ただ奏でる竹
香月渚(P・N)と申します。
今回この小説を執筆することで自分自身、和楽器に関しての知識をさらに深めることを目的として書き始めました。しかし、どうせ書くなら見てもらって間違ってる部分とか指摘してもらったほうが勉強になるんじゃない?という思いつきから公開していくことにしました。(笑)
末永くどうぞよろしくお願いします。
追伸
この作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
第1曲【二人と一匹】
-2016年4月初旬-
ここ京の都ではまだ桜が残っている。
それを見に来るためか、五条通は外国人観光客や、春休みを利用して旅行にやってくる学生さんやらで平日でもにぎやかである。
レンタル着物屋さんもこの通りには多く、他の都道府県とは違い着物を着ている人が歩いててもそれが日常であるため、この近くに住んでいる人たちは珍しがって視線を向けることもほとんどない。
そんな風情漂う大通りを一人の青年が歩く。
見た目はどこにでもいそうな普通の青年。黒髪を耳、眉毛辺りまで伸ばしたナチュラルな髪型でラフな格好をしていて肩にはトートバッグをかけている。
そのバッグからは数本の筒状のものが頭を出していた。
-星宮奏(ほしみやかなで)-
それが『先日』からの彼の名である。
(・・・あの日からもう一週間か)
そんなことを考えながら奏は立ち並ぶ店並に目もくれず、目的の場所へと向かっていた。
奏にとって何も予定がない日というのは久々であった。
というのも普段は『とある旅館』で仕事をしていて、休日にはお稽古であったり、友人達につき合わされたりなど何かと予定が入っている。
もっとも文句を言わずそれに付き合うのは奏の人柄というものだろう。
彼の友人達もそんな奏に声をかけやすいのか、ことあるごとに誘う。
そんな奏が空いた日にすることはといえば決まっていた。
目的地についた奏は大きく息を吸った。
「んー、絶好の笛日和!」
目の前にはサラサラと静かな音をたてながら川が流れている。
鴨川と呼ばれるその川は京都の中でも有名な川の一つである。
春・秋など過ごしやすい季節になると散歩をしているお年寄りや、ジョギングコースとして汗を流している若者も多く見受けられる。
また、この区域は『楽器禁止』などの制限がないため、人目がつきやすい場所では路上演奏などが行われたり、
逆に人通りが少ない場所になってくると学生達が集まって舞踊や楽器の練習などをしている。
奏にとってもこの鴨川は気持ちよく笛を吹けるいい場所となっていた。
ここ鴨川沿いの高架下で篠笛を吹くのが彼の空いた時間の過ごし方であった。
彼は肩にかけていたバッグをおろし、頭をのぞかせていた筒状のものを取り出す。
色鮮やかな布で包まれていたその筒状のものは奏の手によって解かれていき、中から黒色の物体が姿を現す。
それが篠笛。奏が愛用している楽器である。
大きく横笛と分類されるその笛は篠竹という女竹を加工して作り、雅楽や祭事などで比較的よく目にする和楽器の一つある。
知名度こそまだ低いものの一度その音色を耳にするとその自然味溢れる和音に誰もが魅力を感じてしまうことだろう。
奏は静かに目を閉じ、そっと篠笛を口につけた。
さわやかな春の風が高架下を吹き抜けると同時に一筋の旋律が流れていく。
洗練されたその音色はあたりの空気に自然に溶け込んでいき、まるで風景と同化しているかのようだった。
この時間こそ今の奏にとって至福の時間そのものであった。
吹き始めてどれぐらいの時間がたっただろう・・・という考えが奏の頭をよぎったとき、
ふと人の気配を感じて振り返った。
後ろに立っていたのは、奏とさほど年が変わらないと思われる着物を着た長い黒髪のよく似合う女の人だった。
その両腕には生まれてさほど年月もたってないであろう仔犬が抱えられている。
黒い毛並だが種類は恐らく柴犬だろう。
「・・・とても素敵な旋律ですね。失礼かとは思いましたが、ついこの子と聞き入ってしまいました。いつもここで演奏されておられるのですか?」
クスリと微笑むその女性は丁寧な口調で奏に話しかけた。
こういった形で話しかけられるのは奏にとって珍しいことではないが、その魅力的な笑顔に少し困惑した。
「ありがとうございます。こんなに長い時間ここで吹くのは初めてかもしれません。いつもは習ってた先生のところで練習してましたから。来たとしても空いた時間を使って少し吹く程度でした。」
「そうでしたか、何かお邪魔してしまったみたいで申し訳ございません。」
「いえ、僕もそろそろ帰るつもりでしたし。」
奏はいつもと同じように愛想ある表情を浮かべた。
最も本人にその自覚はない。
「ついでにもう一つお聞きしたいのですけど、その楽器は何とおっしゃるんですか?」
その表情を見て少し安心したのかその女の人は少し遠慮がちに尋ね返した。
「これは篠笛という和楽器で、篠竹という素材で作られた横笛です。」
「篠笛・・・心が洗われるような音色、とても素敵でした。聞いているだけですごく癒されます。
私も笛ではないのですが・・・和楽器を嗜んでおりまして、そういう方を見るとつい立ち止まってしまうんです。」
女の人は苦笑交じりで言葉を続けた。
「ハッ、ハッ!」
両腕で抱えられている仔犬は、何かを待っているように奏の方を見ている。
「和楽器を?何の楽器をされてるのか聞いてもいいですか?」
奏は少し目を開いて聞き返した。
今まで『先生』以外の人物と和楽器のつながりをもってなかった奏にとってそれはすごく新鮮なものであった。
「はい。私はお箏を…文化箏をやっております。」
(文化箏・・・?)
箏という楽器は奏も知っていたのだが、『文化箏』というのは聞いたことのない単語であった。
奏は疑問と驚きが混ざったような表情を浮かべ、恥ずかしげに言うその女性と両腕に抱えられていた仔犬を見つめていた。
第2曲【サラ】
「文化箏・・・?」
奏は聞きなれない単語に疑問で返した。
「はい、簡潔に申し上げると通常のお箏の約半分の大きさにしたものをそう呼んでおります。
音が出る原理等は同じで、従来のものと比較すると容易に調弦や演奏がしやすくなってるんですよ。」
女性はにこやかに言い慣れたような口調で説明する。
おそらく不特定多数の人に幾度となく同じ疑問を投げかけられたのだろう。
一般的に箏というと、その種類や地域によって若干の差異はあるものの大体は全長180cm~190cmのものを指す。
それを半分以下のサイズ、全長約86cmにしたものが文化箏である。
加えて調弦や演奏しやすいように改良されており、比較的馴染みやすくなったのが特徴といえる。
「箏にもいろいろ種類があるんですね・・・。機会あればぜひ一度みてみたいものですけど。」
奏の本心から出たその言葉は女性の表情をさらに明るいものへと変えた。
「それでしたら私の母がお箏の教室を開いておりますので、ぜひ一度見学にでもこられてはいかがでしょうか?」
「え、いいんですか!?」
奏の表情がパッと明るくなる。
普段決してにぎやかな性格とはいえない奏ではあるが、興味を惹かれたものに対しての好奇心は本人にも抑えられないものがある。
「もちろんです。私としましても和楽器をやっておられる方と出逢えたのは嬉しく思っておりますので。」
「ありがとうございます。あ、僕・・・星宮奏っていいます。」
「奏さん・・・素敵なお名前ですね。私は月島香詠(つきしまかよ)と申します。この子は・・・」
香詠と名乗ったその女性は両腕に抱えている仔犬に目線を落とすと言葉に詰まった。
仔犬の目は先ほどからずっと奏の方に向いている。
奏は黙って続きの言葉を待った。
「・・・実は先ほど、箱の中に『この子をよろしくお願いします』というメモとともに入れられてた子でして・・・」
「えっ!捨てられたってこと?こんなにかわいいのに・・・」
奏は近くによって右手で仔犬の頭をなでた。
「ハッハッ!」
仔犬は嬉しそうにしてるが、その目線は奏の左手に持っていた笛に向けられている。
「フフ・・・この子は奏さんの笛が気に入ったみたいですね。動物でも心地良い音はわかるものですから。」
「クゥン」
まるで何かを期待しているかのようだった。
「・・・待っているのではありませんか。奏さんの笛を。」
香詠は少し微笑みそう言うと、奏は小さく頷き、篠笛を構えた。
辺りに再び雅な旋律が響き渡る。
高架下ということもあり、音は反響し、奏の洗練された旋律をさらによりよいものへと変える。
香詠は目を瞑り、静かにその音に耳を傾ける。
その香詠に抱かれた仔犬もまた、食い入る様に奏を見つめている。
それはまるで願望が叶ったかのような表情だった。
「それでその子どうするんですか?」
奏は帰り道の方向が同じということで隣を歩いていた香詠に尋ねる。
「どうしましょう・・・。
あのままにしておくことは出来なくてつい連れてきてしまいましたけど・・・私の家は動物禁止なんですよね。
保護していただける団体さんとかにお願いするしか・・・」
香詠は困ったような表情で返す。
警察とかは・・・と奏は言おうとしたが、踏みとどまった。
迷い犬ならまだしも、捨て犬を警察が保護してくれるとは限らない。
仮に保護してくれたとしても、その後この仔犬の飼い主が見つかり、普通の生活がおくれると保証されるというものでもない。
奏は少しだけ考えて、
「よかったら僕が預かりましょうか?僕の住んでるところは動物は大丈夫ですし。」
香詠の表情は一気に明るくなる。
「本当ですか!?奏さんのとこならこの子も喜ぶはずですし、私も安心です!」
「ワン!」
香詠の嬉しそうな声に反応するかのように仔犬も鳴き声を上げる。
その光景を見て奏も自然と笑顔になる。
「じゃあせっかくですし、この子に名前をつけていただけませんか?」
「え?私がつけてよろしいのでしょうか?」
と香詠は尋ね返す。
「はい、この子にとってはきっと香詠さんももうお母さんみたいな存在だと思うから。」
仔犬はその言葉を理解しているかのように、香詠の顔を見つめている。
「フフ・・・ではサラというのはどうでしょうか。女の子みたいですし、この子の毛並・・・髪の毛みたいにサラサラですから。」
香詠は少し照れくさそうに仔犬の頭を撫でる。仔犬は気持ちよさそうにクゥーンと声を上げる。
「いい名前だと思う!じゃあこれからよろしくね、サラ!」
「ワン!」
奏は香詠から、サラを受け取ると優しく頭を撫でた。
サラは奏が自分を育ててくれることになったということは理解していないだろう。
だがその表情には何の曇りも不安もない。これからの生活にワクワクしてるようにすら見える。
ただただ自分に構ってくれる人が二人もいる。今のサラにとってはそれだけで充分嬉しかった。
香詠は少しだけ名残惜しんだがすぐ安心した表情を浮かべると奏に言った。
「私が拾ってきた子なのに、奏さんにご迷惑をおかけすることになってしまい、本当に申し訳ございません。
代わりといっては失礼ですけど、私に協力できることがありましたら何でもおっしゃってください。」
奏は少し考えると思いついたように言葉を返した。
「じゃあ一つだけお願いしたい事があるんですが、聞いてもらえますか?」
「はい!なんでしょう?」
どんなことなのかもわからないのに香詠は嬉しそうだ。
きっとサラを任せたことに少なからず責任を感じているのだろう。
「今度お邪魔するときに、香詠さんの箏と一度一緒に演奏してみたいんです。」
「それはもちろん構いませんが私なんかでよろしいのでしょうか?」
香詠は驚きと嬉しさが入り混じった表情を浮かべ、奏に問い返す。
「はい、サラも聞いてみたいよね?香詠さんの演奏。」
「ハッハッ!」
サラは返事になっていない返事をする。
「わかりました。少し恥ずかしいですが、そのようなことでいいのなら喜んでお受けします。」
笑みの表情でその言葉を返す香詠はこころなしかすごくうれしそうだ。
連絡先を交換し終えた香詠は、それでは日程を確認してまたご連絡しますと奏に告げると、
再度お礼をいい、深々と頭を下げその場を後にした。
(・・・奏さん、素敵な方でしたね。)
香詠は一瞬振り返ったが、僅かに微笑みすぐにまた前を向いて歩き出した。
そして、この二人と一匹の出逢いが後に前代未聞と言われる楽団結成のきっかけとなる。
第3曲【奇怪音】
奏の自宅は京都の市街地にあるにも関わらず、一人で暮らすには十分な広さの二階建ての一軒家だ。
造りは昭和を思わせる古風な木造になっており、玄関の扉は開き戸でその横には郵便受けなる長方形の枠がある。
ここに投函すれば家の中にそのまま入るという仕組みだろう。
一見かなり年季が入っているこの家は元々祖母の物で、高校を卒業して京都に来てからはしばらく祖母と生活を共にしていたが、二年前他界してからというもの奏一人が住居人となっていた。
そしてこの家に新しい家族が来て早一週間が過ぎた。
「ふぁ~あ・・・おはよう、サラ。」
「ワン!」
奏が眠い目をこすりながらベッドから起き上がり挨拶をすると、それまで横の絨毯にベタッとあごをつけていたサラが元気よく挨拶を返す。
まるで奏が起きるのを待っていたかのようだ。
サラは比較的賢い犬で、『サラ』というのが自分の名前だということを自覚しているのか、奏が呼んで話しかけると意味は理解できずとも反応はするようになっていた。
用をたす場所も一日で覚え、ちゃんとトイレマットでするようになってからはストレスがたまってはいけないと奏は家の中で放し飼いをしている。
奏が起きたら朝ご飯だということもわかっているのか、その時間が近づいてくると奏のベッドの横に移動してくるのも物覚えのいい証拠だろう。
この光景が朝の日常になりつつあった。
奏本人にとっても朝挨拶を交わせる家族がいるというのは気持ちのいいものであるし、仕事から帰った時も玄関まで嬉しそうに走ってきて出迎えてくれるのは実に喜ばしい。
二年前から一人暮らしでどこか寂しさを感じていた奏の心を埋めてくれる存在になりつつあった。
奏が部屋を出て廊下の突き当り左の階段を下りるとその横に並ぶようにサラもついてくる。
最初は、古い造りなだけに段差がかなりあるため小柄なサラにはまだ無理だろうと思い、抱えて下りようとしたがそれより早く
サラは器用に一段ずつ飛ぶようにして下りていったのだ。以降奏は心配することはなくなった。
どうやら運動神経も発達しているようだ。
奏は洗面所で顔を洗い、台所へと向かった。
日常の朝は睡眠時間を優先している奏にとってあまり時間がないので朝食はどうしても簡単なものになってしまう。
トーストをオーブンにかけている間に、サラの朝ご飯を用意する。
最近のペットフードはなかなかに味の種類が豊富で、サラの好みがわからない奏は最初に三種類買ってきた。
初回の食事は、どれがいいのか味見をさせようと適量の三分の一を三種類それぞれ別の器に盛って差し出して様子を見たが、
三種類共残さずペロリと食べあげてしまったのだから好みの判別もできたものではない。
それからというもの奏は飽きないように三種類をローテーションにして出すようにしていた。
ペットフードを器に盛ると、舌を出してお座りしているサラの前に置いた。
だがサラはいきなり食べようとはせずお座りしたまま、まず確認するように奏を見る。
食べていいよと奏が声をかけるとワン!と一声鳴き、待ってましたといわんばかりにすごい勢いで食べ始めるのだ。
奏はそれを見てホッとすると自身も焼きあがったトーストを食べ始める。
(やっぱり二日前は食欲が無かっただけなのかな。昨日もちゃんと食べてたし。)
奏が安堵するのには理由があり、先日サラは朝も夜も食べようとはしなかったのだ。
しかしそれ以外には特に変わったこともなかったのでもう一日様子を見て何も食べなかったら動物病院に連れて行こうと奏は考えていたが、
昨日も今日もいつも通り食事をするサラをみて奏は安心したのだ。
(まぁここにきてまだ間もないから二日前は体調よくなかったんだろうなぁ。)
と奏は思うことにした。
支度を終え、
「じゃあ行ってくるから今日もいい子にして待っててね。」
とサラに告げると奏は職場へと向かった。
---○---○---○---
ところ変わり、ここはとある一室。
数えると十六畳あるその和室に二人の女性が行儀よく座っている。
室内にはい草の香りが漂い、壁にはいつの時代のものか掛け軸がかかっていて京都に相応しい趣のある一室に仕上がっている。
それでいて余計な物が一切見当たらないこの部屋は管理している人間の性格も窺える。
「香詠、星宮奏さんからご返事は返ってきたの?」
畳に正座して箏を触りながら淡々と口を開く着物の女性は背後に座る香詠に尋ねた。
「はい、お母様。指定した日時のうち来週の土曜十五時をご希望されてますがいかが致しましょう。」
香詠は目線を真っ直ぐ母の背中に向け、表情を崩さず答えた。
「わかりました。その時間に来てもらってちょうだい。生徒さんには私の方から話しておくわ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
香詠は軽く会釈すると立ち上がり、ゆっくりと部屋を後にした。
少し後ろを振り返り誰もいないことを確認した着物の女性はまた前に向きなおして作業を再開した。
(星宮奏さん・・・あの子が興味を持つなんて一体どんな方なのかしらね。)
一人になったその部屋で香詠が母と呼んだその着物の女性は来たるべき日のことを考えて、静かに微笑んだ。
---○---○---○---
奏の勤務時間は朝九時から始まり一時間の休憩を挟み十八時に終わる。
最も正規雇用である以上定時ぴったりで終わらない日がほとんどではあるのだが、遅くても二十時を過ぎて帰宅したということは今までない。
そんな奏が珍しくこの日は定時で仕事を終え、自宅の前まで帰ってきた時だった。
(えーっと・・・鍵は・・・ん?)
奏がカバンから鍵を探していた時だった。
バシッ!・・・バシッ!
家の中から奇妙な音が奏の耳に入ってきた。
(・・・何の音だろう?家にはサラしかいないはずだし・・・まさか泥棒!?)
だとしたらこの音は!とサラの身に危険を感じ、急いで鍵を探す。
奏はようやく見つけた鍵を取り出し、音を立てないようにそっと鍵穴に入れて鍵を開ける。
(でもやっぱり鍵は閉まったままだ。他に家に入れるとこなんてないし・・・いや、そんなことより今はサラを!)
泥棒だと確信していた奏は、玄関に置いてあった傘を手に持つ。
奏はケンカなどは決して得意な方ではないが、助けを呼んでる間にサラが大事に至ってしまうことだってある、そう判断したのだ。
傘を武器とし、恐る恐る音のする居間へと向かっていく。
バシッ!・・・バシッ!
不定期な間隔で聞こえてくるその奇怪音は今なお続いている。
(でも、この音どこかで聞き覚えが・・・)
奏はそっと居間から覗くとそこに映った光景に自分の目を疑い、しばし呆然としてしまった。
第4曲【香詠との再会と御箏荘】
泥棒疑惑から一週間が過ぎようとしていた。
仕事を終え、帰宅した奏はサラを連れて家の近くにある文化施設を訪れていた。
時間は20時半を越えてることもあり、ガラス越しの受付から見える職員の人数も数えられるぐらいしか残っていない。
そんな中、奏に気付いた中年の男性職員が壁にかけてある鍵を手に取り、にこやかに受付の前へとやってくる。
「おぉ奏君。今日もこの部屋を使ってくれるかい?」
「ワン!」
「おぉおぉ、サラも元気じゃないか。」
ハッハッハッと笑いながら親しげに名前で呼んでくるこの職員は奏が七年前から世話になってる人物である。
ここでの職歴だけでいうと間違いなくベテランと言われる位置づけになるだろう。
「わかりました。では少しお借りしますね。」
「あぁ、今日はもう後の人はいないから私が帰る二十三時ぐらいまでなら好きに使ってくれて構わないからね。」
「いつもありがとうございます、三好(みよし)さん。」
奏が笑顔でそう答えると三好は再び受付奥へと戻っていった。
市街地の真ん中に位置するこの文化施設では普段習い事の教室や会議などに利用されているが、部屋数が多いこともあり個人の貸出も受け付けている。
交通に便利であることや貸出料金が安価であるため土日はあっという間に埋まってしまうが、平日の夜間は比較的利用者が少なく、特に奏が訪れることの多い時間帯の二十時以降は満室になっていることはほとんどない。
情報流出が器具される重要な会議や、大きな音が出る和楽器団体の練習も行われるため防音加工も全室しっかりと施されているのも人気がある理由だろう。
奏は篠笛を手にするようになってからというものよくこの文化施設を利用していた。
渡された鍵の部屋に入ると奏にとっては見慣れた光景が視界に入る。
カラオケボックスの個室よりかは数倍大きい長方形の部屋で、真ん中に長い机とパイプ椅子がセットされているだけのシンプルな部屋。
この場所でひとしきり篠笛を吹くことが仕事がある日の奏の日課である。
本来ならこの部屋でのペットの連れ込みは禁止ということなのだが、サラを初めてここに連れてきたときに三好が「外で待たせておくのも可哀そうだ」と言い、粗相をしないことを条件に気を利かせてくれたのだ。
その日以来サラも当たり前のように部屋に入るようになった。
三好以外の職員だったとしてもサラを連れ込むことに何も言われないあたり、彼が根回ししてくれたのだろう。
そういう気遣いも奏がこの場所を長く利用していきたいと思う理由の一つだった。
「さてと、じゃあ今日もやりますか。」
大きく背伸びした奏は篠笛を手に持つと何かを思い出したようにサラに目線を向けた。
「あ、そうそうサラ。明日久しぶりに香詠さんに会えるよ。楽しみだね!」
「ワン!」
サラは元気な声で返事をするが恐らく意味はわかっていない。
二週間前サラを引き取って以来、音楽のことやサラのことやらで香詠とは何かと連絡を取り合っている。
以前奏がお願いした箏教室の見学、そして香詠と一度一緒に演奏するという約束は明日ということになっていた。
「香詠さんをビックリさせようね、サラ。」
そういうと奏はカバンの中に入っていたものを取り出してお座りをしているサラの目の前に置いた。
間を置かず奏が笛を吹き始めた瞬間、もう一つの異なる音が室内に響いたのだった。
---○---○---○---
翌日、奏はサラを連れて自宅から徒歩20分ぐらいのところにある駅まで向かっていた。
日曜日の昼間ということもあり、旅行に訪れたと思われる人達が大半を占めている。
この日、待ち合わせ時刻は14時30分ということになっているがサラがいることも考え、少し余裕をもって家を出ていた。
にも関わらず指定の場所に香詠の姿を目視できたので、もしかして遅刻だろうかと腕時計を見るとまだ5分前だった。
ただの見学とはいえ、香詠からしてみたら奏達は待たせてはいけないという心理が働く『お客様』なのだろう。
前方にいるのが香詠だと理解するやいなや、サラはリードを持っている奏を引っ張るようにして走り出す。
主導権を握られた奏は自然と早足になってしまうが、待たせてしまっていることもあり、急いでいるように見えてむしろ都合がいい。
「すみません、お待たせしてしまったみたいで!」
「ワン!ワン!」
奏が一言お詫びを言うのと同時に香詠との再会を喜ぶサラ。
たった半日一緒にいただけなのにしっかりと覚えてるあたり、やはりサラは賢い部類に入るだろう。
奏はいつから待ってましたかと聞こうと思ったが、野暮になりそうなので言葉にはしなかった。
が、その質問はするまでもなかった。
「こんにちわ、私も今来たばかりですので大丈夫ですよ。サラもお久しぶり、元気そうで安心しました。」
「ハッハッ!」
香詠はにこりと微笑んで、サラの頭を撫でながら奏と挨拶を交わす。
「母の教室はここから徒歩十分ぐらいのところにあります。お話しながらだったらすぐだと思いますので参りましょうか。」
「わかりました。じゃ行こっか、サラ。」
「ワン!」
何故かサラが先陣をきるような形で、奏と香詠は横に並んで歩き出した。
連絡を取り合ってるとはいえ、出会って二週間弱しか経っていない者同士の会話といえば、自然と二人の共通する話題になる。
「ということはもう楽譜の方も・・・」
「はい、奏さんから送って頂いた画像の楽譜はお箏の物でしたけど、それを文化箏用の数字譜に一度書き直しました。」
「そうでしたか。何だか時間をとらせてしまったみたいですいません。」
「あ、いえ!私も今日奏さんと一緒に演奏できることを心待ちにしていましたから。」
奏が言い終わるより早く、香詠は遮るように応えた。
一緒に演奏する楽曲について、連絡し合っていた時にわかったことなのだが、本来の箏譜と香詠が使っている文化箏の楽譜は若干異なるらしい。
とはいえ、同じ楽器でもいろいろな流派がある以上多少の表記の違いは出てくる。
それを見聞として広げていくのも和楽器の醍醐味の一つと言っていいだろう。
奏が今までのやり取りを思い出していると横を歩く香詠の足取りが止まる。
「着きました、ここです。」
奏も一瞬遅れて足を止めると建物を見上げた。
(うわっ!大きい。ここもしかして香詠さんの家・・・なのかな)
外見を一言であらわすのであれば、時代劇などによく出てくる武家屋敷のような印象だった。
造りは木造でどことなく奏の自宅と構造は似ているが奥行きに関しては倍はあるだろう。
玄関口までの距離は長くはないが、その左右には建物を囲うように小道があり敷地の広さから察するに裏庭へと続いているだろうことが予測できた。
「どうぞ中へ。」
手を添えながらそういうと香詠は中へ入っていったので、奏もお邪魔しますと一言添え後に続いた。
サラに至っては小道の先が気になるのか奏を引っ張り強引に進もうとしている。
奏はサラを抱え上げ香詠の後ろを歩き、玄関口の前まで来ると上部に掛けてあった看板に目がついた。
「御箏荘・・・?」
その言葉に香詠が綺麗な黒髪を靡かせながら振り返る。
「はい!『御箏荘(みことそう)』…それが母の開いている箏教室の名前です。」
香詠は満面の笑みで自信満々に答えた。
第5曲【名工『葉桜』】
時を遡ること明治時代初期。
西洋の技術を組み込み、鉄道・電気などが開通し、いわゆる文明開化と言われたこの時代に、この地である古武術が名を馳せていた。
『月島無閃流』と言われたその武術は今でいう合気道に近いものだったという。
そしてその開祖こそが香詠の先祖にあたる人物で、この御箏荘(みことそう)は道場として使っていたものらしく閉場してからというもの、血縁者が代々管理してきたとのことだ。
祖父母が跡継ぎを宣告して以来、ここの主は香詠の母となったが現住居を離れることをよしとしなかった彼女は、先祖に見習い、教えの場として使っていきたいということで箏教室にしたのだと香詠は説明した。
「ですから私も母もここに住んでるというわけではなくて、あくまで教室として母は使っています。」
「へぇ・・・何だかすごいですね、香詠さんの家系って。」
「ご先祖様の歴史を今でも語り継いでいるだけですよ。」
玄関口に背を向けて手短に解説を終えた(つもりの)香詠に奏は思ったことを素直に口に出した。
言葉が見つからず感想があまりに淡白になってしまったことを奏は少し反省したが、実際そういう話をされると返事に困るものであり、余計な言葉を加えるとそれがかえって爆弾になってしまうこともあるのだ。
香詠はまだ何か話したそうにしていたが、奏の反応を見てつまらない話をしてしまったと思い込み、そこで話を切った。
だが奏がこの話を聞き関心したのは事実でこれだけの土地と建物を所有しているとなると税金も半端な額ではない。
それでもなお売り払ったりせずに所有し続けるということはそれだけこの場所が大切な財産なのだろう。
もっともそのようなことは奏の知るとこではなかったし、突き詰めて聞くようなことはしなかった。
奏が何か考えていることを悟り、訝しげに小首を傾げた香詠だったが続きの言葉が出てこないことを確認すると一瞬微笑み、玄関口に向きなおす。
ノックをしようとしたがそれより早く外での会話で人がいることに気付いたのかうっすらと人影が見え開き戸がゆっくり横に開いた。
「おかえりなさい、香詠。」
「ただいま帰りました、お母様。」
香詠と同じく着物を着た女性が出迎えた。
一目で彼女の身内と確信できるほどに顔立ちが似ておりその麗しい黒髪も年齢による衰えを全く感じさせない。
香詠がお母様と呼んだからこそ彼女の母親だと理解できたが、姉妹と言われても疑わないレベルである。
まさに容姿端麗という言葉がぴったりであるが、その上品さを帯びた微笑からはどこか妖艶さを漂わせている。
「星宮奏さんをお連れいたしました。」
香詠がそういうと、サラを両腕に抱えたまま奏は一歩前へ出て会釈する。
「星宮奏と申します。本日はよろしくお願いします。」
「こちらこそ。私、香詠の母でここの主を任されております月島美代(つきしまみよ)と申します。本日はわざわざ足を運んでいただきありがとうございます。確か香詠の話ですと篠笛を演奏されるとお聞きしましたが・・・」
落ち着きがあり、聞き取りやすい丁寧な物言いである。
それでいて自分が話してる最中には一切言葉を入れさせないという威圧にも似たオーラを出してるあたり、さすがは指導者といったところか。
その空気に奏は自身が委縮してしまっていることを感じているが、何とか失礼のない言葉を探し返した。
「あ、はい。それで文化箏という楽器について香詠さんから聞き、一度見学してみたいと思いまして。」
「そうですか、文化箏に興味を持っていただけて嬉しく思います。ゆっくりしていってくださいね。」
そういうと美代は奏に近づき、両腕に抱え上げられているサラの頭を撫でた。
「ハッハッ!」
「この子がサラね。フフ、かわいい・・・。娘が見つけた子なのにご迷惑をおかけして申し訳ございません。この件については改めて何かお礼をさせていただきたいと思います。」
「あ、いえ!サラを引き取ると言い出したのは僕の方ですから気になさらないでください。」
奏がそういうと美代はクスリと笑いながら「どうぞ」と言い、奏達を中へ迎え入れた。
大人三人は並んで歩けそうな横幅のある廊下を渡り、案内された部屋は大宴会でもできそうな広い和室だった。
いや和室というより、高級旅館などにありそうな『何とかの間』といった表現の方がしっくり来るだろう。
(うちの旅館の部屋よりよっぽど大きい・・・)
それはそうだ、十六畳あるのだから。
美代の話だと今日来られる生徒は元々知り合い同士の三人組だという。
いつも時間ギリギリか少し遅れてくるかのどちらからしい。
美代はお稽古の準備をしてきますと言い、お茶菓子を出し終えると奏と香詠とサラを残し部屋を出て行った。
奏が時計を見ると現在十四時四十五分。『いつも』通りであるならば後十五分はある。
それならばと閃いた香詠は、
「奏さん、時間もあることですし先にお約束してました合奏してみませんか?」
と自分から提案した。
「えっと・・・僕は構いませんけど今いきなりやって大丈夫ですか?」
この質問はもっともである。
見学のためにこの場にいるのに、時間があることをいいことにいきなり笛を吹き始めたらさすがの美代も驚くだろう。
第一印象から察するにあの手の人は怒らせたら絶対恐い、奏は妙に自信を持っていた。
故に奏は見学の後に美代の承諾をもらって香詠と合わせる予定だったのだ。
「ご心配には及びません。今日ここで一緒に音を合わせてみるということは既に母には伝えております。奏さんの篠笛、母も聞いてみたいと言っておられたのでむしろ都合がよろしいかと。」
「そうですか、それなら問題ないかな。」
香詠は笑みを返すと着物を押さえながら上品に立ち上がり、部屋の奥に移動した。
その先には紫色の布が掛かった長方形状の物が置いてある。
香詠はそれを両手に取ると奏の近くまで持ってきて座り直し、かけてあった布を外して綺麗に折りたたむ。
「これが・・・」
「はい。私が愛用している文化箏で名を『葉桜(はざくら』。昭和初期に生きた木市仁之助(きいちじんのすけ)という人物が作られた物で現代の文化箏のモデルになったものとも言われています。」
「ええっ!それってかなりの名工品じゃあ・・・」
淡々と紹介する香詠に奏は驚いた表情を見せた。
それもそうだろう。
箏と文化箏は別物であるが、造りの材質や構造は同じである。
一般的に箏の寿命は三十年~五十年と言われており、いきなり鳴らなくなるということはないが木の劣化により一部の音がまともに出なくなるのだ。
故に彼女の言うとおり本当に昭和初期に作られたものであるのなら、通常の箏の倍近く生きているということになる。
かつ未だに音が衰えていないとなるとそれは間違いなくこの世に二つとない名工品に入る。
「この子は十数年前、ある出来事がきっかけでに母が私に譲ってくれたものです。」
「・・・?」
楽器を人として捉えてる辺りそれだけ大切にしているのだろうと奏は思ったが、寂しそうな表情を見せる香詠に少し違和感を覚えた。
第6曲【演奏する犬】
香詠は何かを払拭するように楽譜を立て掛け、爪をつけた後、二、三、弦を弾いてみせた。
この日合わせる楽曲についてはあらかじめ打ち合わせており、奏が提案した楽曲の楽譜と音源を電子的な手段で早い内に香詠には送っている。
それは本来、箏の楽譜であったが香詠は自身で文化箏用の楽譜に書き換えていた。
「・・・さて、調弦の方も既に平調子に合わせてありますのでいつでも大丈夫です。」
箏は篠笛と違い、曲毎に調弦が必要な楽器である。
平調子、雲井調子といった名前の調弦法がいくつか存在し、楽曲の音階に合わせて使い分ける。
舞台になってくると調弦によるタイムロスを防ぐため、前もって違う調子の箏を2つ用意していたり、箏を使わない楽曲を間に入れてその時に調弦するなど様々な工夫がなされている。
これが篠笛の場合、一本調子と呼ばれるものから順番に十三本調子まで存在し、数字が増える毎に半音ずつあがっていくので曲によって持ち変えるだけでいいのだ。
よって篠笛奏者はその日演奏する楽曲に合わせて数本持ち歩くのが常といっていい。
最も同じ調子であっても作りや素材の質によって音質に若干の違いが生じる。
その中で本当の意味で楽曲に合った笛を探すのも面白味の一つといえるだろう。
「わかりました、じゃあ早速始めましょうか。」
一瞬寂しそうな表情を見せた香詠だったが、笑顔を取り戻したのをみて安心した奏はサラを座敷に降ろした後、自身もカバンから篠笛を取り出し構える。
二人がアイコンタクトを交わすと何拍か置かれた後に箏の伴奏から曲は始まった。
ゆったりとした感じから入るこの『京の花』という曲は奏の師が作曲し、練習用としてよく使っていた楽曲である。
それに加え、香詠とサラに初めてあった日に演奏した曲でもある。
六小節の前奏の後、篠笛の主旋律が加わる。
終始ゆっくりとしたテンポで、和を全面に出したその曲調は心の故郷と言われる京の都をイメージさせる。
それでいて透き通った音色の篠笛としみじみとくる音色の箏が合わさることで、聞いているだけで癒される一曲に仕上がっている。
同じ旋律を繰り返すような構成のこの曲は初めての合奏でも比較的合わせやすい方だろう。
そのことをふまえても奏は驚いていた。
(いくら音源を送っていたとは言え初めての合奏でこれだけ合わせることができるなんて…何となく予想はしてたけど香詠さん、やっぱり凄い腕前だ)
しかしそう思っていたのは奏だけではなく、香詠も同じようなことを考えていた。
(一回目からこれだけ波長が合う演奏ができるなんて初めてかもしれませんね)
そして二人がそれぞれ自分達の世界へ入り、曲も後半に差し掛かったころ、一つの単音が二人の旋律に割って入った。
バシッ!
「え…」
現実の世界に一瞬にして引き戻され、演奏中にも関わらず香詠は思わず声をあげてしまう。
その視線の先にはおすわりしているサラが映る。
(サラ・・・?今の音は一体)
サラが右手が振り下ろした瞬間だった。
バシッ!
再度あの音が室内に響く。
(あの音はやっぱりサラ・・・)
右手の先には奏のカバンから出てきたと思われる小太鼓のようなものが転がっていた。
(手元にあるものって和太鼓?・・・いえ、あれはもしかして・・・パーランクー!?)
パーランクーというのは沖縄の打楽器である。
形状は太鼓によく似ていて、本来の使い方は片手にパーランクーを持ち、もう片方の手でバチを持ち演奏するというもの。
沖縄の伝統芸能エイサーによくみられる。
そのパーランクをサラは不定のリズムで右手でバシバシ叩いているのだ。
世にも珍しいその光景に最初こそ驚いた香詠だったが、すぐ笑顔に戻り楽譜に視線を落とす。
(そう・・・サラ、あなたも一緒に演奏したいのですね)
奏は音がした時、一瞬その方向に視線を向けたが正体がわかっていたこともあり特に驚くことはなく、自分の世界に戻っていた。
バシッ!
・
・
バシッ!
・
バシッ!
音も定まらず全くリズムになっていないが、まるで自分も一緒に演奏してるのだと言いたげにサラも必死になって叩いている。
バシッ!
バシッ!
(少し叩きすぎな気がしますけど…スイッチでも入ったのかしら…)
と香詠は心の中でつっこみを入れた。
「初めて合わせたのにすごくいい感じでしたね!サラも気合入ってたし。」
と演奏を終えた奏が笑いながら感想をいうと、
「ハッ!ハッ!」
とサラは誇らしげに舌を出して奏を見た。
「はい、私も初めて演奏を共にした方とここまで出来たことはありませんでした。楽曲自体も素敵でとても気持ちのよいものでした。」
「そういってもらえると僕も嬉しいです。それと一緒にやってみてわかりましたけど、やっぱり香詠さんって相当な経験をお持ちですよね。」
「子供の頃からやっているというだけですので・・・。私自身、乗り越えないといけない壁もありますしまだまだ実力不足だと思っております。」
「壁・・・?」
「はい。・・・それにしましてもサラには驚きました。それはパーランクーですよね?この子いつから叩くようになったのですか?」
香詠はそれ以上聞かれたくないという雰囲気でサラの話に切り替える。
先ほどもそうだったが何かを抱えているであろうということは奏も予想できたが、香詠本人が聞かれたくないオーラを出していたのでそれ以上追及はせず素直に質問に答えた。
「それが不思議なんですよね…。」
---○---○---○---
今から一週間前。
奏が珍しく定時で仕事を終え、帰宅した日だった。
バシッ!・・・バシッ!
(何だろう、この音・・・どこかで聞き覚えが)
そっと居間を覗くとその奇怪音の正体に奏は唖然とした。
床の間に置いてあったパーランクーをサラが叩いているのだ。
(サラ・・・!?)
一体どこで覚えてきたのか・・・
なぜ叩いているのか・・・
理解不能な状況だった。
奏が帰ってきたことに気付いたサラは嬉しそうに寄ってくる。
「サラ、一体それどこで覚えたの?」
返ってくるはずもない質問だというのはわかっている、だが聞かずにはいられなかったのだ。
「ハッ!ハッ!」
サラは何事もなかったかのように奏の両足に自分の両手をかけて立ち上がる。
だが奏にはそれがまるで何かを求めているようにも見えた。
第7曲【美代の思惑】
「それでは叩く理由も含め、現状全てわからないと・・・?」
香詠は確認するように口を開く。
この話を聞き、にわかには信じられないというのが普通の人の反応だろう。
だが、この数週間奏といろいろ連絡を取り合ってるうちに彼が冗談を言うような人間ではないということを香詠は理解していた。
「はい。正直最初に見たとき僕も自分の目を疑いました。多分サラが前一緒に住んでた人と何か関係があると思うんですが。」
「ハッ!ハッ!」
名前が出てきたことで自分の話をしていることがわかったのかサラは過敏に反応し、奏と香詠を交互に見つめる。
もっと自分に構ってほしいというのが心情だろうが、そのサラのことで二人が頭を悩ませていることを人語がわからない犬には知る由もない。
「私もそう思います。パーランクーを叩いてるときのサラはとても楽しそうに見えましたのでその方ときっといい思い出があるのかもしれませんね。それを思えばやはりこの子を置いていった方を何とかして・・・」
探し出した方がいいのではと香詠が言おうと思ったところで二回襖を叩く音が聞こえた。
「よろしいですか?」
「はい、大丈夫です。」
香詠が答えると気品溢れる佇まいで美代が室内に足を踏み入れた。
この御箏荘において主は美代である。
だが、客とはいえ我が娘の友人相手にも礼儀作法を怠らないあたり、いかにそういったことに厳しいのかが窺える。
故に香詠がやたらと上品であることにも奏は納得した。
「奏さんの篠笛、本当に綺麗な音・・・まるで心が洗われるようです。香詠の言った通りね。」
「え、あ、ありがとうございます。」
「すみません。立ち聞きするつもりはありませんでしたが、あちらにいましたら心地良い旋律が聞こえてきたものでつい。香詠も以前にもまして一段と素晴らしい演奏でしたよ。」
「ありがとうございます。初めてだったのにも関わらず、奏さんとの演奏はやりやすく、自然にこの子の音が引き出されるような不思議な感覚でした。」
フフフと笑いながら話す予想外の美代の反応に奏は少し戸惑う。
香詠が話を伝えてくれてるとはいえ、稽古の見学に来ているのにそれを見る前に笛を吹くというのはやはりうしろめたいものがある。
それに篠笛の演奏技術においては『ある程度』の自信を持っている奏ではあるが、これだけ厳しそうな人なら一つや二つダメ出しされても仕方がないと思っていたのだ。
だからこそ美代の見せたその表情に安心した奏だったが、彼女に長く育てられた香詠にとって、母のその笑いは何か良からぬことを考えているときのものだと知っていた。
(お母様のあの感じ・・・何だか嫌な予感がします)
と思った瞬間だった。
その予感は的中し、美代は突拍子もないことを言い出す。
「そうですか。でも初めての合奏でこれだけぴったり息の合う演奏ができるあなた達ならこれから組んでも上手くやっていけそうね。」
「・・・え?」
「・・・!! お母様それは・・・」
一瞬何を言われたのかわからなかった二人は反応が遅れる。
「あら、ちがうの? 香詠が嬉しそうに話すからてっきりそうかと・・・。」
「ワン!」
「あらあら、ごめんなさいサラ。二人ではなくて三人でしたね。」
「いえ、お母様。そういうことではなく、私は・・・」
香詠が何か言いかけたところで美代はそれを遮るように言葉を続ける。
「ん~、でもいい機会だからあなた自身をさらに成長させるためにも私はその方がいいと思うのだけど。一人では奏でることのできない旋律もあるのよ?」
「・・・。(お母様、もしかすると初めからそのつもりだったのでは・・・)」
美代は笑顔を崩していないが、まるで拒否することを許さないようなその口ぶりからは威圧にも似たオーラを放っている。
対して苦虫を噛み潰したような表情の香詠は言葉を失い沈黙する。
それはもう何を言ってもダメだろうという諦めにも見えた。
美代はその様子を見て彼女に向けていたその妖艶な視線を奏へと移す。
「奏さんは何か目標とかあるのかしら? もしそうならこの子と組んでみるのはどう? 母親の私が言うのもおかしいかもしれないけど箏の演奏技術は折り紙つきよ。コンクールで優勝経験だってありますもの。あなたなら優しそうですし私も安心。」
「えっと、僕は・・・」
傍から聞くと最後の一言は語弊があるが、奏は正しく意味を理解した。
笑顔を絶やすことはないが、いつの間にか奏に対しても話口調が敬語ではなくなってきていることから完全に美代のペースになっていると香詠は思った。
奏は続きの言葉をすぐに紡ぎだすことが出来ず、再び場は沈黙する。
彼女の演奏技術がかなりのものだということは奏も先ほどの演奏でわかっていた。
コンクールでの優勝経験がある、これだけの演奏が出来れるのであればそれも当然だろう。
少なくとも香詠の技術云々についてはこれっぽっちも疑っていないし、今回の件が終わっても和楽器を通して彼女とはいい友人であり続けたいと思っているのも事実だ。
だからこのとき彼の脳裏に浮かんだのは他ならぬ自分自身のことで、美代のその問いかけに奏は自身が篠笛を演奏することの理由を再確認させられていた。
(目標・・・)
そう・・・確かにあるのだ。
奏が篠笛と出会うきっかけになった七年前を境に。
それを忘れないために『あの日』からこの名を名乗ったのだから。
第8曲【和楽祭典『雪月花』】
-七年前初冬-
「雪月花?」
「あら、奏君いろんな楽器やっているのに知らへんの?」
「はい、和楽器のことは詳しくなくて今初めてその名前を聞きました。」
「まぁ最近の若い子は和楽に興味を持つ子なんていーひんしねぇ・・・。」
木製で出来た受付カウンター内で四・五人は入れるそうなスペースに、着物を身に纏い風格を漂わせている初老の女性とまだどこか幼さを残している顔だちで半被姿の青年が横並びになり会話をしていた。
時間は正午を少しまわっているということもあり、館内で連泊となっている宿泊客は観光に出払っていて、残っているのは従業員だけとなっていた。
ここは奏がアルバイトとして世話になっている旅館である。
京都の中でも特に宿泊施設がかたまっているこの通りでは、京都駅が近いこともあり平日でも旅行客でごった返していた。
近くには某大学のキャンパスなどもあり、日々勉学に勤しんでいる学生も多く見受けられる。
奏自身もその大学の生徒であり、今日は講師の体調不良により休講になったということで急遽アルバイトに来ていたのだ。
「興味はあるんですけどね。難しいって聞きますしなかなか踏み込めなくて。」
「難しいのは本当やで。楽器によってはまともに音が出るまでかなり時間がかかるっていいはるし。せやけどここに来はるんはすごい人だけやし行ってきーな。」
「具体的にはどんなイベントなんです?」
「私も詳しいことは知らへんけどな。いろんな大会で良い成績を残した人達だけが集まるゆーて、今日本で一番大きい和楽器の祭典やってチケットくれた人がいうてはったわ。」
「それは楽しみですね。・・・でも女将さん、いいんですか?本当にもらって。」
「かまへん、かまへん。私は仕事でどっちにしろ行かれへんし。」
手をフリフリしながらそういうと女将と呼ばれた初老の女性は、カウンターの引き出しをゴソゴソと探し出し、白の横長封筒を奏に手渡した。
「ありがとうございます。じゃあせっかくなので行ってきますね。」
(・・・【和楽祭典『雪月花』2009】か)
渡されたチケットを手に、初めて接する和楽に奏は心弾ませていた。
---○---○---○---
-和楽祭典『雪月花』-
洋楽器の人気が衰えない現代の日本において、和楽器のことも知ってもらいたいという目的で始まったこの祭典は、今や和楽界を代表する最大規模のコンサートイベントとなっている。
二○○一年から始まったこのイベントは今年で九回目を迎え、毎年大晦日に開催されている。
ジルベスターコンサートの和楽器バージョンともいえるこの大イベントはその『システム上』、年々舞台の質が上がってきていることもあり、それに伴い来場者も増える一方である。
和楽器奏者であるなら誰しも一度は立ってみたい憧れの舞台ではあるのだが、そこに立てるのはほんの一握りの人達なのだ。
そもそも雪月花というのは本来四季を表す言葉であるが、主催者側がそれを忠実に参加規程として取り入れようとしたのが、ハードルを高くした事の発端であった。
結果からしてみれば大成功と言えるがそのシビアな参加資格に奏者は幾度となく涙をのまされた。
だがそれ故にいつかその舞台に立てる事を夢みて挑戦し続ける者が後を絶たないのもまた事実なのだ。
その問題の参加資格にはこう記されてある。
【参加資格:同協会主催のコンクール『春風』・『夏草』・『秋月』・『冬霜』の内、いずれかの三大会を通年で三位以上の入賞を果たしていること。もしくは同協会の推薦がある者。】
一見ややこしい書き方のように感じるが、これは三ヶ月毎に開催されるそれぞれの季節をテーマにした大会(以下四季大)で一年の中で三位以上の成績を三回残せというわけだ。
四季大が開催される時期は毎年若干の違いはあるが、大抵四月(春風)・七月(夏草)・十月(秋月)・一月(冬霜)である。
最後の『同協会の推薦がある者』については、出演者が不足したときの処置のためと思われるがこの雪月花が開催された当初にしか過去適用された実例がない。
逆をいえば、以降毎年参加資格をクリアする猛者が現れるということを意味しているのだ。
これ以外には特に記載されてなく、年齢制限もなければ、個人でも団体でも問題ないとされている。
だがその大舞台にたどり着くための土台となっている四季大ですら、誰でも出場できるというわけではなく一次審査というものが存在し、演奏動画を作成した上で主催者側の審査を受け合格しなければならないのだ。
最終的に雪月花に立てる演奏者(チーム)は十にも満たない狭き門だが、そんな厳しい条件にも関わらず毎年四季大の一つの大会だけで日本全国から百を優に超えるエントリーがある。
これだけの大規模な行事となり、今なおエントリー人数が増え続けているのであれば年を増す毎に質が上がるのも必然と言える。
そしてこの二○○九年もまたその時期を迎えようとしていた。
---○---○---○---
【和楽祭典『雪月花』2009】当日。
余裕を持って家を出た奏は三十分前には会場に到着した。
正面に見える建物はドーム状となっており、その周りには木々が生い茂り右手の方を見るとお洒落な噴水から水がシャーシャーと湧き上がっている。
そこには広場のようなスペースとしてベンチも設置されており、まるで公園のようだ。
(うーん…ちょっと早く来すぎちゃったかな。)
楽しみにしている行事ともあれば、アクシデントが起こることも考え早目の行動に移るのは自然と働く心理である。
会場の外では祭典を見に来たと思われる人達がそこかしこで時間を潰していた。
どうやら楽しみにしているのは奏だけではないらしく、館外では既ににぎやかなムードとなっている。
とりあえず館内入口の前まで進んでみた奏は雪月花の看板が立てかけてあることを確認し、もう入っていいのかどうか迷っていたところでいつの間にか後ろに人が立っていることに気付く。
「あ、すみません!」
とっさに頭を下げて邪魔になっていたことを謝りすぐさま横に避ける。
「いえ。もしかして、今日のコンサートを見に来られた方ですか?」
着物の上に厚手のコートを羽織った女性はにっこりと微笑み、奏に問いかけた。
「あ、はい。そうです。」
「ありがとうございます。楽しんでいってくださいね。」
着物の女性はにこやかにそう返すと着衣を乱さぬよう小さな歩幅で会場内に入っていった。
(綺麗な人・・・。会場のスタッフの人かな。)
数十分後、奏のこの予想は思いがけない形で答えとして返ってくることになる。
第9曲【憧れ】
会場内は既にほとんどの席が埋まっているにも関わらず、小声の会話が聞こえる程度で比較的落ち着いていた。
これが人気ロックバンドのライブ会場ともあれば雰囲気が全く違い、開始前からある程度の盛り上がりを見せており期待と熱気で会場が包まれている。
それには観客の年齢層も関係しているだろう。
若者中心で集まるライブと比べ、和楽を親しむ者は年齢層が高い傾向にある。
最もそのイメージを払拭するために雪月花が開催されることになったわけだが、今すぐに変わるかと言われればそういうものでもなく、辺りを見回しても男女問わず中高年と思われる人達が大半を占めていた。
(うわ・・・ひろっ!)
奏がそう思うのも当然でここ京都市神宮文化ホールでは関西一の客席数を誇っており、その数約三千八百である。
日本でもそこそこ知名度が高いといわれているホールの平均客数が二千前後と言われている現在、客席数と収容人数でいうのであれば間違いなく上位に入る。
(中からじゃあよくわからないけどきっと音響設備もすごいんだろうなぁ・・・)
初めてと言ってもいいほどの大ホールを前に奏は辺りを見渡しながら、やっとの思いで自分の席を見つける。
時間が経つにつれてちらほら空いていた客席もしだいに減っていき、数分前には紫色のシートが見えなくなるまでに人で埋め尽くされた。
(・・・そろそろ時間かな。)
奏がそう思った瞬間だった。
ゆっくりと照明が落ちていき、会場内が一気に静まり返る。
すると降りていた幕がゆっくりと上がっていき、動かなくなったと同時にスポットライトが舞台左側を照らし司会者と思われる女性が正座している姿でボウッと映し出される。
(さっきの人?・・・じゃないな。)
普段なら一言二言話した程度の人であるならすぐ忘れてしまう奏だが、今回に限っては会場入り口で会った女性の事が妙に頭の中に残っていた。
そんなことを思い出していた次の瞬間彼に衝撃が走る。
「本日はお忙しい中、【和楽祭典『雪月花』2009】へお越しいただき真にありがとうございます。開演に先立ちまして・・・」
(うわっ何だこの声っ!?綺麗なんてレベルじゃないよ!!)
司会の人が発した未だかつて聞いたことのない程の透き通った声に、話している内容などそっちのけで奏はただ驚いていた。
辺りでも奏と同じことを思った人達のざわつく声が耳に入る。
(本物の語り手ってここまで違うもの!?)
それまでライブのステージしか見たことのなかった奏にとって今自分の耳に入ってくるその声は全く別次元の異質なもののように感じていた。
だが音響設備がしっかりしていることを踏まえてもその声質はまるで童話に出てくる人魚姫のようなイメージで、後天的に身につけようと思っても多少の努力云々で身につくレベルのものではない。
もちろん先天的な素質もあるだろうが、ここまで聞いている者を魅了させる語り手はそうはいないだろう。
(そういえばプログラムに朗読ってあったような・・・もしかしてこの人がするのかな。)
もはやメインである演奏のことなど頭から離れてしまう程、この美声は彼にとって衝撃だったのだ。
九回目の開催ということもあり、進行も手慣れており目立った遅れなども生じず、早くも後半に差し掛かろうとしていた。
(これが和楽器か。聞いているだけで疲れがとれていく気がする。・・・音を出すまでが難しいって聞いてたけどどの演奏者も全くそれを感じさせないあたりやっぱりすごいなぁ。)
和楽器の知識が全くない今の奏にとっては褒める言葉が見つからず、この程度の感想を持つことしかできない。
だがその通りであり、特に笛といった類はまともに音が出せるようになるまでが非常に大変な楽器である。
練習している時は普通に音が出せていてもいざ舞台に立つと緊張からくる『力み』やその他様々な要因が重なり、音が出なくなることだってある。
もちろん笛に限ったことではなく、繊細な指の動きを必要とする箏や三味線の弦楽器などにも同じことがいえる。
その上でこれほどの大舞台を前に、どの組も緊張など観客に一切見せず堂々と演奏しているのだから、これまで相当な修羅場をくぐってきたということがわかる。
「・・・続きましてお送りする曲は、篠笛演奏者である星野明稀(ほしのあき)自らで作曲した『空の星』です。それではお聴き下さい。」
一瞬会場内が真っ暗になり、スポットライトが照らし出した演奏者は奏にとってまだ記憶の新しい人物であった。
(あの人って・・・! そっか、だからあの時『楽しんでいってくださいね』って・・・演奏者だったんだ。)
そう、会場の入り口で出会った着物の女性である。
(確か今篠笛って言ったよね・・・それにしても何だろう、この感じ)
まだ箏の前奏であるにも関わらず、今までの演奏者とは明らかに何かが違う独特の雰囲気に奏は舞台に立つ星野から目を離せずにいた。
そして彼女の旋律が加わったと同時に今までたくさんの楽器に触れてきた奏でも経験したことのない感覚にとらわれた。
(頭の中に・・・この曲の風景が入ってくる・・・)
星野の並外れた表現力は彼だけではなく、この会場にいる全ての人達を包み込み曲の舞台である夜空の下へと誘う。
だが奏が彼女から目を離せかったのはその技術や表現力だけが理由ではなかった。
(この人…こんなにもたくさんの人達がいる前なのにすごく楽しそう。)
確かに今日見てきた演奏者達は皆、技術面においては相当なもので雪月花にかける気持ちの強さも伝わってくる。
だがこれほど楽しそうに演奏する者はいなかったように見えた。
少なくとも奏の中では。
故にまっすぐ前を向いてまるで一人一人の心に届けといわんばかりの演奏をする星野は聴き手の心をガッチリ掴んで離さない。
優しさと安らぎを兼ね揃えたその音色に会場内にはハンカチを手に取り目元を拭う人も見受けられる。
決して乱れることのないその流れるような旋律とその自由な姿に、奏は生まれて初めて憧れというものの存在を知った。
(この人みたいな演奏がしたい・・・この人を超えるような奏者になりたい!!)
彼の音楽の世界が変わった瞬間だった。
第10曲【楽器を持つ理由】
祭典終了後、出演者によるサイン会がホールの外で行われた。
長い机と椅子が横に並べられ、本日の出演者がサインを書いたり、握手したりする光景が見られる。。
それと向かい合うように机を挟んで各演奏者の前に行列が出来ており、奏は当然星野の列に並び自分の番が来るのを待っていた。
後ろからファンとのやりとりを見ていた奏は、彼女は老若男女問わず分け隔てなく接し、聞きに来てくれてる人を本当に大切にしてるのだということを改めて理解する。
それだけの人柄と実力を兼ね揃えた人気者の彼女に、断られること覚悟の上でどうしてもお願いしたい事があった。
(差し出がましいっていうのはわかってるけど、それでも・・・!)
自分にそう言い聞かせようとするが、前に並ぶ人が少なくなっていくにつれて心臓の鼓動が早くなっていく。
失礼のないようにお願いするにはどう言ったらいいのか頭の中で試行錯誤しているうちに自分の前に人がいなくなっていることに気付いた。
「あ・・・」
「あら?あなたは・・・祭典が始まる前入口でお会いした方ですね。楽しんでいただけましたか?」
星野は奏の顔を確認した後にこりと微笑み、彼の様子を伺うように尋ねた。
「あ、はい。覚えて頂けてて嬉しいです。今日の演奏とても素敵でした。実は僕、篠笛は今日初めて耳にしましたが、こんなにも綺麗な音色が出せる楽器があるなんて全く知りませんでした。」
「ありがとうございます。あなたみたいなお若い方に篠笛を知って頂けてとても嬉しく思います。私は京都出身で関西を中心に演奏を行うことが多いのでもしよろしければまたお越し頂けると嬉しく思います。」
「はい、僕も星野さんの舞台また見たいと思っていますので是非行きたいです。 えっと…それで…」
奏は自身の顔が熱くなっていくのを感じる。
言わなければいけないことがあるのはわかっているが、そう思えば思うほど追い込まれていき、ドツボにはまるものである。
「・・・? なんでしょう?」
星野は表情を崩さないまま、少し首をかしげる仕草をして奏の言葉を待つ。
(言わないと・・・ちゃんとお願いしないと!)
だが、その気持ちとは裏腹に言葉が出てこない。
「・・・あ、いえ。なんでもありません。・・・ありがとうございました!!」
奏は星野からサインを受け取り握手を交わすと、大げさに頭を下げ足早にその場を後にした。
「・・・!(あの子・・・)」
「む、どうかされましたかな?星野さん。」
傍らに立っていた初老の紳士が、立ち去る奏に後を追うような視線を向けていた星野が気にかかり声をかける。
「いえ、今の子と握手したときに気付いたのですが、きっと彼すごく楽器を頑張ってるのかもと思いまして。」
「ああ、楽器奏者独特の指をしているということですかな?」
「ええ、そんなところです。」
彼は一体何を言いかけたんだろうと気にはしたが、目の前に並ぶお客様に失礼だと思い、星野はすぐに頭を切り替えそれ以上考えるようなことはしなかった。
(・・・はぁ。結局言えなかったな。まぁお願いしたところで星野さんほどのプロが僕一人を相手に時間なんて割けるわけないか。)
篠笛っていう楽器を知ることができただけでもよしとしようと奏は思うことにし、会場を出ようとした時だった。
ブルルル!
途端にポケットに入れていた携帯が震えだす。
(メール?あ、そっか。もう新年だもんね。)
『あけおめ!今年もよろしく!!_(._.)_ 来週の土曜、新年初っ端だし派手なライブにしようぜ!! それと今日の練習だけど・・・』
(リーダーからか。そういえば新年早々でも変わらず定期ライブ入れてたなぁ、あの人。)
奏は学内サークルの中でバンドを組んでいる。
楽器が好きだからという理由でサークルに入ったが、最初の自己紹介でいろんな楽器の経験があると言ってしまったことにより、当初たくさんのバンドから誘いを受けることとなった。
その中から音楽性・方向性・活動日数(時間)を考慮し、自分に一番合っていた【Late grass】という、奏を含めた五人組バンドにギター役として所属することを決めたのだ。
男四人女一人で結成されたこのバンドはもう二年という月日が経ち、今ではそのメンバー達にとってこの五人でいることが当たり前となっていた。
当然奏もその輪の中にいなくてはならない存在である。
だが奏自身は、本気で自分の好きな楽器に打ち込んでいる【Late grass】の仲間と、『なんとなく』いろんな楽器に手を出し、バンドメンバーとして迷惑をかけないように精一杯ギターを頑張っている今の自分とはどこか違うものがあるとずっと感じていた。
(とりあえず返信しておかないと。)
ピッピッと手慣れた手付きで奏は文字を打つが、途中で何か打とうとして消す動作が入る。
『あけましておめでとう!こちらこそよろしくね。今日の練習の件、了解です。』
「・・・。」
送信完了画面を見ている奏はどこか遠くを見ているような、そんな目だった。
---○---○---○---
「本日はお疲れ様でした。よいお年をお迎えください。」
「お疲れ様でした!星野さんもよいお年を。」
サイン会の行列がいなくなったロビーで星野は共演者や運営スタッフ達と労いを兼ねた新年の挨拶を交わしていた。
「・・・あぁそうだ、星野さん!忘れるところでした。」
撤収しようとしていた運営スタッフの一人が星野に振り返る。
「はい?」
「一大行事を終えたばかりで申し訳ないのですが、次回四月に行われるイベントについて打ち合わせの場を設けたいと思っておりまして、来週土曜のお昼頃などご都合いかがでしょうか?」
「えーっと少しお待ちくださいね、確認します。」
そういうと星野はショルダーバッグから手帳を取り出しパラパラとめくる。
常に持ち歩いているところを見ても彼女が多忙だというのがわかる。
ましてや年始だ。
「・・・あぁ、申し訳ございません。その日は知り合いが運営しているライブハウスの年明けイベントに顔を出すことになっておりまして・・・。」
「おや、ゲスト出演ですか?」
「いえ、あくまでお客さんとして見に行くだけです。」
「そうですか、それならば仕方ありませんね。まだこの日に決定というわけではないので、もしやるとしたら決まったことはまた追って報告させて頂きたいと思います。」
「はい。お手数お掛けしてすみませんが、よろしくお願いします。」
星野は一礼すると晴れ晴れとした表情で控室に戻っていった。
---○---○---○---
去年までの事をリセットし、新しい気持ちで迎える一年の初日。
日本において、この時期だけはほとんどの会社が休みで、これを機に自宅でゆっくりする者もいれば、家族や友人を連れ初詣に出向く者もいる。
それでも一部の者は働いているわけだから外国の人が口を揃えて言うように日本人は本当に働き者である。
そんな中、世間の行事よりも音楽に全てをかける若者達が集まるこのスタジオの一室では不穏な空気が漂っていた。
「・・・奏、お前今何つった?」
もはや金か銀かよくわからない色の髪を整髪料で固め、ギラギラという表現がとてもよく似合う若い男がマイクを握ったまま、奏に問い詰める。
その様子を同じ室内にいる男女三人が驚きと不安が混ざった表情で見つめる。
「だから、土曜のライブを最後に僕はLate grassを抜けようと思う。来週のステージでそれを発表して今まで応援してくれた人達にもちゃんと挨拶はするつもり。・・・許可してくれる?リーダー。」
「っざけんな!!」
だが室内に響き渡るのは活気溢れる歌声ではなく怒号だった。
第11曲【交錯】
「ちょっと落ち着きなさいって、鷹!・・・奏、まずは理由を聞かせてくれる?」
五人組の中で紅一点、長い髪をアッシュ系の色に染めた女性が目の前にあるキーボードを離れ、冷静を装い二人に近づく。
ゴシックで決めたそのファッションは彼女のクールさを際立たせており、年齢不相応ともいえる大人の女性を演出している。
「うん・・・やりたい事が・・・自分が本当に演奏したい楽器が見つかったんだよ。」
「それはうちのバンドじゃあできないことなのか?」
ドラムスティックを握っている頭を丸めた青年が聞き返す。
冬であるにも関わらず、シンプルなデザインの半袖を着ておりそこから見える筋肉質な体系はドラマーというより、ジムにでも通っていそうなスポーツマンというイメージだ。
「うん。楽器の種類も音楽性も何もかもが違うから。」
「・・・じゃあさ、私達のバンドと並行してやるっていうのは?」
「沙紀、僕はそんなに器用じゃないよ。学生だしバイトだってしてる。第一こんな中途半端な気持ちでギターを持ったらきっと皆に迷惑をかけるし、ましてやお客さんの前に立つのはすごく失礼な事だと思うから。」
「・・・」
誰かがそういった提案をしてくることを想定していたのか奏はまるであらかじめ用意していた台本を朗読するかのように答えた。
この場にいる四人が彼に対して反論できなかったのは、奏のその言葉が確かにその通りだと納得してしまったからだろう。
「ギターはバンドの主軸だ、そいつが抜けちまったら継続なんてできねぇ!んなことお前ならわかんだろうが!!」
「それに来年は全員就活があるし、俺達にとっても満足に活動できる最後の年なんだぞ。」
リーダーである鷹の勢いに触発されるかのようにドラムの男も続く。
「・・・うん。だから皆には本当に申し訳ないって思ってる。だけど・・・それに正直言うとね、【Late grass】に入って少しした時から皆と僕とはずっと何かが違うって思ってた。」
「え?」
どこか寂しそうな顔を浮かべている奏のその発言は予期しないものだったのか、四人の視線が彼に集まる。
「皆は自分が一番好きな楽器に力を入れられてるでしょ? だからあんなに楽しそうに頑張れるんだと思うけど、僕はそうじゃない。・・・僕がギターを頑張ってた理由はわかる?」
「それは奏も俺がベースにすべてをかけてるのと同じような理由だと思ってたが。」
室内であるにも関わらず帽子をかぶっているサングラスの男が口を開く。
普段なら彼はメンバーの中でも一際口数が少ない方で静かに闘志を燃やすタイプであるが、今回は率先して答える。
それは恐らく、奏の楽器に対する気持ちの確認とそうであってほしいという彼自身の願望でもあったのだろう。
「・・・ううん、少しだけ違うよタツ。確かに僕はギターを含めていろんな楽器が好きだよ。でもね、これが一番だって自信持って言える楽器は今までなかった。そんな僕がここまでギターを頑張ってこれたのは・・・皆についていきたかったから、かな。改めて言うと恥ずかしいんだけどね。」
奏は頬をかきながら照れ隠しのために笑ってみせる。
「っ・・・!」
この笑顔を見た瞬間、普通の付き合いよりも長く時間を共にしてきた彼らは、何を言っても奏の意志は変わらないのだろうと悟った。
だがそれでも彼らは認めることが出来なかった、認めたくなかったのだ。
四人が言葉を失い室内が沈黙したその瞬間、
パッ!パッ!パッ!
と場の暗い雰囲気をかき消すように室内入口にある赤いランプが点灯する。
「ちっ・・・時間か、とりあえず出るぞ。奏、俺はまだ許可したわけじゃねぇからな。」
「・・・。」
新年初日から波乱の幕開けとなった【Late grass】はその後メンバー間でろくに会話を交わすこともなく、スタジオ前で別れそれぞれの家路につくことになった。
ライブ本番まで残り一週間となった日の出来事である。
---○---○---○---
三日後。
スタジオでの出来事以来、奏の気持ちは落ちていた。
それでも学校には行かないといけないし、バイトにも出ないといけないのだ。
同じ学校である以上【Late grass】のメンバーと顔を合わすこともあり、互いに挨拶は交わしたがそれ以上の会話をすることもなくどこかぎこちない。
こんな思いをするのならいっそのこと篠笛と出会わなければよかったとも思った。
しかし、その考えを奏はすぐに払拭した。
(・・・ようやく見つけたんだ、自分のやりたい楽器。まだ許可はもらってないけど、次のステージでけじめはつける。)
「・・・と聞いてはる?奏君!」
「え?あ、すみません。何でしたか?」
洗い物をしていた事に加え、いろいろ考えていた奏は自分を呼ぶ声に反応が遅れる。
「お酒、広間まで持って行ってって言うたんやけど・・・上西さんがもう行ってくれはったわ。」
「すみません。ぼーっとしてました。」
その様子を見た若手の仲居は一つため息をつき、何か思い出したように別の話を切り出す。
「もう・・・。そういえば女将さんから聞いたんやけど、奏君やりたい楽器見つかったんやて? ここんとこ元気がないように見えるんはそれに関係してる事ちゃうん?」
(うっ・・・何で女の人はこういうのに鋭いんだろう。しかも情報早いし。)
ここが旅館である以上、勤務する人間はその仕事上どうしても女性の比率が高くなる。
そういった職場での噂話の伝達速度は目を見張るものがあり、インターネット上で拡散されていく情報といい勝負になるだろう。
「・・・おっしゃる通りです。・・・でも職場に持ち込んでるようじゃ駄目ですね、気を付けます。」
奏にとって彼女は職場でのいいお姉さんという感じではあるが、世話焼きであるため聞かれたくないことまで聞かれることもあり、しばしば返答に困ることがある。
それでも奏にとっては何か相談したいときに頼れる数少ない人間だ。
奏が無理をして愛想笑いを浮かべてるのも仲居は気づいたが、自分が介入するようなことではないと思った。
だが後輩思いである彼女は何か助言がしたかったのだろう。
「せやね。わかってはるみたいやし深くは聞かへんけど、やりたいことあるんやったら失敗を恐れたらあかんで!私なんかよりずっと若いんやしいくらでも取り戻せるわ! 見当違いなアドバイスやったら堪忍。」
「ありがとうございます。・・・でも松山さんって確か僕と四つしか違わないですよね?」
「女性に年齢の事を言ったらあかん!!」
理不尽と思われる彼女の突っ込みも今の奏にはありがたく思えた。
その日の勤務を終えた奏はスタッフルームに戻り、明日の講義を確認するため携帯を開いた。
(メールが来てる。・・・鷹から?)
心臓がバクバクと音を鳴らす。
彼にとってメール一つ確認するのにこれほど緊張したことは今までなかった。
メールを一字一字丁寧に読んでいくその表情は次第に変わっていく。
奏は目頭が熱くなっていくのを押さえるように、握りしめた携帯をおでこにあてがう。
「・・・ありがとう・・・鷹・・・!」
不器用でストレートな【Late grass】リーダーの一文はただ一言こう記した。
『ステージの最後に言う言葉を考えておけよ。』
と。
だがその文の本当の意味を奏はこの時理解していなかった。
第12曲【Late grass】
奏の通う大学の一室ではその日の講義が全て終わり、室内には楽器を抱える四人の男女が残すのみとなっていた。
しかしその表情は驚きから一転して窓から見える漆黒の夜空よりも暗いものへと変わっていった。
「解散・・・するだと・・・本気で言ってるのか、鷹!?」
目の前にドラムがあるようなイメージで叩く仕草をしていた男が動きを止め、その場にいた三人の気持ちを代弁した。
「・・・ああ。」
「だけど、それじゃあ奏が自分のせいで解散になるって思うんじゃ・・・!」
沙紀のその懸念は鷹自身も考えていたものだった。
そして絞り出した答えが、
「だから奏にはその時が来るギリギリまで隠しておくつもりだ。・・・そうすりゃ、あいつは悩まずに済むだろ。」
というものだった。
「お前・・・」
「もう決めたんだよ!!お前等だってあの時の奏の目を見ただろ。あいつの意志は変わらねえ!お前等もよく知ってるはずだ。・・・だったらこうするしかねぇじゃねぇか。」
何かを言おうとしたベース役のタツを遮るように、鷹は自分の決意が固いことを示した・・・が、タツはこの時反論するつもりなどさらさらなかった。
むしろ、この状況でもメンバーを心配しているリーダーとしての器に感嘆したのが今の発言となったのだ。
「・・・馬鹿なりに考えたんだがよ。今からギターを探しても簡単には見つからねえし、仮に見つかったとしてもここまで形になるのには時間がかかる。それ以前に、どれだけ上手いやつが入ってきたとしてもお前等はそいつを【Late grass】のギターだって認めることができるか?」
「・・・。」
鷹が三人に向けたその問いかけに答えた者はおらず、とどのつまり否定を意味していた。
この場にいる誰もが【Late grass】のギターはやはり奏しかいないと思っているのだ。
大学に入って全員が一人の状態から始まった学生生活。
バンドサークルに入り、初対面であった四人はすぐに意気投合したが、どうしてもギターだけが見つからず四苦八苦していた中、遅れてサークルに加入してきた一人の同級生。
当然声をかけたが彼はいろんなバンドから誘いを受けていたこともあり半ば諦めかけていた。
そんな中、自分達の元へやってきて【Late grass】に入りたいと言われたときの嬉しさは昨日のように思い出せる。
最後に仲間となった彼は自分の意志を大事にする人間であったが、それ以上に協調性があったため決してメンバー間で波風を立てるようなことはなかった。
それから五人は気が付けば一緒に行動しており、練習やライブをする上で当然上手くいかない時や失敗した事もある。
だが、その度に支え合い刺激し合い、リーダーである鷹もそれについていく者もこの五人ならどんな状況になっても上手くやっていける、そう確信していた。
例え就職して離れ離れになっても定期的に会ってこの先も一緒に活動できるかもしれない、一生付き合っていけるかもしれない、少なくとも彼らの中にはそんな期待があったのだから。
バンドとして以上に、最高の仲間達に巡り合えたと思っていたのだから。
少し間を置いた鷹は全員が同じ気持ちであるということを再認識すると自身でその問いに答えた。
「俺には無理だな。他のやつがうちのギターだなんて想像もつかねぇ。・・・あいつを含めた俺達五人だからこその【Late grass】なんだよ。」
「・・・確かに、ね。鷹、あんたがそう決めたんなら私はそれでいいよ。タツとリョウジはどうする?」
「どうするもなにもリーダーの決定なんだ、従うしかねぇんじゃねぇか。」
「・・・だな。」
タツの言葉にリョウジも相槌をうつ。
この二人の表情に笑みがこぼれたのはやはり全員考えることは同じだという嬉しさからだった。
「お前等にはわりぃと思ってる。こんな決断しか出来なくてよ。」
「んなこたねぇよ。お前が突っ走ってくれたから俺達も好き放題出来たんだ。むしろ感謝してるぜ、リーダー。」
「・・・へっ、柄にもなく気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ、タツ。」
「おい!人がせっかく・・・」
「ハハハハッ!冗談だよ。奏には最後にステージで言う言葉を考えておけって伝えてあるから、お前等も余計なこと言うなよ。・・・それと沙紀、最後に一つ頼みがあんだけどよ。」
「え、私?いいけど・・・何?」
日も落ちきった夜空が背景となり、映えるその教室の明かりは【Late grass】その名のように四人を照らす。
---○---○---○---
『本当に残念ね。オーナーがあと少し時期をずらしてくれていたら、準備もできただろうし明稀にはゲストとして参加してもらおうと思ってたのに。』
「仕方ないわ。年明け行事ならあまり遅く開催するわけにもいかないものね。それに私自身たまにはゆっくりお客さんとしてライブを見てみたいって思ってたから。」
携帯電話越しに聞こえてくる友人の声に星野は自室のベッドに腰掛けながら応対する。
雪月花が終わってから数日経つが今年は彼女自身正月の雰囲気を楽しみたい事もあり、篠笛奏者としての予定は入れていなかった。
毎年この時期はいろんな行事に引っ張りだこになり、知らない内に一月が終わっていましたというのがお決まりの形であったからだ。
『そう言ってもらえると嬉しいわ。場所と時間は大丈夫?』
「ええ、ちゃんと覚えてるわ。今年はどんな人達が参加するのかしら?」
『去年は社会人を対象にしたイベントだったから、今年は学生が対象よ。参加グループについてはうちのホームページで既に公開されているから口で説明するよりそっちを見た方がいいと思う。』
「ありがとう、見ておくわ。・・・それじゃあ土曜日、運営頑張って。」
『うん、明稀も気を付けて来てね。』
電話が切れたことを確認し、星野は携帯を閉じて腰掛けていたベッドから立ち上がると、パソコンが開いてある机のところへ移動し椅子に座りなおした。
(えっと・・・『ライブハウスcore』っと・・・)
慣れない手付きで検索サイトにキーワードを打ち込み友人のサイトを探す。
篠笛の演奏は超一流の星野ではあるが機械にはめっぽう弱く、当然キーボードの配置も覚えていない。
必然的に下を見ながら文字を打つことになるが、当初間違えた文字を消す方法もわからなかった彼女からしてみればこれでも大分成長したと思っているのだ。
(あった!えっと・・・年明けイベントの・・・出演者、これね。)
星野がその項目をクリックした瞬間、画面には縦二列となって出演者グループの写真と簡単な情報が出てくる。
(・・・八組か、時間の割には結構出演するのね。)
そう関心していたところへ一つのグループが彼女の目に止まる。
(【Late grass】・・・直訳すると『月下草』ね。神秘的でいい響きじゃない。・・・ってあら?このギター持ってる子って・・・)
数日前の事がフラッシュバックする。
最初は会場の入り口で出会い、サイン会では自分に何かを言いたかったような素振りを見せる。
それはもう頭から離れかけていたあの時の青年だった。
「・・・ギター、『間宮奏(まみやかなで)』・・・それがあの子の名前・・・」
星野はしばらくの間、その写真と記載されているプロフィールを眺めていた。
第13曲【無情なる提案】
【ライブハウスcore】年明けイベント当日。
前日は遅くまでメンバー全員で音を合わせていた。
自分の正直な気持ちを打ち明けて以来、【Late grass】のメンバーとはどこかぎくしゃくしているし、こんな状態でまともに出来るのかと思っていたが、昨日の練習では『いつも通り』の会話ができ、合わせることもできた。
その事から奏は内心ホッとしていたのだが、逆に全く何も言われないことから不安も覚えていた。
しかしどんな形であろうとリーダーである鷹から脱退許可ももらい、今日という日を迎えたのだから後は最後の舞台を全力でやるだけだった。
「おい、奏ぇ!どこまで行くんだっ!?俺達の控室ここだぞ。」
いつの間にか自分達の控室を通り過ぎていたことに鷹の声で気づく。
「え?・・・あ、ごめん。ちょっと考え事してて。」
「もう~・・・何度も来た事あるんだからしっかりしてよね。」
「俺はてっきりいきなり便所にでも行くのかと思ったぜ。」
「アハハッ。」
呆れた表情をしている沙紀とリョウジのコメントに奏は笑ってごまかす。
本来なら本番当日に余計な考え事なんてご法度だが、それで奏が演奏を乱すような男じゃないことをメンバーは今までの経験から知っていた。
それというのも本番前だけではなく、スタジオで練習している時もたまに何か考えているような節があり、それでも一人突っ走ったり間違えたりはしなかったので演奏に支障はないということで深くは考えずにいた。
だがそれが一週間前あのような形で返ってくるなんてことはメンバー誰一人として予想していなかった。
どうして奏が悩んでいることに気付いてやれなかったのか・・・いや厳密に言えばどうして気付いていたのに一声かけてやれなかったのか。
彼が己の気持ちを打ち明けて以来、四人全員が後悔していることであった。
控室のドアを開けると五人にとっては見慣れた光景が目に入る。
長方形の部屋に、いくつかのロッカーが設置され、奥にはメイク用として美容室等に用いられてそうなサイズの鏡が壁越しに備え付けられている。
中央にはガラステーブルを中心にそれを囲うようにソファーが置かれくつろぎ空間もある。
それでも決して広いとは言えないその控室だが、もはやこのライブハウスにおけるイベントの常連となった【Late grass】は幾度となく世話になっている。
彼らと一緒にここに入るのは最後だと思うと名残惜しいものがあると奏は感じていた。
しかしそれは彼だけではない。
「・・・はぁ。この部屋に五人で入るのも今日で最後・・・か。何か名残惜しくなってくるわね。」
ため息交じりの沙紀の言葉に鷹は一瞬ハッとしたが、その発言自体には特に問題はなかったことに気付き表情を戻す。
「だな。まぁこればっかりは言っても仕方ねぇ。奏、今のうちにしっかり愛でとけよ。」
「何をっ!?」
リョウジのボケ交じりの発言に奏はいつも通りのノリ突っ込みで返し、タツと沙紀が鼻で笑う。
これが【Late grass】の日常の一つである。
その様子を見て鷹は大丈夫だと確信した。
「よっしゃ。それじゃあ俺達の出番は一番最後だ。まだ時間に余裕はあるが早めに準備しとけよ、お前等。」
「OKぇ!」
語尾こそ違うがリーダーの指示に四人が気合を入れ直した時だった。
コンコン!
控室のドアをノックする音が室内に響き、五人が訝しげにお互いの顔を見合わせる。
「・・・なに? さすがに出番としては早すぎるわよね・・・はーい。」
沙紀が返事をしてドアを開けるとそこには一人の若いスーツ姿の男が立っていた。
そのキチッとした身だしなみと雰囲気から察するにここのイベントスタッフではないということが五人の目でも明らかだった。
一体この人は何者で自分達に何の用事があるのだろうか、沙紀が開けたドアの隙間から覗きこむような体制で四人も考えた。
今までこのライブハウスのイベントには幾度となく参戦してきた【Late grass】であったが、本番前に舞台準備以外の用事で控室に誰かが訪れることはなかっただけに警戒心を駆り立てる。
妙な不安が全員の頭を過ぎった。
「本番前に失礼致します。【Late grass】さんですよね?」
「はい、そうですが・・・。何でしょう?」
非礼を詫びてはいるが自分達が【Late grass】であることを知っていて確認したような発言に沙紀は少し苛立ちを覚えたが、この男が誰なのかわからない以上無愛想にするわけにもいかず出来る限りの愛想笑いで返した。
「突然の訪問すみません。私、TSUBAKI芸能プロダクションの蒲田(かまた)と申します。こちらのライブハウス関係者の方に【Late grass】さんが到着されたとお聞きしたのでぜひ一度お話をと思いまして。」
「・・・芸能プロダクション?」
鷹の反応に男は自信ありげな表情で答える。
「はい。」
「・・・立ち話も何ですのでどうぞ中へ。」
沙紀は鷹と視線を交わすと、彼がうなづいたのを確認し、蒲田を中へ招き入れた。
「実をいうと以前から噂で気にはなってて最近よく見させて頂いていたんですよ。」
テーブルを囲うようにして全員がソファーに座ったのを確認すると五人の視線を浴びながら蒲田は話を切り出した。
その言葉にいち早く反応したのはリョウジである。
「噂・・・ですか?」
「はい、結成してまだ間もないというのにたくさんのファンを味方につけ、他を寄せ付けない程の勢いでどんどん駆け上がっていくバンドグループがある・・・そんな噂ですよ。」
「・・・それが俺達って事っすか?」
この男の性格なのかどこか含みのある言い方に鷹は素直に喜ぶことができず、ぶっきらぼうに返した。
「ええ、その通りです。私自身も【Late grass】さんの舞台は何度か拝見しましたがその度にレベルが高くなっておりその成長速度には驚かされました。」
「ありがとうございます。」
しかしそれは彼だけではなく、口を揃えて礼を言ってる他の四人も心境は同じだった。
「それでですね、もし今後プロで活動していきたいとお考えならば是非皆さんにはうちの事務所に所属してもらい、しかるべき研修を受けてもらった後にプロデビューの場として私達が企画するステージに立っていただこうかと考えているのですが興味などはございませんか?」
「プロデビュー!?」
五人の目が一瞬大きく見開く。
この時ようやく合点がいった。
なぜ最初に対応したライブハウスの関係者は本番前であるにも関わらず自分達のところへこの男を寄こしたのか、それは彼が本物のスカウトマンだと知っていたからなのだ。
そして持ちかけられた話は本来喜ぶべき内容であったが、今の彼らには無情とも呼べる提案でしかなかった。
(・・・何で今なんだよ!)
鷹が拳を握り唇を噛みしめる一方、奏はただ無表情で一点を見つめていた。
第14曲【プロのステージ】
「まぁ、すぐには決められないでしょうから、一週間以内にお返事を聞かせていただければと思います。その時はこちらに連絡をください。」
蒲田はそう言うとスーツの内ポケットから名刺を取り出し鷹に手渡す。
まるで【Late grass】のリーダーが彼であることを知っていたかのようだ。
「わかりました。メンバーと相談して決めたいと思います。」
「はい。本番前に突然お邪魔してすみませんでした。それでは今からのステージ期待しています。観客サイドから見させて頂くので頑張ってください。」
五人の反応を見て手応えありと感じたのか、まだ所属すると答えをもらったわけではないというのに既に彼らの責任者のような発言である。
この男の性格だろうが、こういう人間を上に立たせると期待に添えなかった時に非常に厄介だというのは直感でなんとなくわかるものだ。
蒲田がそう言ってソファーから腰を浮かせるとつられるように五人も立ち上がり、
「ありがとうございます。」
と軽く一礼を加えて彼が部屋から出ていくのを見届けた。
気が抜けたように奏以外の四人はもう一度ソファーに腰を下ろした。
「・・・唐突だったな。」
沈黙を破ったのはタツだった。
「ああ、まさか本物の芸能事務所にチェックされてたとはな。」
「そうね。でも自分で言うのも何だけど他のバンドと比べれば私達一人一人の演奏技術はなかなかのものだと思ってるわ。まぁ【Late grass】結成前から今それぞれが持ってる楽器をやってたこともあるのだろうけど。何よりバンドとしてはかなりいい形になってた。」
先ほど聞いた話がまだ信じられないのかリョウジはソファーにもたれかかり必死に頭の整理をし、冷静な沙紀はなぜ自分達に目を向けられたのか客観的な立場から分析してみせる。
「うん、凄いよね。・・・いつの間にか僕達ここまで来てたんだ。」
「ああ。」
感嘆している奏の方を横目で見た鷹が相槌を打つ。
「何か期待してるって言われたからちょっと緊張してきた、トイレ行ってくるね。」
(・・・多分今僕はここにいない方がいい気がする。)
そういうと奏は四人を残し部屋を後にした。
「・・・にしても、本当にこれ以上ない最悪のタイミングだぜ。」
奏が部屋を出て少し経ってから鷹がため息交じりにぼやく。
「ああ。奏が抜ければこの話はきっとなかったことになるだろうな。あいつ自身それがわかってるから今相当きてるはずだ。」
「ん、でもまって!これでもしかしたら奏も考え直してくれるかもしれないわ。」
リョウジの言葉にハッとなった沙紀は嬉しそうに言う。
だがその表情もリーダーによって暗いものへと戻される。
「沙紀、それであいつが俺達とバンドを続けたところできっと『笑えねえ』よ。」
鷹のその言葉は三人を理解させるには充分であった。
この先、奏が【Late grass】を続けたとしても本当の意味で楽しく演奏することはないというのが目に見えている。
また自分達からしてみても彼にギターを強要してしまっているという罪悪感にも似た感覚が拭いきれることもないだろう。
仲間を強く意識する鷹にとってそれらは何よりの不本意なのだ。
「・・・ま、確かにそうね。」
「それで、だ。状況が変わっちまったから改めて聞くが、お前らはどうしたい?」
「・・・!」
鷹は三人の顔を見比べながら返事を待つが全員が下を向いたまま答えようとはしない。
いや厳密に言うのであれば三人共答えは最初から出ていたが口に出すことができないのだ。
それを言えば仲間を苦しめることになる。
しかし、ここには当の本人はいない。
意を決したように自分の正直な気持ちを言葉に表したのはタツであった。
「・・・鷹、俺達【Late grass】の目標はプロを目指して駆け上がる、だったな。だから俺もそのつもりでやってきた。いつかプロとしてステージに立つっていうのが俺の夢でもあったからな。」
「ああ。」
「結成当初は正直その目標が達成できた自分達の姿なんて想像すらできなかった。だけど今それが手の届く範囲まで来てるんだよ。・・・だから俺はプロとして舞台に上がりてえ!!」
「タツ・・・」
滅多に声を張りあげることのないタツに、沙紀はその発言から彼の意志を強く感じていた。
プロとして活動したいというのは彼女も同じである。
いや、それはここにいる誰もがそうだろう。
だが・・・
「・・・でもよ、それなら俺達にできる最高の演奏が出来なけりゃ『プロ』とは言えねえよな。」
「・・・そうよね。ちゃんとした【Late grass】で舞台に上がらないと意味ないものね。」
寂しそうな笑みを浮かべている沙紀も完璧には納得できていないが自分ではどうにもできないことを悟り、タツに同意する。
とどのつまりこれがタツの・・・いや、ここにいる全員の意志であった。
「今度こそ決まりみたいだな、リーダーよぉ。」
「ああ、やっぱりお前ら最高だぜ・・・! そうなりゃ後は奏自信にどうするか決めてもらうしかねぇな。言うまでもなくわかってるだろうが、あいつがこのステージでどんな決断を口にしても文句いうんじゃねぇぞ。」
「おぅ。」
「わかってるさ。」
「・・・もちろんよ。」
鷹の言葉にタツが、リョウジが、沙紀が深く頷いた。
控室近くにあるトイレではジャージャーとひたすら水の音が聞こえていた。
あまりに長時間だったため、通りがかった人に水道管でも破損しているのかと疑われても仕方がない。
その中で奏は何度も顔を洗い流す。
それはまるでしつこくまとわりつく何かを振り払おうとしているようにも見えた。
(・・・僕が【Late grass】を抜ければさっきの話はきっと白紙になる。プロとしてステージに上がることは皆の夢・・・そのチャンスを奪ってまで自分のやりたいことを貫く必要があるのか? 皆を切り捨ててまで。)
奏は洗面台に両手をつき、顔から滴れる水滴を落としながら自問自答する。
一度はギターもきっぱり辞め【Late grass】を抜け、自身が出逢った篠笛という楽器にこれからの音楽人生の全てを費やすと決めた奏ではあったが、それは同時に仲間全員の夢を奪うことにも繋がってしまう。
(・・・それでも僕は・・・)
流れに逆らわず自然のまま出てくる水道水を奏はそのままの状態でしばらく眺めていた。
---○---○---○---
「【Late grass】さん、そろそろ準備をお願いしまーす!!」
数回ノックする音が聞こえた後に、スタッフと思しき人がフロア全域に聞こえそうなぐらいの大きな声でドア越しに呼び掛けてくる。
返事あるなしに関わらず、無暗に開けようとしないのは着替えやメイク、打ち合わせの最中であることを考慮してのことだろう。
特に女性メンバーがいるグループで、着替え中に間違って入ろうものなら目もあてられない状況になる。
そういった間違いが起こらないために男性グループと女性グループはある程度部屋を離しているが、【Late grass】のように男女混合のグループでは部屋数の関係で同室となっている。
よって衣装に着替えるときは、交代で部屋に入り、締め出された方は廊下で待ちぼうけということになるのだ。
もっとも着替えぐらい見られても気にしない男女混合グループもあるみたいだが。
「了解っす!すぐ行きます。」
「お願いしまーす!!」
鷹の返事に応答したスタッフは、慌ただしくバタバタと足音をたてながら部屋の前から遠ざかっていった。
それを確認した鷹は奏の方を見た。
「奏、一応聞いておくが曲が終わってからの最後、お前に振って大丈夫なんだよな?」
「・・・うん、言うことはもう決まってる。」
「・・・。」
四人の視線が奏に集まる。
彼がこの状況でどんな選択をしたのか、それはあえて聞かなかった。
だが予想はついていたのだ。
奏が一度言ったことを変えたことはこれまでなかったのだから。
「うっし、それじゃあいくぜ!」
「ええ!」
「おぅ!」
「おっしゃ!」
「うん!」
【Late grass】の五人にとって決して忘れられないステージが今幕を開けた。
第15曲【Last Stage】
会場内は既に熱気と歓声に包まれており、【Late grass】が舞台上に登場したことでそれはさらにヒートアップした。
今やこの場にいる観客の大半が彼らを見に来ているといっても過言ではないほどの人気と注目を浴びているのだ。
【Late grass】がこの日のトリとなったのは参加申し込み順による偶然のものではあるが、運営側としては最後に一番人気を持ってこれたおかげで途中退出する観客を最小限に減らすことができ歓喜していることだろう。
もう直ここで起こることを彼らは知る由もないのだから。
「ちっと遅いが、明けましておめでとうみんなぁっ!!今日もブッ飛ばしていくぜぇ!!!」
鷹の第一声に会場内は今日一番の盛り上がりを見せ、メンバーの名前を叫ぶ声が所かしこから聞こえてくる。
中でもギターの奏、キーボードの沙紀、この二人はヴィジュアル面においても『イケてる』という類に入りそのおかげで特に人気が高く、おっかけと思われる人達が横断幕まで作ってきている始末である。
その雰囲気は幾度となく大舞台を経験している『現役プロ奏者の彼女』からしてみても一目おくものであった。
(・・・さっきまでとは比べものにならないくらいの歓声。間宮奏君が所属しているバンドがこれほどまでとは・・・。)
前方で盛り上がっている観客とは少し離れて、やや後方から星野はそのステージを眺めていた。
この程度の規模のイベントは彼女自身何度も見てきたが、観客数に対しここまでの大歓声を耳にすることはまれであったのだ。
(聞かせていただきますね、あなたの旋律。)
勢いづく周りの歓声に流されず、星野は柔らかな表情でただ静かにその音を待った。
そこからさらに距離を置いた会場出入口付近では、一人の男が壁にもたれかかりペットボトルを片手に別の視点から彼らと周りの状況に目を光らせている。
(ふむ、毎度のことだがやはり【Late grass】がステージに立つだけで場の空気が一気に変わるな。)
今から半年前、彼らの噂を初めて耳にしたときはたまたま成功させたステージに尾ひれがついただけだろうと半信半疑だったが、当時チェックしていたバンドが出演するライブイベントに偶然彼らも参加していたことでその噂は出任せではないと知るきっかけとなる。
そこで彼らの舞台の初めてみた蒲田は、個々の演奏技術ということだけでは到底説明がつかない何かを感じ、その日以降【Late grass】を最優先チェックリストにあげていた。
『本当にとんだ拾い物をしたものだ』という気持ちから自ずとペットボトルを握る手に力が入る。
(彼らの成長は未だ止まることを知らない。・・・これは将来的にも期待が持てるぞ!)
音楽に本気で打ち込んでいればいるほどプロという言葉に憧れを抱く、蒲田はその事を経験から知っていた。
事実これまで彼がスカウトしてきたグループはこの話をして断られたことはない。
所属した後、それらのグループがどうなったか・・・に関わらずだ。
故に【Late grass】に話の本題を切り出した時、一瞬迷いにも似た動揺は見られたがあの反応から彼らがプロの舞台を意識していることに確信を持っていた。
それならば、後は他でもない事務所の・・・いや自分自身の利益のために彼らの背中を押すというのが自分の仕事だ。
そう思っている蒲田は、近いうちにやってくる期待の新星に薄ら笑いを浮かべていた。
---○---○---○---
【Late grass】の持ち味ともいえるその攻撃的な旋律は、その凄まじいリズムの中にも音楽に対する揺るぎない信念を強く感じさせ、既にたくさんの歓声をあげ疲れきっていたその場の人達を奮い立たせる。
それはまさにイベントのフィナーレを飾るに相応しいものであった。
彼らのステージを間近で見るたびに『元気をもらえる』だの『自分も頑張ってみたくなる』だの皆口々にそう言う。
だがそれは観客だけでなく、演奏してる彼ら自身もその歓声によって練習の時以上の実力が引き出せているような気がしていたのだ。
(・・・楽しい!・・・やっぱりこのメンバーでやるステージはすごく楽しいわ!)
大振りなアクションで髪を靡かせながら沙紀はキーボードを弾く。
これが【Late grass】における最後のステージになるかもしれないということは彼女も含め、奏以外の全員が知っているが曇ったような表情をここで出すわけにはいかない。
いや、最後になるかもしれないからこそ彼らは全力でぶつかりたかった。
もちろん奏本人にも同じことが言える。
(これが【Late grass】での僕のラストステージ。・・・なら全力で皆に届ける!)
奏のいつも以上に気合の入った演奏は観客をさらに熱狂させた。
(・・・やっぱりあの子、凄い・・・きっとここまで出来るようになるのにたくさんの時間を要したでしょうね。)
星野はステージ上の奏を食い入るように見つめていた。
雪月花のサイン会で彼と話して以来、どこか自分と同じような空気を持っていると感じ、自分に何かを言いかけた彼をやはり気になっていたのだ。
(・・・機会あればもう一度お話して、あわよくば一緒に演奏してみたいものですね。)
と星野は心の中で思った。
曲が終わっても終始途絶えることのない歓声は彼らの並々ならぬ努力で築き上げてきたその賜物だろう。
これで全ての組の演奏が終わりイベント自体もエンディングを迎えようとしていた。
歌い終わり息の落ち着きを取り戻した鷹は目の前で応援してくれる観客にまっすぐ視線を向ける。
「今日もたくさんの応援サンキュー!・・・最後に奏からみんなに発表があるから聞いてやってくれ!」
今度は一体何をみせてくれる気なのか、会場全体がそういう期待の空気に包まれた。
(なに? ・・・まさか自分達がプロデビューすることをもうここで発表するつもりなのか? ・・・まぁこれだけの客数だ、それならそれで宣伝にもなっていいと思うが。)
蒲田は口元に笑みを浮かべ、奏の口から出るであろうその言葉を待った。
鷹が奏に目配せをして合図を送ると彼は一つ頷き、ギターを抱えたまま数歩前へ歩み出る。
その瞬間大きな歓声が復活する。
(すごい歓声。・・・これが今まで僕達が積み重ねてきたものなんだ。【Late grass】皆の夢、その一滴・・・)
今日このステージに至るまでの経緯が彼の頭の中でフラッシュバックする。
こんな中途半端な気持ちで楽器を抱えていた自分が、ギタリストとしてここまで来れたのは温かく受け入れてくれた鷹達のおかげである。
(僕は今、そんな彼らの夢を奪おうとしている・・・)
奏は、何も言わず自分の言葉を待つ四人に一人一人視線を向ける。
彼らはまっすぐ観客の方を見ていた。
決して表情を崩すことなく。
(・・・ハァ、やっぱり無理だよね。)
少し考えた奏は小さなため息を一つつくと悟ったような笑みを浮かべた。
第16曲【Late grass全員の答え】
「・・・僕た」
奏が、【Late grass】は今プロとしての活動を考えているという事を伝えて、この場を凌ごうと思ったその時だった。
「こいつはな、優しい奴なんだよ。」
(・・・え?)
囁くような言い方の鷹だったがマイクを通してはっきりと聞こえたその言葉に盛り上がっていた場が一気に静まり返る。
「・・・『ギターをやめなきゃいけねぇ状況』だってのに、俺達のことを考えてそれを言えずにいる。そういう奴だ。」
「鷹、どうして・・・!」
彼がそういう曖昧な表現をしたのは観客の目があってのことである。
『彼はやりたいことがあるのでギターをやめます』ではまるで今までやりたくなかったギターをやっていたように聞こえるからだ。
だがそういう細かな心遣いも動揺している今の奏には届いていない。
「お前の顔みりゃ、何を言おうとしてるかぐらいわからぁ。」
「・・・!!」。
鷹が割り込む事は予期していなかったのか他の三人も驚き、視線を二人へと向けた。
その光景を見て当然事態を呑み込めない会場内の人間はざわつき始め戸惑いを隠せない。
それもそうだろう。
ステージ上では何か想定外のことが起きているように見える。
だがそれ以上にボーカルの鷹が言ったことの衝撃の方があまりにも強かったのだ。
彼らからしてみると【Late grass】のギター『間宮奏』と言えば数あるバンドのギタリストの中でも屈指の実力派である。
その彼が『ギターをやめないといけない』と確かにそう聞こえた、にわかには信じられないことであった。
これは何かの演出なのか、いやこんなことファンの前で言う冗談ではない。
だができれば聞き違いであってほしい。
【Late grass】の・・・特に彼のファンは困惑しながらもそう願っていた。
その観客達へ鷹は真っ直ぐに向きなおす。
一人一人を確認するように送る視線はまるで自分達を応援してくれていた人達の顔を脳裏に焼き付けているかのようにも見える。
「・・・そういう事で今言った通りこいつは【Late grass】を抜けなきゃならねぇんだ。・・・そして残るメンバーで話し合ったんだがな、どうやら俺達全員・・・奏を踏まえた【Late grass】じゃないと最高の演奏が出来ねぇと思ってるらしい。」
(えっ・・・!? 鷹、まさか・・・!)
この先何を言うつもりなのかは予想ができた。
しかし止めたいと思っていてもそれとは裏腹に言葉が見つからない。
ましてや止めたところで今まで通り活動できるかと聞かれたら素直に肯定できない自分がいるのだ。
(タツ、リョウジ、沙紀!誰でもいいから鷹を・・・!)
自分には止める権利がないと悟った奏は三人に順番に視線を送るが、タツとリョウジは動く気配が感じられず真っ直ぐ観客の方を向いているだけだった。
沙紀に至ってはうつむき加減になり目線を前に向けることが出来ずにいる。
(・・・もしかして皆最初からそのつもりで!)
止められない、そう確信した時だった。
「だからここまで応援してくれた皆にはマジでわりぃと思ってるが、俺達のステージは・・・これで最後にさせてもらうぜ。」
(っ・・・!!)
奏は目の前が真っ白になる。
(・・・僕のせいで・・・解・・・散?)
会場内からは悲しみと落胆の入り混じった声が横行していたが彼には自分の心拍音だけしか聞こえてこなかった。
(なっ・・・なにをいってるんだ、彼らは!最後・・・最後にするだとぉ!!)
彼らの発表に観客達とは違った意味で度肝を抜かれた男が心の中で咆哮する。
(・・・それじゃあ事務所に所属するという件は断るということか!?・・・プロデビューのチャンスを自分達で捨てるというのか!?)
そんなはずはない。
ここまで自分達の音楽に誇りと情熱を持っている彼らが憧れのプロのステージを前にしてメンバーが一人抜けるぐらいで解散などあってたまるものか。
バンド経験がなく仲間一人の重みも知らない蒲田にとって、なぜその程度のことで解散という決断に至るのかが理解不能だった。
(・・・そうだ、抜けるのはギターだ。代わり一人ぐらいなら私がなんとか探し出して!)
しかし、
「【Late grass】は今ここにいる五人・・・それが俺達の出した答えだ!」
(くっ・・・!)
彼の結論はこの場にいる全員に伝えたものであるが、蒲田にとっては自分に言われた事のようにしか聞こえなかった。
鷹の強い意志を感じるその口調からは発表したことが事実だと告げている。
もう二度とステージ上で【Late grass】を見ることができないと悟った観客達は一秒でも長く彼らをその瞳に焼き付けた。
「・・・もう時間は過ぎちまってるが最後に一つだけここにいる皆に頼みたい事がある。俺達が最後だから付き合ってくれるか。」
その瞬間歓声があがる。
一人一人が何を言っていたのか理解できたわけではない。
だが例え何も聞こえなかったとしても今ここで声をあげている人達は自分達の味方だとそう確信していた。
「俺達の仲間を、奏を気持ちよく送り出してやりてぇ。こいつはアホだから、どうせ今自分が抜けるせいで解散になったとか思ってるだろうしよ。」
「それは・・・!」
「お前が抜けようと抜けまいと【Late grass】を継続させることは出来た。だがそれをしなかったのが俺達だ。だからこの解散にお前は関係ねぇよ。」
「鷹・・・」
そうだ、【Late grass】のリーダーはこういう人だった。
感情的になることはあっても常に仲間のことを一番に考えて行動できる、そんな鷹がリーダーだったからこそ自分はついていけたのだ。
奏は目頭が熱くなっていくのを感じた。
会場全体が割れるような拍手に包まれる。
それは【Late grass】のリーダーである鷹の器に賞賛し、その彼が言い放った言葉に賛同を示した証だった。
「沙紀っ!!」
「ええ。」
鷹に名指しされた沙紀は一回頷くと舞台袖に姿を消すと片手の上に乗るような小さな小包を持って再び現れ、奏に近づいた。
「ギター卒業するのよね?・・・だからこれは、私達からの卒業記念品よ。」
「・・・ここで開けていい?」
「もちろんよ、お客さんにも見せてあげないと。」
リボンで結ばれた包みを丁寧に開ける。
(これって・・・)
第17曲【終わりと始まり】
奏が手に取ってみるとそれは親指ぐらいのサイズのもので金属加工が施されていた。
これだけ小さいものであるにも関わらず非常に細かな造りがされており、夜の満月を背景にした草が描かれている。
裏側に回転式のネジが組み込まれているところを見ると一度それをはずし、衣服等に穴を開けてからその裏側からネジで再度閉め直すといった使い方をするのだろう。
(・・・そっか。沙紀の実家って記章屋さんだったっけ・・・。)
「このマーク、もしかして・・・」
「ええ。【Late grass】をイメージして皆でデザインしたの。今まで一緒に演奏してくれてありがとう・・・大切にしてね。」
「沙紀・・・うん、ありがとう。みんなも・・・」
沙紀の目が潤んでいることがはっきりとわかった。
それにつられ奏も視界がぼやけていく。
沙紀、【Late grass】ではキーボードを担当しておりいつも冷静でメンバーのお姉さん役でもあった。
鷹が思いつきなどで見切り発進しかけても先を予測し、物事を順序立てて考えることができる。
そんな彼女の計画性に【Late grass】は幾度となく助けられていた。
バンドとしてここまで順調に駆け上がれたのは沙紀の指針があったからといっても過言ではない。
「奏、俺のベースとセッションしたくなったらいつでも言ってこいよ!」
「お前とのステージ楽しかったぜっ!!」
「うん・・・僕もだよ。」
タツ、メンバーの中では一番口数が少ない男ではあったが、楽器にかける想いは間違いなくこの中で一番熱い。
奏とはメンバーが集まらない中でもギターとベースでよくセッションした仲であり、共有した時間は最も長いだろう。
話し合いの場ではたまに核心をつくような意見を述べ、全員を黙らせることもあった。
そんな物静かなタツとは真逆の性格をしているのがドラムのリョウジである。
バンド内ではムードメーカーとして常に場を盛り上げていた。
それは彼の性格からくるもので本人はそういう役回りとなっていることを自覚しているわけではない。
ステージを重ねるうちに当然失敗はあったが、重たい空気を吹き飛ばしてくれる彼にメンバーは何度も元気づけられた。
タツとリョウジから送られた言葉に奏は今出来る最高の笑顔で応えると鷹の方に体を向けた。
「最後まで迷惑かけてごめんね、鷹。・・・今まで一緒に演奏できてすごく楽しかった。」
涙をこらえながらの奏の言葉に彼はすぐに応える事ができなかった。
しようと思っても歯を食いしばっているので言葉に出来ないのだ。
そしてこの日ステージ上に初めての大粒の涙が落ちる。
また彼らが初めて見る鷹の涙でもあった。
「・・・っかなでええぇぇ!!頑張れよおまえええぇぇぇ!!!!」
「!!・・・っ」
そうだ、この声だ。
この声がいつも僕を引っ張っていってくれたんだ・・・。
ボーカル、そして【Late grass】のリーダー鷹。
単純な性格でありながらも誰よりも仲間想い。
今も彼の助けがなければ自分の気持ちに正直でいられなかったかもしれない、そう思うと感謝の言葉が止まらなかった。
ありがとう・・・こんな僕をここまで連れてきてくれて本当にありがとう。
「・・・っく・・・ぁぁぁあああ」
だがそれは言葉にならず、彼の一粒の涙と心からの叫びで奏は滝のようにあふれ出る涙をこらえることが出来ない。
この時奏は初めて気づいた、やりたいことのために犠牲にしたものの大きさを。
鷹、奏、沙紀の頬から大粒の涙が止めどなく流れ出てくる。
本人達にはもうどうすることもできない。
ここに至るまで確かにすれ違いはあった。
しかしそれでも互いを想う心が本気であるならば必ず届くのだ。
そう、ここは音楽を奏でる者達にとって魔法のステージなのだから。
【Late grass】が今までやってきたどのライブのどの曲よりも心に響いた彼の歌で会場が涙と拍手に包まれる中、イベントは幕を閉じた。
---○---○---○---
いつからか外では白い結晶がちらちらと宙を舞っている。
京都は盆地であるため真冬でも雪が降ること自体珍しく、積雪も一年に二回あるかないかだ。
そのため京都府民は雪の耐性がない人が多く、凍結している状態でも平気でバイクを乗り回す人がいるのだから近くを歩く歩行者も気が気がでならないという話を高齢者からよく耳にする。
子供にとってはテンションがあがる気象ではあるのだが。
(雪・・・? 傘持ってきてないや。でもこの程度なら差すまでもないか・・・)
ライブハウスで仲間に別れを告げ、一人先に出た奏はこの雪がまるで今の自分の心を表現しているかのように感じ、少しの間眺めていた。
(・・・ひどくならないうちに帰らないと。)
そう思って帰路につくため歩き出したと同時だった。
「・・・ギター、やめてしまうのですね。」
聞き覚えのあるその声に奏はハッと後ろを振り返る。
忘れるはずがなかった。
彼女こそあの日、自分の世界を変えた張本人なのだから。
「・・・星野・・・さん?」
星野は柔らかい表情でただまっすぐに奏の目を見ている。
なぜ彼女がここにいるのか、いやそれよりもその事を知っているということは先ほどのライブを見られたのか、頭の整理が追い付かない奏はすぐに応えられずにいた。
第18曲【篠笛を教えてください!】
「・・・じゃあ私も先に帰るわね。また学校で。」
「ああ、お疲れさん。」
鷹の労いの言葉を受け取ると沙紀はまだ室内に残る三人に軽く手を振り、控室を後にした。
建物内ではイベントの後始末に追われているらしくスタッフがバタバタと慌ただしく動いている。
(・・・これからどうしよう。キーボードは続けたいけど、また新しくバンドを探すのも・・・)
そんなことを考えながら歩いていると眼前に大きなダンボールを両手で抱えたスタッフがすれ違い際に挨拶をしてくる。
「あ!【Late grass】さん、本日はお疲れ様でした!」
「あ、お疲れ様です。」
「今日は作業で見れませんでしたが最後大賑わいだったみたいですね。会場の外からでも歓声が聞こえてましたよ!見れなかったのが本当に残念です。またの参加をお待ちしていますね!!」
「ありがとうございます。・・・ですが私達は・・・あ、いえ、なんでもありません。また来ますね。」
「・・・?」
仕事で忙しそうな人にわざわざ時間をかけてまでここで言うことでもない。
こういうのは人伝ですぐに耳に入ってくるものなのだから。
そう思った沙紀は軽く会釈をして再度歩を進めたが、出入り口のすぐ外で会話している人影にハッとなりその足はまたもや止められる。
それは先ほど別れたばかりの奏と着物を着た見知らぬ女性だった。
沙紀は何の会話をしているのかが気になり、こちら側を向いている奏の視界に入らないように物陰に隠れながら、二人の会話が聞こえる位置までゆっくりと詰め寄った。
(あの着物の人、暗くて顔はよく見えなかったけど多分会場内の後ろで見てた人だわ。奏のファンなのかしら?)
ライブイベントに着物で来る人は珍しいため、なんとなくではあったが沙紀の記憶の片隅には残っていた。
前方で両手を振り上げながら声を張っている人達と比べ、落ち着いてはいたが真っ直ぐこちらを見ていて雰囲気全体を楽しんでるような感じ、沙紀の中ではそんな印象だった。
(盗み聞きはよくないけど・・・奏が何か驚いてるみたいだから友達としてちょっと心配だからということで・・・。)
沙紀はそう自分に言い聞かせると聞き耳をたてた。
「・・・なんでここに・・・!」
「【Late grass】ギター、間宮奏君・・・でしたよね? お久しぶりです。・・・ここは私の知人が運営しているライブハウスで本日はお客さんとして招かれていたのです。」
「!!・・・そうだったんですか。」
サイン会の時、彼女は確かに京都出身だとは言っていた。
だがこんな偶然がありえるのか。
世界の狭さを奏は実感した。
「何ていうか・・・拙いものを見せてしまってすみませんでした。」
真っ直ぐ星野の目を見る事ができず、下向き加減になる。
「そんなことありません。とても素晴らしい演奏でしたよ。・・・解散してしまうのが本当に惜しいぐらい。」
「・・・。」
気を使いながら言葉を選んだ星野ではあるが、奏にとっては一番触れられたくない人物にその事を触れられているような感覚なのだ。
「あの・・・もしよろしければ聞かせていただけませんか?それだけの指になるほどがんばっていたギターをどうしてやめてしまうのか・・・。」
奏の表情がさらに曇り、少しの間場に沈黙が続く。
だが星野は決して答えを急くようなことはせず、ただひたすらに奏の返答を待った。
「・・・見つけて・・・しまったからです。」
奏は重い口を開くように呟いた。
「・・・見つけた?」
「・・・自分が本当にやりたい楽器を・・・雪月花が開催されたあの日、僕は見つけてしまったんです・・・。」
「あの日に・・・」
「はい。これまでも僕はたくさんのステージを見てきました。だけど頭に抱く感想はいつも同じ・・・この人達も上手いなぁーとかそれぐらいのものでした。・・・そんな僕が初めて持てた気持ちだったんです。心の底からこの楽器をやってみたい、この人みたいな奏者になりたいって思ったのは・・・!!」
(・・・雪月花って確か和楽器の有名なイベントだったわね。・・・でも奏にそこまで言わせる楽器奏者って一体・・・?)
単純に彼女が奏のファンでギターをやめることに対して意見を述べているだけなら、険悪なムードにならないうちに仲裁に入るつもりの沙紀だったが、会話の内容は彼女自身気になっていたことでもあったのでそのまま様子を見ることにした。
「・・・それは何というがっ」
「篠笛・・・。」
「!!」
星野の質問よりも早く奏はその問いに答えた。
「・・・あの日見た星野さんの篠笛は誰よりも自由で・・・心に響いて、僕の音楽の世界を変えてくれました。」
「奏君・・・」
(そうだ。そのために僕は仲間も仲間の夢も犠牲にした・・・失うものはもう・・・何もない!!何よりこれで踏み出せなかったら皆に合わせる顔がないじゃないか!)
奏は大きく深呼吸をして顔を上げた。
今度はまっすぐに星野の目を見る。
「星野・・・先生!僕に・・・僕に篠笛を教えてください!!」
「っ・・・!!」
奏が真剣な眼差しになり頭を下げた瞬間ようやく謎が解けた。
サイン会の時、彼が何を言おうとしていたのか。
これが本当なら彼を変えたのは確かに自分だ、それが原因で一つのグループが解散になったのも事実である。
だが彼女はすぐにその申し出を引き受ける気にはなれなかった。
星野自身は演奏家であり続けたいと思っているのが本音であり、今まで何人かそういう申し出をしてきた者がいたがそれを理由に全て断ってきたのだ。
弟子は持たない、そう決めていた星野ではあった・・・が
「・・・わかったわ、奏君。ならあなたが私にとって最初の教え子よ。」
「っ・・・!じゃあ・・・」
「そのかわり、ちょっと厳しいかもしれないからそれは覚悟しておいてね。」
ぱぁっと明るくなった奏に悪戯っぽい笑みで星野は返した。
彼女がそれを引き受けたのは、負い目だけではなく、初めて会った時から彼自信に何かを感じ取るものがあったからだ。
それは自分と似ているようで何かが違う、言葉では言い表すことのできない何かを彼は持っているような気がしてならなかった。
「あ、ありがとうございます。改めて僕、間宮奏ですっ!これからよろしくお願いします、星野明稀先生。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
(・・・篠笛と・・・星野明稀・・・さん? ・・・あの人が奏を変えた人・・・)
沙紀は物陰に隠れたまま、師弟となった二人を見つめている。
その二人の表情は先ほどの不安に満ちた顔とはうって違い、晴れやかな表情であった。
第19曲【篠笛奏者 星宮奏】
-篠笛-
それは篠竹という女竹を加工して作られた横笛の一種である。
一種という表現を用いるのは、単純に横笛という言葉自体が大きく分類されたものだからだ。
他にも龍笛や能管等と呼ばれる横笛が存在し、これらは雅楽や祭事等で比較的よく目にする和楽器の一つと言える。
中でも篠笛は知名度こそまだ低いものの一度その音色を耳にするとその自然味溢れる和音に誰もが虜になる。
そしてその篠笛に惹かれた青年がここにも一人いたのだ。
七年後、ここはとある一室。
「今のあなたならもう大丈夫ね。・・・ところで奏君は雪月花を目指しているのでしょう? それなら次は一緒に演奏してくれる仲間を探してみたらどうかしら?」
「仲間・・ですか? 一人ではやはり無理でしょうか?」
壁には巻物、床は畳、ところかしこに和小物。おまけに部屋にはお香の上品な香りが漂っている。
今の時代、珍しい純和風な一室で奏は出会った七年前から若さの衰えを感じさせない星野に聞き返す。
「無理ではないわ。これまでも実際に独奏だけで雪月花に出演した方もいますから。」
「そんな人が・・・。」
「ええ。だけどこんなこと私が言うのもおかしいかもしれないけれど、奏君は仲間がいたほうがいいと思うの。・・・あなたの旋律を引き立ててくれる、同じ舞台を目指せるような人が。」
「・・・。」
「あ、ごめんなさい。何もあなた一人では無理と言ってるわけではないわ。必要だと思ったのよ、奏君には。」
星野は手を振って沈んだ表情を見せた奏の考えていそうなことを否定する。
しかし、彼の考えていたことは別の事であった。
「あ、いえ。・・・仲間、そうですね。僕自身確かに仲間は欲しいです。でも多分簡単には・・・。」
(・・・そう、彼ら以上に気の合う人なんて・・・)
「そうですね、確かに簡単ではないかもしれません。音楽に対する考え方、楽曲の方向性、目指すもの、何より・・・相性。それらが一致しないと仮に一緒に始めたとしてもすぐに離れ離れになってしまいます。私はそういう方達をたくさん見てきました。」
「・・・。」
奏は視線を外さず、先生と慕う長い黒髪の似合う女性を見つめる。
年齢は恐らく彼よりも少し上だろう。
だろうというのはこの人の正確な年齢を奏はいまだに知らないからだ。
彼自身そんなのは篠笛には関係ないと思ってるし、ましてや女性に年齢を聞くのは失礼極まりない。
自分の慕う方なら尚更だ。
「それに、篠笛という楽器は一人でも演奏はできますし、それでプロ活動されてる方もいるというのもまた事実です。」
「それならどうして」
「一人では絶対に奏でることのできない旋律があるからです。奏君、あなたはすでに知っているはずよ? 和楽器だってそれは同じ。」
星野は奏の言葉を遮るように真っ直ぐな眼差しを向けて言った。
普段は表情も口調もおっとりしていて優しい人だが、真面目な話をするときは必ずこんな感じになる。
「それは・・・そうですね、わかりました。今より少しでも雪月花に近づけるのであれば出来る限りやってみたいと思います。だから最後に一つだけお願いしてもいいですか?」
奏は少しだけ微笑んで星野の言葉を待った。
「なんでしょう?」
「僕はこれから先生の教えを大切にして演奏していこうと思ってます。だから先生の名前・・・一文字いただけないでしょうか?」
奏はやや遠慮がちに星野の目を見続ける。
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑みを見せて答えた。
「もちろん構いませんよ。お好きな文字を持って行ってください。」
「ありがとうございます!・・・じゃあ星野先生の星という文字をいただきますね。だから・・・今日からは星宮奏です!」
奏は少しだけ照れくさい気持ちを隠しながらも精一杯自信に満ちた表情を作り、星野に答えると深々と頭を下げた。
「七年もの間、ご指導ありがとうございました!!」
星野はにっこり微笑むと、
「奏君が今よりもさらに立派な奏者になって、いつか一緒に舞台に立てる日を心待ちにしています。これから頑張ってくださいね。」
こうして、奏と星野の最後の稽古が終わりを告げる。
この先、波乱万丈となる彼の篠笛奏者としての道は、師である星野ですら予想できていなかっただろう。
彼がサラを連れた香詠と出会ったのはその一週間後のことだ。
---○---○---○---
「えっと、僕は・・・」
美代に目標を聞かれた奏は自身が篠笛と出会ったときの事を思い出していた。
(・・・そう、あの時決めたはずだ。このことだけは真っ直ぐな気持ちでいこうと。・・・大切な仲間を犠牲にしてしまったのだから。)
奏は顔をあげ、真っ直ぐ美代の眼差しと向かい合った。
横でやりとりを見ていた香詠が奏の表情の変化に気付く。
(奏さんの顔つきが・・・変わった?)
「僕には確かに立ちたい舞台があります。それが・・・和楽祭典『雪月花』。僕の目標地点です。」
「雪月花・・・!?」
初めて垣間見えた奏の大きな志に香詠は驚くが、その彼と向かい合っている美代は顔色一つ変えることはなかった。
「・・・夢、とは言わないのね。」
「はい。出来ることだと思ってますし、やらなければいけないこととも思っています。」
「なるほど。ではあなたの目指すその舞台にこの子のお箏は不要かしら?」
「・・・。」
香詠は口を挟まず黙ってその二人のやりとりを見ているが、心境としては穏やかではなかった。
(・・・なぜ、お母様はこんなにも)
彼女は理解に苦しむ。
楽器奏者として致命的な『欠陥』を持っている自分が彼と組んだところですぐにそのことが知られ、悩ませることになるだろう。
少なくとも雪月花という大舞台で最高の演奏を目標としている彼には足手まといにしかならないのだ。
別に彼と組みたくないわけではなくて、むしろまた一緒に演奏してみたいとも思っている。
だがサラの件のこともあり、これ以上彼に迷惑をかけたくないというのが彼女の本心であった。
「正直に言うと、まだ僕一人でそこまで行けると思っていません。・・・それに、篠笛を教えてくれた先生に言われたんです。一人では絶対に奏でることのできない旋律があるって。僕はその言葉も大切にしていきたい。」
「・・・だそうよ、香詠。」
「あの・・・私は・・・」
急に美代にふられたことで香詠は困惑する。
「だから、もし香詠さんが嫌じゃなかったらだけど力を貸して・・・くれないかな? サラも踏まえた三人からのスタートになるけど、僕達なら出来ると思う。」
「・・・奏さん・・・」
いっそここで自分が抱えているものを打ち明けてしまえば状況は変わるかもしれない。
一瞬そう考えた彼女だったが、初めて見る奏の真剣な眼差しを前に彼の戦意を削ぐようなことは言えるはずもなかった。
「・・・わかりました。私も奏さんとの演奏は心地よくてまたご一緒できればと思っておりましたので、これからはお供させていただきます。」
不安な気持ちを悟られないために彼女は出来る限りの笑顔を作り、奏に応える。
「本当!? ありがとう、香詠さん。」
「ワン!」
主人の嬉しそうな声になぜかサラが反応する。
「フフ、香詠でいいですよ。そうしましたら改めてよろしくお願いします!」
「うん!僕の方こそよろしくね、香詠。」
ここに二人と一匹から始まる一つの和楽器チームが結成された。
(・・・フフ。)
だがこの場で一番心弾ませているのは不適な笑みを浮かべる美代であった。
第20曲【美代の稽古 感じる予兆】
御箏荘の主、月島美代の指導はさすがといえるものであった。
彼女と初めて顔を合わせたときから、目にははっきりと映らずとも威圧にも似たオーラが発せられ、対峙しようものならその迫力だけでたじろいでしまうほどだ。
そんな美代の第一印象から奏は、自分の奏法を生徒に広めそれを主軸に指導していく方針だろうと勝手に思い込んでいた。
だがそんなことはなく、彼女は決して自分のやり方を押し付けようとはせず、基準となる形を教示した上で生徒一人一人のくせや弱い部分を分析・指摘して多少自分と形が違ってもその者のやりやすい方向に持っていくというようなやり方だった。
その結果、無理な動作が減ることで一、二時間程度の稽古なら生徒は疲れた等と音をあげることなく稽古に集中できていた。
ここが教室で自分が師である以上、指導方針はしっかりしていなければならない。
しかし、彼女は経験上強制させるやり方は絶対に続かない、自由に演奏を楽しむべきだと考えていた。
故にこの形に修まったのだ。
「・・・さん、魯蝋(ろろう)さん?」
「む、すみません。何でしょう?」
美代の指導を受けている初老の男性が遅れて彼女の呼びかけに反応する。
三人のうち男性は彼だけである。
「三連符の四・五・六が続くときの感覚を可能であればもう少し早めてみてください。」
「畏まりました。」
承諾の意を示すと魯蝋と呼ばれた初老の男性は再び手元に集中した。
(・・・なんだろう。)
奏はこの男から妙な視線を感じていた。
見学者が珍しいのか、いや香詠の話だと今稽古を受けている三人は今日見学者がいるということは聞かされているはずだ。
彼と目があったのは二、三回程度でもしかしたらどこかで会ったのかもしれないと思い、記憶を探ってみたがどうにも見つからない。
考えすぎかと思い、視線を落とすと自分の膝で大人しくお座りをしているサラが視界に入る。
(もしかすると、あの人・・・犬が苦手なのかな?)
「ハッ!ハッ!」
箏の音色を聞いて、パーランクーを叩いているときのことを思い出したのかサラは興奮している。
手元にそれがあったなら間違いなくバシバシやっていることであろう。
「何だか嬉しそうですね、サラ。」
横で上品に正座をしていた香詠はクスリと笑いながら稽古の邪魔をしないように小声で呟く。
「うん、きっと一緒に演奏したいんじゃないかな?」
「ワン!」
サラが振り返り返事をした途端、手本の演奏をしていた美代の目線がこちら側に向く。
「しー!しー!」
二人はサラを制しようとするが犬であるが故に当然理解できていない。
だが二人の仕草から察したのかサラは息遣いは荒いまま音のなる方へ向きなおす。
それを見ていた香詠が先刻から気になっていたことが確信に変わる。
(この子、やっぱり・・・)
「・・・か」
そのことを口にしようとした時だった。
「ねぇ、香詠。・・・あの魯蝋さんって人、ずっとここに通っている人?」
「えっ!? あっ、魯蝋さんですか? いえ。あの方がこの御箏荘に通われ始めたのはつい最近のことですよ。何でもご友人がお箏を学びたいということで母に紹介し、付き添いも兼ねてご自身も一緒に学ばれてるとか。」
彼女が言いかけていたことは彼にも関係があることだっただけに過剰な反応になる。
「そっか・・・。」
「ただ、昔から母と親しいみたいで私も子供の頃からよく顔を合わせる機会がありました。・・・その・・・魯蝋さんがどうかなさいましたか?」
「ううん、何でもないよ!ありがとう。」
奏は怪訝そうな顔をする香詠に笑顔で応える。
美代と親しい間柄で香詠と何度も顔を合わせているのであれば悪い人物ではないのだろうとひとまず胸をなでおろしたが、稽古に集中している中でも時折向けられるその視線に息苦しさを感じた。
それでも不思議と気味が悪いといった印象は受けなかったので奏はそれ以上気にしないことにしたのだ。
香詠の方もまた、言いかけたことを聞いてもらいたかったのだが、奏が魯蝋を気にかけていることからおそらく同じことに気が付いたのだろうと思い口にすることを止めた。
「・・・それでは本日のお稽古はここまでとします。」
美代がそういうと、三者三様に礼を述べ箏を片づけ始める。
それを見て彼女はすっと立ち上がると奏達のところに上品に歩み寄り、奏の真正面で向かい合うような形で再び正座をした。
「奏さん、ご覧になられていかがでしたか?」
「あ、はい。箏に関しては全くわからなかった僕ですが、その僕から見ても美代さんのご教示は理解しやすくてここで聞いてるだけでもすごく勉強になりました。」
「フフ、そう言っていただけると私も嬉しく思います。・・・ならばどうでしょう、奏さんも始めてみますか? 私と香詠が丁寧に教えてさしあげますよ?」
美代の口元が不適な笑みを浮かべている。
なるほど、これが冗談交じりで発言するときの美代なのだと、奏はこれまでの駆け引きで判断することができるようになっていた。
「えっと・・・僕は・・・」
だが冗談とはわかっていても、きっぱりやりませんと言うのは美代や香詠に申し訳ない気がしてなかなか言えないものだ。
最も美代はそれを見越しての発言だろうが。
「お母様・・・」
「フフ・・・冗談ですよ。奏さんには篠笛がありますものね。」
「はい・・・。」
香詠の呆れたような表情にさすがにこれ以上は可哀そうと思ったのか美代は口元に手をあて冗談めかして笑ってみせる。
普通なら見惚れても可笑しくはないその仕草も今の奏からしてみればもう勘弁してほしいといった心持ちだった。
そして会話の間に片づけ終わっていた初老の男性が、正座をしていた美代の後ろで立ち止まる。
「それでは美代さん、お先に失礼します。またお稽古で。」
「ええ、魯蝋さんもお気をつけて。」
美代は体を半身にして魯蝋と目を合わせようとしたが、彼の目は別のところに向けられていた。
自分の向けた視線に違和感を感じられたのがわかったか、魯蝋はすぐに美代を見て軽く会釈をすると足早に部屋を後にした。
(・・・あの魯蝋さんが今日は珍しいぐらいに演奏に集中できていなかった。今だってそう・・・気にしてたのは恐らく奏さんね、これは何かありそう。)
美代はおもちゃを与えられた子供みたいに嬉しそうに微笑む。
それを見た彼女の娘と隣にいる青年は嫌な予感しかせず、背筋に悪寒が走ったのだった。
ただ奏でる竹