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プロローグ
東堂春希が病室のベッドの上でくつろいでいると、黒スーツ・グラサン姿の男数人が押し入り、ベッドを囲んだ。東堂は訳も分からず、身体を縮こませて男達の顔を見回す。
「東堂春希か。」
真正面に立った、リーダーであろう男が聞いてきた。東堂は小さく頷く。
「一緒に来てもらおうか。」
「アンタ達、何者だ。」
男は答えず、顎で部下達に指図する。部下達は東堂を羽交い締めにし、薬を嗅がせて東堂の意識を奪った。
目を覚ますと、何処かの一室に居た。
目の前に先程の男が座っていた。ただ黙って、東堂を見つめていた。周囲を見回すと、他の男達は居なかった。相手が1人なら逃げれると思い立ち上がろうとしたが、椅子に胴体と足を括り付けられていて、身動きが取れなかった。
「・・・ここは何処だ、何が目的だ。」
「手荒な真似をして悪かった。が、お前が大人しくついてくる保証がなかったからな。出来るだけ穏便に済ませる為には、ああするしかなった。」
「あれのドコが穏便だ。」
「実際、お前がここに来るまで騒ぎは起きなった。」
「今頃俺が居なくなった事に気付いて、捜索願が出されてるはずだ。」
「それはどうだろう。お前は、自分が捜索願を出してもらえるだけの人間だと思ってるのか。」
男は鼻で笑い、立ち上がって東堂の顔を覗き込んだ。うっすら笑みを浮かべている。ほのかに香水のような匂いがした。
本来ならば、ここで威勢よく「そうだ」と肯定をしなくてはならない。が、今の東堂にはそれが出来なかった。正直に言っても理解してもらえないだろうが、下手に嘘をついてしまう方が危ないと思った。
「如何した、黙り込んで。」
「どう答えていいか分からない。」
「は?」
「記憶がないんだ、一昨日より前の。」
東堂の言葉に男は拳を上げたが、ぐっと堪えた。
「お前、冗談ぬかしてる場合じゃないって分からないのか。」
「本当に、分からないんだ。なんなら、病院に聞いてくれ。俺は、記憶喪失なんだ。3日前になんかの事故で頭を強く打ったらしくて。」
「クソッタレ!ようやく見つけたのにコレかよ!」
男は地団駄を踏み、再び椅子に座った。グラサンをとって手で顔を拭き、うなだれた。
「・・・確認する。本当に、記憶喪失なんだな。」
「そうだ。だから、アンタがなんで俺を拉致したのかも皆目見当もつかない。」
「なら、思い出させるまでだ。こういうのは、同じショックを与えればいんだよな。よし、今から鉄骨用意してやる。」
「待て!病院では自然に思い出すのを待てと言われたんだ。」
「いつになるか分からない事を待てるか。」
「それか、何か記憶に直結する事、た、例えばおふくろの手料理食べるとか。」
「そんなの確証がない。」
「第一、鉄骨ってなんだよ。俺は鉄骨で頭を打ったのか。そもそも、どうしてお前がそれを知ってるんだ。」
「俺もその事故現場に居たからだ。」
男はそう言うと、東堂を睨んだ。
「お前が居なければ、伶は死ななかった。お前が、伶を殺したんだ。」
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