猫との約束

絵里子

猫との約束

  猫との約束
 
 捨て猫を拾って助けてあげる仕事をしている篠原は、ある日不思議な話を聞いた。
「近くの化物屋敷に猫が出て、夜な夜な人を襲っているらしい」


 化物屋敷というのは、篠原の近所にある屋敷で、近いうちに修繕工事が始まると言いつつ、なかなか進んでいない。どうやらそこに猫が住み着き、人に迷惑をかけているようだ。あの荒れ果てたビルに、どれだけの猫が住んでいるのかは判らない。しかし、近所の人を襲うようなら、なんとかしなければ。


 篠原は、猫缶を持ってその化物屋敷を訪れた。


 その屋敷は日本家屋になっていて、あちこちの柱が腐っていた。屋根はボロボロで、扉は半分壊れている。大家さんからは、中に入っていいと言われていたので、篠原は扉を開けて中に入っていった。


 うすぐらい部屋の中に、たったひとり、おじいさんが座っている。
「何しに来たのじゃ」
 と、おじいさんは言った。篠原が事情を説明すると、おじいさんはうーむ、とうなり声を上げて、人間は信用できない、とか、かわいがっていた猫をすぐ捨てる、とか、いろいろな欠点をあげつらうのである。


「おじいさんは、なにものですか」
 篠原が問いかけると、そのおじいさんはにやっとヤニのついた歯を見せて、
「わからんか。わしは化猫じゃ。人間をうらんで、おまえさんをとりころしてやろうと思っておるのだ」
 というのである。


 篠原は驚いたが、胸に手を置いて自分を落ち着かせ、手に取った猫缶をかざすと、
「ぼくは猫を助ける仕事をしています。この猫缶でおなかの空いた猫を助けてあげて、自分の家に引き取ろうと思っています」
 そんな風に言うと、おじいさんは、


「おまえのような若造に、なにができる。捨てられた猫をすべて引き取れるのか」
 と、無理難題をふっかけてくるのである。
 そこで篠原は、


「そりゃ、無理なことかも知れないけれど、できるだけのことはしているんです。猫に手術をしたり、引き取り手を探したり。ぼくなんて、もう二十匹も猫を飼ってます」
「ほお」
 おじいさんは、少し驚いたように目を見開きました。
「ねえおじいさん。化猫になるより、かわいらしい猫になって、一緒に暮らしませんか」
 と、篠原が言うと、おじいさんは肩をすくめて、


「いまさら元にはもどれない。だが、ほかの猫たちが、ここに遊びに来る。そいつらの面倒を、おまえさんが見てくれるのなら、人を襲うことはやめよう」
「もちろん、そうします」
 篠原は、手を差しのばして固く握手した。



 その数週間後、どうしても引き取り手のないおじいさんの猫が、廃ビルで見つかった。
 篠原は、それを例の化猫のおじいさんだと思って飼いはじめると、その猫はとても優秀で、都会に住む大きなネズミを次々とやっつけてしまった。


 テレビ局の人までやってきて、引き取り手を探しませんか、と聞かれた篠原は、
「とんでもない。化猫のおじいさんとの約束ですから」
 と言ったそうだ。
 テレビ局の人はそれを聞いて、


「二十匹も猫を飼っているのに、まだ飼ってるよ」
 と陰口をたたいたが、篠原はおじいさんの猫を特にかわいがり、その赤い毛の色から
「エビスくん」
 と呼んでいるそうだ。

猫との約束

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  • 小説
  • 掌編
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