お気に入りの服屋さんで服を見ているとそれだけでわくわくしてくる。
実は今欲しい服があって、その為にへそくりを貯めたりしているのだが、いつ売れてしまうか気が気でないのでちょくちょく見にいってしまう。
でも、それももうすぐ終わり……
目標金額まで本当にあとちょっとなのだ。
私は新しい洋服を身につける自分の姿を想像してにやけながら服屋の扉を開けた。
*
「え!?売れちゃったんですか!?」
「ええ、つい昨日なんだけどね……」
服屋のお姉さんは申し訳なさそうに視線を落とした。
「あっでも!新作のドレスがあるの!そっちはどうかしら?サービスするわよ」
お姉さんは私を励ましてくれているようで、勝手に落ち込んでいるのが申し訳なく思えた。
ドレスかあ…
そりゃ私の歳からしたらそろそろ一着や二着はもつべきところを私は一着も持っていない。
貴族でなくとも年頃の娘は正装として持つらしいけど、私は着る場面もないしなあ。
なんといっても売れてしまったあの服が惜しい。
ピンクと黄色の明るい色合いで、素材もふわふわ。
たとえ買ってももったいなくて飾るだけになりそうだったけど、それでも手にしたかった。
それだけ気に入っていたのだ。
「ありがとうございます……でもまた今度改めて見せてください。」
なんとなく他を探す気にはならなくて、そのまま店を後にした。
魚屋で新鮮な魚を購入し、帰路についた私だが、今だに気分は晴れなかった。
とぼとぼ歩いていたら知らない人にぶつかって、衝撃で落としたリンゴに傷がついてしまった。
もう踏んだり蹴ったりだ。
せっかく頑張っていたのに、神様ってば意地悪すぎるんじゃないか。
たまにはご褒美くれてもいいじゃない。
誰を責めることもできず、とりあえず神様のせいにした。
こんなだから、神様は私に対して冷たいのかもしれない。
*
「ど、どうしたんですか?こんな時間に……」
帰ったら玄関口に義母と義姉達がいた。
もう日がくれ始めているというのに、3人とも余所行きのドレスでめかしこんでいる。
「さっき、お城から舞踏会の招待状が来たのよ」
ああ、なるほど。
それでいつももったいぶって使わない高価な装飾品をつけているのか。
ていうかお姉様がしてるネックレス、それ私が小さい頃お母さんに買ってもらったやつなんですけど…
「なんでも急遽開かれることになったらしいわ」
「かわいそ〜に!コハクはドレスが無いから行けないわねぇ、残念。」
もっともらしく言っているが、騙されてはいけない。
いくら急遽開かれるといったって、3日前には招待状は届くはず。
きっとお義姉様達は私が舞踏会へ行けなくするために隠していたのだろう。
朝から慌ただしく衣装棚を荒らして、立派な馬車まで手配済みなのが何よりの証拠だ。
「そうですね、行ってらっしゃいませ。お義母様、お義姉様」
ここで怒っても泣いても、相手はつけあがると重々承知しているので、私は涼しい顔をして見送ることにした。
私の対応に不満だったのか義姉は苦い顔をして、義母は「待ってる間は掃除ね」と冷たく言い放って、馬車に乗り込んだ。
馬車が見えなくなったのを確認すると、私はそちらに向かって思いっきり叫んだ。
「だれが素直に掃除するかばーか!!」
近所には聞こえたかもしれないが付き合いもクソもないのでどうでもいい。
さて、と……
今夜は久々の自由な時間だ。
寝て疲れを取るのにもってこいだけれど、それももったいないような気がする。
薄暗い屋敷にもあまりいたくないし、夜の散歩にでも行こうか。
夜に1人でいるのも寂しいが、街頭のあるところなら多少人もいてにぎやかだろう。
*
街に繰り出すと思った通り、人があちこちに見えた。
でも、なにか違和感。
「なんか雰囲気悪いな…」
辺りにいる人は大多数が酔っ払いの男性。
あとは老夫婦が1組、食べ物を求める人がちらほら。
いくら舞踏会で人が出払っているとはいえ、不自然だ。
そもそも舞踏会なんて男女どちらも招待される筈なのに、酔っ払いのほとんどが若い男性なのにも納得いかない。
「おい、飲み過ぎだぞ」
「ばーか、飲まなきゃ辛くてしんぢまう」
ふと背後から男2人の声が聞こえた。
振り返るとそこには街一番の男前と名高い有名人の男性が顔を赤くしていた。隣で肩を貸している男性もその人とよく駄弁っているので顔は知っている。
どちらも名前は聞いたこともあったような気がするが忘れてしまった。
「女ごときで死ぬなって」
「おい、俺のルーシャの悪口言うなよ」
「もうお前のじゃないだろ」
予想外の名前が出てきた。
ルーシャは私の義姉だ。彼氏が居るとは知っていたがこんな優良物件だったとは。
「ルーシャのやつ…王子の婚約者探しと聞いたらすぐでていきやがったんだ。俺が行かないでくれと言っても目もくれなくて、しまいには別れろとか…」
しかもすごく愛されてたみたいだ。
なのに素性もよくわからない王子につられて…我が義姉ながら馬鹿じゃないのかと思う。
「お兄さんイケメンだからすぐにいい人見つかりますよ」と心の中でフォローして目を逸らした。
声に出して慰めたかったが、ものすごい勢いで泣き出してしまったのでとても話し掛けられない。見逃してほしい。
それにしても、王子の婚約者探しの舞踏会だったんだ。
なる程それで若い女の人がいないのね。
みんな現金だなあ。
でも確かに王子は驚くほどの美形で武術の天才だと言うし、それはもうお金だって沢山あるだろう。
「いいなあ…」
気づけばそんな独り言を呟いていた。
だって羨ましいじゃないか。
欲しいと思ったら手を伸ばすことができる女の子達が。
昼の商店街でよく見る女の子の仲良しグループを思い浮かべる。
素敵な男性を見つけてはきゃあきゃあと騒いでいるが、その表情はいきいきしていて可愛いと思った。
女の子のそれが恋かどうかと言われたら違うかもしれないけど、そんなこと関係なくて。
自然に出るその笑顔がただ単純に羨ましい。
ちゃんとした家族も友達も居ない。せめて素敵な出会いでもあるんじゃないかと希望を抱いたが、白馬に乗った王子様は勝手に来てくれないことも知った。
王子様じゃなくても、誰か私を慰めてくれる人が1人でもいればと思っていたが、街の人は私の事情を知っても上辺の心配だけで助けてくれなかった。
仕事を完璧にすれば認めてくれるかと思ったが、あの人達は無理にでも粗を探し出して私を咎める。
欲しい物が手に入れば気分も晴れると思ったが、知らぬ間に誰かに先を越されてた。
期待は裏切り、努力は報われない。
希望を見つけて信じて諦めてを繰り返していたら
(どうしよう、次の希望が見つからない)
暗い井戸の中にいるようだ。
人は未来の光に縋らないと生きていけないのに。光はどんどん弱まっていくばかり。
誰か、誰でもいいから、井戸に1本紐を垂らしてくれないだろうか。
第2話 Hush, baby, my dolly
帰ろう。
物寂しい街を見ていてもセンチメンタルになってしまうだけだ。
きっと神様が「寝ろ」と言っているんだ。
私はため息を一つついて帰路についたーーはずだったのだけれど、
「森……」
私の目の前に現れたのは、木が生い茂る森。
私の足元から森の奥へと導く細い道が続いている。
普段から森というものは昼間でも光が届かず、気味の悪いものであるが、夜中ともなればそれも倍増だ。
光の少ない夜だからとはいえ、何故通い慣れた道を間違えてしまったのだろうか。
そして何故、私は不気味な森の中へとふらふら足を進めているのだろうか。
なんだか考えるのも面倒になってきた。
「ねぇ……、ねぇちょっと!」
誰かの切羽詰まった声と、腕に加わる尋常ではない力が私を襲い、一気に現実に引き戻される。
「あっ……」
意識は一瞬ではっきりとしたが、喉からは掠れた音が出るだけだった。
「……ここ、危ないよ」
私を止めた誰かが控えめに言葉を紡ぐが、それに対し未だ離さない手は力強く、ミシミシと音がなりそうな程だ。
「す、すみません……」
たどたどしく言いながら、その手の先を辿ると、そこには線が細くて背の高い、綺麗な男の人がいた。とてもこんな力を持っているようには見えなかった。
透明感のあるキラキラと光るような不思議な色をした長めの前髪の隙間から、同じ色をした瞳を覗かせて私をじっと見つめている。
透きとおるような双貌が瞬きもせずに見つめてくるので、妙に緊張して心臓の音が大きくなる。
思わずまた思考が出来なくなってしまいそうになったが、男の人が口を開いたことで意識をつなぎとめることができた。
「ここに、何か用でもあったの」
「……えっと」
用などない。
そもそも、森というのは獣や魔物の住居だ。ここらの人間は小さい頃から森なんかに入るものではないと教わって成長している。そんな所にわざわざ足を運ぶ人なんて、
人生に絶望し、生を手放そうとするような人くらい……
その事実に気づいて悪寒が走る。私は、まさにそんな人に、なって、
「その……危ないから」
男の人が手を緩める。
私が自殺するつもりだと思って止めてくれたんだ。
彼もまた、どう接すれば良いのかわからないといった様子だった。
危うい行動をした私を帰すにも、そのまま帰れとは言えないだろう。困らせてしまって申し訳ないーーー
「案内する」
「へっ?」
予想外の言葉に、私は一瞬固まった。
言葉の意味を理解するよりも前に、彼は私の手を取って森の中へと歩を進めていた。
大して力を入れてなかった体はいとも容易くフラフラと彼につられてしまった。
*
その人はときどきこちらを気にしながらも、しっかりとした足取りで獣道を迷わず進む。
対する私は緩く掴まれた手首を見つめたまま。
落ち葉を踏みしめる音だけが響く、そんな沈黙の空間を破ったのは彼だった。
「……ここ」
ハッとして注意を手首から周りへ移す。
辺りが急に明るくなった気がした。
そこは一言でいうと、森の切り開けた場所。
一面に白い花が咲き誇り、月明かりを反射している。
頭上には大きく光る月と幾億もの星。
私から言葉を奪うには十分な光景だった。
「どうかした?」
今まで見たこともない風景に息をするのも忘れて見とれていると、男の人が控えめにこちらをのぞきこんだ。
「えっと、凄く綺麗で、つい」
舌足らずの私の言葉に、彼は「ああ」と呟き、顔を綻ばせた。
「でも、寒いから……中入ろうか」
「なか?」
建物なんてあったかな?
首を傾げると、彼は私の目を大きめな手の平で覆った。
一拍置いて、手の平が私の目の前から退かされると、眼前には丸太で出来た小さな小屋が現れた。
「ひぇっ」
驚いて情ない声がでてしまった。
彼は更に笑みを深める。
「普通の人には、認識できないようにしてたんだ。……どうぞ」
男の人が馴れた手つきで扉を開けたので、私は恐る恐る、促されるままに小屋の中に足を進める。それに続いて足を踏み入れた男の人が扉を閉めると、ちいさな部屋にオレンジ色の光が灯り、奥に見える暖炉にはいつ火をつけたのか、まだ産まれたての炎がゆらりと揺らめいた。
「座って。……なにか、淹れるから」
ぱちん、と男の人の長い指が鳴ると、背もたれつきの椅子がひとりでにガタゴトと音を立てて私の前に前進してきた。
もう悲鳴すら出ない。
……間違いなく、とんでもない人間に助けられてしまったようだ。
第3話 lukewarm milk
ぱちぱちと火の粉の飛ぶ音。小さかった火は焚き木を覆うほど大きくなっていた。
手にはマグカップ。ホットミルクの熱が手のひらに伝わってくる。
そして、沈黙。
ホットミルクを手渡されて、私がお礼を述べてから、2人してずっと自分の手元ばかりを見て一言も話そうとしない。
一体どの位の時間が経ったのか。ホットミルクがまだ熱を持っているからそんなに経ってないはずだが。
継母達が帰ってくる前に帰らなくては。今何時だろう。舞踏会は深夜を越えても続くものだが、万が一早く帰ってきていたら、私があの人達より遅くに帰ってきたら、何を言われるのだろう?殴られる?それとも閉じ込められる?
帰りたくない。でも、帰らなくてもどうせ見つかる。絶対に。こんな簡単に逃げ出せるのならこの歳まであんなところに居る訳がない。どこへ逃げてもきっと、前のように、
「……嫌いだった?」
その言葉にはっとして顔を上げると、じっと視線を向けられていることに気づいた。
「い、いやそんなことは」
思い出したように少しぬるくなったカップの中身をごくりと音を鳴らして飲みこむ。
そうだよね、初対面でふたりきり、この空気はきまずいというものだ。せっかくあちらが切り出してくれたのだから、なにか話さなくては……
「あの、これ……おいしいです。甘くて」
「はちみつ入れたから」
「あっ……へえ……なるほどぉ」
「えっと、さっきの……魔法ですよね。魔導士さんですか?」
「ちがう」
「あ……そうなんですね。でも、はじめて見ましたあんなすごいやつ……」
「そう」
「はい……あはは」
相手が想像以上に言葉を返してくれない。質問に対する返答がそっけなさすぎるのだ。
なんというか「別に自分の事はどうでもいい」みたいな……
まあ、考えてみれば目の前で自殺まがいの行動をされたんだから、彼自身の話よりも私に何があったか気になるよね。
けれど正直、私もなんであんな行動に出たのかよくわからない。今日のあの程度の嫌がらせも不運も、マシなほうだった。日頃から命だけは大切にしようと思っているはずなのに。
「……たぶん、気になってると思うんですけど」
「うん」
「私が、この森に入ろうとしたのは」
「……」
さっきから微動だにしていなかった眉がピクリと動いたのがわかった。案外分かりやすい反応をする人だ。
「私もよくわからな」
「誰にされたの」
「……え」
「誰」
誰って……なんで?
事情や経緯をすっとばしていきなりそれを聞くなんて、あまりに想定外だった。
もっとこう……身の上話とか知りたくないのか、私も細かく話したくはないが。
「もしかして複数人?」
目の前の透き通った双眸がじっと見つめてきて、思わずぎくりとする。
「え、あの、何かされたのは確定なんですか」
何を指して「やられた」といっている?
「だってその顔の痣、殴られなきゃつかないでしょ」
「あざ…?」
思わず右手で頬を隠す。
「会った時は顔だけかと思ったけど、さっき足にも見えた」
彼は目を離さない。
……本当に、何もかもを見透かすような透き通った目だ。
いや、実際見透かしているのか。
「……そんなこと言われたの、はじめてです」
「……ふぅん、君の周りは随分と見て見ぬふりする酷い人ばっかりなんだね?」
「ち、違うんです」
酷い人ばかりじゃない。
八百屋のおじさんは漢気のある逞しい人だし、魚屋の奥さんはお節介なほど気を配れる人だし、服屋のお姉さんはいつも笑顔で優しい。
怪我をすれば心配してくれるはずの人ばかりだ。
でも
「……みんな、気づかないから」
「?」
「ほかの人には"見えない"の、私の痣」
目の前の人は、険しくしていた目を少し見開いた。
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