明治、『快諾屋』

序章

「一八六七年慶応三年、江戸時代の最後の将軍である徳川慶喜が朝廷に対し、大政奉還という事を行った。これにより、朝廷は大久保利通らが作成した『王政復古の大号令』を宣言した。これらを『明治維新』という。『明治維新』は__________」
多くの生徒が退屈する午後の授業、そして日本史の授業。理由は簡単だ。過去を振り返ったところで、どうすることもないと感じているからだ。今が平和であればそれで良い。しかし、そんな怠惰ムードが蔓延している教室に、爛々と目を輝かせる華の女子高校生が。
彼女の名は橘 いろは。今やもう、あまり聞かなくなった歴史が大好きな少女、『レキジョ』だ。後ろの席ながらも黒板を見つめる視線は歴史を学ぶ意欲に溢れていた。

「明治時代には有名な文化がたくさんできた。鹿鳴館という建物も有名だな。そのほかにも、欧米からの影響も受けている。宗教観にとらわれない文学というものもある。じゃあ、明治時代の有名な作家、誰か知ってるヤツはいるかー?」
すると次々とやる気のなさそうな声が飛ぶ。

「夏目漱石ー」
「あ、私森鴎外っていう人知ってるー!」
「私も〜!中学の教科書に載ってたよね」
「太宰治なんてのもいたよな」
「いや、それ大正だし」
「福沢諭吉」
いろははこの時を待っていた。大きく息を吸い込んで思いっきり叫んだ。

「________泉鏡花!!」

ガタン
勢いよく立ちすぎて椅子を倒してしまった。
教室に沈黙が走る。みんなの視線が彼女に集中する。そして次の瞬間、生徒全員が思ったこと。

(____________誰?)


同時にチャイムが鳴る。その聞きなれた音程がいろはの胸に突き刺さる。
「終わりだな。次の時間、続きやるから教科書準備しとけよ。」
はーい、と先程とはかけ離れ過ぎの初々しい返事。もう下校の時間だった。


「あははははははっ、なに?さっきの泉ナントカって」
「し、失礼な…泉鏡花だって。明治の文豪。」

そう言うと、いろはの気の置けない親友である目黒(めぐろ) 琴音(ことね)は面倒くさそうにカールがかかった艶のある黒い髪をいじり始めて、
「またその話?あんた好きだよねぇ。ブンゴウ?」
と、言った。
「だって……面白いし」
琴音の言葉に反応する気も失せたいろはは、ただそう言って俯いた。
「まあ、否定はしないけどね。あんたのシュミだし」

そう、私にとって文豪は、文学は、欠かせない存在。いつもどんな時でも楽しませてくれる。
時々垣間見える人間性、どことなく現実味がない不思議な世界、非常に巧妙な言葉遣い、見たことのない漢字。それらは、時代をしらない私の心を奪うには十分すぎる物だった。そんな文豪の話が出てきた今日の授業は天国かそれ以上だと思う。なのに、

「………発言、失敗した」
「そんな落ち込むー?」

泣きそうな私の前でケラケラと笑う親友。時計を見るともう完全下校まであと五分。

「やばっ見附にしばかれる」

見附とは、担任の見附(みつけ) 祐樹(ゆうき)先生のことだ。社会の先生で私達は先程まで先生の授業を受けていた。二十五歳ぐらいで若いのに仕事熱心でちょっと怖い先生。でも私は結構好きなほう。まず、社会という教科を教えている時点で好感しかない。なんて考え事をしている暇は無く、

「いろはー!早くして、行くよ」

もうすでに屋上から中へ入ろうとしている琴音の声にやっと気付き、

「_____今行く」

安易な返事をして鞄を持ち、駆け寄った。

明治、『快諾屋』

明治、『快諾屋』

「_____明治時代って、こんなんだったの!?」 歴史と日本文学が大好きな少女、橘 いろはは、とある理由で明治時代にタイムスリップしてしまう。 現代とは遥かに違う文化に戸惑っていた。そんな彼女をたすけたのは、その時代の若き天才作家、|由木《ゆぎ》 |馨《かおる》だった。彼は、作家の副業として現代で言う探偵をしていた。だが、一匹狼である彼にとってそれは困難で___。助けて貰ったお礼に彼の家に住み込みで探偵の助手をする事になって…!? ____時は明治。それこそ苦難の連続で……。 疾走感溢れる時代を超えたミステリーラブストーリー _____さあ、明治時代を駆け抜けろ!!

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-03-10

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