近江の風(未定)

初宗十郎

ご先祖様は、偉大である。
「俺がこうして生活できてるのも、ご先祖のおかげさ」 
これが初宗十郎の口癖だった。初宗十郎は数百年続く近江の名門商家の長男として生まれた。
目は、くりっとし、可愛らしい顔をしてるが、時折見せる暗い顔が印象的な子供である。
母である、松には甘えん坊で、いつもお小遣いやお菓子をせびるのであった。
松は、お茶目な初宗十郎を可愛がったが、この商家に生まれた以上、初宗十郎は厳しい躾を受ける運命にいた。
ある朝、まだ日の出前の薄暗く、寒い時間に初宗十郎は起こされた。
「ズカっ、ズカっ、ズカっ、ゴソッ」
という音ともに、勢いよく布団を剥がされると、
「起きろ。手伝え、手伝え」
と初宗十郎の祖父であり山形屋当主の7代目利助は言った。
初宗十郎は利助の声を聞いた途端、ビッシと背筋を伸ばした勢いで起き上がり、
「おはようございます。了解でございます」
と叫び、屋敷の庭へと駆け出した。仕事というのは、いつもの通り、庭の雑草抜きである。なぜこんな朝早く起こされなければいけないのかなと、頭の中で愚痴をこぼしながらも、全力で雑草を抜き出した初宗十郎であった。
実は、初宗十郎は実の父親を幼くして亡くしていた。初宗十郎の父もこれまた歴史のある呉服屋の伊勢屋の次男坊で利助の長女の松に嫁いできたが、山形屋のもう一つの名代である甚五郎を襲名してから、わずか2年後、若干24歳で命を落とした。
そのため、利助は初宗十郎には特別な期待をしていた。なぜなら利助には息子もいなく、他の孫も全員女の子であったためである。しかしこれまた、可愛い孫、なので初宗十郎には、いつも番頭をこっぴどく叱ってる利助にも厳しくできないのが実際であった。
それだから利助と初宗十郎の関係は普通の祖父と孫の関係とは全く違う関係であった。初宗十郎は利助を必要以上に恐れた。確かに利助は商人独特の怖い風貌とオーラを持ち合わせていたが、孫の前では只う、口下手であまり喋れないだけで、威圧するつもりなど一切なのだ。しかし、それを言わないので、初宗十郎は利助が実を初宗十郎を嫌っているのではないかと思ってしまい、あまり自分の祖父と話をするのが得意ではないみたいだ。
庭仕事が、ひと段落すると初宗十郎の祖母である、しまが降りてきて、
「初宗十郎さん。甘いものでも如何ですか?」
とまんじゅうを持ってきた。祖父との関係と違って、祖母とは仲の良い初宗十郎は喜んで、しまの持ってきたまんじゅうを頬張った。
「おばあちゃま。ありがとう」
と満面な笑顔を浮かべた、初宗十郎の顔は、しまの顔を一瞬で明るくさせた。しまは松と同じく唯一の男の孫の初宗十郎を物凄く可愛がった。
優しい祖母であるが、しまは、とてもユニークな性格をしていて、実の娘の松や、夫である利助とたまに口論になることがあった。しかし、そんなことはこの初宗十郎には全く関係ないのである。まんじゅうを持ってきてくれる祖母を初宗十郎は大好きだった。
「おばあちゃま。もう庭仕事疲れちゃったよ」
と初宗十郎はボソボソと呟くと、しまは
「なら休憩しましょっ」
と言い、
「かつさーん」
と大声で叫んだ。すると遠くから
「トコっ トコっ トコっ」
と、しまと同じ年齢くらいの女中が歩いてきた。
「かつさん、お茶とお菓子をお願いします」
と言うと、かつさんは
「了解しました」
と言い残しまた”テクテク”と屋敷に戻っていた。
かつさんは初宗十郎が生まれた時から女中として働いて、その前は利助の父であった六代目理助の女中であった。初宗十郎には家族同然であり、かつさんも初宗十郎を実の孫のように可愛がっていた。
お気付きであるが、初宗十郎は皆んなから愛されて育ってきているのである。しかしながら時折見せる暗い顔には色々理由があった。
初宗十郎がしまとかつさんとお茶を飲んでいると、利助が通りがかり
「よくやったね」
と一言だけ残し、また去っていた。初宗十郎には一瞬、緊張が走ったが、嬉しかった。祖父に褒められるのは慣れていない初宗十郎であった。

近江の風(未定)

近江の風(未定)

名門近江商人の長男として生まれるが、本当に自分に継ぐ資格があるのか?将来に葛藤し、色々な物に飲み込まれないように必死に生きようとする青年の物語。(の予定)

  • 小説
  • 掌編
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-07

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