優先順位≠愛


 人を人として区別して愛することが出来なかった。命の尊さが同じでも、価値は違う。そのニュアンスはわかっている。蟻と人が同じかと謂われれば絶対的に違う。わかっている。でも重みは同じだと思っている。その思想が間違いだとも正解だとも私は思っていない。だから私はこんな自分の価値観を正当化もせず、だからといって否定もせず生きてきた。そして自由に生きてきた。極論で言うと、私の思う大切なものが一万の命と天秤にかけられた時、私のおもう大切なものが蟻で、もう片方の天秤に乗っかるものが一万の命でも私は蟻を選ぶ。そういう極論を曲げずに生きてきたし、件の通りそれが間違いだとは思っていない。これまでも、そして今も。
 こんなキチガイみたいな私にも、ある日突然に風が吹き込んできて、それが春の風だったのだと知ったのはつい最近だ。こんな私だもの、恋愛だのなんだのなんてソレを知った今でも正直よくわかっていない。
 しかし私を愛し、愛そうと努力する人が現れたのだ。
 しかし私は言ったとおりのクソの見本のような人間だった。愛していると言ってくれる人を目の前にしても、私の思想は変わらなかった。

 あなたは何があっても私を守るという。たとえそれがあなたの愛する犬と私を天秤にかけたとしても。
 でも私は自由のきかない犬を守ると言った。

 火災に見舞われたとき、あなたは人だから逃げられるじゃない? だからそうなったら私は犬を優先する。犬はドアノブを開けられない。無理だから。理由はそれだけ。
 いや……。もういいや……。

 あなたのその幻滅する顔を私は知っている。母も父も兄弟も、そんな顔をしていた。
 あなたたちにはきっと理解できないのだと思う。
 あなたが私を愛してくれているように、私もまたあなたを愛している。そしてそれと同等に他のものも愛した。それだけなのに、私たちには目には見えない大きな溝があった。だから袂を分かつことになる。仕方の無いこと。だって私もあなたたちも譲らないのだから。
 愛して、俺だけを、私だけをと悲鳴をあげるのだから。
 私は誰のものでもなく、私は私の愛するものを弱者から順に守るだけだから。
 理屈を翻しているのはどちらだろう? 命の重みなんて言葉だけのキレイゴトで存在しないことなんて知っている。知っているからこそ、それを存在するものにしたいと意固地になっている面があることも否定出来ない。
 みんなが蔑ろにするなら、せめて私くらいは、と思うのだ。腐った人間として生まれたのなら、その腐を活かして「せめて」と。
 愛していることに偽りはないのに、それを受け止めてはくれないのが人間だ。一番がいいと願っているのは感情あるものなら皆同じはずなのに。

 燃え盛るマンションの一室で、私は私が愛するものを抱きながらふとそんなことを考えていた。薄れていく酸素。熱気に耐え切れず爛れはじめる肉。焼ける髪。もはや苦痛はなく、麻痺していた。
 このまま死ぬのだろう、助けてやれなくてすまないな。でも共にいこう。お前はひとりじゃない。ひとりは寂しいだろう。
 彼とともに愛を注ぎなら過ごした犬を撫でながら、私の語り続けてきた戯言にすぎないキレイゴトが証明されるのだと自己満足に酔いしれる。満足だった。私が私の思う信念を本物だと証明出来るのだと思うと清々しい気持ちにすらなった。私が唱え続けてきたキレイゴトがそうではなくなり、事実となるのだから。それは少なくとも私も正しかった、というひとつの証拠になるのだから。
 ただ、私を愛するあなたには申し訳なく思う。思うけれど、仕方の無いことだと思って欲しい。私はあなたもあなたの愛する、今この腕の中で眠りに落ちた犬も愛してる。本当に、心の底から。
 家族を守ろうとした私を、勝手だけれども、誇りにでも思ってくれたらと思う。

優先順位≠愛

優先順位≠愛

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-09

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