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序章
宇宙新暦―
新歴と西暦、この二つの境はたった一瞬の電源喪失だったという。
それはほんの二十数分間、しかしその大停電の範囲は地球規模だった。
ネットワーク、インフラ、世界のほぼ全てにおける動力源であった電気エネルギーの消滅。それは人類悠久の歴史の中の、瞬きにも満たない一瞬の空白にすぎなかったが、まさかその直後に戦争が津波のごとく世界に押し寄せると誰が想像できただろう。
その時世界を襲ったのは、まぎれもなく彼ら人間の手で作り出され、彼らの手によってばら撒かれた、同じ人間に害成す為に作り出された無数の業火だったという。たった数分の孤立から恐怖が生まれ、膨れ上がった互いの猜疑心から世界中が我先にと武器を手にとった結果、旧世界はほんの三月ほどで崩壊してしまったのだ。
列強国と呼ばれた国々の消滅。残された人間がその原因となった停電の正体を突き止めるまでに、それから数年もの月日を要した。
ある大国の惑星監視システムが瞬時に電力を大量消費した事による惑星規模大停電、旧世界を滅ぼした原因は本当にそんな些細なものだったのだろうか。
核となる施設には制御する者の姿はまるでなく、あの戦争がまるで嘘のようにそこだけ無傷であったという。これらが地核熱発電施設に枝葉を伸ばし、世界への供給を断った事が停電の直接原因だったと結論付けた人類は、二度と同じ過ちを繰り返すまいと監視システムの永久停止を決めた。
しかし戦争の業火で焼き払われ、地表のほとんどが焦土と化した地球のダメージは深刻だった。
それからも惑星としての自浄作用の低下に蝕まれ続けた。たとえ生き延びても異常気象によって引き起こされる災害に巻き込まれる者、飢餓や生活レベルの低下による疫病の蔓延に苦しむ者、それでもなお生き残った者は統制を失った人間同士の争いに怯えながらの生活を余儀なくされた。もはや国も境もなく、ただ地形によって寸断された集落は徐々に力を失くし消えていく運命にあった。
このままひたすらに瓦礫の中で飢えに耐え、絶滅を受け入れるか、それとも今を生きる為にあらゆる手段を尽くすのか。
何としても滅亡の回避をという結論に達した人類は、一度は捨てた文明を再び手に取る事にした。それはかつて人類を滅亡に導きかけた惑星監視システムに望みをかける事に他ならなかった。今度は世界再建の中核として再構築されたそれは「ガイア」と名を変え、再起動をはたした。
宇宙新暦は、人類が再び高度文明社会の階段を登りはじめたこの年を紀元としていた。
宇宙新暦178年―
人類が再び高度文明社会の再建に舵を切って以降、急速に進んだのが宇宙開発だった。地表ではまだ異常気象による大災害が頻発しており、土壌改良と同じかそれ以上に宇宙の新天地開拓が重要とされていた。
それが実を結び、現在人類は太陽系の木星のさらに外側にまで生活範囲を広げている。宇宙大植民地化計画によって推し進められてきた移住事業もすでに落ち着いており、現在に至っては太陽系に大小いくつもの国が建国され、そこで二世三世と着実に繁栄を重ね、宇宙を故郷にする者が増え始めている。人類の母星であった地球も、今では太陽系の一国家、惑星国家として成り立っていた。
しかしその間の歴史の全てが平穏無事だったとは言えない。現在の勢力分布に落ち着くまで、時には独立の為、時には利権の争奪による対立が太陽系の至る所でおこった。新暦以降も人類は幾つもの戦争を繰り返し、それは今もなお続いていた。
地球もまた太陽系の戦争に無縁ではない。むしろ人類発祥の星であるがゆえに、より多くの争いを経験したといっても過言ではない。現在の最大勢力である木星域が独立する際には、ついに旧世界の国単位では成り立たなくなった地球に初めて惑星規模の連合国が誕生する。これが現在の地球連邦国の先駆けとなった。
連合の発足を急いだ一番の理由は軍事的協力が目的であり、同時に結成された地球連合軍は現在では“地球連邦国軍”となり、他の勢力の地球への侵攻を常に警戒している。
結局、旧世界の崩壊から復興を果たした地球だが、手つかずの資源が潤沢にある新興勢力に対し、資源が底をつきつつある事から国力は中規模程度にとどまった。軍事力も同様、技術力でこそ大きく劣らぬものの、兵力のほとんどを領土防衛に回しているのが現在の地球連邦軍の実情だった。
唯一他国への直接攻撃が可能な戦力は中央軍と呼ばれる中核組織のみに存在し、後に組織された方面軍は地球本土と地球域の防衛に専念している。方面軍はさらに東西南北と4つに分けられ、規模こそまちまちではあるものの、それぞれに同じ兵科を置いていた。一つずつあげていけば、第1重機歩兵部隊・第2陸上部隊・第3特種陸上部隊・第4航空部隊・第5海洋部隊・第6宇宙部隊・第7特種宇宙部隊・第8特種重機歩兵部隊となる。
旧世界との大きな違いは“重機歩兵科”と呼ばれる新世代兵器を扱う兵科が筆頭にある事と、“アトロフィクシス”と呼ばれるヒトの変異体を集めた特種隊という組織がある事だ。
重機歩兵とは人型をした巨大なロボット兵器の総称で、旧世界崩壊後に急速に普及したスーパーコンピュータ“テトラステルコア”を搭載し、旧式兵器を遥かに凌駕する破壊能力を有している。しかし貴重な資源を多く使用することから全体数は少なく、未だどこの勢力も旧式の兵器も多く使用しているが、国を挙げた戦には欠かす事のできない手駒となっていた。
また、兵器と同様にヒトにも様々な変化が起きていた。その最たるものが、アトロフィック症候群と呼ばれる外宇宙ウイルスの寄生による人体構造の変異だ。感染率が人口のほぼ百パーセントと言われる外宇宙ウイルスによる病変の発生に怯えながら、また世界はそれを軍事目的に使用しようともしていた。
物語は“重機歩兵”と“アトロフィクシス”が共存する特種隊の一つ、東方面軍第8特種重機歩兵部隊に焦点を合わせ進んでいく。
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