手紙


フランケンシュタインから届いた手紙の文字は小さく震えていた。覚えたての字だから?いいや,それはフランケンシュタインの手が大きくて,使った鉛筆が小さいからだ。人でいうなら,まち針で書くようなものだろう。鉛筆を支えて動かせる力は必要だけど,ちょっとでも加減を間違えればバキッと折ってしまう。フランケンシュタインによる,その微妙な力加減の努力の証が,一文字,一文字の震えとして紙に上に表れている。フランケンシュタインがそうしてまで,僕に手紙を届けてくれたことを嬉しく思う。でもその反面,フランケンシュタインを生んだ博士に対しては,抗議をしたい気持ちでいっぱいになる。
フランケンシュタインを生み出せた博士でしょ。何で,フランケンシュタインのために,フランケンシュタインが使いやすいサイズの鉛筆を作ってあげないの?
この抗議をそっくりそのまま,僕の家の泊まっている従兄弟のお兄ちゃんにぶつけてみたら,
「予算がもう尽きたんじゃね?」
と言ったので,僕はとても納得してしまった。なるほど,フランケンシュタインを生み出すために必要な物の全てを知らないけど,あの見た目とかすごい雷が落ちて動く仕組み等から想像すれば,もの凄い予算が必要になるんだろう。それに,フランケンシュタインが動いた後は,そのための服とか靴,この世のことを学ばせるための本とか,練習用の紙とか,必要になる物が沢山ある。鉛筆もその一つだ。限られた残りの予算の中で,これらの物をできる限り揃えるためには,すぐに手に入るお店の物を揃えた方がいい。試作品を含めて,改めて一から専用の鉛筆を作るのは無駄使いになるだろう。だから博士は,フランケンシュタインの手のサイズに合わない,小さな鉛筆を使わせるしかなかったんだ。そうなんだ。
根拠のないただの推測だよ,と頭の片隅で教えてくれる僕もいたけど,僕はフランケンシュタインに手紙の返事を書く前に,机の引き出しからまだ削っていない鉛筆を一ダース取り出して,半分だけ輪ゴムでまとめて,フランケンシュタインに送ることにした。きっと,博士もフランケンシュタインも喜んでくれるだろう。僕はそう期待して,従兄弟のお兄ちゃんにもお礼を言った。お兄ちゃんは「はあ?」という顔をしていた。「いいの,いいの」と僕は言って,それからフランケンシュタインの手紙の中身を読み始めた。といっても,その内容は一目で分かる三,四行。書いてあることをより分かりやすく整えると,手紙を初めて書くけど,読めますか?改めて,フランケンシュタインです。よろしくお願いします。そしてお尋ねます。心ってどんなものですか。
最後の質問は,いかにもフランケンシュタインが書きそうなもので,もしかすると博士が指示した模範的な例なのかもしれない。けれど,そこに関してはどうでもよくて,僕は訊かれたことに対する答えをすでに用意していた。最近,学校でも議論のテーマとして出されていた。だからそれを書いた。力強く大きい字で,フランケンシュタインが読みやすいように平仮名を多くして書いていった。『それは,感情が残したこんせきです。こんせきとは,例えば,水が流れたあとみたいに,あとをたどることができるものを言います。僕たちは生まれてから,たくさんの気持ちを感じ続けています。そのこんせきもたくさんあります。僕たちはそれをたどることができます。僕たちはそれを心と呼んでいます』。
もちろん,これは僕の考えじゃない。さっき言った学校での議論のときに,みんなが出した意見や,その議論のやり取りを記録した情報を,先生が大学生の頃に所属していた研究室から借りて来た,コンパクトサイズのスーパーコンピューターに入力した結果,画面に出て来た結論だ。怪しさしか感じられない,先生のスーパーコンピューターが出したものという点が今も気にかかるところだけれど,結論自体は皆にわりとすんなり受け入れられた。僕もそれを受け入れた。皆もそうだと思うけど,とりあえず説明するのに使えそう,という点がお気に入りだ。だから,僕はこのことを,フランケンシュタインの手紙に書いた。書き終えて鉛筆を置いて,お母さんに用意してもらった封筒に入れて閉じようとした,けれどもう一度鉛筆を手に取って,紙の一枚目の最後のスペースに入るようにして,手紙をもらって嬉しかったことを書いた。横にお気に入りのシールも貼った。コウモリのシルエットのやつだ。吸血鬼を連想させたかった。吸血鬼は知っています,なんて返事が来たらどうしよう,と勝手に想像してワクワクした。
住所は,僕に届けられた方の封筒に書かれたものを,そのまま写した。行ったことも,見たこともなさそうな所だった。折った手紙を入れて閉じた。鉛筆も,さらに半分に減らして入れた。それをポストへの投函をお母さんに頼んだ。次の日,まだ出していないというお母さんから手紙を取り上げて,僕はそれを自分でポストに投函した。切手は要りませんって,フランケンシュタインから届いた手紙に書いてあった。とても読みやすい大きさの綺麗な字だったから,多分博士が書いたものだ。何故大丈夫になるのか,という仕組みはさっぱり分からない(ポストに投函して下さい,とも書いてあった。ということは,他の手紙と同じように配達されるんだろうから)。けれど僕はそれを信じた。それから,数日,数ヶ月。待ちくたびれて,もういいやって思っていた僕の所に,フランケンシュタインからの二通目の手紙が届いた。僕はそれを,真っ黒な格好をした配達員さんから直接受け取った。お礼を言って,僕はその場でそれを開けた。枚数は前より増えて二枚,一枚目は絵が書いてあって,姿が大きいフランケンシュタインと,姿が小さい博士(髪がもじゃもじゃ,ヒゲが生えている),赤い舌を出した白い犬が一頭,芝生みたいな緑の上に置かれていた。これからは絵も描いてみるということだと僕は思った。そしてもう一枚はやっぱり手紙。相変わらず震えていたけど,前よりも小さくなった文字が並んで四,五行以上。お返事ありがとう,鉛筆もありがとう,それで書いてみましたよ,前よりは読みやすくなっていると思います。博士がそう言っていました。シールのことも,コウモリのことも博士に聞きました。犬のことも知りました。心について,答えてくれてありがとうございます。まだよく分からないけれど,記録しておこうと思います。いつか,これが感情のように動いてくれたらいいと思います。博士もそれに期待すると言っています。今回はここまで書けました。疲れました。最後まで読めていたらいいと思います。また返事を書いてくれると,うれしいです。博士に言われなくても,こう書けるようになりました。これもまた,心だったらいいと思います。
そして一枚目の終わりには,僕のマネをして,一枚のシールが貼ってあった。それは逆さまで,確かにコウモリに見えなくもないけど,向きが間違っていることがすぐに分かったから,僕は手紙を逆さまにして,シールの正しいシルエットを見つめた。それは博士のダジャレなのかもしれないって思った。そうだとすると,うん,あまり面白くない。
もちろん,それは開いた傘だった。

手紙

手紙

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-03-30

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