5割の博愛

Mimei

5割の博愛
  1. 本編
  2. おまけ・登場人物紹介

(本作には性に関する著述が含まれています。差別や区別を促す表現、意思は一切ありませんが、失礼な表現がありましたら申し訳ございません。また、ちょっぴり生々しいネタが多々含まれております。不快になられたら本当に申し訳ないです。)

本編

『「愛」という言葉を知ったのがいつだったのかは記憶に無い。「愛してる」というフレーズがそれほどにまで身近にある、という事を証明してくれているかのように思う。
言葉にかける重みというものは人によってかなり様々である。特に「愛」を供給するシチュエーションに立ち入った場面では、人によって天秤の性能がピンからキリまで、といったところだ。人生で一番だと言える程思いを込めて言った言葉を、相手に冗談だと捉えられる事だって、無いとは言い切れない。
それに比べ「博愛」の多様性と言えば、もう全身全霊をかけて拍手を送りたい程である。広く平等に愛するのと、彼は嫌い彼女は好き彼は嫌いと言うほどでも無いが好き....と格付けをしていくの、気が楽なのはどちらだろうか。私は前者を選びたくて選ぶことが出来なかった人。男が好きで、女が嫌い。ちやほやされたい訳ではなかったけど、そう思われても仕方がない。女は薄汚れている。その血の塗りたくられた唇で歪な言葉ばかり紡ぐ生命体だ。』


目が霞んできたので乱暴に本を閉じた。すごく疲れる本だった。「現代における女性と博愛主義」、タイトルからして既に酷い内容だろうという想像はついたが、実際作者の偏見が詰まりに詰まっていて嫌悪感に苛まれた。
思わず大きくため息をつく。
「起きてんの?」
急に真上から声が降ってきた。本棚にもたれかかり、しゃがみこんでいたわたしはパッと顔をあげる。
つり上がった細い目に、青白い肌、サラサラした黒髪の同級生が呆れたようにわたしを見下していた。彼と目が合った瞬間、流れるように視線を逸らされてしまう。
「そんなとこにいたから寝てんのかと思った」
「あぁ...ごめんね、図書室もう閉まっちゃう?」
「まだ閉まんないけど、あと30分位」
彼は興味なさげに吐き捨てると、何事もなかったかのように行ってしまった。
腰が抜けてしまったようにしばらく動けなかった。心臓がせわしなくドクドクドク、と音を鳴らす。
急いで頬に手をやると、火傷しそうなほど熱かった。
彼はわたしが恋をしている相手だった。
まさか向こうから話しかけてくるとは思ってもいなかった。ずっと好きだった彼にしょうもない姿を見られてしまったのが、どうしようもなくむずむずして、先ほどよりもっと大きな溜息をついた。
ずっと彼のことが気になっていたけれど接点が1つもなく、せめて図書委員の姿を見ていられたならと思い図書室に入り浸っていたのだ。
フラフラと立ち上がり図書室の入り口へ向かい、ドアに手をかけようとした瞬間、背中から鋭い声をかけられる。
「さっきの本借りないの?」
「いや、んん、いいかなぁ、そんな面白くなかったし....えへへ」
頭の中も質問の答えもごちゃごちゃだった。とにかくここから出たい気持ちでいっぱいだったが、
「へぇ、俺はあの本結構好きだけどね」
まさか彼が会話を続けてくれるなんて思ってもいなかった。
「そ、そうなんだ.....?」
「女はダメだって罵詈雑言を浴びせられて、嫌な気分になった?」
「そういうわけじゃないけど、第一わたしも........いや忘れて」
「わたしも何?」
目つきの悪い目元はそのままに、口角だけがきゅっと上に上がる。カウンターにもたれかかった彼は余裕の表情だった。明らかに人を下に見ているこの彼の笑みが、たまらなく好きなところだった。
「何でもない」
「ふぅん。あの著者の言いたいこと、すごく分かるもん、俺はさ。結局全員を愛することって無理だったりとか」
「...人を嫌いでいるって、辛くないの?」
「どうして?自分だって誰かから必ず嫌われてるんだよ。それに人を嫌いだと思えるのはいい事なんだよ、辛くなんかないよ」
彼はためらいもなくズバズバと言い放っていった。それに圧倒されながらも、
「やっぱ好きだなぁ....」
と改めて実感する。何だかいけない事をしているような、そんな快感があった。

「好きって俺のこと?」
しばらくの沈黙があったために気がつかなかったが、どうやら声に出してしまったらしい。
「ええええあ、あ、やば.......」
「ねぇ答えてよ、誰が好きなの?俺?」
「えっいや、その............ううん、うん、そうだよ、そう」
諦めたように白状してしまった。このまま接点がないまま高校生活が終わってしまうくらいなら、ほんの少しでも興味を持って欲しい、ととっさの判断をした。
「へぇ〜....」
ニヤッニヤと口元が緩んだ彼は、喜ぶことも嫌がることもなく、弱みを掴んだように満足した表情を浮かべている。
対するわたしは、こんな雰囲気もない場所で人生初の告白をしてしまったことに、とんでもなく後悔をしていた。
座るべきでない貸し出しカウンターに座っていた彼はそこからストンと降り、堂々と歩み寄ってくる。
その勢いに圧迫されて、わたしは向かってくる彼から逃げるようにじりじりと後退する。
「ねぇ、ねぇ、俺と付き合いたいとか思ってた?」
「はぁ?いやぁ.....てかそもそもわたしのこと知らないでしょ」
「知ってるよ、内田光さんでしょ君」
常識だと言わんばかりの烈度でわたしの名前を口にする。
「どうしてわたしのこと....」
「2年間で1度も教室に来たことがない、幻の不登校だって有名だよ、内田さん」
「うっ、それはまぁ...」
「で、内田さんはどうしたいの?俺と付き合いたい?」
想像以上に鬱陶しく興味を持たれたわたしは、何も返事をすることができず、頑なに黙り続けていた。
「...いじめすぎたか。何にしろごめんね、俺ゲイだから」
「え.....?」
「だから、女性の内田さんとはそういう関係にはなれないな」
そう言い彼はヘラヘラと笑う。
全くもって失礼な態度だった。こっちは何も言ってないというのに、勝手にフってきたのだ、プライドも何もズタズタだ。
ただ、彼の今の驚きの告白により、
むしろわたしには希望が見えることになるのだ。

「じゃあ、わたしが男だって言ったらどうするの?」
心を許しているわけじゃない相手に、こんなことを話すのは初めてだった。
既に何もかもが特例だったから、彼を驚かせる為にいっそのことバラしてしまおう、と心に決めた。
「わたし、女じゃないの。本当は男なの。そう言ったらどうする?」
「.....どういうこと?」
「性同一性障害って聞いたことない?」
彼に手招きをしながら、自然科学の棚へ足を運ぶ。彼は黙ってわたしの後をついてくるが、その表情まではわからない。
「外見と、中身の性が違うんだ。わたし、本当は男なの。」
医学・薬学の棚の前に立ち、ガサツに本を抜き取る。
そして一拍呼吸を置き、ふわりと彼の方を向く。

『性教育』
と明朝体で書かれた、古臭いイラストの載った本をわざとらしく見せ、彼の反応を待ってみた。


「それってさぁ......」
心臓がわざとらしいほどに音を立てはじめる。
しまった、と思う。
彼が浮かべていた顔は、わたしの期待していたあっけにとられた表情どころか、
いつもの余裕の笑みだった。
「内田さんは俺のために、男になってくれるって事なの?」
「.....はい?」
「俺、内田さんがそうだって知ってたよ。前に保健室で、聞いたことあったからさ....」
気付いたら本棚と彼に挟まれる構図になっていて、私より少し背の高い彼を恐る恐る見上げると、背筋が凍りつくような形相で勢いよく唇を近づけてきた。
声を出すことすらできず、口元に両手を置きとっさに防御をとる。
「まって、何....え....?」
「俺、ずっと内田さんのこと気になってたんだよね。まさかそっちが俺の事知っててくれたとはさ、思ってもいなかったから嬉しかったよ。もちろん俺の名前も知ってるんだよね?」
「....成川さん」
「内田さん、外装も男になってよ。そうしたら俺、内田さんのこと絶対に好きになれる」
「それは出来ないよ....むりだよ.....」
お前は宇宙人か、と大声で叫んでやりたかった。
わたしの斜め上を軽々と超えていった彼は、とんでもないことを連続して言い出す。
わたしは初めから、彼のペースに巻き込まれていたのだった。
「えっと、成川さんがそういうこと言い出す人だって知ってたし、そういうとこがその....すきなんだけど、それでもわたし、男にだけは絶対になれない。どうしても。」
「そうなの?じゃあ...」
「じゃあ?」
「ここ、伸ばしてきてよ」
急にトーンを下げ、囁くような声と共に、私の「わき」を指差した。
「ひっ!?」
「次までにここの毛、伸ばしてきて」
「....えっ!?ぃいやだよ、なんで....」
「俺見た目が男だったら内田さんのこと本当に好きになれるもん。ね、そしたらそこ、見せてよ」
「う....ええ....何なの....?」
セクハラに近い言葉を浴びせられ続けて、羞恥心に耐えられなくなった私は、彼をすり抜けて勢いよく図書室を飛び出た。
「まって.....まじで....なんなの......」
自分に言い聞かせるように意味のない独り言を呟き続け、腰が抜けたように廊下にしゃがみこむ。
わたし、今なんて言われたんだ?あそこを伸ばしてきたら好きになってやると、隠すことない上から目線の彼はそう発していたはずだ。
もう何もかもよくわからない。最悪な記念日をくしゃくしゃにしてやりたい思いと圧倒的な羞恥心に胸が満ちたまま、その日は溶けるように寝た。



わたしは小さい頃から自分が大嫌いだった。男の子として生まれたわたしは、自我がはっきりと芽生え始めた頃には既にピンク色でフリフリとした服を好んで着たがっていたそうだ。
幼稚園で男女別にグループが分けられた時にも、泣き喚いて女の子のグループへ入ろうとしたり、自分が男であることが信じられずにいた。
早いうちから両親が異変を察してくれてた為、それほど苦労せずにこれまで過ごすことが出来たが、それでも中学生の時はすごく息苦しかったのをよく覚えている。
生まれた時から完全に女だったから、学ランを着たり男子に囲まれた中で体育をする度に、どうしてわたしはこうなんだろう、という思いになった。
大人しくて友達も全然いなかったわたしは、変に性を疑われるようなこともなかったが、修学旅行の時意識しすぎたせいでみんなと一緒にお風呂に入ることが出来なかった。当時のクラスには密かに恋心を寄せていた男子がいて、一緒にお風呂に入るなど考えることが出来なかったのだ。
その後から学校へ行くことが出来なくなり、毎日泣きながら部屋にこもっていた。
中学三年生の夏、母親が性同一性障害の診断書についての話をしてくれた。中身は生まれつき女性だったが、セーラー服を着る、という判断ができなかったわたしに、これがあればきちんと女子の制服を着て学校へいけるよ、と宥めるように話してくれた。
世間体を気にせずにわたしの意思を優先してくれた両親のおかげで、わたしはようやく女性として高校へ入学することが出来たのだ。
しかし、今まで女子の制服を着ることがなかったわたしは、本当に着ていいのか、という罪悪感に見舞われ続け、結局まだ教室に通うことが出来ていない。胸だって無いのに、このブレザーを着て人前に出る資格が自分にあるのか、と考え出すと止まらず、眠れなくなる日も多々あった。
そうだ、こんなわたしだからこそ、人にこんなディープな話を今までした事が一度もなかった、それが初めて話す相手なんかだったら尚更......そのはずだった。



「はぁ.......学校行きたくない......」
革命のような1日の後だったからか、走馬灯のような夢を見て気分は最悪だった。
ふと部屋の壁にかかったブレザーの制服を見て、胸がチクリとした。あんなに懇願していた制服のはずだったが、保健室までしか足を踏み入れる事が出来ないことがすごく悔しかった。
いや、厳密にいえば、図書室にも行ける訳だけど、
「はぁぁぁぁあ.....」
嫌でも昨日のことを思い出してしまう。好きな人と初めて話せてとっても嬉しい記念日のはずが、もはやわたしの命日といっても過言ではない1日だった。
ご指名された箇所は昨日、頭が真っ白になりながら処理したばかりだ。それでも、こっそり図書室に通うほど好きだった相手だ。セクハラはされたが簡単に嫌いにはなれなかった。それに、彼がああいう人だとわたしはよく知っていた。

そうして、また放課後、わたしは図書室の前に来てしまった。
しかし昨日あの場から逃げてしまったわたしは、彼に向ける顔などなく、ドアの上についた小さな窓からこそこそと様子を伺い続けている。
その時、突然ドアが開いて、どうすればいいのかわからず頭がぐるぐるとパニックになる。
「内田さん♡」
「ひぃ!?え、成川さん!?」
「どうしてそんなに驚くの、俺の方がびっくりしたよ」
「ああえっと、あのさ.....」
「ん?」
「あの、昨日のこと....全部忘れてくれないかな」
彼は目をまん丸にし、一瞬呆気にとられていたがそれもつかの間、ニヤッと笑いドアの前に立っていた私の腕を引き、強引に図書室に入れた。
「なんで忘れなきゃいけないの?俺絶対にやだよ。俺内田さんにめちゃくちゃ興味あるんだよね、なんで逃げるの?」
「なんでって.....そんなの....」
「いや、別にいいけどね、でも大声で内田さんの性の話を公言することだって出来るんだよ、俺」
「....っ!!それだけは、絶対にやめて....!」
勢いよく掴まれていた腕を振り払う。
「ならこれからも会いに来てよ、忘れるなんて絶対にできない。てか内田さんは俺のこと好きじゃないの?それなら別によくない?」
「え、そりゃ....いやそうじゃなくて」
「そうじゃなくて、何?」
「んん.....あー....もういいや.....」
何を言っても通じないため、反論することを諦める。
「ね、逃げないでさ、俺と遊ぼうよ。何なら勉強教えてあげようか?」
「成川さんって勉強できるの?」
「いや、全然出来ないよ。この高校にいる時点でさ」
確かにここは県内でも相当下位に値する偏差値の高校だった。わたしは中学生の半分を不登校で振り切ってしまった為、内申点がほとんどなく、選べる高校がほとんど無かった。
彼には失礼だが、決して頭が良いとは言えないだろう。
「うーんじゃあ、これやろっか」
常に持ち歩いていたのだろうか、彼はポケットから手のひらサイズの箱を取り出し、閲覧机に向かって投げる。
「トランプ....誰か来たらどうするの?ここ本を読む机だし...」
「絶対誰も来ないから平気だって」
わたしの腰あたりに手を回し、椅子に座るよう誘導する。彼は妙にボディタッチが多く、その気がないのはわかっていてもドキドキとする。
顔がみるみるうちに火照ってくるのが自分でもわかる。むしろ男として‐恋愛対象として、とも言える-見られているのだろうか?
「内田さん男なのにここ細いね、キレイ」
「腰さわらないでよ!あとわたし女だから!」
「男だよ、内田さんは男でしょ」
幼稚園児のように盾突き、彼もまた子供をあやすような手つきでセクハラを繰り返してくる。
力付くで腕を剥がし、椅子に座る。何週間も図書室に通っていたが、きちんと閲覧机に座るのは初めてだった。毎日彼をチラチラと眺めながら隠れるように本を読んでいたためだ。今思えば彼にはバレていたに違いないのに、何の確証もなく自信満々でいた自分が腹立たしい。
わたしの向かいの椅子を引いた彼は、慣れた手つきでトランプをいじり始める。リフルシャッフルをさらりとこなす彼の指は細く艶やかで、つい見入ってしまう。
「ポーカー出来る?」
「ポーカー...?わからない...」
「うーん、じゃジンラミーは?」
「ジ....何?」
「.....むしろ何なら出来る?」
よく考えると、トランプを触ること自体何年ぶりか、というレベルだった。修学旅行はあんなだったからルームメイトと遊ぶ事など一切出来なかったし、そもそも相手があまりいなかったのだ。
「ババ....抜き」
消えそうな声で呟くと、「ババ抜きかぁ。可愛いね」と馬鹿にされたが、成川さんは何も言わずカードを振り分けてくれる。
「二人でババ抜きだとカード多いね、やっぱ違うのにすればよかったかな...ははは」
「大丈夫、俺いつも一人でやってるから」
「はい?」
「一人ババ抜き」
今わたしがここにいる理由はなんだろう?と言いたくなったが、どうにか飲み込む。
「へぇ....そうなんだぁ...」
「あ、俺もうカード捨て終わった」
気付くと彼の手持ちがスッキリしていた。慌てて私もペアになったカードを捨てだす。
二人でプレイするから突然、ジョーカーをどちらが持っているかは一目瞭然だった。わたしの手持ちにはジョーカーがなかったから、彼が持っているというのはわかった。しかし彼がすごくつまらなそうにしていたから、ジョーカーを持っていないのでは?とつい疑ってしまう。
「ど...どっちから取ってく?時計回り?」
「内田さんからどうぞ。てかさっきからどうしてそんな緊張してるの?」
「緊張してなんか...っ」
本当は手が震えるほど緊張していたが、バレないように無心で素早くカードを抜き取る。
「ぷっ.....くく....」
「えっ...何....あっ!」
彼の手札から取ったカードは、初っ端からジョーカーだった。
「やば.....内田さん超面白い.....」
ぷるぷると震えながら笑いを堪える彼が新鮮だったが、そんなことを言うほど心に余裕は無かった。
「はい!つぎ、成川さん早く取って!」
「はぁーい」
その後はお互い順調にペアを捨てていくものの、わたしの手元に残ったジョーカーに変動は一切なく、彼はあっという間に最後の二枚を捨ててしまった。
「俺の勝ち」
「成川さん、強いね...」
一枚握りしめたジョーカーを折り曲げたいほどには悔しかった。最後なんか2分の1の確率だったのに、ジョーカーが再び彼の手元に行くことはなかった。
「内田さんやっぱ可愛いね、ねぇ〜今度男子の制服着てよ」
「突然何の話?」
「俺内田さんが男の姿になったら絶対好きになるから、ね」
男なら絶対。昨日からこればかりだ。
彼の絶対は軽々しすぎて、疑心暗鬼になりそうだった。
「私は今の女子の制服が気に入ってるから、それは出来ない」
「絶対俺はスカートはかない方がいいと思うけどね?『女は薄汚れてる』...ってね」

「....っ!!もうやめて!!」
机を思いっきりダンっと叩きつけ、椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
「絶対?何が絶対なの。成川さんの事は好きだけど、男にならなきゃいけないなら私は無理だよ。女の私が嫌いなら放っておいてよ!」
言ってしまった。
やってしまった。
顔がサーっと青ざめていくのがわかる。
きっと彼にはきつく言いくるめられてしまうだろう。この場の空気に耐えられなくなり、
「ごめん。わたし今日は帰るね」
「待って」
そう言ったわたしを彼はすぐに引き止めた。少しだけ嬉しいと思った。
あぁ、こんなにデリカシーのないことをされ続けても、結局心から憎む事はできず、やっぱり成川さんが好きなんだなぁと、涙がこみ上げてくる。
けれど、今は彼の偏った自論なんか聞きたくなかった。
「俺は女の内田さんが嫌いだなんて言ってないよ」
「...うそだよ、男『なら」絶対好きになれるって」
「それは恋愛対象としての話だよ、俺女は基本嫌いだけど、内田さんの事はすごい好きだよ。これも絶対。信じて」
「それは私が、本当は男だからって事でしょ?」
「そうだよ。それじゃやっぱりダメかな?」
彼は初めて私と対等な位置から、真っ直ぐとした目で語りかけてくれたと思う。すごくむずむずとする。
わたしはパンクしそうな頭を抱えてへなへなとしゃがみこむ。
「......なんか、よく分からなくなってきた。」
「内田さんは俺の事好きで、俺も内田さんの事好きなんだよ。それでいいじゃん」
「いや、そう言われても.....」
「内田さんは男でもあり女でもあるんだよ。男であるっていう痕跡は、どう頑張ったって消すことが出来ないんだよ。内田さんがどれほど嫌っていて、短所だと思ってても、俺はそこが好きだよ。」
「うっ.......ん......」
不意に優しい言葉をかけられ、こみ上げてきた涙が溢れ出すとそのまま止まらなくなってしまう。
「わ.....わたっ....たしね.....」
「うん、ゆっくりでいいよ」
彼は私の涙でぐちゃぐちゃになった顔を見ても、穏やかに笑ってくれた。
普段の王様のような態度ばかり見ていたから、そのギャップに心を奪われそうだった。
力が抜けたように再び椅子にゆっくりと座る。
「自分が男だってのがすごく嫌で、嫌で嫌で仕方なくて、それでも完全に女になることが怖くて、生まれ持った性別を変えてもいいのかっていう思いが、ずっとあって、だから誰かに実は、自分が実は男なんだって知って欲しくて、その上で認めて欲しくて、」
「うん」
「成川さんにそのこと話した時に、引かないでいてくれたのは嬉しかったけど、やっぱり女になっちゃいけないのかなって否定されてる気分になってて、その、私の勘違いだったのに」
「俺、否定はしてないからさ。てか、女か男かってはっきり決めなきゃいけないってことはないと思うよ」
「でもやっぱり、生きづらいなぁって....」
「それを言ったら俺だって生きづらいよ。男が好きだし。俺修学旅行で気になってた奴の隣に布団置かれてさ、死ぬかと思ったし」
その時ハッと、デジャヴを感じた。
今まで全く気付かなかった、意外な共通点だった。
「....私も当時好きだった人とお風呂一緒で、でも照れくさくて入れなかった」
「へえ、勿体無いね?俺はタイプだった奴のあそこのサイズを全て計測出来たよ、女じゃ絶対に出来ないことだなぁってなんか優越感が」
「ちょっと、あの、生々しいんだけど.....」
いつの間にかギスギスした雰囲気はなくなっていて、異色すぎる恋愛トークへと移行していた。
良いのか悪いのかはさておき、わたしは彼になら素直に心を開くことが出来るのだな、と改めて実感した。
このまま喧嘩別れにならなくて本当に良かったと一安心してしまう。
急に彼は身を乗り出し、私の頭に手を置く。そして優しくくしゃくしゃ、と頭を撫でる。
「ねえ、内田さん。これからも図書室に来てよ。俺今のままの内田さんが好きだよ。」
「..うん。失礼なこと言ってごめんね。私ももっと成川さんと仲良くなりたい。」

こんなにもねじ曲がってて、話は通じなくて、自分中心な彼だけど、理屈は全然分からないし、何で自分でもこんな人を、と思っても。それでも、やっぱり好きだなぁと、最後にはここに戻ってくるのだ。
気付くと窓の外はすっかり暗くなっていて、慌てて時計を見ると、図書室が閉まる時間が近かった。
「それにしても、今日は成川さんいつもの感じからは想像できないくらい優しかったね。ほんとにありがとう」
「ん?そんなことはないよ。でも俺、男には優しいんだよ」
「えっ?」
「だから内田さんには優しいんだよ」
「いや、あの、私女だし....え、女だよね?」
「俺は最初から内田さんのこと男扱いしてたじゃん。男になれって強要はしないけど、女としては見れないから。これからもそのつもりだよ」
「あぁ、そういう....まじかよ.....」
心臓の空気が抜けていくような重いため息をつくと、今まで喉につっかえていた性別への後ろめたさがどうでもよくなった。
「だから、外装も男になってよ、内田さん。」
「それ昨日も言われたよね、でも無理だからほんとに!」

そうして私は、彼に対する思いが全て吹っ飛んだのだった。
恋愛感情がなくなったわけではなく、女として見てもらいたい思いは一切なくなり、今まで隠して捨てたかった自分の一面を好きになってもらえたことすらも、前向きに捉えることが出来るようになった。
本当、宇宙人みたいだ、と呆れるほどに思った。

こうして革命的な激動の二日間は幕を閉じた。
17年間も抱えていた大きなコンプレックスは、成川佑という1人の人間に針を刺され、空気の抜けた風船のような姿になった。
あの日から1週間ほど、テスト期間のために放課後図書室は閉まっていて、私は保健室通いだったこともあり彼と会うことはなかった。
今日はテストが終わり始めて図書室が開く日だ。こっそりと音が立たないようにドアを開け、中に入ると、成川さんが貸出カウンターに顔を伏せ寝ていた。
それを見たわたしはふと、始めて彼に会った日を思い出す。

その日いつも通り保健室に入った私は、机に伏せて寝ている見知らぬ人物を発見した。それが成川さんだった。
その時の彼の寝顔がすごく綺麗で、それだけで『一目惚れ』という流れだった。
私は特に一言も交わすことが無かったが、起き上がった彼がその巧妙で奇怪な喋り口調で保健室の先生と話していたのを見て、なんだか不思議な高揚感があった。意見をズバズバと言えるところへの憧れや、大人しそうな見た目とのギャップ、今までに会ったことのないほどの変わり者に、私は興味津々だった。

「....ふっ」
その当時は、まさか彼とこんなに打ち解けるだなんて思ってもいなかった。勇気を振り絞って彼のクラスと名前を調べ、図書室に通い続けた甲斐があった。
「あ、内田さん♡」
突然起き上がり、寝起きとは思えない声のトーンで近くにいた私をホールドする。腰が抜けそうなほど驚いたが、起きてすぐによくもはっきりと頭が回るものだ、と思わず感心する。
「内田さん今日ちょっと男らしいね、顔?顔変わった?」
「........化粧薄くしただけ!恥ずかしいからやめて!」
私の頬をぐりぐりと揉みほぐす。相変わらずデリカシーの欠片もない。
「ねえ、ここ伸びた?見せてよ」
私を抱きしめたまま、脇に手を伸ばしてくる。
「伸ばしてないから!ちょ、くすぐったい」
「あんまジタバタしないで、蹴られそうだよ。俺脇毛ボーボーであんまり清潔じゃなさそうな人が好きなんだよね」
「だから私に伸ばせって言ったの....?」
「そうだよ、ちなみに緒方先生のそこもすごいんだよ、見たことある?」
「あああ、あるわけないでしょ!」
緒方先生というのはこの高校に勤める男の先生だ。確かにあまり清潔といった印象はなく、顔も体型も可愛らしいスタイルで、某一卵性双生児のぽっちゃりとした芸人を想起させる。
「成川さん、もしかして図書委員になったのって....」
「そう、緒方先生図書委員の先生だからね、接点ゲット〜ってね」
成川さんが真面目に委員会の仕事をしていることに違和感があったが、そういう事だったらしい。
「でも今は内田さんがターゲットだから」
「やめてよおもちゃじゃないんだから....」
「あっ、そうだ」
あっさりと力を緩め、カウンターの下をガサゴソとあさり出す。そうして、ある洋服を取り出した。
「これ着てよ」
「ねぇだから私それは嫌だって....」
「男子の制服着るだけじゃん、何も減るものはないよ」
彼の純粋で期待に満ちた目を向けられると、はっきりと断りづらい。
「今わたし親にわざわざ証明書だしてもらって、それで女子の制服着てるんだよね。それなのに男子の制服を着るってのはちょっと、親に申し訳ないっていうか....」
必死の言い訳だが半分は本心だった。
性同一性障害に悩むブログなどを沢山読んでいても、周りからは理解されなかった人たちが多く、早くから親に認めてもらっていた私は相当恵まれていた。
だからこそ、男子の制服に袖を通す勇気がわたしにはなかった。
しかし彼は『いつも通り』のテンションと勢いで、わたしを全否定する。
「どうして?だって着ちゃいけない訳じゃないじゃん。申し訳ないなんて考える必要はないよ、それに俺にしか見られないんだし」
「はぁ.....まあそうだけど、心の準備が....」
「いや、ただただ布纏うだけだしさ」
そのただの布を纏う行為を待ち望むお前はどうなんだ、と言いかけたけどどうにかやめた。
「五分だけね」
「やったぁ、あ、写真も撮るからね」
「絶対にダメ!!!!!」
逃げるように本棚の裏の死角へ向かう。着替えてる途中で人が来たらどうしよう、と別方面の心配が浮かんでくる。

こうやって強引な彼の手により、私のタブーはどんどんすり減っていくのだろう。
それが良いことか悪いことかはわからないけど、彼のおかげで生きやすくなっている、という事はまぎれもない事実だった。
ふと棚に目を向けると「現代における女性と博愛主義」というタイトルを見つけた。彼と私の接点となった、疲れる本だ。
今なら彼があの本を好きだ、と言った意味がわかる気がする。同性愛者である故に、かどうかはわからないが、彼の博愛は人間の5割にしか向けられないのだ。それはきっと博愛と呼べないだろう、と彼は思っているに違いない。
ぷちぷちとボタンを留めながら思い出す。始めこの本を読んだ時は、作者の言う博愛に自分のような異端児が含まれない事を察してしまい、気分が悪くなっていた。
しかし、彼の5割には自分がいるのだ。今はただ、それだけでいい。
ワイシャツのボタンを留め終え、ファスナーをしっかりと上げる。下がスースーするスカートと違って、ズボンはとても窮屈だ。
ブレザーを羽織ると、息苦しかった中学時代が思い出された。しかし、それが今の私の喉元に滞る事はなかった。
「内田さん、着れた?」
「あ、うん!」
ふわふわとした気持ちの中、さっきまで着ていた制服を抱え彼の元へ走った。

おまけ・登場人物紹介

※本編を先に読んでください!

内田 光(うちだ ひかる)
高校二年生だが不登校のため、入学式を含め一度も同級生と対面したことがない。
戸籍上は「男」であるが、生まれた時から心が女性であり、心と体の性が食い違う性同一性障害という悩みを抱えていた。しかし、成川と接触する内にその事もあまり気にならなくなっていく。
保健室で見かけた成川に一目惚れし、彼を眺めるために図書室に通い詰めるほどであった。成川の強引で面倒なところにも好意を抱いている。
ここ最近の悩みは肩幅が広くなってきて女子の制服に違和感を覚えたことと、成川に無理やり着せられる男子の制服も悪くないなと感じてきていること。
女性なので可愛いものと甘いものが大好きだが、成川に「そんなの男らしくないよ」と全て切り捨てられる。


成川 佑(なりかわ ゆう)
高校二年生。とにかく自分中心な性格で、自分の意見を滅多に曲げることがなく、その上自分の価値観を人に強引に押し付ける。
男性同性愛者であり、自分は形見が狭いということを分かっていながらも、むしろ一周回って開き直っている。その分女性への苦手意識が一段と強く、普段は人懐っこい性格をしているが、女性相手になると突然冷たくなる。
好きなタイプは「毛深くて不潔そうな犬っぽい人」。だがかわいらしい男性なら基本誰でも好き。
体は男性、心は女性である内田に、恋愛とはまた違った特別な感情を抱いている。

5割の博愛

はじめまして!最後まで読んでいただきありがとうございます。ひなつと申します。
本作は特に感動もオチもない、二人の高校生のやり取りを主にした短編小説です。オチがあまりにもないために私自身も苦労しました。もやっとするところが多いとは思いますが、わたしの実力の無さが原因です。
人には言えない悩みを抱えて辛い日々を送る内田と、その割にはコミカルで適当な毎日を過ごす成川が、混ざり合ったらどんな化学反応が起こるのか、がテーマです。成川が圧倒的勢力でしたね。
こんなにも疲れる話を最後まで、しかもあとがきまで読んでくださった方には、感謝してもしきれません。これを読んだ貴方が、成川に接触した内田のように、少しでも肩の力を抜いて生きていてくれれば、これ以上に嬉しい事はありません。貴方にとっての成川(人生を良い方向へ変えてくれる人物)が貴方のすぐ近くにいますように。
ありがとうございました!

5割の博愛

異次元すぎる思考回路を持った図書委員の彼に、ひそかに恋をする内田さんのお話。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
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