赤鼻のサンタ

赤鼻のサンタ

奈美には最近不満なことがある。だから不安にもなる。
 不満だから不安なのか、不安だから不満なのか、とにかく気にくわない。
 そのことを本人に直接言えないのが、また気にくわない。
 親友の友香に相談すると、深刻そうな表情で脅かされた。
「それマズイやつかも。ネットで見たけど、男子って興味のない女子相手だと、返事が遅くなるみたいよ」
 奈美は自分がうろたえているのを感じながら反論した。
「何言ってるの、直樹は彼氏なんだから。彼女に興味のない彼氏って、そんなのありえないし」
 友香は、それもそうかと呟いた後、確認するように奈美の顔をのぞき込んできた。
「既読になってから、どれくらいで返事来る?」
 奈美は返事に詰まった。そもそもなかなか既読がつかないと言ったら、友香が何というか怖かった。奈美の逡巡に、友香は首をかしげながら更に顔を近づけてくる。奈美が小さな声で白状すると、友香は目を見開いた。
「それもっとマズイかも」
 半泣きになった奈美を友香があわててフォローしてくるが、奈美の耳には届かない。自分でもなんとなく分かっていた。もう駄目かも知れない。友香が奈美をなだめながら、優しい声で言った。
「とにかく、ちゃんと直樹君に言った方がいいよ。駄目になった時に、後悔しないように」
 その言葉に、止まりかけた涙が再びあふれ出したきた。

次の日、決心して直樹に気持ちを伝えた。
「返事がないと、怒っているのかなって心配になるから」
 奈美がうつむきがちにそう言うと、直樹も困ったようにうつむいてしまった。   しばらくして、顔を上げた直樹が奈美の目を見て言った。
「ごめん。気が付かなくて」
直樹の真剣な表情に、気持ちがほぐれていくのを感じた。相手のことをどうでもいいなんて考えていたら、こんな言い方はできるはずがない。
「いいの、こっちこそごめん。変なこと言って」
友香の言うとおり、勇気を出して言ってみて良かったと思った。
「できる限りそうならないようにがんばるよ」
奈美は笑顔を作りながらも、直樹の言葉に引っかかるものを感じた。
 何それ、私との会話はがんばらないとできないの?

 あれから、直樹からの返事は少しだけレスポンスが良くなった。しかし、一旦会話が途切れると、なかなか既読がつかないのは相変わらずだ。で、こちらが寝てしまっている真夜中に返事が来ていることがある。
 もう一度直樹に話すべきだろうかと考えている奈美の耳に、ある噂が聞こえてきた。直樹が最近夜遊びをしているという噂だった。同じクラスの男子が、深夜、直樹の姿を見るらしい。それも一度や二度ではないようだ。
 深夜になってからの返事の訳が思い当たった。遊び回っているついでに返事をしているのか、自分の優先順位の低さに落ち込んだ。
 そう思うと、学校で会った時もうまく話せなくなった。なんだかぎくしゃくしてしまい、まっすぐに目を会わせることが出来なくなってしまった。直樹はいろいろな話を振ってくるが、奈美の乏しい反応に会話は途切れがちになる。
 それからしばらくは、直樹の返事は早くなった。このままいけば2人は大丈夫だろう。次の休みに遊園地に行く約束をした。
 遊園地へ行く約束の2日前、直樹はびっこを引きながら登校してきた。聞けば、屋根から落ちたのだという。驚き、心配する奈美に、星がすごくきれいだったからと言い訳するように直樹は言った。遊園地へ行くのは中止になった。
 奈美がまき散らす憤怒を友香は、首をかしげながら受け止めた。
「直樹君ってそんなにロマンチストな男だっけ。でも屋根から落ちて捻挫ですむって運動神経いいんだね」
「地面じゃなくて、ベランダに着地したらしいから」
「そうなんだ。捻挫で済んで良かったじゃない。なに怒っているの?」
「デートの前に屋根に上ってケガするなんて、私とのデートが大事じゃないんだよ」
口をとがらせて言葉を継ぐ奈美に、友香はため息をついた。
「でもケガしたくて落ちたわけじゃないんだから。しょうがないじゃない」
友香の言葉が正しいと理解はしていても心にはわだかまりが残る。奈美は憮然とした表情で親友に告げた。
「別れるかもしれない」
友香には言っていないことがあった。遊園地の中止を決めた時のこと。直樹が右足をかばうように壁に体を預けながら、言いにくそうに切り出してきた。
「なぁ、今度から時間を決めてラインしないか?」
奈美は唇をかみしめてから小さな声で、なんで? と聞いた。直樹はあれこれ言っていたが、納得できる理由はなかった。時間を決めてって、義務感丸出しの言葉に奈美は傷ついた。悔しかった。何日も前から、着ていく服を選んでいた自分がバカみたいに思え、腹立たしかった。
「ラインやめたら解決するかもね」
 冷たく言い放って直樹に背を向けた。初めてのケンカだった。

12/24日、クリスマスイブ。あいにくの曇天模様だったが、街は装飾に溢れ、通り過ぎる人達は皆笑顔だった。肌を刺す冷たい風さえも、はしゃぐように奈美の首元をすり抜ける。
 ケンカをしてから、直樹からのラインは急に増えていた。遊園地の件を必死に謝る言葉に、いたたまれなくなった奈美は、もう怒ってないよと返事を入れた。その後も、頻繁にラインが入ったが、いくつかは既読を残して返事をしなかった。
 でも、今日はクリスマスイブ。
 直樹も以前とは比較にならないくらいラインをくれるようになったし、いつまでも怒っていてはつまらない。夜になったら、ラインをしてみよう。
 夜8時、直樹からラインが入った。
『メリークリスマス』
奈美はスマホを握りしめてベッドに寝転がった。今日の晩ご飯、家族の話、友達のこと。他愛のない話で盛り上がった。そのうちに奈美はがまんができなくなり直樹に電話をかけた。しばしのコール音の後、電話が繋がった。
「メリークリスマス」
奈美の声に、直樹が若干戸惑っているのが伝わった。
「どうしたの? 急に電話がくるからびっくりしたよ」
「直樹の声が聞きたくなって……、なんか騒がしいね、外にいるの?」
スピーカーからもれる女性の声に気付いた奈美は自分が不機嫌になっていくのを感じた。
「誰か、女の人といるの?」
「いないよ、たまたま通りかかった人の声だよ」
「ふ~ん、今日も夜遊びなんだ……」
さっきまで確かな物と感じていた直樹との絆が、独りよがりの幻想のように思えた。
「違うよ、出歩いているのには訳があるんだよ」
奈美の不機嫌を感じたのか、直樹の声が熱を帯びてきた。
「訳って何」
「それは……」
黙り込んだ直樹の表情が見えるようだ。
「じゃあね」
奈美はスマホの電源を切って枕元に放り出した。そのまま枕に顔を埋める。
初めての彼氏だったのに……
直樹との楽しい思い出がいくつも脳裏によみがえってきて、声を押し殺して泣いた。
 奈美は体をぶるっと震わせて目を覚ました。泣きながら寝入ってしまっていたようだ。時計を見ると、もう真夜中だった。少し開いていた窓を閉めようとしたとき、空からの贈り物に気が付いた。聖なる夜のホワイトクリスマス。
 こんな夜に、彼氏と別れるかもしれないと考えると、また気持ちが沈んだ。
 どこか遠くの家からだろうか、クリスマスソングがかすかに聞こえてくる。音楽に合わせて、奈美は口ずさんだ。リズムを取っているうちに、気持ちが少しだけ上向いた。クリスマスソングに合わせるように、シャラシャラという音がしていることに気が付いた。その音はだんだん近づいてくる。なんの音だろう。
 窓から身を乗り出すようにして、音のする方をのぞき込んだ。光が見えた、あれは自転車? こんな雪の中、クリスマスイブの深夜に自転車がヨロヨロと走っている。自転車は奈美の家の前で停まり、運転者がこちらを見上げた。
 奈美と目が合うと、直樹は小さく笑った。
 奈美は寝静まる家族に気付かれないように、静かに玄関のドアを開けた。
「直樹、何してるの」
頬と鼻を真っ赤にした直樹にささやいた。直樹の家は、ここから20km以上は離れている。
「だって電話しても電源が入ってないみたいだし、だったら直接くるしかなくて」
「直接って!?、だいいち捻挫も完全に治ってないんでしょ」
「うん、だから思ったより時間がかかっちゃって。でも今夜のうちに話しておきたかったんだ」
 奈美はしんしんと降り積もる雪の中、直樹の話を聞いた。最初に驚いて、その後笑って、最後には直樹を抱きしめたくなった。でもそんな大胆なことは恥ずかしいので、直樹の手を握った。凍るような冷たい手に驚き、奈美は両手で包み込むようにそっと握った。
 直樹の家は、スマホの電波の入りが悪い。短く言うと、ただそれだけの話だった。そのことを奈美に知られると、気を遣って連絡をしてこなくなるかもしれないと直樹は思ったのだそうだ。連絡のありそうな時間になると、家を出て、電波の入るところまで毎晩出歩いていたという。自宅の屋根の上だと電波が入ることを発見した直樹だったが、ケガをして以降、両親からひどく怒られたらしい。
「それなら、そうと言ってくれれば良かったのに」
奈美があきれてそう言うと、直樹は急にうつむいた。
「初めての彼女だから、大事にしたくて……」
奈美は顔の火照りをごまかすように空を見上げた。奈美の視線につられるように直樹も空からの使者を見上げた。直樹の顔はすごく幼く見えた。鼻なんか真っ赤っか、まるでトナカイだね。奈美は小さく笑った。
「さてと、じゃあお父さん起こしてくるから、待ってて。車に自転車乗せて送ってもらうから」
奈美の提案に、直樹は動揺したように首を振る。
「いいよ、自転車で帰るし、こんな時間に迷惑だよ」
「駄目、とにかく待ってて。大丈夫、お父さん怖くないから」
痛む足を抱えた直樹を雪の中戻らせるなんて、彼女としてできない相談だった。
絶対、待っててね、直樹に念押しして、家の中に入る。両親の部屋に歩く途中で、友香にラインを送った。

『連絡遅い男子も悪くないよ 奈美』

家の外で盛大なくしゃみが聞こえた。
奈美は笑いをかみ殺しながら、部屋のドアをノックした。

赤鼻のサンタ

赤鼻のサンタ

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-03-16

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