いぬかぶり 第6話
5話・6話と連続でアップさせました。
頑張りました。
自分の中では。
今回も、カフェでの話です。
お楽しみください。
「杏さんって、普段何をしている方ですか?」
杏は自分でもってきた椅子をカウンターの向こうに置き、ずっと本を読んでいた。
佐藤が店に来たころからいたママ友たちはちょっと前に店を出て行った。佐藤は昼ごはんに麻婆豆腐定食を食べた。
そのあとに、お母さんに言われていたブラウニーを食べる。ブラウニーはまだ温かく、中のチョコが溶けていた。食べ終わった佐藤は杏が表に出てきていることに気づいて話しかけてみた。
「ん。…どうでもいいじゃない。」
杏は一言発するとそのまま読書へと戻っていった。お母さんは困ったような顔をして、頭を下げていた。
「杏ちゃんってさ、その、そっけない感じがいいよね。ツンな感じがしてさ。」
佐藤の後ろから声が聞こえてくる。佐藤が振り返ると多田が椅子でふんぞりかえっていた。
「うるさい。」
杏が多田の方を睨みつける。多田はその杏に向かってウィンクをする。
「杏さん、多田さんってどんな人ですか?」
佐藤は自分の職探しの話を思い出して、聞いてみる。杏は少し考える。
「う…ん。彼は、普段から言っていることはありえないんだけど、人脈のよさは保障できる。この人自体の評価はあんまりできないけど。」
多田は鼻歌を歌い始めている。多田には杏の評価は一切聞えないようだ。
「あの人は、現実的に身近にいる人と関係を持とうとしないのが特徴かな。」
お母さんが横から付け足す。佐藤は多田の方をちらりと見る。多田はその鼻歌に振付を付けて踊っていた。
「じゃあさ…杏さん。今、多田さんに再就職先を見つけてもらおうか悩んでいるんだけどどうかなぁ?」
杏が読んでいる本から目を上げる。
「いいと思う。」
返ってきたのは一言だけ。安心していいのかどうかはっきりとしない感じがする。佐藤は、改めて多田を見てみる。
さっきまで踊っていたはずだが、今はパソコンに向かって作業を行っていた。
「社長、いきなり一人新しい役回りでほしいって…どうゆう訳ですか?今はこの会社、人数はそんなにいないじゃないですか。今でも十分人数ギリギリで回しているのに…。」
カロームの事務所内。社長は急に社長室から出てきて人事担当の部署に来た。
「この間の会議で決めたじゃないか。なんで、早く犬飼担当の人を持ってこないのだっていう話だな。」
人事担当のスタッフは困った顔をした。この間といっても、昨日の話だった。
スタッフは昨日の会議に出席していた。昨日の会議で決定したこと、それは“謝罪担当スタッフ”を犬飼に付けることだった。
スタッフはその話を聞いて会議終了後に現在会社にいるスタッフの状況をすべて確認した。社長はスタッフの状況について言及することなく、謝罪担当スタッフのことを決定したのだ。
「いいですか、社長。私の仕事が遅いかもしれませんけど、昨日あの会議いつ行われたか知っていますよね?夜の10時ですよ。出社時間を大きくオーバーした時間じゃないですか。その時間から、急にその仕事ができる人間を今日中に見つけてくるって言うのも…難しいのですよ。」
社長はじっとスタッフの話を聞いていた。ときどき「そうだな」という相槌をいれた。
そして、何かを考える素振りを見せる。そして、何かを思いついたらしく手をたたいた。
「社長…どうしました?」
「いい案が思いついた。だから君、この件について考える必要はなくなったぞ。安心してくれ。俺がちょっと人を見つけてくるから。」
「え!?どういうことですか?」
「そのままだ。」
唖然としているスタッフを横目に社長は足早に社長室に戻っていった。
(この社長はよくスタッフを置き去りにしていくんだよな…。)
去ってゆく社長を見ながら、スタッフは考えていた。
「多田…多田恭太っと…。あったあった。」
社長は自分のパソコンを起こして、アドレス帳を開いた。
「まさか、あんな男に今になってお世話になるとはな。笑えるな。」
「あ、佐藤さん携帯鳴っていますよ。」
昼の2時。店には、店の食器の管理をしているおかあさんと同じ姿勢で本を読み続けている杏、ひたすらパソコンの操作をしている多田がいた。佐藤は多田のことを詳しく知ろうと考えて店に来たのだが、仕事をしているように見える彼を邪魔することができずに話をすることができていなかった。そして、もう少し杏と話をしたいのに話せない自分。そんなときに鳴る携帯。見るとメールが1件届いたという内容の文字が表に書いてあった。携帯を開けるとそこには「支部局長 藍沢」の文字。すぐに内容の確認をする佐藤。
藍沢だ。君のことは社長から直々に聞いた。君が会社を辞めたことを残念に思っている。
できるならばもっと君と働きたかったと思っている。しかし、辞めたのは君の意志らしいから、引き留めるつもりはない。
できることならば、君のこれからのことについても話をしたい。しかし、最近は君に直接会って話をするような暇はない。
だから、私の方の都合が付いたら君と話し合いたいのだが、よいだろうか。連絡を待つ。
追伸 君のやっていた仕事は無事に引き継がれている。安心してくれ。
溜息をつく佐藤。支局長の藍沢は最後に仕事を一緒にやった人間で、佐藤のことを会社の中で1番よく考えていた男だった。しかし、佐藤はこれぐらいのことしか思い出すことができなかった。
「おい、佐藤。君にいい話がきたぞ。物腰の柔らかい、人のよさそうな君にうってつけの話だ。」
多田がカウンターで携帯をいじっていた佐藤に話しかけてきた。振り返る佐藤。
「なんでしょうか。多田さん。」
「俺のことを信用するなら、いい仕事の話が来たぞ。昨日のうちに俺の知り合いに仕事の話がないか聞いておいた。…まさか、1日で話が来るなんてね。」
「そ、それってどのような話ですか?」
「たーれんとーのまーねえーじゃーのおーてつーだーい♪」
多田は歌って返してきた。
「そのタレントは女らしいぞ。なんか、期待できるな、佐藤。」
多田は楽しそうに話す。
「詳しくお願いします。」
佐藤は多田に頭を下げる。杏は興味深そうにその様子を見つめる。お母さんはラジオをAM放送に切り替える作業を行っている。
「あるタレントの謝罪係だってさ。」
聞いたことのない仕事に不信感を感じる佐藤。
「そのタレントって言うのは、問題発言が多いことで有名なんだ。で、そのタレントの活動は多くの人の反感を買うらしい。だから、その謝罪係って言うのはその反感を抱く人に謝り、不満が表の人々に出てくるのを防ぐのが目的だそうだ。」
「.…?」
多田はパソコンに向かって何かを読んでいる。そして考える素振り。
「…まぁ、この話を持ってきた人は芸能事務所の社長…」
「社長?社長とつながっているのですか?」
「まあな。」
ドヤ顔をする多田。
「気になるんだったら、その会社の社長に話を通そうか?そして、直接話を聞くといい。どうだい?この話は。」
「お願いします。」
佐藤は頭を下げた。佐藤の人生の歯車が一つ回り始めた。
いぬかぶり 第6話
いま、このように作業を行っている最中…。
視界には腹を出して爆睡中の柴犬が入り込みます。
ピクリともしません。
熟睡中です。
って、こうやって柴犬の観察をしながら、話をどんどん書いていこうと思います。
またお目にかかれることを期待しています。
読んでくださり、ありがとうございました。