SNIPER
SNIPER
狙撃中隊集結地
夏の名残の色濃く残るこの集結地では、幾組もの狙撃チームが点検射を行っていた。雷鳴のように響く銃声は、蝉時雨も圧倒し、鳥さえその影を潜める。
「射ち方止め、安全装置、弾抜け、安全点検」「弾痕確認」
各射手は、射撃姿勢を解き、遊底を開いたまま銃から手を離し、スポッティングスコープをのぞく。低倍率で標的位置を確認してから倍率を調整し弾痕を確認する。倍率は高く成れば成る程、視野は狭くなる。その為、当初から高倍率では自分の標的すら分からなくなり、他の標的をのぞきだす者も現れる。もっともここに居る猛者連中は、初級狙撃課程の学生とは違ってそんなザマは見せないが。
「よーし、最後やるぞ。射手、銃を取れ」
「射手、1400m、5発、2分」「安全装置、弾込め」「射撃用意、撃て」
また銃声が空を満たした。
新たに導入された8.58ミリ対人狙撃銃3型は、.338ラプア・マグナムを使用する遠距離狙撃用の対人狙撃銃だ。それまでの7.62mmM80のマズルエナジー3519J(ジュール)とは桁違いの6766J、1000mでの弾速492m/s、エナジー1769J、まさにマグナムの名に相応しい。このパワーは、5.56mmSS109のマズルエナジー1708Jを凌駕する。すなわち1000mを飛翔した後でも至近距離のSS109以上のパワーだ。更にそれまでの7.62㎜は、500mで約2.5mも落下するが、8.58㎜は約1.3mと半分程度のフラットな弾道を持っている。これがいかに有利かは論を待つまい。元々この弾薬は.410リグビー・ビッグゲームと言うアフリカン・サファリで使用されていた猛獣用の弾を元に開発された、まさに殺らなければ殺られる極限状況の弾だ。この銃の導入にあたっては、一部に50口径の狙撃銃を推す動きもあったが、全備重量で20kgを超えるのは山地では辛い。そのため大口径狙撃銃は、特定部隊に配備し、師団の狙撃中隊は8.58ミリに決定したと聞く。
「連絡する。1500より各分隊長以上はCPに集合」
CPでは、明日以降の予定の確認、移動命令、現地到着後の戦闘配備の要領、偵察命令が次々と下達される。
「各係、連絡事項あるか。」
「給食係から。レーションを受領させて下さい」
「まさか猫ゲロじゃないだろうな。」
「正解です。あと、ビタミンサプリが来てますから」
給食係の声にCP内は溜息が充満した。
猫ゲロ…高機能戦闘糧食2型…高度に調整されたドライレーションで、1食分が約100g。水で戻せば、スポーツドリンクの入った柔らかめのゼリーのような食感だが、色も形も呼び名のとおりにしか見えない。その上、厚生省の栄養基準を満たし、水溶性ダイエタリーファイバーまで入っていて、満腹感もある…と言っていたが、作った奴の頭に1発ブチ込んで良いと言われたら、躊躇無く引金を引ける代物だ。
「その代わり今夜は、レトルトの焼肉丼とポテトサラダ缶ですから。」
ここで味を求めるのは、エンジンの無い車でレースに出るぐらい無謀だ。
翌日は、移動、展開、偵察に費やされた。そして潜伏斥候が浸透を開始する。30kgを超える装備、これだけが命綱の心細さ。重量増加を嫌い、防弾チョッキもヘルメットも置いてブッシュハットのみ。"常時最前線"のプライドだけが斥候の装甲板だ。
狙撃中隊CP
その日は大きな状況の変化が無く暮れようとしていた。日中、まだ夏の太陽は容赦なく人員と装備を焼くが、夕暮れが近づくにつれ、わずかな涼風が和ませる。
「00(狙撃中隊・マルマル)こちら23(潜伏斥候・ニイサン)敵斥候、3名、交点チャーリー(C)通過、道路ブラボー(B)沿いに南下、確認した装備、各人小銃にワンデイアサルト程度のバック、無線機1、送れ」
「00、了(了解)」
「運幹、情報を上に上げろ」
「了!」
「マイク貸せ。狙撃00より各狙撃、これより敵座標報告後、自由射撃ヨシ。敵座標報告後、自由射撃ヨシ。終わり」
狙撃32、狙撃拠点
「OKが出た。配置確認」
警戒員2名の配置を確認、近接阻止用のクレイモアのコードを確認、次々と確認してゆく。太陽の位置を確認する…背中から陽を受けている。スポッターと偽装を点検する。槓桿を起こす。ロッキングラグの噛合せが外れ槓桿が軽くなる。槓桿をゆっくりと引き、弾薬が装填されている事を確かめ、槓桿を戻し安全装置を確認する。照準眼鏡のキャップを確認する。
後はスナイパーのお家芸…無限の監視が始まる。
狙撃中隊CP
「23、敵ロスト、最終座標24501312、送れ」
「00、了」
運幹が、手早くロスト位置に時間とロストマークを書いたピンを地図に立てる。
「副長、E/C(イーシー:敵行動見積)は?」
「E-1(イーワン)B沿いの前進、E-2、308高地の迂回、他のE/Cは、ないと思います。目的が主力の経路偵察であるならE-1、斥候等の侵入ならE-2は捨て難いです」
「運幹、O/C(オーシー:我の処置)は?」
「E-1は狙撃32で対処、E-2は34が308高地にいますのでそちらで対処」
「問題点は無いのか?」
「308高地の北と西の斜面は急角度ですので、近間に踏込まれたらスナイパーでは対処出来ません。」
「よし、迫小隊」
「FOの42が前面を観測できますので対処可能、諸元も取ってあります」
「接触までの時間は?」
「32なら1時間強、34でも1時間半以内」
「よし、それで行こう。それと斥候34と35を12と14の近くで待機させろ。戦場掃除用だ。伝達しろ」
「了!」
CP内は、にわかに活気付く。中隊内に情報を伝達する、上級部隊への報告、斥候の派遣、補充用弾薬の請求準備、考えたくないが、負傷者の緊急後送要領と最悪の場合の回収要領の確認、弾を撃たない戦闘がここでも始まった。
狙撃32 狙撃陣地
夕暮れが迫る。地上は徐々に光を失い始めるが、高性能の光学機器の中は、レンズが光を増幅するためまだ明るい。闇が地上を支配する寸前、薄暮に安心してノコノコと出て来る、この時間こそスナイパーの時間。
「敵、基点2から左へ50(ミル)、上へ30、2名捕捉…訂正3名」
「親父に報告」
中隊CPに状況が伝達される。
スナイパーは、照準眼鏡のクロスヘアーに打たれたミルドットを使い眼鏡を誘導する。森の中にに何かがある。照準眼鏡の倍率を上げる。3名がデルタフォーメーションで前進してくる。測距の号令を掛け、スナイパー自らは地図上で距離を確認、スポッターは、レーザーレンジファインダーで測距する。ダブルチェックは戦場錯誤を防止する鉄則だ。ミスのない方が勝つ、誰もが分かっているが、誰もが極限状態では忘れる。その上、レーザーは意外な弱点、途中の木の葉などに乱反射してトンでもない数値を出す時がある、特に朝露や雨に濡れた状況下では要注意だ。
照準眼鏡のピントを緩める。眼鏡内に陽炎が見えてくる、真直ぐに上っている、無風である事が確認出来た。後は、射距離と偏差の補正だけだ。
「やるぞ。指揮官、次ぎ通信手、その後、先頭」
狙撃は、見つけ次第に撃てば良い訳ではない。価値の高い目標即ち、指揮官、通信手、重火器、重要特技者、特殊装備保有者等順序だてて潰して行かなければ効率が悪い上に射撃陣地を暴露し、この世と別れを告げる事に成りかねない。
そしてこの射距離、門外漢は、照準眼鏡さえあれば命中すると思っているが、大きな間違いだ。倍率を上げれば上げる程、呼吸や心拍が眼鏡を揺らす。更に筋肉の弾力がブレを大きくする、だから骨と皮で接する。銃自身が1/4M.O.Aの精度でも920m先では約6cmの差が出る、更に弾は重力によってドロップし、スピンによって偏差する。それに人為的な誤差が加われば致命的だ。距離、風、太陽の位置、腑仰角を読み50m刻みの射距離転輪と1/4M.O.A刻みの方向転輪で補正した後、照準点をずらして引金を絞る。安手の映画の様に目標を真直ぐ照準できるのは、射距離が明確な射場だけだ。
「935」
スポッターが射距離を読む。
射撃動作にはいる。50m刻みの射距離転輪を900に設定、ゼローイングは800、修正は大きくない。照準眼鏡のピントを再度確認する。二脚の設置、銃は垂直、大臀筋に銃軸線を合わせる。アイリリーフ、銃床への頬付け、左右の肩は水平、右ひざを軽く曲げ腹部を軽く浮かす。左踵の接地、左手は床尾を下から支える、右手は銃把を握り、人差し指は引金以外に触れてない事を確認する。
目標を捕捉。照準眼鏡の視野周辺に出来る影を均等に…同心円に揃える。息を吸う、吐く、クロスヘアーが真っ直ぐに目標を上下する。
息を吸い少し吐く、一瞬目を瞑り開く。狙点は変わっていない。姿勢は良し、射撃動作が流れる様に続く。
飛翔秒時約1.1秒、弾道のドロップと偏差を考え、1.1秒後の目標位置…左耳の上、ヘルメットの外の空間に照準する。"同心円、同心円、同心円…"初級狙撃課程で教えられる呪文を心の中で唱える。
引き金の遊びを一挙に殺し、絞り始める。乾いた素麺を指で折る様にわずかな粘りの後"パキッ"と引金が落ちる。
引金により逆鈎との噛合を解かれた撃針は、撃針バネによって前進し、雷管を突く。雷管壁とアンビルに挟まれた点火薬は衝撃で発火し、その炎は薬夾内に入り発射薬に火を付ける。轟然と燃え上がる発射薬は、発生させたガスで薬夾内の圧力を増し、まず真鍮の薬夾を膨れ上がらせる。膨れ上がった薬夾は、薬室に張付き、弾頭とのカシメを解く。弾頭は燃焼ガスに押され2000バールを超える圧力で、少女を貫くファルスの様に腔線に喰い込み回転を始める。燃え上がる発射薬は、更にガスを発生させつつ、弾頭を銃口から押し出す寸前に燃え尽きる。
銃口を離れた弾頭は、先端を軸に底部を振る味噌擂り運動を始める。小銃弾の至近距離での被弾が悲惨な傷を作るのはこのためだ。腔線によって与えられたスピンと空気抵抗で味噌擂り運動を徐々に収めつつ最大の貫通力を発揮する様になる。3マッハに近い速度では、大気は粘液となり弾速を奪うとともに、重力は絶え間なく弾頭を下へ誘う。更にスピンする弾頭はドリフトしてゆく。これで風でもあったら余計に弾読みは面倒だ。
右目目頭のやや上に命中した弾頭は、そのエネルギーで皮膚と頭蓋骨に小さな穴を穿ち、脳内に食い込む。食い込んだ弾頭は、その衝撃波で瞬間的な空洞を弾頭直径の20倍以上広げ、組織を破壊し、弾頭のスピンは絡みつく組織をねじ切ると共に、頭蓋骨を破壊した衝撃と各組織の柔らかさの差異により、弾頭が横転するタンプリングを起こし、頭蓋骨内をシェイクする。更に残速をもって頭頂骨と後頭骨を抉り取り、外に飛び出した。当たる所は射手が決めるが、飛び出す位置は神のみが知る領域だ。
目標の後ろにピンクとグレーの混じった霧がかかり、残照にきらりと輝く。糸の切れたマリオネットのように目標は崩れ落ちる。
槓桿を起こしロッキングラグを解く。発射の圧力で薬室にへばりついた薬夾は、銃身の自緊によって押し縮められる。再装填にはコツが要る。腕で槓桿を引くと大胸筋が片付けをずらす。瞬間的に真直ぐ後方へ遊底を引く。遊底止めにぶつかる程長く力を込めるのは下手糞の証明で、姿勢が変化するため次弾が遅れる。遊底の抽筒子は薬夾のリムを咬み込んだまま薬室から引き出し、蹴子によって排出される。手首を返す。遊底の前に弾倉バネによって持ち上げられた弾薬を前進した遊底が咥え込み薬室に収まる。槓桿が下げられロッキングラグによって固定される。
「命中。通信手、観測可能」
「目標捕捉」
通信手は背負った無線機ごと処置するため、左肩やや上の空間を照準する。こうすれば胸部を貫いた弾頭は無線機も一緒に破壊してくれる。呪文が心の中で繰り返される"同心円、同心円、同心円…"パキッと引き金が落ちる。銃が跳ね上がり眼鏡の視野から目標が消える。弾着まで約1秒、素早く姿勢を戻しつつ再装填、再照準する。引っくり返った亀の様になった目標は2・3回足をバタつかせて動かなくなった。打ち抜かれた無線機は、塩分をたっぷり含む血液が流れ込んで修復は不能だろう。
「命中」
初弾の銃声がやっと届いた様で、残った斥候が藪に飛び込む。
「親父に連絡してくれ」
「00こちら32、敵2名射殺、1名は隠蔽中、引続き射撃する。送れ」
狙撃中隊CP
「時間がもったいないな」
「中隊長、81迫(81㎜迫撃砲)が届きます」
「運幹、他部隊は問題ないのか?」
否定的な意見をぶつける事によってミスを防止する2重チェック。
「近隣部隊なし、エアコリドーもクリーンです」
「迫、諸元いいか?」
「取ってあります」
「やるぞ、マイク貸せ」「32こちら00、81迫使う、観測せよ。送れ」
「32了」
狙撃中隊81ミリ迫撃砲小隊
「FDC、火点322、諸元出せ」
事前に計算された射撃の為の方向、射角、発射薬量のデータがPCの上に呼び出される。
「気象修正、確認」
気温、気圧、湿度、風向、風速等の気象データによる修正量を決定し、砲側へ号令する。
「射撃命令、1発、榴弾、着発、射角1135、方向2177、装薬4、効力射、各砲4発」
基準砲の試射準備が整う。他の砲は同一諸元を設定し、事後の修正命令に備える。
「こちら32、観測準備よし」
諸元を確認するための試射1発が発射される。
「了解、初弾発射。飛翔秒時28秒」………「弾着5秒前…弾着…今!」
「引け25、効力射、送れ。」
「修正、射角1133、方向2176、小隊、効力射、各個に射て!」
小隊6門がわずか数秒で24発の砲弾を送り出した。迫撃砲の真骨頂は、この発射速度だ。重砲の様な一発の威力は無いが、間断なく降り注ぐ砲弾は、歩兵にとっては恐怖以外の何物でもない。
「最終弾弾着5秒前…弾着…今!」
スターマイン花火の様な炸裂が収まる。
斥候14、道路B上
「34こちら00、戦場掃除」
「32こちら14、東側より接近する」
「32了、識別1」
スポッターに経路を観測させる。
「こちら32、14を確認、識別」
一瞬の間を置いてダイヤモンド隊形が停止する。先頭が右手で銃を持って両腕を広げる。
「14、4名、識別よし」
事前の通告無くキルゾーンには入るのは敵だけ。キルゾーンの目標を一々確認する時間は無い。だから確実に人数、隊形、識別動作を取らせる。人数が増えていれば、敵の追尾斥候が喰いついている可能性もある。迂遠なようだが友軍相撃防止の為には欠かせない。
「14、現地到着、捜索開始する」
しばらくして、目標を発見した。
「00こちら14、敵3体を確認。AK系統と思われる銃1丁を発見、ダットサイト付き。通信手から書類を回収、引続き捜索する」
「こちら00、レーションの類は持ってなかったか?」
敵の死体は重要な情報源だが、偽情報の可能性は常に付きまとう。第二次大戦のノルマンジー上陸を隠蔽するため、カレー正面に偽地図を持たせた死体をばら撒いたりと古今に戦例は尽きない。しかしここに有るのはホットな情報源だ。
「こちら14、弾薬は5.8×42! 通信機材は見た事の無い形式です。」
5.8mm×42、重心が先端寄りの為、タンプリングが早く大きい。
狙撃中隊CP
「ダットサイトに5.8mm…装備がいいな。しかし一組しか斥候が見つからないのがおかしい…」
「中隊長! 潜伏26、定時連絡来ません! ダブルクリックも反応なし」
便りが無いのは良い便り…は、戦場では通じない。潜伏斥候は、少人数で広範囲にばら撒かれる。敵と接触の公算は高く、兵力は少なく、装備は最低限、友軍の支援は望めない。個人の能力と少人数の身の軽さが頼りだ。近接戦闘に陥った時は…。部下の安否は気がかりだが、指揮官としての任務が今は優先だ。
「クソッ、周波数変更、変調キーもだ! 無線は鹵獲されたと思え!」
無線機は、多値変調とFH(フレケンシーホッピング)のデュアルで秘匿性は高いが、鹵獲されたら筒抜けだ。
「運幹、UAV(無人偵察機)要求、最優先で要求しろ! 副長、E/C列挙!前進経路に絞れ! FO、IR併用、監視を強化しろ! 」
CP内が蜂の巣を突っついたようになる。
「おい、G-3へ電話接続。…G-3、こちら狙撃中隊長、潜伏斥候が連絡を絶ちました。MIAの公算大。UAVを要求中です。中隊は…」
部下への情が用語を濁らせる。MIA…戦闘間行方不明…しかし実際には、KIA…戦死…の可能性が高い事は分かりきっている。無線機を処分して離脱中である可能静は否定できないが、潜伏斥候が無線機を失うと友軍の支援を一切受けられなくなる。
CPの外では、斥候小隊の動きが慌しさを増す。幾人かはドライレーションを戻して啜り始める、次ぎは何時食えるかの保証は無い、食える時に食うベテランの知恵。
「中隊長、UAV発進、到着は6分後、チャンネル271で画像取得可能。」
到着までの時間が無限に感じられる。やがてUAVの赤外線画像の転送が開始された。
「UAV1、現地到着」
「こちら狙撃中隊長。26の上空から始めて螺旋状に偵察、じ後C道沿いを願う。送れ」
衛星データリンクが取得した26の最終位置を伝送する。やがて26のOP(観測位置)に2つの赤外線が探知される。
「UAV、ズーム頼む。」
「了」
2つの赤外線を放射している物体がズームアップされる。
「こちらUAV、赤外線放射が…下がりつつあり」
何を言いたいかは誰の耳にも分かる…死体の温度が下がっている…
「クソッたれ! ブチ込んでやる!」
「運幹!落ち着け!」
落ち着けと行ったのは、中隊長が自らに対してだろう。
「運幹、どう判断する?」
「…」
運用幹部と言えば中隊の№3だが、まだ29歳でレンジャーとAOC(上級士官課程)を終了したばかりの血気盛んな青年、やっと中隊長への切符を手にしたばかり、まだまだ現場で揉まれる必要がある。しかし、これを生き残れば将星を手にする可能性も有る。もとよりOCS(士官候補生)の成績も最上位グループだ。だが、この状況で冷静な判断は、少し荷が勝ちすぎたようだ。
「副長、どうだ?」
「複数の大口径銃による集中射撃、それもサウンドサプレッサー装備、他のOPが銃声を拾っていないので、亜音速弾による比較的近距離からと見ます。」
「それだけか?」
「損壊状況から2コ目標に対する多弾同時弾着、ヘッドショットを狙わず胴体に集中、相当な手錬のチームです。銃は4丁以上、おそらく6丁、近間に踏込まれたら厄介です。」
偵察中のUAVからの無線が響く。
「熱源探知、複数」
森林内に複数の輝点が確認できる。
「中隊長、G-3です」
受話器が手渡された。
「中隊長、残念だがこちらでも確認した。野戦砲に臨時目標射撃準備を命じた、そちらで使え」
「了解しました。ありがとうございます」
無線機に声が入る。
「こちら2大隊LO、座標取得完了、射撃目標、前進中の敵歩兵、榴弾、着発、飛翔秒時27秒、準備よし」
「了解…曵火の混用は可能か、送れ」
「可能、送れ。」
「こちらUAV1、目標停止、確認数14、送れ」
「了、やるぞ」
「中隊長待って下さい!81迫、射撃準備完了、飛翔秒時39秒」
「馬鹿野郎!…各砲5発だけだ。初弾TOT(同時弾着)1分前からカウント、準備よいか」
「野戦砲準備よし!」「迫準備よし!」「UAV1観測可能」
「運幹、カウントしろ。26の中島は、お前のレンジャー助教だろう」
運幹にストップウォッチが放られる、仇討赦免状だ。
「了! 初弾TOT弾着1分前!…45秒前…81迫、射撃用~意…射て!…35秒前…特科、射撃用~意…射て!」
ボフッボフッとくぐもった様な迫の発射音が、ドゥーンドゥーンと響く中砲の発射音が響く。
「81迫、射ち終り」
「弾着5秒前…弾着、今!」
「野戦砲、任務終了」
UAVの赤外画像が砲弾の炸裂の熱で真っ白になる。CPにも遠い祭太鼓の様に炸裂音が届き始める。
「10こちら00、11と12を指揮し、26を連れて来い。衛生1名を同行させる。敵部隊との接触の公算大、注意しろ」
「最終弾、弾着…今!」
やがてUAVの画像が鮮明度を増す。
「UAV1、移動熱源なし。引続き偵察する」
斥候10 集結地
「小隊長、待って下さい。今やっと届きました」
弾薬下士官の声に振向く。
「夜間戦闘用のM276暗視用曳光弾です。弾倉で来ました」
M276暗視用曳光弾。通常の曳光弾と違い、肉眼ではほとんど観測できないが、暗視眼鏡を使用すれば確認できる低輝度の曳光弾だ。暗視装置を使用したこの時間以降の戦闘には有利だ。
「助かる。全員、弾薬受領!」
次々と普通弾の弾倉が空き箱に放り込まれ、ダークグレイと黄色の識別色を持つ暗視用曳光弾の弾倉が防弾チョッキ兼用のアサルトベストに収まる。
「12、前進開始!」
5両の軽装甲機動車が前進を開始する。全員が暗視ゴーグルを装備するため速度は速い、まして状況が脳内のドーパミンを垂れ流し状態で血管に送り込んでいるからなおさらだ。
現地到着後直ちに主力を警戒に付け、1コチームが2名の潜伏斥候を収容し、車両に乗せる。じ後は、火砲射撃地域の敵死体の確認に向かう。しかし燃え残る火が暗視ゴーグルの視界を遮る上、つるべ撃ちに撃ち込まれた砲弾で損壊が激しく確認は困難だ。
「00こちら12、敵部隊の確認は明朝実施したい、送れ」
狙撃中隊CP
「こちら00、了、離脱よし」
CP内の空気が澱む、このままでは士気にかかわる。
「おい、何をぼけっとしてるんだ! 弾薬が着いたんだろう、手のあいているものは配分を手伝え。運幹、状況図を最新にしろ。まだこれからが本番だぞ!」
時には発破を掛ける必要もある。掛け過ぎたら副長と先任下士官が宥めてくれる。それが中隊と言う生命体のシステムだ。
「G-3、狙撃中隊長です。2名収容完了、じ後後送します。それとずいぶん陣地地域が暴露しているはずですので、明朝以降配備の手直しをしたいと思います」
「こちらでも考えているが、あれだけの敵が散布センサーにも引っ掛からずに侵入しているのが腑に落ちない。これからレコンを投入する。最新のキルゾーンと潜伏斥候の監視区域データを伝送してくれ。」
「了解、すぐに送らせます」
「中隊長…余計な事かも知れんが、宜しく頼むぞ」
「了。」
斥候10
「00こちら10、収容完了、11を残置、離脱する」
「こちら00、了」
狙撃中隊CP
斥候10の軽装甲車がターボディーゼルのエンジン音を纏い月明かりの中戻ってくる。
「中隊長、アンビ(救急車)準備整いました」
軽装甲機動車から潜伏斥候26の2名が担架に乗せられる。中隊長の手で複式認識票の1枚が外され人事係下士官に渡される。副長が感情を爆発させそうな運用士官の肩を叩き、中隊長の方へ顎をしゃくる。ホルスターに入れた拳銃のグリップを握りしめる姿に指揮官の孤独を見る。 本来ならボディバッグに入れトラックで輸送すべきKIA(戦死)の人員を救急車で運ぶ命令を出す指揮官の心情が痛いほど伝わる。アンビは師団の患者収容所に向け発進する。無言の敬礼の手を下ろす。
「ボケッとするな! 何をすべきか解っているだろう!」
指揮官の叱咤の声は自分自身への声なのだろう。アンビのブラックアウト・テールランプが闇に溶けた。
狩は、始まったばかりだ。
SNIPER