カモメ
許し難い。なんとも拭えない感情。
僕はなんだかやるせない曇天の中、欄干から滑るように水面の上を飛ぶ1羽を眺めていた。
鉛色の空の重たい淀んだ空気の中、それは悠々と滑空している。
白い体と、先の黒い羽根。
大きく広げては、堂々と飛ぶ。
今の僕の心境と不釣り合いなその姿を、少し羨ましく思いながらただ眺めていた。
あれはカモメだっけ?
何となく昔図鑑であんな鳥を見たような気がする。
自信も無いのでおもむろにスマートフォンを取り出して、調べてみる。
水辺の鳥と検索をかけると並ぶ写真たち。
その中であれと特徴の合うものを探す。
確かに、カモメだった。
僕は何だか急に興味が湧いてきて、カモメについてのそのページを真剣に読み始めた。
読み進めていくと、ある一説で目が止まった
『ほかの鳥類が捕らえた獲物を横取りすることもある。』
あんなに爽やかな白い体で、吹き抜ける1陣の風のような羽ばたきでそんな事をするのか。
なんとも意外性が勝って、もう1度カモメの方を見た。
滑らかに、だが力強く振るわれた翼は、そんなことをせずともいいような気がした。
随分と凛々しいその姿に、この話は嘘ではないかと思えるほどに。
それの跡には清々しい風が駆け抜けた。
その風に煽られてか、頭がすっと整理された気がした。
先ほど僕に起こった信じ難い出来事を、少し客観的に見れる気がした。
僕は先刻、初めてできた恋人にふられたのだ。
僕は彼女といることが心地よいと感じていたし、彼女もそうなのだと思っていた。
しかし現実は違った。
彼女は僕に言ったのだ。
「他に好きな人ができた。」と。
彼女にとって、落ち着く場所は、恋焦がれ求める場所は僕ではなかったのだ。
そうやって彼女の情が移りゆき、変わりゆくものに僕は何一つ気がつけなかった。
彼女は涙しながらただ、ごめんなさいと言った。
その時の僕はというと、ただ情けなく下を向くことしか出来なかった。
その沈黙に耐えかね、彼女は僕を残し、もう1度ごめんなさいと告げ、行ってしまった。
ただただ何も受け入れられずに僕は呆然とそこに立っていた。
その自失を壊したのは携帯の着信音だった。
突如として僕の意識を奪った音に少し慌てて、通話ボタンを押した。
電話の主は僕の親友であった。
「もしもし、今時間いいか?」
翳りの見える今まで聞いたこともないような声が聞こえた。
異様な空気を悟り、僕はその場に居直った。
「すまないが、手短に頼む。僕は今それどころじゃなくて……」
僕の言葉を遮るように彼は言った。
「ハルから振られただろ。」
感情を殺すように、押しつぶすような声で。
「どうしてそれを。」
まさか。
「すまない、俺なんだ。すまない。」
それだけで全てを悟った。
「寝たのか。」
自分でも驚くくらいに冷たい声が出た。
電話口の向こうで、か細く肯定の声が聞こえた。
僕は堪えきれずに電話を切ってしまった。
あれから数時間たつが、怒りと哀しみは落ち着く気配もない。
ああ、そうか。
お前も、あのカモメのように。
爽やかに、潔い好青年の振りをして、僕から大事なものを奪っていったのか。
そう思うと、今までで見ていたカモメがなんだかくすんだ白に、醜い鳥に見えてきた。
それからというもの僕はカモメは好きになれない。
カモメ
好きな公園にはたくさんユリカモメがいます。