花を編むひと

一章 脱走と花の庭 

 カンナは走った。どこまでも、どこまでも走った。
行く当てなんてなかった。
親は共働きで家にいなし、小学校では浮いた存在だって自覚はあるから友達もいない。
「休み時間はみんなで遊びましょう!」ってなんなんだよ。『休み』時間くらい自分の好きなことさせてよ。
そうして、カンナは走っていた。学校を、抜け出して。

 カンナは足を止める。光るものを見たから。
そして、見つけたのは、ひとりの男の最後の楽園だった。
きらきらと、花が。かぎ針で一つ一つ丁寧に編んだ花が庭一面を飾っている、ともいえないくらいにいっぱい。
きらきら、ばらばら、ちりちり、きらきら。
たくさんの、毛糸の花。それらは多種多様な糸でできていて、ラメの入った糸やマーブル色の糸で編まれていた。カンナには、それがとても美しいものに思えた。
庭の窓や物干し竿に紐を張り、木製のクリップをつけ、それに男が製作したのであろう毛糸の花が飾られてはいるが、しかしそれにも飽きたのか、編んでは芝生の地面に、ぽとり、ぽとり、と落としている。
カンナは芝生に足を踏み入れる。毛糸の花を踏まないように、ゆっくりと。
男が、こちらを向いた。その瞳がふるり、と揺れたように見えた。
「こんにちは、」
「こ…こんにちは。なに、してたんですか?」
「ん~…花を、編んでいたよ。」
「なんで、花を編んでるんですか?」
「だって…きれいでしょ?」
そう言って、男は儚げに微笑んだ。

小学校生活最後の秋が、そうして始まった。

二章 はじまり

 カンナはその日を境に、男の家に通った。
その男はよくみるととても美しい容姿をしているのを、カンナだけが知っている。
濡れ羽色の長い前髪をかき分ければ、良く通った鼻筋と透き通った肌、吸い込まれそうなオニキスの瞳をしていた。カンナにはその男が宝物のように見えた。目を離したら手から零れ落ちてしまいそうな、宝物。
男は頑なに名前を教えてくれないので、勝手に『花くん』と呼ぶことにした。
少女の鈴のなるような声が「花くん」と彼を呼ぶ。すると彼は、「あながち間違いじゃないよ。」と言った。少女が理解することは叶わなかったが。

彼はひたすら花を編む。彼の家の庭のベンチで。
カンナは隣に座り、それを黙って見ていた。

「花しか編まないの?」
「これしか作り方がわからないし、これがすきだから。」
「いつもここにいるの?」
「そうだね。」
「そとには出ないの?」
「…本当は遠いところに行きたいんだ。でも、今の俺にはそれができないから。」
「なんで?病気?」
「病気だったら庭のベンチで毎日こんなことしてないよ。約束なんだ。」
「約束?」
「うん、俺のおばあちゃんとの約束。」
「どんな約束をしたの?」
「それは…秘密かな。日が、暮れてきたね。」
「そーだね。」
「カンナ、もう家に帰りな。この何もない町でも小学生の女の子が夜に一人は危ない。」
「うん、じゃあまた来るね!」

そう言って、少女は笑った

三章 パーティーをはじめよう。

ある日カンナが、
「花くん、今日はパーティだよ!」
と、カンナはそれこそ花の咲いたような笑顔で言った。
「ありったけの紐と、それからクリップを貸して!」

花くん(仮称)がよくよくカンナを観察すると、なにやら大荷物だった。
レースのような柄の大きな紙、折り畳み式のテーブル、同じく折り畳み式の椅子をキャリーケースにくっつけてもってきていたのだった。
彼は、「ふふ、」とちいさく笑った。
カンナちゃんは僕の天使様なのかな、などと思う。首をふるりと降り、「今持ってくるよ」とだけ答えた。

カンナはどうやらこの庭をパーティー会場にするつもりのようだ。俺が「カンナ、それ重いだろ」と手伝おうとすると、頑なに「花くんはずっと花をつくってて!」と、これまた輝くような笑顔で言われてしまったので、いつも通りベンチで花を編むことにした。


少し集中しすぎていたのか、ふと顔を上げると、そこはパーティ会場のようになっていた。
テーブルにはカンナが背負ってきたレース紙が敷かれ、そこには先ほどまで無造作に地面に落とされていたはずの、自分の作ったニットの花々が飾り付けられていた。
カンナはまだ飾りつけの作業中のようだ。庭の木に紐を括り付けてそこに木製のクリップでニットの花々を飾っている。物干し竿はさながら花の滝のようで、無数の垂れ下がった紐にこれもまたニットの花々がちりばめられている。

「できたー!」
とカンナが大声で叫ぶので、俺は「じゃあパーティのはじまりかな?」と言った。きざったらしい言い方をしてしまった気がして、なんとなく自己嫌悪。しかしカンナはそんなことには微塵も気づかずに、お菓子とお茶の準備をしている。

どこから持ってきたのか、マシュマロや小さいマカロンがテーブルの上に並べられている。
メルヘンな家だな。と自分の家の庭のくせに、そんなことを思った。

「なぁ、これどこで買ってきたの」
「ん?百円ショップ。」
「え、全部?」
「うん。意外といろんなもの置いてるんだよ~!昨日の帰りに買ってきた!」
「そっか、すごいんだね、今の百円ショップ。あんまりいかないから俺わかんないや」
「花くんはこのおうちのじゅーにんだもんね」
「引きこもりとも言うな」
「庭には出てるじゃん」
「まぁ…たしかに」
「じゃあかんぱーい!」
「乾杯」

そうして、パーティーは日が暮れるまで続いた。

四章 約束

その日のカンナは唐突だった。
「ねぇ、おばあちゃんとの約束って何?」
「あー…」
俺は言葉を濁す。あまり思い出したくはない、いや、人には話したくない話なのだ。

「なんで花くんは、花をつくり続けるの?」
なぜだかこの子には話しても大丈夫な気がした。なんとなく、なんとなくだが、そう思ってしまった。

「俺のおばあちゃんはね、半年前に亡くなったんだ。」
「…あんまりしゃべりたくなかったの、それでだったかな…ごめんね」
「いいんだ。話させて。俺のおばあちゃんはすごく手芸の得意な人で、編み物をしたり、服をつくったり、そういうのが上手だったんだ。で、半年前なくなった。老衰だったから天寿を全うしたんだとおもうよ。」
「うん。」
「でね、おばあちゃんが俺に言ったんだ、『あの庭を、沢山の毛糸のお花で飾り付けて、お茶会でもしたかったわね。二人で編むのよ。あなたに教えた毛糸の花でお庭をいっぱいにするの。』ってね。カンナにそのことは言ってなかったからそれを知らなかったわけだけど、オレの約束を叶えてくれた。」

「カンナ、ありがとうね。」

「俺はカンナみたいな小さいころ、両親が共働きだったからばあちゃんがたまに世話しに来てくれてて、でも俺なんも恩返しできてなくて…」
「ねえ、花くん、泣かないで」

それまで、全く気付いていなかった。祖母の死から一度も泣けていなかった自分が、泣いていた。

「カンナ、神様とか信じてないけど、でもきっと花くんが頑張ってるから、おばあちゃんがカンナと会えるようにしてくれたんだよ!だから、泣かないで。」
「そうだね、カンナ、ありがとう。」

もうすぐ、冬がやってくる。

五章 笑顔でまた、会う日まで。


「もう冬だね~」
とカンナが言った。てか雪だ。雪が降っている。流石にベンチで編み物をするのはキツイ。

「ねえカンナ、もうここに来るのはやめなよ、俺も外で花を編めなくなる。」
「でも、さみしいよ。」
「春になったらまたおいで。」
「うん!絶対だよ!」

また、会うことがあるかは正直言ってわからない。でも、また春になったら何かが変わっているかもしれない。俺も、カンナも。

だから、今日は笑顔で。

「カンナ、またな!」
「花くん!またね!」
「ねえ!花くんの名前、教えてよ!」
「紫苑、橘 紫苑がオレの名前」
「かっこいい名前だね!」

そうして、冬、雪が降る季節。さよならの季節。

最終章 思い出

一之瀬カンナ、高校1年生。私には忘れられない思い出がある。あれは夢だったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんな、おぼろげな記憶だけど、はっきりと私の頭には記憶されている。

ここには花の庭があった。生花ではない。毛糸、ニットの花々が咲き乱れる庭が。
最後に花くん、いや紫苑くんと別れた後、私は両親にこっぴどく叱られた。
学校から何度も連絡があったそうだ。そして、母の仕事の都合で、中学からは、ここから少し遠い町で暮らすことになる。
だから、ここに来るのは小学生のあの冬ぶりだ。
流石にあの花たちはあの冬以降撤去されたんだろうけど、家はそのままだった。立派な一軒家だったんだなぁと、高校生になった今ならわかる。

 深呼吸をして、目指すはインターホン。キンコン、と軽やかな音が鳴る。
「はい、」
「あの、橘紫苑さんのお宅でしょうか」
「そうですけど」
「あの!わたし、一之瀬カンナと申します!」

そう言った瞬間家からはドン、ガシャン!バタバタ!とすさまじい音が聞こえてきた。

そして、扉は開く。

「カンナ!」
そこには、濡れ羽色の髪はそのままに、短髪で、仕事から帰ってきたばかりと思われるスーツ姿の男性の姿があった。

花を編むひと

ほぼ初めて描いた小説であります。小説とも呼べないような乱文ですが、そのうちもう少し膨らませてみたいなとも思っています。ここまで拙作を読んでくださった方がいましたら、ありがとうございます。

花を編むひと

日常ファンタジー

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更新日
登録日
2017-03-17

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  1. 一章 脱走と花の庭 
  2. 二章 はじまり
  3. 三章 パーティーをはじめよう。
  4. 四章 約束
  5. 五章 笑顔でまた、会う日まで。
  6. 最終章 思い出