MIND GRASS
第一章 マインドグラス
MIND GRASS
【マインド介入を開始します。マインドレベル6】
【状態を確認してください。5秒後、開始します。】
20XX年トウキョウ
私の名前はメル・ロンドベル、 歳は一七、高等学校に通いながらの活動である。マインドグラスは簡単に言えばすべてがボランティア活動で成り立っている。
だがマインドグラスに身を置いている者達への人々の優遇はすごい。通勤通学、その他もろもろの交通機関にかかるお金はゼロ。学費の免除もある。とりあえずまぁマインドグラスに加入しているものは特別待遇をうけるのだが、このマインド転送悪い点を言うといつ起動するかわからない。例えば今この状況である登校時、下校時であったり。私の周りでは私自身転送のため姿が半透明になるので歓声が沸き上がっているのだが…。三日連続の登校時、しかも電車の中での転送、これは体力に自信のある私でもなかなか応えるものがある。今日も学校を遅刻するか休むかの二択を選ばなくてはならない。(そうは言っても社会へのペナルティはないのだが)足元からマインド世界への転送が始まる。介入レベルは6おそらく高等学生のマインド世界のはずだ。
「セイバー、メル・ロンドベル。状態良好。介入を開始します」
マインド世界でのジョブはセイバー。
細かい事は後々。
ストレス社会が犯罪、社会の崩れとされているこの世界での私のやることは一つ。
【マインド装備状態良好。今からセッティングを開始します】
人々の夢、心理の世界。いわゆる『マインド世界』へ転送介入し、ストレスを具現化した「マインドシャドウ」を滅相することである。 マインドシャドウのレベル、強さも人々の個性と同じくバラバラで戦い方も様々である。ふわりとした感覚がズシリと重い物に変わると目を開く。なるほど、今回のマインド世界はサッカー少年のマインド世界のようだ。
第一章 マインドグラス
マインドレベル6にすればなかなかちゃんとした世界として成り立っている。私が足裏につけている芝生はふわふわと使い込まれた形跡はなく、踏み躙られてもいなかった。私達マインドグラスの社員(マインドトゥルースと呼ばれている)は掟のこともあってかマインド世界を汚さず、何も忘れてこず…などマインド世界への介入はあくまでマインドシャドウの退治だけなのであるから退治が終わればそのまま帰転送をするのだからこのマインド世界、今までシャドウの活動もあまりなく、トゥルース達の介入もあまりなかったと考えられる。
「シャドウ探知精霊起動」
マインド装備胸辺りから淡い緑の光がゆらゆら揺らめいた。探知精霊ベルメリアだ。探知精霊の名前は持ち主の名前の一部から名付けられるらしい。まぁその点も踏まえて同じマインド装備なのだろう。ベルメリアがふらりと右方向へ飛ぶ。その先はサッカーの道具を入れているのであろう倉庫だった。
少し軋んだ重い扉に手を付けるとぴりっとした少しの痛みに手を戻してしまった。サッカーをするコートはあんなにきれいだというのに扉は開けようとすると嫌がるように重く。中も暗かった埃っぽいゴールネット、黒ずんだサッカーボール、棚のかごに入った変色したホイッスル。何がこのマインド世界をこのように作り上げたのか。ぐしゅり と近くにあったボールの空気が抜けた。剣に手をかけ構える。潰れそうな異様な空気に耐えきれず、私は倉庫から足早に去った。その瞬間。空気の抜けたサッカーボールのように倉庫がまるまる潰れた。その場から綺麗さっぱりなくなった。その潰れた倉庫だったものを覆い隠す黒い大きな手がぎゅっと丸め込まれた。夢を実現化させるための道具が、シャドウに、飲み込まれてしまったのだ。
少年の夢が潰れるのはとてもかんたんな出来事だった。家族からのプレッシャー。違う道へ進めといういらない助言。それを本人たちは故意でやっているのだからこれまた酷なことである。シャドウは声にもならぬ声を上げ、私に近づく。これくらいのレベルのシャドウならば簡単に除去できるだろう。
「うグッ」
腹に鈍い痛み。ミシミシと骨をえぐる痛みだ。これは…
「サッカーボール…?」
まさか夢であるサッカー選手になる為の道具でヒトを傷つけるとはこのシャドウ、至極最悪なやつだ。
そんな本人には毒になるようなシャドウは私達マインドグラスが除去しなくては…!
剣を鞘から抜く、私のジョブはセイバー、まぁこの通り剣で戦うわけだが。面白いことに、この剣には
「なんの取り柄も特技もないんだ」
スラリと宙を舞うように飛ぶ。このまま後ろ首に回り込んでこの剣でストン。これで仕事はおしまいだ。
剣に取り柄はない。代わりに私の跳躍力、浮遊力はマインドグラスでも群を抜く。だからマスターは私を上位においてくれているのだろう。
今回の戦場であるサッカーコートに大穴が空いてしまったが…。シャドウは無事退治できたことだし、きっとマスターも褒めてくださる。
【マインドグラス介入成功しました】
【現実世界への転送を開始します。本日もお疲れ様でした。】
第二章 マイマインド
「うん。マインド状態も良好ね。さすが上位クラスのセイバー。体も丈夫で惚れ惚れするわぁぁ」
「落ち着いてください。リザさん。…ですが今回の介入ターゲットマインド世界はほぼ新品、のようでしたが?」
この銀髪をくるりと後ろに巻き上げてメガネを掛けている女性はリザ・プロコトル。マインドグラスの医務員のような立場にいる人だ。
「うん。実は私も気になって調べてみたの。そしたらこの男の子いいとこのお坊ちゃんだったわけ。何不自由ない生活を送ってきたときに『叶えられぬ夢』というストレスを抱えてしまったみたいね。」
「叶えられぬ夢…」
その子は何か別の将来を親に突きつけられ、叶えたい夢『プロのサッカー選手』だろうか、それを崩されてしまった。だからシャドウの攻撃方法、形態などがその夢に影響されたのだろうか…。
「まぁこの世界ではよくあることね。親の重圧。子供達の翼を伸ばしたいのか、はたまた切り落としたいのか…どっちかはっきりしてほしいものね。」
私は、正直幸運な方だった。私も世間で言う良いところのお嬢様だが物心がつく前にマインドグラス適正者だということが判明した。もともと正義感の強い性格だった故にマインドグラスの活動にはすぐ慣れた。私が社会の役に立っている。人々の役に立てている。それだけで達成感と幸福を感じていたのだ。
この世界の人々すべてが私達のようにマインドグラス適正者ではない。しかもそれは自分から手に入れることのできない生まれつきの才能なのだ。いくら努力して体を鍛えたとて一般人が転送介入をするとマインド世界に入るまでに体がはじけ飛んでしまうだろう。私達に対して妬みを持つものもいるだろう。だが、マインドグラスはそれ以上に人々のストレスを取り除いているのだ。何も言うことはあるまい。
「おっと、そろそろマスターの自称みんなが幸せになれる演説始まるよ?マスターラブのメルちゃんならもちろん行くでしょ?」
「ま、マスターラブとはなんですか!行きますよもちろん。」
ほらね、と言いたげなリゼの顔を横目で見つつ、学生カバンを肩にかける。一週間に一度行われるマスターの演説会には参加する。それは私の中で何故か習慣になっていた。もちろんマスターのことは大好きだ。マインドグラスのお力をくれたのもマスターだし。まぁトウキョウに住んでいれば街中のモニターから声も聞こえるし姿も見ることができるのだが。マインドトゥルースの一員たるもの、会場に赴かなくては。
マスターの演説会が行われるのはマインドグラス本部、別の言い方をすればトウキョウの中心だ。高いビルディングの真中部分がガラス張りになっており、他のフロアよりも天井は高く、部屋自体もかなり広い。なぜそのような構造になっているのかは後々わかる。その理由はマインドグラス適正者ならば知っておかなければならぬことだからだ。真っ白で塵の一つもないエレベーターで会場のある階まで上がっていく。その途中でマインドトゥルース新人の一人、寺野秋人と偶然会った。
「あ、メル先輩。先輩も演説会に?」
「そうだ。珍しいな、秋人も会に出るなんて。大学が早くに終わったのか?」
「いや今日は休みだったんです。朝からアーチャー特訓場で…」
特訓場、それはマインドグラス本部にあるジョブごとの特訓場である。人それぞれにマインド世界があるならば、適正者のジョブもまた一つではないのだ。私はもうすでに知っているかと思うがジョブはセイバー、主に剣を扱い戦う。秋人はマインドグラス適正者であることが最近発覚し、新人としてマインドグラスに加入した。歳は二十。生まれつき発覚する者もいれば秋人のように歳を重ねてから偶然見つかる場合もある。
そういえば、適正調査が生まれたての赤子に無償でされるようになったのも最近のことである。
「一人で特訓していたのか…?精が出るな。」
「早く俺も追いつきたいんで!ただでさえ皆より適正者ってわかったのも遅かったし…。あぁバスケとか運動しといてよかったぁ」
「適性であることは死んでから発覚する人も多い。だから気にすることはない。秋人は他の下位よりかは、なかなかやれている方だと私は思うが?」
「へへっ。ありがとうございます。」
他愛もない話をしていると目的の場に着いたようだ、時間も約五分前。上々だ。会場にはすでにマインドトゥルースの人達や一般人が集まっていた。さすがマスターの人気!一般人の心をもガシリと掴んでしまうとは…なんて罪なお方だ…。
カウントダウンの音が会場に響く。マスターがお見えになるまであと三秒。
第三章 Master
ステージに淡い青色の明かりが灯った。それと同時に湧き上がる歓声。
「この世界は暗闇です…。私(ワタクシ)にはそれしか見えない…。なぁんて挨拶はよしましょう!初めましての方はもちろん、そして何回目かわからない方もこんにちは!マインドグラス創設者、ノルン・スフィアと申しますわ!!」
『ノルン様ぁぁぁ!!』『今日もお美しい…』『この御方が…ノルンさま…』
確かに、今日もお美しい2つに束ねたクリーム色の巻髪、緑色の優しげな瞳、それによく似合っている赤と白のマーメイドドレス。我らがマスター、ノルン・スフィア。きっとその姿を見ている私の目は赤くとろけているかのようだろう。恋にも似た感情。私はきっと、周りが思っている以上にマスターに心酔している。
「このトウキョウの中心部、マインドグラス本部でマインドトゥルース、いわば勇敢で優秀な戦士達に指示を送っておりますわ。私自身、こんなドレスを着てどうやって戦っていくのかはまた別の機会に…」
マインド世界での戦いは国民の皆様にはお見せすることができない。何故かと問われれば答えは簡単である。他人であれど、関係のない人であれど、マインド世界は自分自身の心の表れ。それを国民全員に暴露するわけにはいかない。他人の心を見ることが許されているのは私達マインドグラス適任者だけだから。
「私の名字でもあるスフィア…。それは私の後ろにある液が入っている球体。その球体に入っている液は人類のストレス数を示してくださりますわ。赤だとストレス社会、緑は少々のストレスを抱えている。青だとストレスなき素晴らしき世界ということになりますわ。今、皆様の目の前にあるスフィアは緑…。マインドグラスの活動を365日欠かさず行っていても青にはまだなったことがないのです…。私はいつか!このスフィアを青く染めたい!そのために生まれたようなものですわ。私はスフィアを守り続ける…。それは国民皆様の心理状態、思考を守り続けるということ。」
私はマスターの夢を共に叶えたいと思っている。マスターの夢は私の夢だ。
「それが、私ノルン・スフィアの夢ですわ!!!」
『マインドグラス!』『マインドグラス!』『マインドグラス!!!』
「皆様…!ありがとう!絶対に私は、皆様をお守りします!」
『マインドグラス!』『マインドグラス!』『マインドグラス!!』
ステージからマスターが去ってからも、マインドグラスへの声援は止むことがなかった。ただ、白い光で灯されたスフィアが、この階にいる国民達を見守っていた。
第四章 転送介入
第4章 転送介入
マスターの演説が終わっても歓声は数分鳴り止むことはなかった。
マインドグラスの意思表明、目標、国民への貢献を示すことができていて尚且つそれを伝えることができている。なんて喜ばしいことなのであろうか。
すると演説を聞いていた群衆の一部で鳴り止んだかと思われた歓声がまた湧いた。
「転送が始まるぞ!!!」
「マインドトゥルースの転送が始まったぁぁぁぁ!!!」
「生で見れるなんて思ってもみなかったわ!!」
口を開けポカンと立ち竦む女性、まるで見世物を見ているかのように手を叩き声を上げる男性、まだ何のことかわからず母親に向かって首を傾げる少年少女。人それぞれ驚き方は違えど見ているモノはただひとつ。
「はぁ…ちょっとばかし黙れねぇかなぁ。」
「あいつは…!」
ルイ・ナルコ。ジョブはキャスター。下位クラスなのだが上位クラス並みの実力を持っており、ただひとつ欠点があるとすればサボり魔、めんどくさがり、いつも喧嘩腰…(ひとつではなかった)天才肌で勉学、運動も何もかもできるのだが現在、社会不適合者いわゆるニートである。収入はマインドグラスでの働きのみ。実家ぐらし、母子家庭で引きこもりらしいのだが妹や母親とは仲がいいらしい。
男にしては少し長い黒い髪を揺らし、切りそろえられた前髪からチラリと赤い瞳が覗いている。
ため息を漏らしながら黒いパーカーのポケットの中からタバコを取り出し火をつける。
もくもくと吐かれる煙とともに足の方からマインド転送が始まっている。そして舌ピアスを見せつけ手の平を群衆に突き立てると、
「ルイ・ナルコ。ジョブはキャスター、転送開始しちゃうぜ??」
彼はマインド世界へと姿を消していった。めんどくさそうにしながらも最後少し格好つけていたように見えたのは私だけだろうか…。
「最後絶対カッコつけてましたよね…ルイさん」
「秋人…。」
どうやらもう一人いたようだ。
「俺ならこんな大勢の前で転送介入始まっちゃうとどんな顔していいかわからなくなりそうっすよ…」
「私ならよく登校中、電車の中で転送介入が始まるが?」
すると秋人は目を見開いた。
「マジですか…。やっぱ上位ランクになるといつでもどこでも転送介入始まっちゃうんすかね」
「そうだな。だが秋人、お前はまだ慣れなくても良い…。ルイみたいにな。」
ちりぢりと人が去っていく中、秋人と私は苦笑いをこぼすのであった。
MIND GRASS