酸素が足りない街で 第一章 真夜中に耳鼻科の診察を受ける話

時間を止めようか

一緒に古本屋でかくれんぼしよう

酸素が足りないこの街で
君と彼女の歌声に酔ってしまいたい

それから どこ行く?
月の都もいい 深海の街でもいい
流れがない世界 時間がない世界
                  ゆおんさん(@kuru213)から




時計の調子が悪いことに気付いたのは一週間前だった。
学校へ行こうとしてもなぜかいつも着くのが真夜中になってしまう。
どうも不便するのでどうすればいいか「時計 何科」で検索してみたら以下のようなQ&Aが見つかった。

Q時計の調子が悪いときは何科を受診すればいいですか?

ベストアンサー
 耳鼻科です。耳鼻科は一見時計と関係がなさそうですが、実は時間を認識するのは耳なのです。耳には空間における人体の姿勢を認識するための三半規管があります。相対性理論によって、時間も空間の次元の一つであると証明されているので、当然時間も認識できるというわけです。

さっそく僕は近所の耳鼻科に電話をかけてみた。
一向に通じない。
今は16:25で受付時間の9:00~17:00に間に合っているはずなのに。しかし時計の調子が悪いのだった。もしかしたら受付時間じゃないのかもしれない。試しに時報を聞いてみることにした。
「午前2時30秒をお知らせします・・・ピッピッピ・・・・・午前2時40秒をお知らせします」
どうりで通じないわけだ。今は午後4時だと思っていたのに実は午前2時だったのか。僕は仕方がないのでそのまま時報を聞き続け、9:00になってすぐに耳鼻科へ電話を掛けた。
14時に予約を入れ、13:30頃に家を出たはずなのに外は真っ暗だった。見上げれば、星ひとつない真っ黒な空。しかし道は煌々と照らされていた。僕は潜水艦の探照灯に照らされた海底でうごめいている幽霊みたいに白いエビにでもなったような気持ちで歩いた。街には全く人影はなかったが、時折フクロウナギのようなトラックが横切った。海底から白く突き出した熱水噴出孔の一つが、耳鼻科のクリニックが入っている雑居ビルだった。耳鼻科はビルの3階にある。階段を上がってみれば入口のガラス戸に「休診」の札がかかっていた。普通ならここで引き下がるべきところだが、僕は必死だった。また出直すとしても、今度家を出るのは何時になるかわからないのだ。幸いなことに、ドアは手動で、鍵がかかっていなかった。恐る恐る、けれど大胆に、中へ進んでいくと、耳鼻科医がいた。猫を舐めていた。僕は思わず目をそむけた。「猫を舐めるなんて!人の道を外れている!猫舐め男は国から出ていけ!」というのが、猫を舐める人に対する一般的な反応である。しかし僕は大学に行って差別問題に関する理解を深めている知的な若者なのだ。猫を舐めたくなってしまう、その差し迫った状況は理解している。自分は猫を舐めることなど絶対ないと思い込んでいる人はおろかだ。そう思っているにもかかわらず、僕の状況は猫を舐めざるを得ない人以上に差し迫っていた。耳鼻科医が僕の視線に気づいてさっと猫から離れて言った。
「今日の診察時間は終わりですよ」
慌てた声だった。
「猫舐め男がそんなこと言えるんですか?」
気づいたら僕は脅迫していた。
「診察してください。さもないと言いふらしますよ」
かくして僕は真夜中に耳鼻科の診察を受けることに成功した。

酸素が足りない街で 第一章 真夜中に耳鼻科の診察を受ける話

続き→第二章 金太郎飴は実は桃太郎だという話 http://slib.net/70615

酸素が足りない街で 第一章 真夜中に耳鼻科の診察を受ける話

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-03-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted