わたしは知らない
私は知らない。
向こう側が透けて見えそうなほど、薄い髪色。
きっちり定規で測ったかのように、禿げた後頭部。
ふわふわの綿あめの一筋にも似た、細い髪。
ところどころにある、なぜか他よりも長いその髪の一本。
どういうわけか頭頂部だけ長くのびる、髪の一房。
私は知らない。
おサルの子のようにぴょこんと起きた、小さな耳。
寝入った時に気づく、頬にかかる思いのほか長い睫。
お相撲さんのように重なった、たぷたぷのあご。
かわいらしく三角にとがる、薄桃の上くちびる。
まん丸いアンパンマンに似ている、ふっくらとしたほほ。
私は知らない。
ベイマックスのようにぱんぱんの、くびれの入った短い手足。
切っても切ってもすぐのびる、桜貝の様な薄い爪。
もみじのお手々は、もみじ饅頭のようになって。
まぁるいおしり、子だぬきのようなおなか。
意外と力強い足の先にある、えのきのような小さい指。
私は知らない。
乳を飲むときに添えられた、両の手のあたたかさ。
ずいぶん大きくなった体、膝にかかる心地よい重さ。
おなかが空いた時の必死に飲む顔、口の動き。
一息ついた時の顔からこぼれる、満足げな笑み。
飽きて噛み子犬のように首を振ったあとにみせる、上目遣いのドヤ顔。
私は知らない。
汗をかいた後の頭の匂い。
指の間にたまった綿ぼこり。
夏の暑い日の首筋の匂い。
熱をだしたときの眠たげな瞳。
お乳を飲んだあとのげっぷの匂い。
じっと見つめてくる黒い瞳。
うんちの匂い。
抱かれながらゆっくりと、泣き疲れてゆっくりと、少しずつ瞼を閉じていく。
穏やかな寝顔に髪を梳くときの、胸に湧きあがる感情の名前を、はたして何といえばよいのか。
私は知らない。
こんなにもいとおしい存在を。
私は、知らない。
わたしは知らない