スペースドライブイン 『虹』

絵里子

不機嫌なおじいちゃん

ネットテレビで流れる映像を眺めながら、おじいちゃんは不機嫌な表情で、なにごとかつぶやいている。
「あんなやつらに、なんでワシの自慢料理を食わせにゃならんのじゃ~~」
 ぐももも~~~!!
こぶしが握りしめられている。
あたしは、おじいちゃんを見上げた。
 ネットテレビの取材が入ってくると言うのに、おじいちゃんは、いつもの白い和服に、はちまきをしている。店をのぞきこむと、異星人の客がまばらに見えていた。
「じっちゃん、あんなやつらって?」
客の一人が声を掛けた。
「やつらじゃよ! マスコミじゃい!」
源三じいちゃんは、不機嫌に言い捨てた。
「へー、マスコミも、よほどネタがないんだな」
と、頭のアンテナを揺らしつつ、肌の青いゴッキー。常連客だ。口元の笑みは絶やしていない。
「これで連邦国内にも、あんたのじっちゃんの料理が広く知られるわけだ。この宇宙ドライブイン【虹】も、発展するだろう」
 この宇宙ドライブイン【虹】は、平凡な宇宙ステーションだ。銀河連邦の主要交通網に位置しており、それなりに客も入るがさびれかけたドライブインである。 
 依頼が来た当初は、
「いやなものはいやじゃ」
と、断固拒否していたおじいちゃんだったが、ゴッキーたち常連に説得されて、しかたなく受け入れた。今日がその取材の当日なのだ。
「ほら、あれを聞けよ」
ゴッキーが、奥のテレビのスイッチを入れた。マイクを手にした女性レポーターが、興奮しきった口調で怒濤のように喋っている。わたしはあわてた。
「もう放送してるの?」
「当たり! ガチ放送らしいぜ」
「冗談でしょ? まだ何の料理を出すかも決めてないのに」
おじいちゃんの自慢料理は、三つある。
卵料理、肉料理、野菜料理である。
そのうちのどれを出すの? と聞いてみたところ、
「うむ? うーむ」
まだ悩んでいるらしい。早く決めないと、仕込みもあるのにと、あたしは内心、やきもきした。
 辺境小惑星【海の中道】テレビのロゴをつけたホバークラフト型宇宙船が、こちらに向けて降りてくる。超合金の道に圧縮された空気が押し出されてきた。その宇宙船から手を振っているのは、たしかにレポーターのクレダである。ときおりキーンという空気の音に混じって、まいうーという声が聞こえてきた。芸人エイフの、満足げな声なのである。
「――源三さん!」
レポータークレダは、外に出てきたあたしとおじいちゃんの姿を見つけたらしい。
「さあさあ、どいてどいて」
上空のクレダが、集まってきた野次馬を、シッシッと追っ払う。
ふうわりと道路の真ん中に車を止めようとしたとき、野次馬の一人が車を避けようとして、転んでしまった。
「危い! どいて!」
 レポーターの宇宙船が、野次馬のまんなかに突っ込んでいく。
 わーっと野次馬が、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「もうっ! クレダさんったら!」
 あたしは、そっちの方に駆けだしていく。全自動の宇宙船は、ときどきコントロールを失ってしまうことがある。もちろん無重力装置はついているから乗客は無事なのだが、その無重力装置の反動で、超合金でできた地面がへこむこともあるのだ。野次馬が大けがをしかねない。と思っていたら、その宇宙船のちょうど真下に、おじいちゃんの姿が!
「アーッ!」
 だれかが叫んだ。あたしは、思わず目を閉じた。
おじいちゃん! 無事でいて!
目を開けると―――宇宙船は、上空を西の方に移動しながら、駐車場へと降りていった。
「早くそうすりゃよかったのよ、ばか!」
クレダに対して、むちゃくちゃ腹が立ったが、そのまま駆け寄る。
「あ~~~、面白かった。いまのみんなの表情、バッチリネットで放送されましたよ! ぐんぐん視聴率が増えてます! この調子で、どんどんいい映像をお願いしますよ」
 クレダは、にこにこ上機嫌であった。
二十代前半のクレダにとっては、こういう事件は自分の手柄になるのだろうが、あたしにとっては心臓がバクバクものだ。あたしは、近づいてクレダたちを検分した。
「みなさんおケガ、ありませんでしたか? ―――よかった、無事で済んだんですね。おどかすのもいい加減にしてくださいよ」
「面白かったでしょ?」
クレダは、カエルの顔に水、という状態だった。あたしは、一瞬でも優しい言葉をかけたことを後悔した。
 そこへ、例のお笑い食レポ芸人が現れた。小太り、目が細くて人がよさそう。
「学校はどしたの?」
 わりとまともなことを言うので、
「今日は、学校の創立記念日でお休みです。祖父をよろしくお願いします」 と答えると、エイフはポッと顔を赤らめた。
「か、かわいい……」
 キモいよ。

「さあ見て下さいこの景色!!!! 絶景でしょう?」
クレダがテレビカメラを誘導して、虹に輝くアステロイドベルトを映し出す。
「どうですエイフさん、ご感想は?」
「早く食いてー」
ここ宇宙ドライブイン【虹】は、宇宙トラッカーたちにとっては憩いの場である。ここに来て、この氷虹(ひょうこう)のリングを見ないでおくなんて、もったいないという気持ちにならないのだろうか。
 常連さんは、マスコミに追い散らされてしまった。おじいちゃん、何を食べさせるつもりなのかな。
おじいちゃんは、ガチガチの料理人だ。たかがドライブインの料理と思うのだが、それでも本人にとっては、料理は誇りなのだ。
さて、今回もおじいちゃんは、なにやら料理の材料を仕込むために、いろいろ準備をしているようだが……。
こっそり、おじいちゃんをカメラの外に押しやって、耳元でささやいた。「いったい、どうするつもり?」
「どうするって、料理するんじゃ。それが仕事じゃい」
「う……、でも、色々あるじゃん、料理だって」
「心配するな、宇宙熊の料理をしようと思っておる」
「宇宙熊を手に入れるのって、大変だったんじゃない?」
「猟友会で手に入れたんじゃ」
「猟友会……、ああ、【海の中道】の猟師さんの集まりね。おなじみさんじゃないの」
「そうじゃ。この間、緑ゆたかな銀河連峰を荒らされて困ってるって話が出ての。数が減ってきたから保護をしたが、こんどは増えすぎたっていう。あのとき、宇宙熊を料理するって話がでたんじゃ。かれらから泣きつかれてのお。どんな料理法でもいいから、片付けてくれって言われて、その熊どうやら、メスだったらしい。妊娠中だとさ」
「ひどい話ね」
「なにを言うか、宇宙熊は出産間近のが一番うまいんだ。胎児をそのまま食うのが通なんだぞ、と猟友会の連中は言っておったがな」
「それじゃ、その宇宙熊料理を食べさせてくれるんですね!」
 いきなり、クレダが話に割り込んできた。目は期待にランランと輝いている。となりのエイフは、のーんびり、ぼ~っとした顔だ。
「あなたのところでは、人工食ではなく、自然食を出すのが特徴だとおうかがいしています。期待してますよ! ねえ、エイフさん!」
エイフのほうは、ヒクッとしゃっくりをした。
 食べる前から味を想像して、食傷ぎみなのかもしれない。
 キッチンでフライパンが熱せられる。
大きな肉が、運ばれてきた。あたしの手のひらぐらいはありそうだ。
 じゅっ!
油がはじける音とともに、ごつごつした肉が焼ける匂いがした。
すごいうまそうだ。
宇宙熊の本物は、テレビでもライブでは滅多に見られない。
となれば、クレダとエイフの興奮は、見ていてもビンビン感じている。
「どうやって料理するんですか?」
クレダがおじいちゃんにマイクを向ける。
「まずは、胎児の腹を切る。そこに香草やスパイスを詰め、肉全体を焼いて、醤油とみりんで味付けするといいのじゃ」
 とは、おじいちゃん。
「いい匂いが漂ってきました! あと何分ぐらいで出来ますか!」
「そうじゃな、五分ぐらい見てもらおうか」
「それなら、その間にここの宣伝をお願いします」
「ああ、それはあたしが」
 不機嫌な顔になったおじいちゃんに代わって、あたしが立候補した。
 カメラに向き直り、丁寧にお辞儀する。
「みなさんこんにちわ! 藍川モトコです。ここは銀河連邦の主要交通網に位置するドライブインで、景色と料理が自慢です。どうか是非一度、お越し下さい」
 
 とかやっているうちに、どんどん料理のおいしそうな匂いがしてきた。
 見るからにエイフは、よだれを垂らしそうな顔をしている。
「よーし、できたぞ。さあ、食べてみてくれ」
 おじいちゃんは、自信満々に皿に載せた料理を差し出した。
 エイフは、一口食べた……。
「どうです?」
 と、クレダ。
「…………」絶句しているエイフ。
「数値にして、どのくらい?」
 クレダに聞かれても、エイフは、目を白くしている。
 ピコピコピコ……。
 エイフの頭から、湯気が出始めた。
「わーっ! エイフが、故障した!」
 クレダは叫んだ。
 カメラが止まり、スタッフが駆け寄ってエイフを抱きかかえる。
「カエルぴょこぴょこ みぴょこぴょこ 合わせてびょこぴょこ むぴょこぴょこ」
 エイフが、訳のわからないことを言い始めた。
「…………エイフったら、アンドロイドだったのね」
 あたしは、すっかりあきれて言った。
「アンドロイドに、グルメ番組を担当させていたのね!」
「わ、視聴者にバレちゃった!」
 クレダはオロオロしていった。
「どうしよう、あたしクビだわ!」
 というわけで、マスコミの取材はそこまでになった。
 さっさと引き上げていく一行を見ながら、おじいちゃんはニヤニヤ笑っている。
「これに懲りて、二度とここには来んじゃろう」
「いったい、料理に何を混ぜたの?」
「隕石の磁石さ。あいつがアンドロイドだって噂を猟友会の連中から聞いての、ひと泡吹かせるつもりじゃったのさ。もちろん料理は人工食。子熊を料理なんかしちゃいない。ちゃんと保護施設に入れてもらっておるよ」
「なーんだ」
 あたしは思わず、笑ってしまったのだった。

スペースドライブイン 『虹』

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