発光する源は湖らしく,触れれば冷たいし,指を浸すことが出来る。両手で掬って,戻すこと出来る。勇気と冒険心に身を委ねて,もう一度掬った湖面の水を口に含み,匂いも刺激もないことを確かめた上で,飲んでみても問題は無かった。水は湖面を離れても発光していたので,それを飲んだ自分自身も発光するのかと暫く観察してみたが,そういう変化は一切起きなかった。人である自分以外のものの様子と比較したいと思いつき,湖面が発する灯りを頼りにして,周囲に目を凝らすと,自分の背後に繁茂した自然が静かに控えているのを発見した。さらに近寄って,そのどれも発光していないことを知った。ただし自身もそうであるように,どの草木も,どの生き物も,湖面の発光色に彩られていた。強い緑の眩い色。上空も,可能な限りで照らされている。蝶が数羽で羽ばたいている。木々の枝葉がじっとしている。呼吸をしている,自分の姿が頭に浮かぶ。
ウサギが一羽で草むらを飛び出して来たことで,そして再び草むらに戻って行ったことで,関心はやはり湖面に戻された。何故,ここにいるのかについては知っている。何処から来たのかも具体的に想像できる。知らないのは,そして知りたいことは,発光する湖面に集まっている。なら,すべき事は決まる。さっきより近付き,湖面に顔を近付けて,目を瞑って顔を浸し,数秒,そのままで変化のなさを確かめ,そしてゆっくりと目を開く。発光は,湖面の下でも行われており,そしてそこにも生き物は居た。こちらを見上げるように,横目を向けていた魚の一尾は口をパクパクさせ,正体を知って,興味を失ったかのように去って行った。より小さい魚の群れは先を急ぐように泳いで行った。ゆらゆら揺れる水草も見えた。息継ぎをするために顔を上げると,水滴が輝いて落ちていった。空気が肺を満たしていった。次は泳いで,潜っていった。底は深く,辿り着けず,そしてどこまでも輝いていた。途中で鯨(らしきもの)にも出会えた。何故この湖で生きていられるのか,何故この湖で暮らしているのか等の思い浮かんだ疑問を,その巨体はそのまま引っ張っていき,尾びれを動きで溶かしてしまった。その全長が光り輝いて見えた。立ち泳ぎのまま,湖面に浮上して,息を吐いた。もう一度潜った。
水滴が乾き,風が吹いてきたところで,歯の擦れる音,湖面の波がさらに奥へと消えていった。一番近くの枝に預けていた服を手に取り,その表面を這う虫を葉に乗せ,それから足を通して,腕と首を通していった。靴を探して,その上に乗せられた封筒に目が止まり,便箋を手に取った。宛名があり,消印もあった。届け先の住所は恐らくここなのだった。その名前は,ここに住まう人のようだった。
糊付けを指で剥がし,封筒の中から便箋を取り出す。そこに書かれた文字や言葉を目で追い,言わんとすることを理解する。ユーモアと教えの部分をなぞり,口元を綻ばせてしまう。頭に浮かぶのはただ一つ。具体と抽象の間を行き交う。
折り目に沿って便箋を仕舞い,湖面の前に腰をかける。裸足の砂を擦って,手を叩く。足を伸ばして,腕で身体を支える。目の前に広がる情景の描写。推敲を重ねる。
光り輝く。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-19

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