第00話 来未編
原宿で、遠くから撮影された雄々しいゴリラの写真を見ながら、実森来未は歩いていた。
『3ヶ月かけて、ようやくアーノルドが群れの写真を撮らせてくれたんだ』
アーノルドとは、ゴリラの群れのボスの事らしい。
ワイヤレスイヤホンから聞こえる、LINE通話越しのパパの声は、コンゴからの国際電話の影響でたまに掠れていても分かるくらい、明るかった。
『あと、くるみにそっくりな子を見つけたよ』
送られて来たのは小さいリスの画像だ。二つの頬袋はパンパンに膨らんでいる。
「わぁっ、かわいー!!」
『小さくて、食い意地はってる所が似てるだろ?』
電話越しでも分かるくらい、声がニヤリとしている。
「もーー!!!」
来未はぷーっと頰を膨らまして怒ったが、まるでリスのようだった。
パパの笑う声が聞こえる。
『この調子で群れに近づければ、 今月末には一旦帰国できそうだよ。ママによろしくな』
来未の父は冒険家だ。実際は、フォトグラファーでもあり、訪れた土地についてWEBで綴っているコラムを元に、時々書籍にまとめて出版したり、たまに人類学者として大学の非常勤講師をしたりしている。
「お、みもりちゃん、嬉しそうだね。おとーさん帰ってきそう?」
竹下通りを抜けて、世界中のヴィンテージ品が並んだセレクトショップに入ると、オーナーが言った。
「うん!ママにも報告してあげる!」
来未は2つにゆるりと結ったお団子頭を上げて、目を輝かせた。中学3年の来未の髪はオレンジ色だ。日本に来てからは未だに時々注意される事もあるが、母方のスコットランド系アメリカ人であるグランマ譲りの自慢の髪だ。
「そかそか、楽しみだね。」
オーナーも来未の笑顔につられてにっこり笑う。
冒険家の父とNGOの母を持つ来未は、幼い頃から色々な国を転々としてきた。
小学校からはオーストラリアを拠点としていたが、自国を知った方がいいと、4年生から日本に来ている。
色んな国の人と色んな価値観を自然と知っている来未は、自己肯定感と他者肯定感が強く、誰とでも仲良くなれた。日本に来てからはたまに地毛の色を注意されたり、学校でお受験に勤しんで周りの目を気にしがちな友達を見ると、この国がちょっと窮屈な感じもするけど、一方で原宿みたいなヘンテコな街もたくさんあって、独特なファッションや文化もある所は面白くて好きだった。
「パパが帰ってくるためには、早くゴリラと仲良くなってもらわないと・・。あ!原キャラの招きゴリラだったらご利益あるかな?」
「・・・招きゴリラ?」
「うん!原キャラの店長さんが、今年はゴリラ流行ってるから入荷してみたって。」
スマホのCMで使ってるんだって、と来未が付け足す。
「へぇ・・。流行りってのは、よくわかんないねぇ。まぁ、原キャラの店長さんだったら、みもりちゃんならまけてもらえそうだけどな」
「えー、そうかなぁ。・・・じゃあ、もしおまけしてもらえたら、オーナーにもゴリラおすそ分けしてあげる!」
ラッキー来そうでしょ?と、来未は冗談めいた笑顔で、ニッと笑った。
原宿では、ここのセレクトショップのオーナーや、浮世絵美術館の館長さん、キャラショップの店長さんなど、寄り道好きの来未は色んな人と仲良しになった。学校の授業より、こういう本人曰く課外授業で色んな話を聞ける方が好きだった。小さい頃から慣れ親しんで、未だに日本でも履いているエンジニアブーツや、愛用のゴーグルを身に付けた一風変わった小さなお客さんは、今では地元の人の中でちょっとしたアイドルだ。
カランカラン、と扉をあける音がする。
「いらっしゃい」
セレクトショップに入って来たお客さんをオーナーが笑顔で迎える。バックパッカーのお客さんは少しお店を見た後、オーナーを見て言った。
「$%#€〆→%、#&%°€?」
日本とは馴染みが薄い国から来た観光客なのか、何を訴えているのか分からず、オーナーは苦笑した。
『あれがほしいの?』
来未はお客さんに言って、オーナーを見る。
「ほら、前に雑誌に出してたジッポー!あれ欲しいみたいだよ。」
オーナーは目を見張る。来未には自覚がないみたいだが、見知らぬ言語を自然と話している事が、たまにある。
「あぁ、随分前だな・・どこだっけか。」
「鏡の横の三段目の棚に鍵かけて入れてたよ!」
しかも、好きなことに対する記憶力は半端なく良かった。相変わらず不思議な子だなど思いながら、オーナーは棚を探す。
「みもりちゃんは、時々すごいねぇ。」
来未が、よく分からないが褒められた?な顔をしていると、LINE通知のバイブが鳴った。
----クルミン!今日放課後、遊ぶ約束!!
「ひゃーっ!!忘れてた!!!」
その分、興味があまりない事は、よく聞いてないのだが。
「オーナーまたね!!」
来未は急いで飛び出し、待ち合わせの渋谷モヤイ像へ向かった。
その後渋谷で、生まれて初めての酷い耳鳴りと振動に襲われるとは、夢にも思わず。
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第00話 来未編