逆転満塁
どんなものにも主役の瞬間がある。例え平凡でちっぽけなものでも。
これは、私の最期の物語だ。
投手が全力の一投を放った時、私は強く願った。どうか打たないでくれ。まだ終わりたくない。直後、私は打者の渾身の一撃で夜空に舞っていた。高く、風の唸りが遅れる程の速度。願いは露と消えた。数秒後、ほつれた私は、大地で不燃の塵と化すだろう。自分の体の限界くらいは分かる。だが。
「これは珍しい!」
遠くで実況者の叫びが聞こえた。そこで気づいた。宙を往く私は。
主よ――私は感謝した。数多くの風船と歓声が私の最期を飾っている。こんな幸福があるだろうか?
これは最期の物語だ。最後を、中空にて崩壊した、世にも珍しいホームラン・ボールとして迎えた、私の。
逆転満塁