あるバンドマンの死 愛と命編

カナダの架空のロックバンド「LOVE BRAVE」のギタリスト、ティム・シュルツを巡る物語です。「掌編、自由詩、掌編、掌編」という、ちょっと変わった構成です。
あらかじめお断りしておきますが、不倫などのドロドロ要素はありません。

ティム・シュルツのために

ティム・シュルツのために

(語り手:ロザリー・メイ) 

あれは、昨年の12月のことでした。私はある罪で逮捕され、裁判を受けました。判決は、懲役3年・執行猶予3年。私は裁判が終結したその日から、嘆きと後悔の深いうねりの中に居ました。罪を犯した日から今日まで、涙しなかった日はありませんでした。

 裁判期間で留置されていたある日のことです。1枚の毛布にくるまって寒さをしのいでいたとき、体がほどよく温まったので、私は眠りに落ちました。

 数分後のことです。私の目の前に、1人の男性が現れました。
「…!」
 私は彼の顔を見るや身の毛がよだち、全身が震えました。私の目の前にいたその男性は、私が遊び半分で突き飛ばして転落死させてしまった、私の同僚だったからです。もしかして、私に復讐をしに来たのかしら。そう思った私は、泣きそうになりました。
「ティム!やっぱり私のこと、恨んでるのね…」


 しかし、彼は、穏やかな顔で首を横に振って、穏やかな調子で言いました。
「いいや、僕は君のことを恨んでいない」
 彼の意外な言葉に、私は再度息をのみました。
「えっ、どうして?私、あなたを殺してしまったのよ?結婚して、とても小さい子が居るあなたを…」
 彼は言いました。
「ロザリー、たとえ悪意がなくても、君が僕を殺したという事実は、決して消えない。でも、僕は願っている。ロザリーが以前よりも立派な人になって、社会に再び受け入れられることをね」

 彼のこの発言を聞いて、私もいよいよ感情が高ぶり、目頭も目尻も熱くなりました。彼は、既に私を許していたのです。私の胸から、声なき叫びがあふれてきました。
(私の罪は、誰にも許されないと思ってた……。そのうえ、被害者本人から私を励ます言葉をかけられるなんて、考えてもいなかった)

 私は、肩を震わせて下を向き、しゃくり上げて泣きました。彼の心に何の曇りもないと分かったからです。
「今は、泣いていいんだ」
 うつむいたままの私に、ティムは優しくそう言いました。― このあとのことは、もうほとんど覚えていません。
「君の手にかけられる者は、僕で最後にしてください」
 先ほどよりも小さく、ティムの声が聞こえました。確かに、彼の声でした。


 目を覚ますと、ティムの姿はどこにもありませんでした。しかし、私は心の中で言いました。
「私、もう危険なおふざけはしない。あなたができなかった代わりに、きっと豊かな人生を送るからね。ミスター・ティム・シュルツ」

               - Fin -

FOREVER BELOVED

FOREVER BELOVED

永遠の愛を誓った日 それは人生で

一番幸せな日でした


しかし ちょうど1年たった日

一番不幸な日になりました


明るい日々が うそであったかのように

私は暗闇の どん底へ


私は 毎日叫びました

あの明るい日々を 返してほしい



しかしある日 うつろな意識の中で

最愛の人は 言いました


「小さな小さな 俺たちの子に

恨みの心を 植え付けちゃいけない」


そのとき私は 感じました

この人と結ばれたのは 間違いじゃなかった


それ以来 あの日に付けた名前は

「FOREVER BELOVED」

うねりと、せせらぎと

(語り手:ロザリー・メイ)

その夜、私とティム、そしてフィルは、打ち上げパーティーの帰り道、トロントのとある地下鉄駅に向かっていました。駅への階段を下りるとき、私を中心に、たわいのない会話をしながら移動していました。

 ― あと数段で階段を下り切ろうとしたとき、事件は起こりました。


「しかしロザリー、君もブレない人だね」
 ティムが私をほめると、私は照れながら
「やーだ、ティムったらぁ」
 と言った直後、彼の背中をたたいたのです。その拍子に彼は前のめりになり、さらに足がもつれて体勢を立て直せず、ついには衝突音を伴い、階段のへりに後頭部を強打してしまいました。フィルは思わず、ティムの名前を叫んでそのもとに駆け寄りました。彼の肩に手を当て、
「大丈夫か?」
 と聞きました。イケメンギタリストは両手を突いてゆっくり起き上がると、
「痛たた…」
 と言いながら、ぶつけた所を押さえていました。私も彼が心配になり、そばに駆け寄って、
「大丈夫だった?」
 と声をかけました。するとティムは、まだ頭を押さえたまま、
「うん、何とか大丈夫だよ」
 と答えました。しかしその直後、ちょっと苛立ったような顔で、
「でも、今度はやるなよ」
 と言ってきました。私は素直に謝りました。
「ええ。しないわ。ごめんなさい」
 彼が私にほほえみかけたので、許したのだと解釈しました。

 そして私たちは同じ電車に乗り、ティムは私とフィルより一つ前の駅で降りました。 ― そのときの彼は、いつもと変わりませんでした ― 私たちは次の駅で降り、フィルに送ってもらいました。

 陽気なパーティーのあとの、とても静かな夜でした。

 しかし、次の日の朝、事態は誰もが望まない方向に進みました。午前7時過ぎぐらいでしょうか、私はスマートフォンの着信音で目を覚ましました。電話の主は、フィルでした。私は眠い目を何とか開いて電話に出ました。
「もしもしフィル?おはよう」
 すると、涙声が返ってきました。
「ロザリー、ティムが、ティムが死んだ…」
「何ですって!!?」
 私は朝方にもかかわらず、大声を出しました。昨日、あの階段で頭を打ったあとも普通に歩いて、ほほえみさえ見せていたのに…。
「それ、本当なの、フィル?」
「うそなわけないだろ。とにかく、すぐにフランクヴィル・ホスピタルに来るんだ」
「…ええ、分かったわ」
 すっかり眠気が覚めてしまった私は、着替えてから、自分では運転できる心持ちではなかったので、タクシーを呼んでその病院へ行きました。
(どうしてなの…。昨日は全く普通に活動していたのに……。)
 タクシーの中で、震えが止まりませんでした。


 やがて目的地に着き、重い足取りで安置室に入りました。そこには既に、ティムのバンドのメンバー全員と、赤ちゃんを抱いて泣きじゃくるサラが居ました。私は、変わらず美しい顔の彼を見て、泣き出しました。
「ティム……本当に、ティムだわ……」
 私は、しばらく故人と遺族を見つめてから、フィルに尋ねました。
「彼は、いったいなぜ死んだの…」
 フィルの話によると、1時間ほど前、いつも起きる時間にティムが目を覚まさず、いくら起こそうとしても起きなかったので救急車で病院に搬送されましたが、ほどなく亡くなった、とサラから聞いたとのことでした。
 また、彼の死因が脳挫傷と聞いたとき、昨夜のことが私の脳に鮮烈にフラッシュバックしました。私は、頭から大量の氷水を浴びせられたような感覚を覚えました。
「私のせいなの……。私が昨日の夜、階段でふざけて彼を突き飛ばしたから……」
 私の言葉に、ギターのヒューゴとベースのジミーもこちらを向きました。
「…!そうなの、ロザリー?」
 ジミーが尋ねると、私はうなずきながら
「ええ…そうよ」
 と真実を告げました。途端に、ジミーたちの眼差しが突き刺すように冷たくなったのを感じました。
「取り返しのつかないことをしてしまった…。いくら謝っても、許されない……」
 ……私は、絞り出すように言いました。

 しばらく沈黙が続いてから、ヒューゴが口を開きました。
「ロザリー、もう俺たちに顔を見せるな」
 それを聞いて、私の体は一層震えました。そして、これ以上ここに居るのは私にも、彼らにも良くないと思い、悲しみながらその場を後にしました。

  その後、私は警察に事情聴取を受け、傷害致死の容疑が固まり、逮捕されました。私の逮捕を受けて、ジュディと組んでいたユニットは解消され、母や弟も私に電話をくれなくなりました。
 マスコミに至っては、「若きミュージシャン、良き父を殺したあまりにひどい女」、「不倫の果ての殺しか」などと、私の心にもないことをたくさん書いて大衆を煽っていました。私は、灰の中にたった1人投げ出されたような気持ちでした。

 しかし、裁判期間で留置されていたある日、私の夢の中に被害者が現れ、驚いたことには、私が立ち直るようにと、優しく励ましたのです…!

 自分に都合のいい解釈をしてるだけだろう、と非難する人も居るかもしれません。でも、私は罪を償う意思を固めて、裁判で懲役3年・執行猶予3年という判決を受け入れました。


 結審の日以降、私は、軽はずみな行いによって奪ってしまった命の重みを、一層強く感じるようになりました。その気持ちは言葉にならず、代わりに涙がこぼれるほどです。特に、ほかのミュージシャンがテレビでギタープレーをしているのを見た瞬間、涙が止まらなくなることもありました。
 赤ちゃんを連れた若い夫婦を見かけたときも同様です。もし被害者が生きていたら…と、即座に思うのです。

 でも、贖罪の気持ちを固めたとはいえ、被害者のことを思うだけでは、本当の償いとは言えません。罪の償いには、何をすべきかしら。自分にそう問い掛け、プロデューサーのサリバン・コーストさんとも話を重ねる日々がしばらく続きました。

 そして3月の初め頃、ある大きな出来事が起こったのです。


 私のもとに、何と遺族のサラ・スタインベック・シュルツ本人が訪れたのです。ティムが死んでしまった日から、私に悲しみと怒りに満ちたさまざまな言葉を投げてきた彼女を、私は恐れきった顔で見つめました。またいつものようになる…。そう思っていると、サラは思わぬ言葉をかけてきたのです。
「ロザリー、私、前にあなたに、『もう私とは関わらないで!』と言ったわよね…」
「え、ええ…。でも、どうして」
 すると、彼女は静かに語りました。
「実はあのあと、最愛のティムの夢を見たの…。それでね、彼は言ったわ。『小さな小さな俺たちの子に、恨みの心を植え付けちゃいけない』と…」
 途中から、彼女は泣いていました。私も、自然に涙が出ました。
「彼はあなたのこと、恨んでいないのが分かった。だから、私もあなたを…これ以上恨まない…」
 サラは、私をひしと抱きしめました。私は、彼女の態度の変化に、言葉が出ませんでした。

 しばらく私たちの嗚咽が続いたあと、サラは私の手を握り、私を見つめて言いました。
「ロザリー、私は強い心で生きていく。あなたも、夫の死を無駄にしないで、強い心で生き続けてね…」
 彼女の愛に満ちた言葉に、私はただただ涙をこぼしながらうなずきました。

 私の話は、これで終わりです。最後に、私の近況を少し、ほんの少し教えます。私はあらためてコーストさんに相談して、音楽活動から身を引きました。近いうちに資格を取って、保育士になるつもりです。子どもたちを、「愛し、愛される」人間に育てたいという望みからです。これからの私の生き方が、被害者とその遺族への慰めになることを信じて…。

階段の上で

僕はひどい熱に倒れ、ベッドの中に横になっていた。体が熱い。頭の中まで赤くなっている。まぶたが重い。ああ、目に映るすべてのものの輪郭がぼやけていく…。

 目を開いた僕の前には、妙に長い階段があった。僕はそれを登りたくなって、その階段を登り始めた。その階段を登るにつれ、なぜか僕の胸はわくわくしていた。まるで旅行の目的地に着く前みたいに…。

 でも、その階段の真ん中辺りまで来たとき、前方から1人の男性がすごい勢いで走ってきた。僕は彼の顔を見て、はっとした。彼は、僕のバンドのギタリストだったんだ。
「ティム!」
 僕は思わず彼に抱き着いたけど、彼はすぐに僕の手をのけて、いつになく厳しい口調でこう言った。
「フィル、おまえはこの階段、登っちゃいけない」

 彼の予想外の発言に僕は動揺した。
「何でだよ。何で登っちゃいけないんだ」
「今のおまえには、この階段を登ることが許されてないからさ」
 僕には彼の言っている意味がわからなかった。僕は半べそをかいて言った。
「そんなこと言うなよ。僕たち、こうしてもう一度会えたんだよ?また一緒に音楽やろうよ」
「いや、フィル、おまえはまだ、この先にある場所へは行けない」

 僕は大声で言った。
「だから、何で僕がこの先に行けないんだよ!」
「おまえがこの階段を登れるのは、随分あとのことだからだ」
 それでも僕は、ティムの言葉に納得できなかったけど、彼は僕の両肩に手を置いて言った。
「とにかく、今回は帰ってもらおう。またいつかこうして会える日が来る」
「ティム…」
 僕は両手を震わせながら、彼を見つめた。彼は、気の強いあの眼差しでうなずいた。


 僕が来た道を戻ろうと背を向けると、今度はティムから声をかけてきた。
「いや、まだ行くなよ。最後に幾つか伝言があるんだ」
 僕は振り返って、彼に近寄った。
「伝言って?」
「ギターのヒューゴと、ベースのジミーには、『おまえららしくあれ』と。うずくまっているロザリーには、『どうか立ち直ってほしい』と。そして、俺の妻サラと小さな子スティーブには、『永遠に愛している』と、伝えてほしい」
 その直後に彼が見せた笑みは、どこか切なそうだった。
「うん、必ず伝えるよ」
 僕はうなずくと、その階段を走って下りていった。流れる涙をそのままに、振り向くことなく…。さっきティムが言った、「またいつかこうして会える日が来る」という言葉が、心の中で何度も響いた。

 僕はぱちっと目を開けて、ゆっくりと体を起こした。美しいティムの姿も、あの長い階段も、夢…だったんだろうか…。でも、僕の目は確かに涙で濡れていた。僕は、ベッドサイドのテーブルの上にある、ティムとのツーショット写真を見た。
「そういうことだったんだ…」
 僕は、やっぱり涙を止められなかった。

あるバンドマンの死 愛と命編

「あるバンドマンの死 愛と命編」、いかがでしたか。ティム・シュルツに関わった人々の悲しみと愛は非常に強いものだったと思います。
なお、ちゃっかり宣伝ですが、続編にあたる「あるバンドマンの死 明るい過去編」を近日公開致します。興味がございましたら、ぜひお読みください。

あるバンドマンの死 愛と命編

舞台はカナダ、トロント。架空のロックバンド「LOVE BRAVE」のギタリスト、ティム・シュルツと彼の妻サラ、そして彼の運命に大きく関わるシンガー、ロザリー・メイが中心に織りなす物語です。 なお、チャプター1で使用している画像は、GATAG FreePhoto3.0というサイト様より、DGtal Plus Art&Photo様の作品をお借りしています。 リンク先: http://free-images.gatag.net/ ※この物語はフィクションです。登場人物、団体等は全て架空の存在であり、現実とは一切関係ありません。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-13

Copyrighted
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Copyrighted
  1. ティム・シュルツのために
  2. FOREVER BELOVED
  3. うねりと、せせらぎと
  4. 階段の上で