第00話 礼編
「第00話 礼編」
「と、ショーテーマはこんな感じに決まったわ♪次回はモデルさんも一緒に、うちのサロンで打ち合わせしましょ♪ショーに向けて、少しモデルさんの髪もカットしたいし♪」
「はい!あの~、前回の打ち合わせに参加できなくてすみません。」
「いいのよ~♪そのかわり、アキラちゃんが考えたコーディネート楽しみにしてるからね♪」
言いながら礼は、2階にあるカフェの窓から外を見た。
既に日は落ち、渋谷は街灯のともりで輝き、遊びに出てきた若者で賑わいはじめている。
窓にうっすら映って見えた金髪の自分の髪を見て、礼は小さくため息をついた。
ポニーテールで一つにまとめた金髪の先は、派手なショッキングピンクに染められていた。
美容師見習いの後輩のために、カラー染めの練習台になってあげたのだが・・・、まさかこんな派手な色に染めるとは・・・。しかし、キレイなグラデーションに染まっており、ウデはなかなかのもの。
――いけない、そろそろ帰らないと。
「じゃあ、私はそろそろ・・・。」
立ち上がろうと、礼がテーブルに両手をつくと、
「あ、礼ちゃん!私、今度ボブに切っちゃおうと思ってるんですけど、カットの予約とれます?」
「ぬぅわにぃぃ!!」
ガッシィィィィッ!!!!!!
目にも止まらぬ早業で、礼の両手は向かいに座っている彼女の両頬をつかみ挟んだ。
「はみぃふるんへすふぁ!ふぇいふぁん!(何するんですか!礼ちゃん!)」
「もっっっったいないじゃない!ストレートのツヤがみぃぃーーー!アキラちゃんが『染めたい~染めたい~』って言うから、グッとこらえて赤く染めてあげたけど!短くしちゃうのはぜぇぇっったいダメーーー!!」
「ふぇいふぁん、おひふいふぇ!(礼ちゃん、落ち着いて!)」
「・・・髪・・・キラナクテ、イイ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ドスが利いた声色に、アキラはただただ、頷くしかできなかった。
アキラとカフェで別れたあと、礼は夕飯の買い物を済ませ、帰路についていた。
いつもはきちんと料理するし、その時間が嫌いではないが、今日は遅くなってしまったので、贅沢にデパ地下のお弁当。これならば、あの母も文句を言わずに食べてくれるだろう。
礼はふと、先ほどのカフェの帰り際に、落ちた雑誌を拾ってあげた少女を思い出した。
黒ストレートのツヤ髪。制服を着ていたからまだ高校生であろう。化粧っ気なく幼い顔をしていたが、自分がメイクをしたらきっといいモデルになる。
「さすがに、高校生には声かけられないわねぇー。」
――残念、残念。
「ねぇねぇ!今からどこ行くの?友達と待ち合わせ?」
――・・・・・・・・・。
久しぶりのナンパに悪い気はしないが、正直、面倒くさいものである。
ましてや、礼はようするに、アレなわけで・・・・。
「クラブ行こうよ!」
礼がどう断ろうか思い悩んでいると、その沈黙を良い風に勘違いした茶髪の男が、礼の肩を持ってズンズンと歩き始めた。礼は大きくため息をついて、わざと男に胸を押し付けるように腕を組んだ。
「あら嬉しい♪こんな『ア・タ・シ』でも遊んでくれる?」
すると、男の顔がショックのあまり一瞬固まり、顔色が徐々に青くなる。
「・・・男かよ!キモちわりぃ!」
言い捨てると、その男はサッサとその場を去っていった。
男だと気づかずにナンパしたことを恥じ、なかったことにしようと自分を取り繕って慌てて逃げる様が実に滑稽である。見た目が派手で、女のように振る舞って勘違いさせた礼も悪いが、毎回こう反応されると、心が痛むのだろう。礼は再び大きくため息をつき、歩き始めた。
――帰って温かいお風呂にゆっくり浸かろう~♪
歩こうとした礼の足が止まる。
いつの間にか、モヤイ像のそばにいることに気付いたのだ。
帰り道に通るモヤイ像が、礼はいつも不気味に思えて嫌いだった。
無表情で生気のない顔、モデルにしたモアイ像に比べて中途半端な大きさ、薄汚く、日当たりも良くない。特に日が落ちてからは影がかり、ますます不気味に思えてならない。
――やっぱり、嫌いだわ。
礼は立ち止まったまま、モヤイ像を見上げて、モヤイ像を見下した。
ここを抜けなければ凄く遠回りになるため仕方がなく過ぎているが、いつもの礼ならば足早に通り過ぎていた。
そう、いつもならば―――。
『・・・・・・・しゃい・・・』
「なに・・・?」
脳に直接語り掛けてくるような声。ぐらりと視界が歪み、礼は思わずしゃがみ込んだ。
「・・・・!」
酷いめまい、頭が割れそうに痛む。
同じようにしゃがみ込んだ人の姿が視界の隅に入ったが、もはや自分も余裕なくどうすることも出来ない。
いったい何が起こっているのか、周りの人々もどよめき、驚き、ただ自分たちのことを見ていた。
――誰か・・・。
助けを求めて見上げた先で、モヤイ像は不気味に礼を見下ろしていた――。
第00話 礼編