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そう遠くはない近未来。

青年はベッドから起き上がった。

「ああ、また今日もか......」

気分の良い目覚めとはいえなかった。
別に悪い夢を見たわけでもない、というより、夢の内容なんて覚えていない。
これから起こる出来事のことだ。
リビングに出てテレビをつける。するといきなり30秒の清涼飲料水の動画が流れ始める。

その30秒間を黙って見ていたワケではない、その間にトーストを作っていた。
トースターの側面には、他の競合社かなんかのキャッチコピーとホームページアドレスが書いてあった。
こんなものをじっくり見たためしは一度もない。

そうしている間にテレビの清涼飲料水の宣伝が終わり、朝のニュース番組が画面に映り始めた。
今時のテレビは電源をつける都度、スポンサーの宣伝が自動的に流れ始めるのも、いつから当たり前になったのだろうか。

チンという音がなると、トースターからアツアツのトーストが勢いよく飛び出した。
会社のロゴが大きく描いてある皿にトーストを乗せると、別の競合社のロゴとキャッチコピーの形に焼きあがっている。
器用なことができるもんだ。

こんなトーストを眺めるくらいなら、テレビでも見た方がマシかも、と思いテレビの方へ視線を向けると
そこには、画面を小さな文字がずらりと囲んであった。どれもよく見たことはないが、全てスポンサーの宣伝文句やコピーだ。
その文字のさらに内側を囲っているのは、昔からお馴染みのテロップとか、ワイプとかいうやつ。
おそらく何時間も前からあるだろう「このあとすぐ!」と、昔より3、4つは多くなっただろう小さな窓と、それに映る作り笑いの芸能人たち。
メインスタジオの中継の映像は、その文字やテロップに圧されているかのようにさらに小さく、その中では手を叩きながら大げさに笑う芸能人、
こてこてに加工されたCG、中身のない寸劇のようなやりとりが繰り広げられていた。
これが本当に朝のニュース番組かと疑うような内容ばかりではあったが、このあたりは昔とさほど変わっていない。
40型のテレビを買ったのに、これじゃ22型のテレビを見てる気分だ。

広告トーストをむさぼり、うんざりした俺は歯を磨くために鏡へ行った。この瞬間が特に嫌だ。
昔のように、鏡に映るのがさえない顔だけならまだよかった。今時の鏡は、なんと途中で広告映像に切り替わるのだ。
もちろん急いでいる人も多いだろうから、5秒後に出る画面のばつ印のスキップボタンを押せば広告が消え、本来の鏡としての機能を果たすが、
このボタンがまた押しづらい位置にある。画面、つまり鏡の一番右上にとても小さくあるのだ。
男性ならともかく、女性は踏み台でも使わなければ届かない人も多いだろう。
俺は不意に出た笑顔満面の保険会社の広告をおもわず拳で殴りたくなったが、鏡が使えなくなるのもごめんだったので
背伸びをしてサイコロくらいの大きさのばつ印をタッチすると、にんまり笑う女性の顔が、胸糞悪そうな自分の顔になった。

仕事に行くときも目線に一苦労だ。
コンクリートに書かれた菓子の広告、電柱のコンクリート部分が見えないくらいの張り紙広告、
すれ違う多くの車にも見事に広告のステッカーが貼ってあった。

乗る電車の車体にもびっしりと、コピーやらアドレスやらがラッピングしてある。
どんな動体視力を持っている奴が見るのだろうか。
電車の中はもちろん、それに乗っている人々のスーツや洋服の表や背中を見てみると、少しデザインチックなロゴにキャッチコピーが
プリントされている。それを変な目で見る人がいなくなったのは、もう何年も前のことだ。

駅を降りると、スーツのサラリーマンも一斉に降りた。
彼らの顔をちらりと見てみると、みんな口角を上げて、目を輝かせ、背筋をぴんと伸ばして出勤している。
この国の労働環境が改善されて自然にこうなったワケではない。むしろその逆だ。
彼らの首からぶら下がっているのは自社のロゴやキャッチコピー、そして彼らの顔写真だ。
長財布くらいあるだろうその入館証は、各企業からイメージアップと宣伝効果をうたって、首から見えるように下げろとの命令がある。
無論、逆らったり、スーツの内側にしまったりすれば査定に大きく響く。今時はどこの企業もこうだ。
したがって、自社のイメージを少しでも良くしようと、歩く彼らはまるで人形のように笑っている。
というより、そのようにしろと上司から言われていると言ったほうが間違いない。
俺もその一人なのだから。

午前中の仕事を終わらせ、昼休憩に会社を出て飯屋に行った。
外には相変わらず道路もビルの壁も笑顔とキャッチコピーだらけ。
こんな広告だらけの世の中で唯一の癒しは、空を見上げることだけだ。
特に、今日みたいに澄みきった青空の空を直視するのは格別だろう。

すると空に何かが漂っていた。ドローンだ。
ドローンの下からだらんと垂れ幕のようなものがぶら下がっていた。
よく読むとそこには、

"見上げたあなたを見上げた。今すぐ旅に出よう! 株式会社スカイセーブ"

有名な航空会社の広告だ。その周りを見ると、他にも垂れ幕付きのドローンが2、3体は空をのろのろと飛んでいた。
そういえばここ最近ドローンの有効活用とかいう広告が、自宅のリビング窓のモニターに流れていた気がする。
なんてことだ、俺の唯一の楽しみまでもが奪われてしまった。

忙殺に追われ、気づけばもう9時。
当然、帰りも長財布のような大きさの入館証をぶら下げ、背筋を伸ばして口角を上げて帰る。なんともバカバカしい。
都会を眺めながら歩くと、向こうにある巨大なビルが部屋ごとにライトを付けたり消えたりさせて、くだらんキャッチコピーと会社名を作っていた。
意味もなく上がる花火には、最大手のパソコンメーカーのロゴが打ち上げられていた。
この国の人間が一日に広告を見ない最長時間は、せいぜい30分が限度だろう。

家に着き、さっさと飲み物が飲みたかったので、冷蔵庫のモニターに映ったクレジットカードの宣伝をさっさとスキップした。
こうするか、2分間まるまる垂れ流すかをしないと冷蔵庫の扉が開かない仕組みになっているのだ。
取ったペットボトルにはwebデザイン会社の宣伝が。成分表や注意書きなんて、本当に虫眼鏡を使わないと見えなくらいだ。
さっき買ってきた広告付きの弁当を温める電子レンジだって、どうすれば扉が開くのか、もう言わなくてもわかるだろう。
おまけに温めている間は扉にマンションのCMが流れているんだから、ありがたいことだ。

夕飯を食べ、気分転換にゲームでもしようと思った俺は、テレビの電源を入れて30秒間の家具のCMを我慢して、ゲームの電源をつけた。
そのゲームの電源だってタダじゃ付いてくれなくなった。1分の宣伝を入れてやっと付いてくれるのだ。
しばらくゲームに興じていると、突然画面が一瞬だけ暗くなった。
この瞬間俺は舌打ちをして、ああそうだったと呟いた。
どんなにゲームが佳境でも、必ず10分に一回は30秒のコマーシャルが流れるようになっている。
明るくなった画面に急に"住宅ローンでお悩みのあなたへ!"の文字と、取ってつけたような女のスマイルが滑稽な効果音と共に出てきた。
ちくしょう、アクションゲームをやっていて、なんでいきなり住宅ローンなんだ。

まったく胸糞悪くした俺は、ゲームの再開を待っている退屈な30秒の間にスマホのニュースでも見ようとした。
だがこれも電源を入れた瞬間、あっと思い出した。
付けた時にはもう遅い、数年前からスマホには、電源を入れるたびに5秒のCMを待たなくてはいけなくなったのだ。
たかが5秒くらい、と思うかもしれないが、昔よりもスマホ依存が増えたこの時代、スマホの電源を入れる回数も必然的に多くなっているのも事実だ。
何かを調べたい、何となくいじりたい、急に連絡を取らなければいけないなんて時に、その都度いちいち5秒の宣伝を見なければならない
だなんて、誰だって満足しない。

ゲームも待つ間、スマホの起動も待つハメになった俺は、すっかり機嫌を悪くして、スマホを思いきり壁に向かってぶん投げた。
しまった、とも思わなければ、ざまあみろとも思わない。壊れていようがいまいが、広告からは逃れられないのだから。

そういえば、昔大好きだった映画観賞も今ではすっかり大嫌いになった。
主人公はワザとらしく、脇役にこのメーカーのビールはサイダーはうめぇだのばかり言っているし、カメラが寄るのはスポンサーの商品ばかり。
商品名ばかりが目に頭に入ってストーリーどころじゃない。
昔は上映中にCMなんて流れないのが当たり前だったあの頃が、まるで天国のようだ。
今ではどんなに緊迫した場面でも、1つの上映に必ず4回は流れる。
しかもそのCMがまた短い、かといって短すぎでもない絶妙な長さのCMなもんだから、もしトイレでも行って戻ってきたら、
CMは終わって、すでにクライマックス。
そうすると観客はおちおちトイレにも行けず、結局CMを見ざるを得ないわけだから、まったくうまく考えたもんだ。
DVDで見ようったってそう上手くはいかない。
購入するDVDには必ず宣伝も収録されていて、映画館同様4、5回は中途半端な長さのコマーシャルがぶつ切りに入る。

大きなヒビの入ったスマホを拾いあげ、しばらく真っ黒な画面を見ていた。
なにもしていなくても、今にもそのひび割れた液晶に洗剤やらサプリメントやらのCMが映り込みそうだ。
いったい今度は何の宣伝で邪魔しようってんだ。
何も映らない真っ黒な画面に、今までこの目で見てきたCMが全て、めまぐるしく流れていく。
自動車メーカー、消費者金融、生命保険、ブランド洋服、不動産......

広告から逃れられなくなった俺は、恐怖と怒りのあまり、ついに発狂して家を飛び出した。


ビルの屋上に着き、自決を決意した。
なぜかは知らんが、地元でも名所と言われているほどのビルみたいだ。
そうだ、こんな広告だらけの世界だから悪いんだ。
天国は、広告や宣伝なんて一つもなく、ロゴの一つもない素晴らしい世界に違いない。
屋上のデカい看板は、昔は外側に向けて電車に乗っている人間に見せていたが、最近は内側に向けている。
俺みたいな自殺者に向けた広告だとか。しかもその内容ときたら

"一歩後ずさって 振り返って ニコニコ心療内科へ"
"大和墓石 〜独り身のあなたへ 全てを諦めたあなたへ〜"
"遺産相続は済みましたか? マーク・ワン弁護士事務所"

くそったれが、どこまで人をからかう気だ。
変な火がついた俺は思いきり柵をよじ登り、下を見下ろした。
数十メートル下のコンクリートを見てみると、極めつけにと言わんばかりにバカでかい字でこう書いてあった。

" アドレスを登録するだけ! あなたの葬儀、火葬、データの消去  全て承ります! 株式会社 天昇組 "

地面にいるとこんなデカい字には気づかなかったが、上から見るとこんなにもわかりやすく書いてあるのか。
もはや何の感情も湧いてこなくなった俺は、ためらう事なく一歩踏み出し、数秒後にはその文字の上に激突した。

すると、頭から血を流して倒れている俺が見える。
それは、どんどん小さくなり、やがて街全体が見下ろせるようになる。
身体が軽くなった気分だ。
勝手に身体が上がっている感じからすると、これから天国へ行くんだな。
やったぞ、ついに俺はこの広告にまみれた世界から解放されたのだ。

しばらく上昇すると、白衣を着て羽を生やした中年の男が上から舞い降りて着た。
なるほど、アレが前世で言っていた天使だな。

「ようこそ、死んで参られたのですね。あなたをこれから心地よい天国へ向かわせるようサポートさせていただきます。
 担当のサキエルと申します、どうぞよろしくお願いいたします。」

「おお、随分丁重に迎えてくれるんだな、やっぱり死んでみるもんだな」

「ところでお客様、どの天国へ向かわれるか既にお決めで?」

「なに?どの天国ってどういう事だ、一つじゃないのか?」

「はい、地球で死なれた方にはおよそ6000種類の中から、お気に召した天国をお選びいただけます。
 お客様の場合ですとそうですねえ、20代の自死という事になりますので、こういったプランの天国はいかがでしょうか。
 同じようなプランに黄泉の国という会社がございますが、これ何が違うかと言いますと......」

天使が差し出したパンフレットには、"初めての天国はこちら!" "あなたはずっと 雲のうえ" "全てのお客様に 極上のヘブンライフを" 
などといったキャッチコピーとともに、羽のようなロゴマークが描かれていた。

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星新一の小説っぽく書いてみました。ブラックジョークです。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-04-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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