「久しぶりに、出た。」
みなさん、自分はまだ生きていますか?私の自分が苦しそうにしているので、ちょっと出してあげました。
僕は一人、部屋の隅に膝を抱えてうずくまって、もう一方の部屋の隅を眺める。
そこにはもうひとりの僕がいて。
彼はあぐらをかいて腕を組みながら座っている。僕は怖くて下を向く。そうすると彼は「ふふっ」と笑った。
「君は誰だい。」
答えはもうわかりきっているのに、なにかしゃべらないといけない気がした。
「僕は僕であって、君でもある。」
なんだ。ほら、やっぱり。思ったとおりだ。きっと僕が「意味がわからないよ」と言えば、彼はきっと得意げになって自分のことを話しだすか、あるいはただ僕を馬鹿にするだけだろう。
だから僕はこう呟いた。
「そうなんだ。」
気力がなかった。彼と話をふくらませていこうだなんて、微塵も思わない。彼が僕の前にこうして現れる理由はわからないけれど、不思議と恐れを感じない。
「僕に対してではなくて、こうして僕が存在することに対する恐れがあるんだよね。」
彼は僕が思っていることが分かるみたいだ。だいたい予想はついていたけれど。
彼が僕の思っていることが分かるとすると、彼に知られるのが恥ずかしくて、僕は思考を止めようと努める。しかし、そう思えば思うほどに僕はそれこそ恥ずかしいことを考えてしまう。
「恥ずかしがることはない。僕は君自身なんだから。僕は君が考えていることをわかるけれど、君だって僕が考えてることが分かるんだよ?」
彼のことを見た。彼は笑みを浮べている。いやらしくない笑顔だ。でもその目は笑っていない。
「そっか、僕は君なんだね。」
僕が聞くと、彼はまた「ふふっ」と笑って、少しだまって、
「うん。」
そう答えた。
何も考えず、ただ毎日を過ごしていた。ある冬の真夜中、彼は現れた。
僕は彼が嫌いだ。僕が一人になると彼はすぐさま現れる。そしてあの気味の悪い笑顔を浮かべるのだ。
いなくなれと思った。途端、彼も僕にいなくなってほしいと考えていることが分かった。だから僕は何も言わなかった。
僕は一人、部屋の隅に膝を抱えてうずくまって、もう一方の部屋の隅を眺める。
そこにはもうひとり僕がいて。
彼は立ち上がって僕に近づいてくる。気味の悪い笑顔を浮かべながら。
「ねぇ、いつまでそうしているの?」
違う。僕は君とは違う。離れてくれ。
「いつまで自分を騙すの?」
それはこっちの台詞だ。君のその気色悪い笑顔は君のすべてを物語っている。
「みんなそうでしょ?こうしていると、生きやすいじゃない。だったら、君が僕になればいいんじゃない?」
恐ろしいことを平気で言う。ああ、そうか。こいつは僕を殺したいんだ。僕がいなくなれば、僕は自分を騙さなくなる。
「殺せないよ。僕は君自身だもん。ただ、眠っておいてはもらいたいけれど。」
気力がなくなって彼の言葉に反論するのをやめた。
僕は少し嫌な予感がして、彼に聞いた。
「もしかして、君が本当の僕なのかい?」
彼は答えた。
「君がそう思うならそうなんじゃないかな」
「もしかして、君が一人になった途端、僕が出てくるのかい?」
「そうだね。」
「じゃあ僕がいなくなるほうが、自然だね」
「いいのかい?」
「いやだ。」
僕は頑固だった。
「君って、暗いよね。」
突然こんな事を言ってくる。僕は彼を睨む。
「個性っていうのは生きていく中で身に付けていくものだよ。だから僕が君自身になっても、それは君なんだよ?」
つまり、本当の僕なんて言うのは、都合によって変えられるんだ。でも、変えたら、もう僕はこの世にはいなくなる。
「進化なんだよ。君は僕へと進化する。周りのみんなもそうしてる。最初は抗っても結局そうなる。」
周りのみんなもそうしてる…。確かにみんな、気味の悪い笑顔を振りまいてる。平和で安心できる人間関係を築こうと、周りのみんなもそうしてる。
「知るもんか。」
まだ僕は頑固だった。
一日、一週間、一ヶ月、一年。時間が経った。
彼と僕の距離はだんだん短くなっていった。ただ彼が、僕に近づいてくるだけなのだけれど。
僕は気味の悪い笑顔を浮かべなくなった。心から笑っている。もう一人の僕も部屋の隅に現れなくなった。安心して眠れる。なんの不自由もない。友達もいっぱいできた。周りの友達は誰一人として気味の悪い笑顔を振りまいてはいない。
あ、気を抜くとすぐ出るよ?ほら、ここにも。
「久しぶりに、出た。」
おそらくみなさん、似たような経験があるのでは?時を経ると、以前の自分がわからなくなってきますよね。おとなになった私は、多分この文章も、ただなんとなく「下らない。」と言い捨ててしまうんでしょうね。それでも、形に残すことで何かしら意味があるのかもしれません。