憂鬱探偵
この作品は高校生の時に思いついたのですが、なかなか書く機会ができず、現在に至ります。ミステリーですが彼らが醸し出すコメディーの雰囲気も楽しんで頂きたいです。
プロローグ
プロローグ
誰しも苦手なものは存在するだろう。一人でいるのができない人。人の気持ちが理解しきれない人。そして頭より先に体が動いてしまう人。それぞれがその人の弱点である。しかし違う考えもできる。それは弱点ではなく美点であると。一人でいられないということは常にだれかと行動し、身の危険を守れるということ。人の気持ちが理解できなければ場の雰囲気に従わずに自分の意見を言えること。そして先に体が動けば考えすぎるよりも物事を早く運べる場合がある。何事も考え方次第で変化させていくことが可能であり、考え方次第で弱点にも美点にもなる。どこかの本で読んだ記憶がある。だったら僕の場合はどういう美点になるのだろうか。
朝七時、出勤。電車で二十分。そこから徒歩で向かい途中にある公園による。野良猫たちに餌をやり、ゴミを払う。それからまた歩き仕事場所へと到着する。ここが長谷川守人の職場である仲上探偵事務所だ。到着したのは八時十分。到着したのは二階建てのあぱーのようなところ。一階は食事処。階段を上がり二階へと上がる。合鍵で扉を開き中に入る。ワンルームの部屋。窓際には向かい合った二つのソファー。反対側には中型のテレビ。奥には大き目のデスク。ソファーの上に人の気配を感じて確認に行く。そこにはまるで野宿をするかのようにソファーの上で毛布にくるまった茶色い塊がある。見方によってはミノムシにも見えるだろう。いつものことだ。ミノムシの殻を開き、なかのものに話しかける。
「仲上さん、起きてください」
体を揺らしてみる。
「あと五分、いや五時間で」
「起きなければ、そのソファーに油を被せて、火をつけて燃えカスをゴミに出します」
「いや待て。起きる。すぐ起きる。ていうかそんなことしたら事務所が燃えるだろうが」
「わかっています。なのでしません。しかしいつでも準備は整えています」
「ただでさえ火の車の事務所に、火をつけようというのかマモル」
「それが嫌なら仲上さんも準備を整えてください」
「わかった。わかったって」
ゆらゆらしながら仲上は着替えに向かった。その間に長谷川はソファーを片付け、仲上のテーブルを片付ける。いつもの光景だ。
「さて、仲上さんどうしましょうか」
探偵事務所とは依頼人がいなくては利益が生まれない。
「またティッシュ配りでどうだ」
今は広告を中心としている。
「もう合計百束は配りました」
「それで効果なしか」
「まあそろそろ出てもいい頃ですけど」
「いままで依頼内容がしょぼすぎるんだよ。犬探したりとか」
「平和なのはいいことです」
「しかし俺らには不景気だ」
探偵とはいえ現代では本に書けるような出来事はまあ起きない。
「しかたありません。またティッシュでも配ってーー」
「すみません」
六十代くらいの女性が三回ほどドアをノックし中に入ってきた。
「いらっしゃい。なんでもかんでも早くスマートになおかつ情熱的に解決仲上探偵事務所です。どういったご用件でしょうか?」
率先して仲上は声をかける。
「あの、ティッシュに書いてる広告を見たんですけど」
「ありがとうございます」
「こちらには従業員の方は何人ほど?」
「私、仲上と、あの柱の奥にいる男性だけです」
見ると部屋の端に建つ柱の裏に行き体の露出が十パーセントもないんじゃないかというくらい縮こまって僕を呼ぶなと言わんばかりに仲上を睨んでいる。そう長谷川守人の弱点。
それは対人恐怖症にしてはとても重症だ。
「気になさらずに、働くときはちゃんとしていますから」
透かさず仲上がフォローする。
「そうですか。」
少し女性は引き気味だ。
この空気は良くない。非常によくない。今まで客足が伸びなかったのもこれが原因だ。ここで依頼を何度か逃してきた。はやく話を切り出そう。
「それでどういったご用件で?」
早口で言った。
「あの、ここはどんな依頼も引き受けてくださるんですよね?」
「はいもちろん」
「私が依頼したことも漏れませんか?」
「もちろん依頼人の個人情報は必ず守り、捜査状況は依頼主様にのみ公開いたします」
長谷川はじっと見つめている。今回は少し濃い依頼になりそうだ。そう感じる。
依頼人は帰られた
「聞いてたかマモル」
「はいもちろん」
「依頼人は藤田香さん63歳、そして今回の依頼は猫探しだ」
続く
一章 第一話 猫は知っている
全く喜びの空気は流れなかった。
「なんでだ。犬の次は猫か。まったく。」
「大丈夫ですよ仲上さん。依頼が来ないよりましです。」
「そうは言えどさ。」
「とりあえずその藤田さんのお宅に訪問してください。それから探しましょう。はやく連絡を。」
「なにを言う。お前も行くんだよ。」
「絶対に嫌です。」
「駄目だ。依頼人との信頼関係を気づくためにも行くんだ。」
「ううぇー。」
「文句を言うな。」
少し気分を沈ませあと顔をあげて眼鏡を整え彼は言った。
「あと、仲上さん。まだ猫探さないでください。」
「はぁ?なんで。」
「今は疑惑ですから。仲上さんに言っても混乱させるだけです。」
「まったく。わかったよ。」
ここで噛みついてもなにもないと思い受け入れた。
二日後、藤田香の自宅の前に訪れた。アパートの一階ではあるが一般的なものよりも少し広いくらいだ。家のほうにはなにか問題があるとは思えない。問題があるとすれば長谷川のほうだ。
「マモル、なんだその恰好。」
長谷川は顔にガスマスクと言わんばかりのもそを装着し、三百六十度どこから見ても表情を確認できない。
「マモル、それ取れ。」
「嫌です。」
「お前いつも事務所来るときそんなの付けてないだろ。人見知りもそこまで行くと病気だぞ。」
「僕は人見知りではありません。得体も知れない人に特定の誰かと認識されることが嫌なんです。」
理解できるようで理解できない。不気味な理由だ。
「だとしたらその姿はものうごーく目立ってるぞ。」
あえて協調をつけ話す。
「わかりました。じゃあこうします。」
長谷川はガスマスクを外した。妥協してくれたのかと感じたが、勘違いであった。
彼は持ってきたバックからプロレスラーが使う覆面が出てきてそれを被ろうとする。
「お前は変装が趣味なのか?」
「いいえ。」
仲上は頭を抱えた。もういっそのことこのままでもいいんじゃないかとさえ考えたが、探偵とは信頼関係が第一。どうにかしなくてはこの状態でなにえを言っても信憑性に欠けてしまう。そもそもお前が面会した一定言ったんだろ。
「藤田さんは目悪いらしいよ。」
どうでもいい情報をツッコんだ。
「え、なんでそれを先に言わないんですか。」
長谷川は興奮し、いつもの状態へと戻った。いったい何が起こったのかこいつの価値観は未だに理解できない。しかしなにはともあれこれでやっと家のインターホンが押せる。
ピンポーン
続く
第二話 猫は知っている part2
部屋に上がりリビングの方まで誘導される。途中でキッチンをちらと見たがキャットフードの袋が一つきれいに置いてあった。三人ははリビングで正座し本題に入る。
「どうなんですか?見つかりそうですか?」
詰め寄るように藤田が仲上に話しかける。長谷川はやはり会話をしたくないのか端の方に縮こまっている。
「精一杯行っています。今のところ範囲は狭めてきています。」
緩く嘘をつく。猫の特徴は黒と白のまだら模様。目の周りは黒模様のハートマーク装飾品なし。写真ももらっている。聞くところによると藤田香は猫が消えた翌日に依頼を出したそうで、本当は自分で探したいがもう足腰があまり持たないらしく探偵を頼ったそうだ。これならだましだましやっていけるかもしれないという悪知恵から仕事を受けてというのもある。
「そうですかぁ。あの子どっか散歩に行ってふらっとまたうちに来てご飯するみたいな放し飼いだったんでどこ行ってるとかわからなくて。でもやっぱりいなくなるとこの年ですからすごく寂しく感じてしまって。」
「お気持ちはお察しします。」
「ベランダにまたキャットフードとかもおいているのですけれど全く気配が無くて。」
フォローしたつもりが逆効果であった。
「私どもも全力を挙げて探しますのでご心配なく。」
こういう時は相手に不安感を与えてはいけない。なにか安心できる材料はないのか。話を変えよう。
「藤田さんは猫がいなくなったとき何をなさっていましたか?あと、最近の変化であったり。」
「昼の終わりごろに日課である散歩を。足腰が弱いとはいえ放っておいたらもっと悪くなるかと思い、始めました。あと、年齢のせいか、少し物忘れが出てきたようで探していたものが見つからなく。」
その時ゆっくりと長谷川は近づいてきて言った。
「もう十分聞きたいことは聞けましたし大丈夫です。後は寄り道して帰りましょう。」
「は?」
意味不明であった。十分も何もお前は会話すらしていないじゃないか。さっぱり言っていることがわからない。
「安心してください。猫の居場所なんですがおおよそ見当がつきました。」
「え?」
「え、二回言いましたね。」
「うるさい。」
確かに驚きの二連発。今の会話で何がわかったというのか。
「だからさっさと帰りましょう。」
「だから適当に切り上げて帰りましょう。」
「バカ、急にそんな適当にできるか。」
「じゃあ僕は先に帰ります。」
「おい。」
長谷川は何も聞いていないかの如く。立ち上がり外に出る。元々出口に近いことがあり。止めることはできなかった。
「すいません。失礼します。」
こうなっては自分も出ていくしかない。、仲上は長谷川を追いかけるように出て行った。
続く
第三話 猫は知っている part3
長谷川は歩き続けた。途中でなんどか急に止まり、周りをキョロキョロ見ていたが、また急に歩き出し止めるタイミングを掴めなかった。そしてまた急に止まった。
「待てこの野郎。」
長谷川の肩を鷲掴み、歩きを止める。
「痛いですよ。仲上さん。」
なんの悪びれる素振りを見せない。
「マモル。勘弁してくれよぉ。探偵にとって依頼人との信頼関係が大事なんだ。そうじゃないと次の仕事に繋がらん。」
「仲上さん、猫、見つけました。」
「へ?」
「この公園にいます。」
見渡すとそこは小さめの公園であった。尚且つ木々が生い茂り、野良猫がいるのにピッタリな環境であった。長谷川はその茂みに向かいバックからミルクを取り出し特定の場所に設置した。すると中から猫たちが数匹出てくる。その中から一匹を取り上げ仲上に見せる。白黒で目の周りが黒くてハートの形。しかし目元に少し傷があった。
「発見しました。」
言葉が見つからなかった。見つかったことを素直に喜ぶべきか。見当をつけていることを報告していないのを怒るべきか。先に口を開いたのは長谷川だった。
「あとはこの猫の傷の秘密が解れば解決ですね。」
「待て、秘密も何も猫見つかったんだから藤田さんのとこに持って行きゃそれで解決じゃないか。」
「仲上さん。」
何か言いたそうな様子だ。
「なんだよ。」
「探偵なんですからもっと観察眼鍛えてください。そんなのだから探偵じゃなくて何でも屋になっちゃうんですよ。」
寒―い風が吹く。因みにだが仲上は長谷川より年上である。それを加味した上でもう一度考えてみよう。単なる説教だ。
「マモル。さよなら。」
そう言って仲上はとぼとぼ歩き出す。
「あ。」
やってしまった。意外とこの人はハートが弱いのであった。
「あの、仲上さん言いすぎました。すいません。」
追いかけながら話しかけるが一向に返事が来ない。そして早い。あっという間に事務所に戻り着き、締め出された。
「仲上さん。開けてください。」
ドアを叩くが全く反応が返ってこない。しかたない。
「仲上さん。仕方がないのでこの状態でネタばらしというか僕の推理発表します。」
続く
第四話 猫は知っている part4
ガタンという音が中から聞こえた。恐らく今ソファーから降りてドアにある曇りガラスの近くに来たのであろう。聞いているなら問題なし。
「まず最初の違和感は、藤田さんが事務所に入られた時でした。あの人は事務所に入り、そこに所属している人数を最初に尋ねました。そこで一つ思ったのはこの人は、依頼内容をあまり口外したくないんだと。でも蓋を開けてみれば猫探し。寧ろ人数が多い方が都合がいいはずです。」
ドアの向こうからまたガサゴソと音が聞こえる。おそらくドアの向こうは聞こえが悪いのか試行錯誤しているのだろう。まあいいや。
「もう一つ、依頼人は探している猫の名前を言いませんでした。猫探すのだから名前を教えないのはとても違和感でした。最初はやましいことがあるために名前を隠しておきたいのかと考えていましたが、自宅訪問によりその謎は解決しました。名前を言わないのではなく、言えないのだと。」
「なにそれ。」
小さな声がドアの向こうから聞こえてきた。
「仲上さん、何か言いました?」
「あ、シーン。」
あくまで仲上は聞いていない設定らしい。
「。。。とりあえず続けます。猫の名前においては、藤田さんの自宅での証言が関係あると思います。藤田さんは猫がたまに来るとおっしゃっていました。これは事実、もしくはその日に偶々来たものと考えられます。しかしあまり可愛がってはいなかったでしょう。もしくは何とも考えていなかった。」
事務所のドアはガラス窓になっているのだが、そこに仲上の顔が透けていた。そんなに気になるなら出てくればいいのに。気にするな推理を続けよう。
「これにおいては置いてあった、餌が関係あると思われます。」
「餌だって?」
また口を挟んでくる。この人は本当に無視しているつもりなんだろうか。
「猫が来るようにと盛っていた餌なんですが、公園に来る途中のショップで特売されているものでした。さらに、餌の中でも安めのやつです。毎度その餌をあげているということも考えられますが、藤田さんの話からすると猫をとても可愛がっていたように振舞っています。それなら、一番安い餌をあげているというのは違和感があります。そして大切なのはその量です。」
「量?」
扉の向こう側から完全に会話に参加している仲上を無視した。
「藤田さんの家を見る限り、餌の袋は封を切ってある一つだけでした。ゴミ箱も確認しましたが、以前にも購入したような痕跡はありませんでした。これらのことを考慮に入れると。」
「考慮に入れると?」
「猫には何かしらの秘密があります。顔の傷跡も含めて。藤田さんはそれを隠しているということです。」
「なるほどなぁ。」
よし、このままこのへそ曲がりを畳み掛けよう。
「まあ長々と話しましたが、これも全部仲上さんが藤田さんの家に堂々と上がり、いろいろと話を聞いてくれたおかげです。ありがとうございました。ですが、まだ不確実なことが少しあります。それを明らかにするには仲上さんの力が必要不可欠です。ご協力のほどよろしくお願いします。」
少し、いやいや、かなり強引に結びつけたがこれで機嫌を直してもらえるといいんだが。
少し沈黙が続く。
「ふふふっ、仕方ないなぁ。マモルがどうしても、俺がいなければ小便ちびるほど何もできなくて俺がいないと夜も眠れないというのなら、手伝ってやっても構わないこともないこともないけどねぇ。」
仲上の頭にはどこから持ってきたかわからないようなギラギラに輝くハット、ラメの付いたサングラスを着けて出てきた。
「まあ、そういうことでいいです。」
さて調査を続けよう。
「わからないのはこの猫に何があるかです。」
「そうだな。早く行こう。」
「仲上さん。」
「何だ?」
「責めてその服は着替えてください。」
仲上の服には大きく「猫の手も借りたい」と書いてあった。
続く
第五話 猫は知っている part5
それから二人は調査を再開した。まずは藤田がキャットフードを売っていた店から聞き取り調査だ。
「それじゃあ、仲上さん、お願いします」
「はいよ」
長谷川はさっきの猫を持ち上げて言った。猫の瞳は潤いがあり光り輝く。視点を変え長谷川の表情を確認するとさっきまでの感動を失う。長谷川から五十メールほど離れたペットショップ店に入って行った。店の外に安売りの餌が置いてある。扱いが雑なのか値札の部分がビラビラと風に沿って動いている。
「すいません」
「あ、いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
なかにいた男性従業員が話しかけてくる。
「ああ、私、近くで私立探偵事務所を設けています。仲上と申します」
「はあ」
しっかりと名刺を渡してから話に入る。
「唐突ながらこの猫をご存じではありませんか?」
じっと写真を見つめ店員は首をかしげる。
「さぁ。うちで飼育している子では見覚えないですね」
「野良猫なのですが」
「どちらにせよわかりません」
猫についての情報なしかぁ。
「じゃあ話を変えます。この方に見覚えはありますか?」
仲上は秘密裏に撮っておいた藤田の写真を見せる」
「ああ、この方だったらいらしましたよ。」
「本当ですか?」
「はい、いい餌をくださいだとか。確か映像が残ってるはずです」
「見せていただけませんか?」
「構いませんよ」
店の奥に入れられた。
「確かこの日のやつに。あった。これですかね」
長谷川にも見せるため監視カメラの映像を一時拝借させてもらった。
一時的に事務所に戻り、映像を確認する。ちなみに猫も一緒に連れてきた。映像の中には確かに店に来る藤田を発見。
「話によると、藤田さんは少し焦った様子だったらしい」
「焦った、ですか」
藤田が店員に話しかけている。
「ここだ。この時に、いいキャットフードが欲しいと言っているそうだ」
「なるほど」
そこから店員は、藤田を案内するように去っていった。そこで映像が突然消えた。そして急に藤田は、その場からいなくなり、店員だけが映った。
「この間は、管理の不具合かなんかでデータが消えているらしい。まあ、この程度だがなんか収穫あるか」
「収穫どころじゃありませんよ。」
長谷川は眼鏡を正し、立ち上がる。
「新発見です!」
「どうした?マモル」
「わかりましたよ。あとは仲上さんこれについて調べてください。」
長谷川はすばやくペンをとり、メモをした。それを投げつけるように仲上に渡した。
「なんだよこれ。」
「それが今回のキーワードです。これによって猫の謎が解明できます」
「本当かマモル?」
「はい、調べ終えた後、藤田さんのところで全てを明かします。でもその前に、仲上さんにはお話しします。」
続く
第六話 猫は知っている part6
次の日、藤田さんの家に訪れていた。
「よし、行くかマモル」
「嫌です。」
「はぁ?」
「仲上さんには全てを話しました。あとはお任せします」
「この期に及んで何を」
「僕は他人と話したくありません」
頑固な態度。なんだかイライラしてきた。でもここで喧嘩をしても仕方がない。ここは仲上が一歩退いた。
「わかった。でも中には付いて来いよ。お前の推理なんだからな」
目を細くして長谷川は頷いた。
ピンポーン
{はい}
「仲上探偵事務所の仲上です」
{はい、今開けます}
話は通してある。あとは推理だけだ。
「失礼します」
部屋の奥まで連れていかれ、向かい合うように座った。少し遅れて長谷川が付いてきた。
「今日は猫捜索について現在の状況を説明しに参りました」
「あの子は見つかったのですか?」
唐突に質問を投げかけてくる。それに対して仲上は動じることなく返答した。
「はい、見つかりました」
「本当ですか。はぁ、よかった」
「しかし、あの猫はもうあなたにはなつかないかもしれません」
「え、それって、どういう――」
「我々の推理をお話しします」
風で近くの木々が擦れ合うのが聞こえた。それは外の静けさを感じさせた。
「まず藤田さんあなたは普段あの猫に餌を与えていなかった。しかし最初出会った辺りは与えていた。違いますか?」
「どうしてそれを。」
「藤田さんの家に訪れた時、普段から可愛がっている猫に対しては、当たり前のように餌をあげているものだと考えていました。しかし、あなたの家にあったのはキャットフード一袋で、しかももっとも安いもの。だから我々は、最初なにかしら藤田さんにやましいことがあり、それを隠すために猫を探しているんだと考えました。」
「そんなこと――」
「わかっています」
藤田が声を荒げようとするのを空かさず止める。
「藤田さんが餌を買いに行ったペットショップの映像を調べました。すると、そこには急いで餌を買う藤田さんを見つけました。しかし、フードボールは購入されている姿は拝見できませんでした」
藤田が少し驚いた表情を浮かべる。フードボール。わかりやすく言うとペットに餌をあげる際に使う、皿のようなものだ。
「通常餌を買う際フードボールも買っていたほうが便利だと考えます。しかし藤田さんはそれをされませんでした。だからてっきり、家にあるお皿を使用するのかと思ってしまいました。けれどあなたの家にはフードボールに盛られた餌がある。そして我々が出した答えは、藤田さんは何度かあの猫に餌をあげた経験があり、それを一度やめておられることです」
沈黙が流れる。藤田もなにも言わない。いやなにも言うことがないのかもしれない。ただ明らかに長谷川の推理は、今のところ的中している。話しているのは仲上だが。
「このことから藤田さんが猫を可愛がっていたのは事実です。しかしなんらかの理由からそれをしなくなった。では次は猫について話したいと思います」
藤田はさっきよりもいっそう強く仲上を見つめる。その熱心さに、仲上も少しばかり引けを感じてしまう。でも全てを伝えなくてはいけない。
「猫を見つけたのはお話を伺いに行った後、すぐです」
「じゃあなんでお伝えいただけなかったのですか!」
「さっきも申し上げたように、我々は藤田さんに少しながら疑念がございました。そして発見された猫は、目元に傷を負っておりました。
故に我々が保護するという形をとりました」
藤田は口をすぼめてこちらを見てくる。
「あの猫は言わば野良猫です。野良猫ゆえに決まった行動パターンを持っていました。朝昼と、どこかで人間から餌をもらい、歩き回る。藤田さんの家に行っていたのも、その行動パターンの一つだと考えます」
いったん沈黙が流れる。
「猫の傷と行動パターンについては、後々詳しくお話いたします。ここから先は、キャットフードについて話をさせてもらいます」
続く
第七話 猫は知っている final
「藤田さんが購入されたキャットフードは安売りしてあるものだということがわかりました」
「そんな、だってわたしは、、、まさか。」
「はい、あなたは騙された。これも調べたんですが、あなたが購入したキャットフードはあなたが購入された翌日ごろ粗悪品であったということがメーカーから発表されました。しかしあの店は値段を下げることによってそれをだましだまし販売していたんです」
「なんてこと、そんな」
「もちろん許されたことではありません。しかしあの人物は別の罪も犯していました」
「別の?」
「窃盗です」
「窃盗?」
藤田は腑に落ちぬ様子だった。
「はい、あのペットショップに訪れた際に監視カメラの映像をいくつか頂きました。その映像には途切れた部分が存在していました。あまり経営状況がいい店ではないのでしょうか。お客が訪れた場面が少ないです。
そしてちょうど店員がいない時間帯と藤田さんが散歩に行っている時間帯が一致しています」
「そんな」
「藤田さんは物忘れが出てきたのではなく。盗難を受けていたのです」
沈黙。無理もない。猫探しが発展してこんなことになっているのだから。
「でもそれを幸か不幸か目撃したものがいました」
「いったい誰が」
「猫です」
「ねこ?」
「はい、あの猫です。ここからはあくまで予測ですが、盗難があった日に猫は藤田さんのお宅に来ていたのでしょう。犯人は物音か何かが聞こえた際に物を投げたりなんかしたのでしょう。衝動的に。それが当たり、目元に傷ができた。そして傷のついた猫を藤田さんは発見し、我々に猫探しを依頼してきた」
「・・・」
驚きというよりは諦め。この人たちには全てばれているんだという諦め。
「藤田さんが最初我々の事務所にやってきて人数を確認したのは傷をつけた人に発見されたくなかったから。傷のことを教えなかったのは私たちが聞き込みの時に言いふらすのを防ぐため。でも藤田さんは一つミスを犯してしまいました」
「ミス?」
「猫を呼び戻すための餌に粗悪品を使ってしまったことです」
「はっ!」
息を吸うように驚き固まる。
「あの猫は傷を受けた状態でも藤田さんの家を訪れた。そして餌に口をつけてからいなくなった。猫を見つけてから少し不安でもあったので獣医のところにまで持っていったんです。すると下痢に似た症状を起こしているのがわかりました。キャットフードを食べたせいでしょう。」
「・・・」
「わかりやすく猫の動向についてまとめます。猫は普段からあなたの家を訪ねていた。窃盗に遭っているあなたを知っていた。ある日いつものようにあなたを見に来るとあなたはおらず、犯人だけがいた。その姿を見られ攻撃を受けた。それでも後日あなたの家に訪れた。
少し弱ってもいたのかあなたの用意した餌を食べた。すると猫は体調を崩し、そこを去っていった。
これは猫にとっての絶望でした。そして二度とここに戻ってくることはなかった。これがこの事件の全貌です」
藤田はなにもいわず斜め下を向いていた。長谷川はただ藤田を見つめている。なにかを言いたいのか。それは仲上の想像しうることなのか。ただ彼はまっすくと彼女を見ていた。
沈黙の中でそれぞれがそれぞれのことを考える。仲上が沈黙に耐え切れず口を開いた。
「藤田さん。もしまた猫といたのであればまたあなたにーー」
「結構です」
仲上の言葉を叩き落すかのように藤田は言った。目には涙を浮かべている気がした。
「あの子ねぇ、私はあんまり、好きじゃなかったんです。でもねぇ、毎日毎日私の家に来て、私のことを見て去っていく。毎日毎日」
その言葉をまるで祈るかのように唱える。
「だから、ご飯をあげようとしたんですけどどうにも、懐いてくれなくてね。もし言葉がわかれば、一言だけでも伝えたかったですねぇ」
一章エンド
第一章 猫は知っている エピローグ
仲上探偵事務所。長谷川は書類をまとめてファイリングし、仲上はデスクで物思いに耽る。事件のその後、ペットショップは警察のガサが入り営業停止。盗みを働いた店員は逮捕となった。
「なぁ、マモル。その猫ほんとに飼うのか?」
「はいもちろん」
長谷川がソファーにいる猫を抱きかかえる。猫はもともと野良。藤田が引き取り拒否したためそのままのわけにもいかず、今に至る。
「名前も決めました」
「なんだ、行ってみろよ」
「タマです」
「まんまだな。でもそいつオスだぞ」
病院に連れて行ったため、ある程度のことはわかっていた。
「じゃあ、タマ吉にします」
「いいのか、そんな適当で」
「いいんですよ。偶に吉を運んでくれる。いい名前じゃないですか」
こいつめ。長谷川はソファーに座り、膝にタマ吉を乗せ、なでる。
「それにしても、お前ほんとに猫好きだな」
「仲上さん、何を言っているんですか」
「へ?」
「僕は犬派です!」
第二章に続く
謎の更新
私は灰色の土を歩き、緑と茶色の世界を進む。たとえ道を失っても、先にはブルーな二人がいる。
第二章 第一話 恋するアイドル
第二章 恋するアイドル
この部屋にあるもの。ソファー、ソファーの前に小さなテーブル、斜め向かいにテレビ、奥にデスク。それだけ。仲上と長谷川は、そののうちの二つ。テレビとソファーを利用していた。仲上はソファーに前のめりに座り、熱心にテレビを。その隣で長谷川は、静かに腰掛け、膝の上にタマ吉を乗せて撫でていた。決して綺麗でも、裕福でもない探偵事務所に珍しく和やかな空気が流れる時間であった。
「仲上さん、さっきからなにを見ているんですか?」
不要な質問であった。仲上の隣に座っているのだから、何を見ているのかわかっているし、それを前のめりに見ている仲上を見ていれば、熱中しているのは一目瞭然だ。しかし会えて長谷川はこの質問を仲上にぶつけてみた。
「なにって、佐久良涙{さくらるい}ちゃんだよ」
「誰ですか?」
発言した後で気が付いた。言ってはいけなかったと。仲上とて無知ではない。芸能人の名前くらいは頭に入っている。本当に気になっていれば自分で調べるし、気になっていなければそのまま放置していた。ただふいに出てしまった言葉にただ後悔した。
「マモル、知らないのか!今超絶人気の中学生アイドル涙姫こと佐久良涙ちゃんだよ!短髪でハスキーな声を持ちながらも、その抜群のルックスと歌声で思春期の女の子が抱える恋の悩みなどを見事に歌い上げていて、ぺけぺけぺけぺk」
一時間後、仲上はまだ語っていた。長谷川は相槌をしながらも、目は虚ろとなり、意識は遠のいていくばかり。ここままでは耐えかねないと思っていたころ、扉がノックされた。
「トントン」
扉お開けて人が入ってきた。それは仲上の話を止める最善の出来事のように思われたが、まったく効果がなかった。むしろ仲上を、ハイテンションにさせるものとなった。そして二人は中に入ってきた人物を見て目を丸くした。佐久良涙であった。
空気が止まった。まるで雨上がりの夜明けのように。
「すいません、こちらは仲上探偵事務所でよかったですか?」
「はい」
響く声。この事務所が彼女のために用意されたステージのように感じる。
「座ってもいいですか?」
「はい」
ゆっくりと歩き、仲上の前に座った。歩き方にさえ貫録と愛らしさを感じる。流石アイドルと言わざる負えない。
「あのー、お仕事を依頼したいんですけど?」
「ありがとうございます」
答えているのは仲上だが、彼女から目を離すことを全くしない。同様に長谷川も。
「マモル。お前対人恐怖症だろぉ。なんでにげないぃ」
「仲上さぁん、僕は年下は大丈夫ですぅ」
言うまでもなく、二人の会話は虚ろである。しかしそうならざる負えないのは周知の事実だろう。先程まで話題になっていた人物。それも芸能人が、自らのもとに現れ、あろうことか仕事の依頼をしてきたのだから。
「マモルぅ、俺を殴れぇ」
「いいんですかぁ。いままでのうっぷん全てを込めますよぉ」
「むしろそっちの方が意識がはっきりするってもんだぁ。こぉーい」
「いきますよぉ」
バキッ
パンチにしては鈍すぎる音が仲上の頬に響いた。気がつけば、そのとき既にタマ吉は移動をして、長谷川のパンチを拒むものは何もなかった。
「ぐぁあ、いてえぇ」
仲上としても想像以上のものが来たので準備しきれなかったのであろう。少し硬直した。
「よし、お客様、どんなご依頼でございましょうか?」
明らかにその声は裏返っていた。
続く
二話 恋するアイドル part2
お客の名前は聞くまでもなかった。テレビを見たことのある人間であれば、さっと出てくる。
「あの、ここで話したことは絶対他の人には伝わりませんよね?」
その声はハスキーではあったが、美しく通った声であった。仲上はその声を全身で感じるかのように聞き、質問に答える。
「はい、お客様の情報は外部には漏らしません。」
いつもより暖かく、気を使った声で答える。それを聞いて長谷川は仲上の方を眼を細くして見つめる。しかし仲上はその視線に気が付かない。
「ほんとに、ほんとですか?よくテレビとかでやってる。{SNSとかから流出しましたー}とか、{第三者の取材によりー}とか、ほんとにありませんよね!」
食い気味で話しかけてくる佐久良に全く臆することなく、むしろ幸福に思ってしまう仲上は答える。
「はい、ぜひとも、私たちを信頼してください!」
食い気味の姫に対して似合わないスーツの家来は堂々と返した。それに納得したのか、姫は姿勢を直す。
「じゃあ、その、相談の方なんですけど――」
「はい」
「その、私、その――」
なかなか言い出しにくそうだ。
「安心してください。我々はあなたの味方です」
仲上がにんまりと笑う。
「は、はい。すーはー。私、好きな人ができまして、その、どうしたら上手く仲良くなれるかなぁって」
その言葉を聞いたとき、仲上の黒目は消えていった。長谷川の眼鏡も曇っている。かろうじて仲上の口が動いた。
「オイ、マモル。イマノキコエタカ?」
「はい、しっかりと。依頼主ははっきり相談と言いました。それも恋愛の。つまりこれは探偵に頼む依頼ではありません!」
「そこじゃねえよ」
「やっぱり無理ですよね!ごめんなさい!」
佐久良は立ち上がり出ていこうとした。
「待ってください。やります。やりますよ」
知らぬ間に、一番ショックを受けているはずの仲上がツッコミに回ってしまった。
続く
第二章 第三話 恋するアイドル part3
ぴったりと止まっていたはずの空気が揺れ動き、そしてまた止まる。今日はとても騒がしい日だ。これも全部この佐久良涙という一人の姫のせいである。部屋に入って2秒も経たずに場を自分のものとし、周りのものを掻き乱していく。さらに驚くべきことに自覚がないのだ。そしてこのお姫様がまた場を乱そうとしていた。
「その、恋をしたというのは?」
仲上は恐る恐る尋ねる。無理もない。彼はこの現役アイドルの僕であり、ファンでもあるのだから。
「好きになったのは、その、テレビのディレクターさんなんですけど…」
「・・・うしっ」
仲上は呟き、小さくガッツポーズをした。
「仲上さん、なぜ喜んでいるのですか」
それに答えるように長谷川は言った。
「だって考えてみろよ!どこぞのイケメン俳優なんかよりずっといい!俺はこの子に幸せになって欲しいんだ!」
「この子って」
囁き口調ながらも、芯に訴えてくる。まるで我が娘を見るかのような発言だ。僕の次は父親か。
「あのー」
そしてまた姫が喋り出す。
「はい!」
父親が僕に戻る。
「その、あの人にどう喋りかけていいのか。わからなくて」
「うーん、でもテレビに関連しているのなら話す機会も多いのでは?」
「それは、そうなんですけど。なんか、いざ目の前に来ると、頭が真っ白になっちゃって」
姫は酷く取り乱す。二人は気付いていた。この人は本当に恋をしているのだと。それならば、我々は探偵として、依頼主の依頼に全力で向き合う義務がある。
「わかりました。引き受けさせて頂きます。詳しいことはまた後日。時間が取れるときに。」
仲上は気を遣った。ここまで情緒が乱れているのだから、落ち着いて話せるときに日を改めた方がいい。その言葉を聞き、佐久良は連絡先を書き示し、急ぎ足でその場を去った。仲上は1時間後にこの近くの商店街で生放送に出演するという予定を知っていたので、何も言わなかった。
「上手くいきますかねぇ」
「絶対に上手くいく!」
長谷川の不安を掻き消すかのように仲上は吠えた。
「それよりマモル。俺の頬っぺたまだ痛いんだけど。お前、どれくらいで殴った?」
「仲上さん、それ虫歯です」
続く
第二章 第四話 恋するアイドル part4
数日後、彼らはテレビ局の目の前にいた。
テレビ局という名の大きなビルが彼らの目の前に聳え立つ。なぜここに来たのかは言うまでもない。彼らはあるアイドルに呼び出され、そこにいた。佐久良 涙。今回の案件は、彼女の恋愛ごとを解決せよということだ。一見探偵に頼めるような案件ではないが、仲上の強いファン精神によって今回のことは始まった。待ち合わせの時間が迫ってくる。しかしその前に一つ言っておきたいことが仲上にはあった。彼の隣には般若の仮面をつけた長谷川の姿があった。まさかその姿でこのテレビ局に入ろうというのか。
「マモル。その仮面はどうした」
この質問に恐らく意味はないだろう。ここから話が縺れていくだろう。そうだとしても言わずにこのビルには入れない。最近の若手芸人だとしても警備員には顔を見せ、事情を説明してから中に入る。ましてや、俺たちは部外者。佐久良 涙。通称涙姫の同伴であっても中に入れるか怪しい。そしてその般若の仮面では一般公開の場所でさえ入れてもらえるかどうか―
「僕も学んだんです」
仮面の向こう側からごもごもと聞こえる。
「僕は前回、失敗を犯しました。地味な仮面を選んでしまったことです。しかし今回は違います。この般若であれば、まず子どもは近づいてこないでしょう。そして、大人であったとしてもこの格好の人間に不信感を覚え、寄り付くようなことはしないでしょう。どうです仲上さん?」
彼は馬鹿なんだろうか。それとも利口なんだろうか。今回においては馬鹿の方だろう。
「マモル。今回の目的わかっているのか?」
「わかっています。だから僕は仲上さんを見送りに来たんじゃないですか」
なんてことだ。この男は端から自分が行く気がないのだ。
「よく考えてみてくださいよ。仲上さん。もし僕がいなければ、仲上さんは依頼主と二人で行動を共にするということになります」
長谷川はにやりと笑って見せた。これは良い手段だと自分でも思った。そして自分の中の悪魔が囁き出す。
「どうです?むしろ僕なんかいない方が、仲上さんには都合がいいんじゃないですか?」
ああ、なぜこのような時だけ、こいつの言葉は胸の奥へと刺さるんだろう。
「なるほど、じゃあ―」
決断を出そうとした瞬間。そこに横やりが入った。
「すいません」
女性が一人話しかけてきた。その瞬間、長谷川は仲上の背中へと隠れ、震えた。般若の仮面と体を縮めて震える姿がいかにもアンバランスだ。そんなに震えているのなら般若の仮面は何の効力もないのではないのだろうか。
「私は佐久良涙のマネージャーです。涙からお二人を連れてくるようにと言われましてやってきたのですが・・・」
明らかに何かを言いたげであった。
「その般若の方は役者の方でしょうか?」
誰もその質問に答える人はいなかった。
続く
第二章 第五話 恋するアイドル part5
薄汚れた場所。最初の印象はそうだった。いや、大げさな表現だろう。先ほどとても巨大で美しいテレビ局の表面を見てしまったがために、裏側は少し杜撰に感じてしまう。何事もそうだ。表側はとても綺麗に拵えてあるが、裏側はずさん。建物も、映画も、人でさえ。しかし彼女は違う。涙姫こと佐久良 涙。声はハスキーであり少しボーイッシュ。ハスキーであり、作られたわけではない声。そこに好感を持ってしまう。しかしながらなぜだろう。このような裏側に呼び出したのだろうか。そこはなぜなのだろうかと考えるしかない。といった仲上の困惑した表情を長谷川は仮面の裏側から横目に見る。長谷川は仲上と違って、大体予想はできていた。
「すいません、こんなところに呼び出しちゃって。でもやっぱり不安で―」
「なるほど、私たちの顔が割れてないとはいえ、事はアイドルの恋愛沙汰。細心の注意を払っておくのが最善だと思います」
とても真っ当な意見をとても真っ当ではない姿で語る長谷川にとても突っ込みを入れたかったがそれでは話が前に進まないと思い、仲上は言葉を喉奥に押し込んだ。
「それで、そのぉ、ここに来ていただいたのは」
「作戦会議ということですね。ここに連れてきたということは、そのマネージャーも協力者。大丈夫です。佐久良さんの今日のスケジュールであればしっかりと把握しておりますよね仲上さん?」
急に話を振られた仲上。長谷川はなぜこんなにも饒舌なんだろうか。人間嫌悪はどこに行った。そして人がほとんどいないというのになぜ般若の仮面を取らない。言いたいことがたくさんあったが、まずは長谷川の質問に確実に答えることが、一番の仕返しだと思って的確に答えた。
「現在午前十時十一分。午前十時四十分にこのテレビ局でのバライティー番組の打ち合わせを行い、十一時より収録開始、午後一時前後に終了し、ロケバスでの移動及び、昼食。午後一時四十五分より同テレビ局によるライブ中継。午後三時半前後に終了し、その後、午後四時半にテレビ局の会議室にて次回の四枚目のシングル発売記念のライブについての演出などについての打ち合わせ、その後、局内で、連続ドラマの撮影が午後八時半まで。ってとこだな」
「なるほど、それで例のディレクターはどのタイミングで現れるのですか?」
お姫様は目を丸くしたまま硬直していた。空かさずマネージャーがさせ姫を現実に引き戻す。それから事情を呑み込ませること、仲上の知識、ディレクターについての情報、長谷川の仮面について情報交換するのにかなりの時間を弄してしまった。
続く
第二章 第六話
午前十時二十五分。二人の探偵はテレビ局内部に潜入していた。情報によると、アイドルが恋をした男は{溝口光 みぞぐちひかる}
身長は一六五センチ程度と決して高くはないが、ある程度の体つきであり、身なりも整っている。チャラついた感じはなくとも、男らしい印象だというそうだ。今から佐久良と会議を行うため、その近く、会議室の近くの曲がり角で身を潜め、探偵たちは待機をしていた。
「発見しました」
長谷川が口を開く。目線の先には身長が一六五センチ程度、スーツではないがきちんとした身なり。しかし...
「誰か隣にいますね」
溝口の隣には見た目一六〇センチ前半、容姿が整った女性がいた。
「あの人は誰でしょうか?」
「あれは同じくディレクターの三輪さんだ。涙姫の出演していたドラマ{キラキラスマイル}略して{キラスマ}を担当していたこともある人だ」
今回においては仲上の方が情報をある。この状況に仲上は心の中で笑みをこぼした。
「つまりは今回あの二人と佐久良さんは会議を行うということですね」
十時三十五分。佐久良涙が現れた。一般的な服装ではあるが、明らかにオーラというものが違う。これが芸能人、いや、アイドルというものなのだろうか。角に隠れているはずなのだが、自然と前のめりになっていく仲上の肩を引っ張る。そして佐久良は会議室の中に入った。
「では仲上さん。お願いします」
「お願いってなんだよ」
「あの人たちは、ただいま会議中。少しですが、声が漏れます。こっちのことは任せて、仲上さんは情報収集をお願いしま~す」
そう言うと、長谷川はまた般若の仮面をかぶった。こうなっては長谷川は言うことを行かない。諦めて自分行こう。
「だが、一つ条件がある」
「なんでしょう?」
「会議の中で俺の名前が出たら、欠かさず報告をしてくれ」
そう言って、仲上はこの場を去った。そして曲がり角で人とぶつかった。
続く
第二章 六・五話 恋するアイドル
眩しい。なにもかもが眩しい。僕が生きる世界にしては眩しすぎる。それぞれの人がそれぞれの光を放ち、尚且つその光をさらに目映く磨きをかけていく。光だ。いつも光が僕の邪魔をしていく。明るい者たちはその類の者同士で関わればいい。だから僕に近づかないでくれ。長谷川は切実にそう願う。眼鏡を眼の前に整え、再び会議室に聞き耳を立てる。この人間たちもまた眩しい人たちだ。僕は彼らの邪魔をしない。だから彼らも僕の邪魔をしないでくれ。
「マモル!」
どこかから声が聞こえた。
「情報を掴んだぞ!」
仲上がその場にいた。
「仲上さん。潜入中に大声を出さないでください」
長谷川の反応は冷淡ではあったが、彼の口角は少し上がっていた。
続く
第二章 第七話 恋するアイドル part7
「貴重な情報を手にしたぞマモル!」
彼の姿はまるで、餌を与えられた後のペットであった。彼は忘れているのだろうか。二人はここに潜入中であるということを。そして情報収集とは決して人に聞くということではなく、人々が話しているのに聞き耳を立てるということだということを。
「仲上さん」
あえてそれを咎めることはせず、仲上の話を聞くことにした。
「とりあえず、テレビ局の中をうろうろと歩いていたんだが、一つおもしろい噂を聞いたんだ」
「それは直接聞いた話ですか?」
「いや、噂話に聞き耳を立てていた」
通常の場面であったら論外な事ではあるが、今回は潜入なので大丈夫なのである。
「さっき俺は溝口光についての噂を聞いてしまったんだ。どうやら溝口と一緒に会議室に入っていった女性は星出真美という人物で溝口とは関りが多いらしい。」
「仲上さん。その情報いったいどこから?」
「女性スタッフ達の井戸端会議からだ」
一瞬長谷川は言葉を失った。その理由は仲上にもわかるようではあった。しかしながらそれについては触れてはいけないという微妙な心理が二人には感じ取れていた。仲上が話を続けた。
「そしてこうも言っていた。あの二人は同じ大学の出身で仲もいいんだともいいんだと一説には付き合っているという噂も流れているそうだ」
驚きに余るほどの情報だ。二人がもし付き合っているとするならば捜査を根本的に見直さなくてはならない。しかし長谷川には一つ気になることもあった。
「仲上さん、なぜ少し笑顔なんですか?それともそれは悲しんでいるんですか?」
仲上の口角は上がっているが同時に涙も出ている。表情に収拾がついていない。
「いやさ、俺にもわかんないんだよ」
おそらく、仲上の中で涙姫の親心のような部分と僕であるような部分が葛藤を起こし、その結果が顔に出ているのだろう。
「もういいです。こっちの収穫も言わせて頂きます」
続く
第二章 第八話 恋するアイドル part8
それは仲上が立ち去ってからの出来事であった。溝口と星出が会議室から出てきたのである。これはなにかチャンスだと思い、後ろを付けていった。前の二人が辿り着いたのは便所だ。なるほど、一緒にトイレに行くまで中ということか。二人は男女に分かれ、それぞれの方へと向かった。時計の針が三センチ動いたくらいだろうか星出の方が出てきた。そしてもう少ししてから溝口が出てきた。ハンカチを持っていないからだろうか。溝口の手は少し濡れていた。集合した二人。すぐに星出は溝口の手を見てハンカチを差し出す。ありがとうと言い、受け取る。手を拭く。
「やっぱり、涙姫はすごくかわいいね」
溝口が口を開く。
「そういうことを、言うんじゃないの」
星出はその発言を諭すように言った。溝口はそれに対して少し微笑みを浮かべ、手を拭き終えたハンカチを返した。
「あ、そうだ。借りていた本も今度返すから」
「ああ、そんなのいつでもいいのに」
「いや、また忘れちゃうから、あと、おもしろいからずっと持っていたくなる」
「なにそれ」
そして二人は同時に歩き出し、会議室へと戻った。このとき長谷川には二人の姿が何か違和感というよりかは、なにか違うものを感じていた。
続く
第二章 第九話 恋するアイドル part9
時刻は午後五時を過ぎていた。会議室では、休憩を挟みながらも引き続き、夕方とまでは言えないが、日は確実に傾いていた。
「仲上さん、少しいいですか?」
そういった長谷川の表情は少し歪んでいた。「至急調べてほしいのですが、溝口の大学関係をお願いします」
「わかった」
了解はしているものの、仲上は一切動こうとしない。
「仲上さん、今すぐ行ってほしいのですが」
仲上はその言葉を聞いた瞬間、長谷川の方にゆっくりと顔を向け、寂しそうな目を向けてきた。考えてみれば簡単なことだ。いや、仲上の頭の中が簡単なのだ。結論からすると、せっかく戻って来れたのにまた行かなくてはならない。それも今回はなかなか時間がかかる。そして長谷川の言うことだ。無茶ぶりもしくは彼自身にはできないこと。どちらにせよ仲上にとっては面倒なことになる。仲上がそこまで考えているわけはないが、本能で感じ取ったのだろう。そしてもう一つ忘れてはいけないのが、それをわかっていても止めないのが長谷川であるということだ。
「仲上さん、溝口という方の情報を調べてください。もしかしたら依頼主の依頼が一気に解決するやもしれません」
思っていた通りだ。しかし言い方が少し気になった。
「マモル。解決するかもってどういうことなんだ?」
「言葉の通りです。わかったら早く行ってください」
「しかし・・・」
「いいから早く」
妙に冷たい。しかしこういうときのマモルは正しい
「わかったよ。けど、約束しろ。姫のドラマ風景及びメイキングの話をしっかり撮影すると」
そう言って長谷川の返事を聞く前に行った。
「はい」
調査とはいえ、明らかな職権乱用だと彼は気づいているのだろうか。
続く
憂鬱探偵