恋するお茶タイム
ひとりの人を想い続けるって簡単なようで、難しいもの。それをちょいとこなす君が好き。
「あーあ。もうやんなっちゃうよ。ホント」
「私の前ではこんななのに、どうしてカナの前だとあんな借りてきた猫状態になるのかねえ」
ずずず、とほうじ茶を啜る。机に突っ伏したまま無反応なユウジの脳天を眺めながら(私じゃだめなの?)なんてことが頭の片隅で騒ぎ出すのにセーブをかける。
ユウジが片思いしている人はもう五年もフリーの人だ。なのにユウジはいつまでたっても彼女を落とせず、こうしてうじうじと私に愚痴ったり相談を持ちかけてくる。頼りにされてるのかな、なんて思うこともあれば、ユウジを好きな私にとっては苦痛なんだけど! と理不尽に苛立ちを覚えることもしばしば。でも一途なユウジが好きな私の彼の恋を応援している気持ちに嘘はない。応援しているけど、少し切ないなあ、なんて。
「俺のどの辺がダメ?」
「そういうところ?」
「どういうところだよ」
勢いよく上体を起こし、キッと私を睨むユウジ。可愛いタレ目が台無しだ。
「うじうじめそめそしてるところ? カナはさっぱりしてる人が好きって前も言ったでしょ」
ずずず。温かいほうじ茶は香ばしくて、落ち着く。もう一度ほうじ茶を楽しんでから、机に湯呑を戻した。
「とは言っても。どれだけさっぱりしてる人がいても、やっぱアプローチかけないと意味ないと思う。僕は君が好きだ! っていうことをカナ本人にアピールしないと」
「それができたらこんな苦労しねえよ……」
「めんどくさい奴だなあ。もう諦めちゃえば?」
ため息混じりに私が言うと、ユウジは大げさに項垂れてみせた。栗色の髪がさわりと彼の顔を覆う。
諦めちゃえば、なんて言ってもユウジがはいそうですねと諦めるわけがない。寧ろ諦めるなんて言いだしたら熱でもあるんじゃないかと疑ってしまう。
「諦めるとかは……ない……」
力なく私の予想通りに答えるユウジ。そしてそのままへにゃへにゃとまた机に突っ伏してしまった。
私がカナにユウジの想いを告げ口すれば早い話なのだけれど、ユウジがそれを嫌がる。そのくせもじもじして落とせない、口説けない、想いも伝えられないの三点チキンっぷり。呆れてしまう反面、ユウジがもじもじしている間中はこうして彼とふたりで会うことができるなあ、なんて下衆いことを考えてしまったりもする。
「私は一途なユウジいいと思うんだけどなあ。ナヨナヨめそめそうじうじするのもカナ絡みのことだけだし。あとはいい男なんだけどねえ」
遠まわしに想いを紡いでも、鈍いユウジは気づかない。今までもずっと気づいてくれないし、気づかなくていいとも思ってる。フクザツな乙女心というやつかな。違うか。
ユウジがカナとの恋を成就させたとき、私は何を思うのだろう。嬉しいけど、やっぱり悲しかったり寂しかったりするのかな。それが憎しみに変わってしまったりしたらどうしよう……。
そんな不安に耐えようと、膝の上に置いた手でぎゅっと拳を握り締める。なんだかユウジを見ているのが嫌になって、机の上の湯呑を見つめた。
「アリカ? どうした?」
「いでぇ」
自分がこれ以上嫌なやつになったらやだな、こいつらの幸せに笑顔になれるくらいの肝っ玉でいたいものだ、なんて考えていると、ユウジがゴンと頭突きをかましてきた。
ぶつけられた箇所をさすりながらユウジの方を見ると、不思議そうな顔でこちらを見つめている。
「なにすんの。痛いでしょ」
「ぼーっとしてたから。何かあった?」
「べつに何もない。考え事してただけ」
「ほーん。何か悩み事あるなら聞くよ?」
にまにまとうざったい顔で小首を傾げるユウジに大きなため息が漏れた。
じゃあ言ってもいいですか。私はずっとあなたが好きなんですよ。こうしてカナとのことを相談されている今も、昔もずっと。あれ? 私もずっとひとりの人に想いを馳せてないか? じゃあもしかして君と私は同じ部類の人種ではなかろうか? ほら、私もユウジと同じで好きだと言えずもじもじうじうじしているし似てると思う。似た者同士お似合いなんじゃないかな? ねえ、私なんてどうかしら?
「……何もないってば」
津波のように押し寄せた思いの丈を言葉にすることはなかった。私の大好きな人の恋路にちゃちゃを入れるようなことはしたくない。静かに見守る。それができなければ、きっとこうしてユウジと会うこともできなくなってしまう。そんな気がしてならない。
怒らなくてもいいじゃん、と口を尖らせるユウジ。可愛いなあ、と笑ってしまった。
可愛くてかっこよくて、優しくて、一緒にいると笑顔にしてくれるユウジ。彼に愛される人はきっと幸せだろうと思う。こんなに一途な人に愛されたら、どうなってしまうのだろう。それが私だったらどれだけよかっただろう。
ふとした時にこういった寂しくなることを考えてしまい、泣きたくなる。それでも私は。
「ほら、不貞腐れてないでカナを口説き落とす作戦考えるよ!」
残りのほうじ茶を一気飲みし、どんと音を立てて湯呑を机に置いた。
私はユウジが好きだ。大好きだ。
「もう何回も失敗してるしなあ……」
「フフフ……アンタの幸せのために私様がまた策を練ってやろう!」
「アテにして大丈夫なのか? ソレ」
けりと笑うユウジに、私はふふと芝居のかかった上品笑いを返す。
大好きだから、ユウジの幸せを願わずにはいられない。だって大好きだから。それが切ない結果になるとしても、彼が幸せそうならきっと笑える。
恋するお茶タイム