酸素が足りない街で 最終章 硬い手が柔らかくなった話
少女は思ったよりも軽かった。それでもとても持ちにくかったので、数歩歩くごとに立ち止まって持ち直さなければならなかった。まるでジャンケンして勝った人が決まった歩数進める遊びのように。ほとんど進んでいないのに息が上がった。この街には、酸素が足りないのだ。だから空気マンボウは外へ出られないのだ。当たり前のことなのに、初めて気づいた。
やっとのことで家に帰ると、空気マンボウが玄関で待っていた。答えは最初からここにあったのだ。
僕は空気マンボウにキスをした。
そしてそのまま口に空気を吹き込んだ。一回り大きくなった空気マンボウを窓辺に連れて行き、窓を大きく開け放った。空気マンボウはゆったりと外に出て、こちらを振り返った。その小さな口が初めて大きく開かれた。
一瞬にして、僕らはその口の中に吸い込まれてしまった。空気マンボウの中は不思議にも暖かかった。かすかな圧力を感じ、空気マンボウが加速しながら動いているのがわかった。どこへ行くのだろうか。どこでもいい。ここよりは、よい所へ。時間のない世界へ。
気づくと、少女はカチコチ言わなくなり、やわらかい手が僕の腕を握っていた。少女はいつの間にか歌を歌っていた。始まりも終わりもない歌を。
時間を止めようか
一緒に古本屋でかくれんぼしよう
酸素が足りないこの街で
君と彼女の歌声に酔ってしまいたい
それから どこ行く?
月の都もいい 深海の街でもいい
流れがない世界 時間がない世界
酸素が足りない街で 最終章 硬い手が柔らかくなった話