七夕物語

季節外れの七夕物語です。

 
 昔々あるところに天を支配する天帝様がおりました。
 天帝様には自慢の1人娘がおりました。娘の名前は「織姫」

 機織りの神で、彼女の作る反物は七色に光り、その手触りは絹にも勝ると評判でした。織姫様は働き者で一生懸命機織りの仕事に精を出しておりました。

 織姫様が年頃の娘になり、天帝様は織姫様のために婿を選びました。しかしどんなに良い婿を選んでも縁談はうまくいきません。

 織姫様の姿を一目見ると言葉を失いました。そして一緒に暮らし始めると婿は織姫様の元から逃げていきます。

 天帝様がどうして逃げだすのかと問うと、婿は恐る恐る天帝様に言います。

 「織姫様は私にはもったいない方です。きっと私よりもふさわしい婿がいます」

 織姫様に聞いても
 「婿様は私に触れようとしません。きっと天帝様を恐れて触れてこないのでしょう」
 というだけです。


 1人、また1人と逃げ出し、とうとう織姫様の婿に迎えた男は全員逃げ出してしまいました。
 最後に残った婿は川向かいに住んでいる牛飼いの少年でした。


 天帝様は牛飼いの少年だけは織姫様の婿に迎えたくないとお考えでした。
 牛飼いの少年は正直で働き者でしたが、異性に興味を示しませんでした。
 そんな男が織姫を幸せにできるはずがない。きっと織姫は相手にされず毎日泣かされる事だろう。
 愛する娘が毎日泣かされるのは、我慢できなかったのです。

 ですが、婿たちが逃げ出してしまい、もう牛飼いの少年しか残っていません。天帝様は仕方なく、牛飼いの少年と織姫様を引き合わせることにしました。

 天の川が穏やかになる時期。
 天帝様は織姫様を船に乗せて牛飼いの少年に会いに行かせました。

 向こう岸で待つ牛飼いの少年。
 織姫様は向こう岸で待つ牛飼いの少年の姿を見ながらこの縁談もきっと破断すると心を痛めました。

 もしこの縁談が破断したら、織姫様は永遠に誰とも結ばれません。
 徐々に輝きを失いながら儚く消えてゆくのです。

 船から降りて織姫様が牛飼いの少年に言います。

 「初めまして。牛飼い様。織姫と申します」
 
 「ああ、何と美しい姫君。あなたのような美しい方を見たことがありません」

 織姫様はびっくりして牛飼いの少年を見ます。

 「私は天を司る天帝の娘です。それなのに牛飼い様は父が恐くないのですか?」

 「この縁談は天帝様からの贈り物です。それなのにどうして恐がる必要があるのですか?」

 「他の婿様は父に恐れをなして、私には触れませんでした。きっと私に触れると父の怒りを買うと思っているのです」

 織姫様は涙を流しながらそう言います。

 「きっと恐れたのは天帝様ではなく、織姫様の美しさです。あなた様の白く美しい肌、柔らかい頬。きっと誰もが織姫様に触れたいと思った事でしょう。ですが、貴女様に触れてしまえば、貴女様は砂のように壊れてしまう。だけど見ているだけでは耐えられない。そんな葛藤と戦った男どもをほめてやらねばなりません」
 
 牛飼いの少年は織姫様の手をそっと握ってこう言います。

 「織姫様を見ているだけなんて我慢できません。こうして手を取り貴女に見つめられるだけで、私の頭の中は織姫様でいっぱいです。あなたさえいれば他には何もいりません」

 織姫様は牛飼いの少年の愛の言葉に虜になってしまいました。

 「牛飼い様・・・」

 天帝様の心配をよそに、織姫様と牛飼いの少年は恋に落ちました。
 2人の相思相愛ぶりに天帝様はしぶしぶ結婚を許しました。

 それから2人は毎日楽しく暮らしました。
 しかし川向こうで姫の身を案じる天帝様は、毎日織姫様の事ばかり考えておりました。
 今頃泣かされているのか、それとも牛飼にひどい事をされているのか、気が気ではありません。
 どんなに天帝様が心配しても織姫様は何年も戻ってきません。


 “長い間織姫が帰ってこないのは心配だ”
 


 天帝様はしびれを切らして2人に会いに行きました。
 川向かいにいたのは牛飼いの少年だけです。

 天帝様は牛飼いの少年に尋ねます。

 「私の可愛い織姫は一体どこに行ったのだ?」

 牛飼いの少年はにこにこしながら答えました。

 「はは、嫌だなぁ。天帝様。あなた様の大事な娘ならあそこにいるではないですか」

 そう言って牛飼いの少年が指差した先には一頭の牛が気持ちよさそうに日向ぼっこをしています。

 「あれが私の可愛い娘だと!?あの牛が織姫だと言うのか!?」

 天帝様は牛を指して言いました。
 
 「その通りでございます。ああ、いつ見ても美しい織姫様。一目見た時から私は織姫様の虜です。織姫様を見ているとあまりの美しさに仕事も忘れてしまうほどです」

 「ふざけるな!あんな醜い生き物が娘なわけがないだろう!?確かに結婚前から少しふっくらしていたが、姫のあご肉はあんなにたるんでなかったぞ!腹もあんなに出てなかった!何より姫の顔はあんなつぶれた饅頭みたいな顔じゃない!」

 声を荒げる天帝様。ですが牛飼いの少年は姫と呼ばれた牛を見てうっとりしています。

 「日に日に美しくなっていく姫様。これ以上美しくなられたら私は本当にあなたに見とれて仕事ができなくなってしまう。どうかそれ以上美しくならないでください。これからもあなたのために毎日干し草のベッドを作り、最高級のえさをあげ、毎日あなたのために歌を歌います。これから先も大事に育てます。ですから、どうかそれ以上私の心をかき乱すのはおやめください」

 牛飼いの少年は織姫様に愛の歌を捧げます。織姫様は牛飼いの少年の歌をうっとりとした顔で聞いていました。

 「あなたにはどんな牛もかなわない。最高の私の家畜です」

 幸せそうに頬を染めて牛飼いの少年が言います。


 天帝様は牛飼いの少年の言葉にすっかり腹を立ててしまいました。
 そして結婚前よりもぶくぶくと太り、もはや人というには余りにも奇怪な生き物と化した織姫様を無理やり船に乗せると2人を別れさせてしまいました。

 悲しむ2人に天帝様はこうおっしゃいます。

 「牛飼いよ。お前が心を入れ替え、姫の幸せを本当に考えると言うのなら年に一度姫に会わせてやろう。姫よ。お前が人に戻るというのなら年に1度牛飼いに会わせてやろう」

 牛飼いの少年は毎日牛を見ながら織姫様を想い、織姫様は毎日自分の姿を鏡で見ながら牛飼いの少年の事を想いました。

 日に日に痩せて綺麗になっていく織姫様に、逃げ出した婿達が言い寄ってきます。

 「美しい姫君。私は貴女の元から逃げ出しましたが、今でも貴女の事を想っています」
 「織姫様。あなた様のために毎日歌をささげます。どうか私の手をお取りください」
 「織姫様を深い悲しみから救い出して差し上げます。私が悲しいことも嫌なことも忘れさせて差し上げます」
 「貴女が望むのならば何でも手に入れてまいります。ですからどうか私のものになってください」

 どんなに言い寄られても織姫様は決して誰の事も好きになりませんでした。

 「私の心は牛飼い様だけのもの。牛飼い様さえいてくれれば私は何も要りません。誰も牛飼い様の代わりなど出来はしません。私が欲しいのは牛飼い様のお心ただ1つだけ」

 織姫様は年に1度牛飼いの少年と会えるその日を楽しみに天帝様からの言いつけを守ります。

 しかし、無情にもこの時期は雨季の季節と重なります。毎年毎年川は大洪水でした。
 ようやく向こう岸に渡れる年が来て、織姫様は嬉しくて朝早くから牛飼いの少年のためにおめかしをしました。


 この日のために一生懸命織った着物、髪には美しい髪飾り、牛飼いの少年からもらった大きな鈴(カウベル)を首につけて船に乗りました。
 向こう岸にはあの時と変わらぬ姿で牛飼いの少年が織姫様の到着を今か、今かと待っています。
 
 織姫様は何年かぶりに会う牛飼いの少年の姿に心臓が高鳴り、胸が熱くなります。
 ギィっと音を立てて船が岸へ着きました。

 「お久しぶりでございます。牛飼い様」

 愛おしい牛飼いの少年に出会えて、織姫様は嬉しさで涙ぐんでしまいました。
 ところが牛飼いの少年は織姫様を見るなりこう言いました。

 「織姫様、申し訳ありませんが私はもう貴女の事を愛せません」
 
 織姫様は悲しくて泣き出してしまいました。そして泣きながら牛飼いの少年に尋ねます。

 「どうしてですか?織姫がいない間に牛飼い様は変わってしまわれたのですか?織姫の他に好きな人が出来たのですか?織姫は一日たりともあなた様の事を忘れたことなどございません」

 牛飼いの少年が静かに答えます。

 「変わったのは私じゃない、貴女の方だ。そんなガリガリに痩せた貴女の姿なんて見たくなかった。裏切ったのは私ではありません。貴女の事はもう愛せない。さようなら織姫様」

 去っていく牛飼いの少年に織姫様は涙が止まりませんでした。
 泣きながら帰ってきた織姫様を天帝様は慰めます。婿達も織姫様を慰めますが織姫様の悲しみは深くなるばかりで、心の傷は癒えません。

 何年経っても織姫様は泣いてばかりで、仕事をしなくなりました。
 そのうち機織りは錆つき、蜘蛛の糸がかかり、織られた反物は色を失いくすんでいきます。
 そんな機織りを見て、織姫様はさらに落ち込んでしまいました。
 働かなくなった織姫様の体は徐々に大きくなり、元の巨体に戻っていきました。しかし織姫様は牛飼いの少年の事ばかり考えていて、自分の姿を鏡で見ても全く気がつきません。


「あんなにお優しかった牛飼い様はもう私の元へは帰ってこない。それなのに牛飼い様が愛おしくて仕方がない。せめて一目だけ。一目でいいから牛飼い様に会いたい」


 織姫様は重たい体を引きずって川辺に足を運びます。

「私の瞳にはあなた様の姿が映っている。でももう2度と会えない。あなた様の事が忘れられず今でもこんなに想っているのに、あなた様はもう私には見向きもしてくれない」

 川向かいで牛の世話をする愛おしい人の姿を見るたびに織姫様はつらくなり、涙を流します。
 その涙が川に落ち少しずつ水を増幅させていきました。

 織姫様の姿を川向かいから見ていた牛飼いの少年は再び織姫様に恋をしました。

 ですが、織姫様は船に乗って牛飼いの少年に会いに行くことはありません。
 水かさが徐々に増して川の流れが速くなり、船で渡ることはおろか川に近づくことすら出来なくなりました。

 
 牛飼いの少年の姿を見られなくなった織姫様は、姿が見られないのならばせめて夢の中でと、深い眠りに落ちてしまいました。
 一方牛飼いの少年は、川向かいにいた織姫様の姿が見えず、毎日悲しい想いで過ごしていました。そしてとうとう織姫様に会いたいと、川に船を浮かべ向こう岸へと渡り始めました。


 荒れ狂う川の流れが行く手を阻み、風を吹かせて船を飲み込もうと波を立てます。必死に風と波に耐えながら、牛飼いの少年は川を渡っていきました。しかしそれ以来、牛飼いの少年の姿を見たものは誰もいません。

 7月の雨季の時期、時々川の流れが緩やかになり白い光の塊が船に乗って渡っていく姿が見られると言います。
 その姿を見たカップルは永遠に幸せになれるのだとか。

 遠い遠い星物語。
 織姫様と牛飼いの悲しい恋の物語――。
 (おしまい)
 
 

七夕物語

七夕物語

織姫様と彦星様の切ない(?)恋の物語です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-29

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