指切りハッカー

しょーもないショートショートを書いていたつもりが、いつの間にか長く長くなってしまい2000字に収まりきらなくなった次第です。
今月中には完結させるつもりで不定期に更新します。

指切りハッカー

 WEB上でにわかに信じがたい噂が飛び交うようになったのは、去年の暮からだった。
 僕は学校の友人の前川とスカイプで他愛のない会話をしながら、PCで来週提出しなければならないレポートを書き上げていた。唐突に前川が、そういえばさ、おまえ『指切りハッカー』の噂みたかよ。と言い出したのだった。
「いったい何だよ、それ。ハッカーが指切りげんまんとか言って約束した後、特定の人物に制裁でも加えてくれんのか?」
 レポートに行き詰まり、ヘッドセットを有線から無線に切り替え、コーヒーを作りに台所へ僕は向かった。
「そんな生ぬりぃ話じゃねぇよ。今、匿名掲示板で流行ってる話なんだけどよ。どうやら目に余る誹謗中傷をしてるやつらの指を全部切り取っちまうって話だぞ。」
 やかんに水を張りながら僕は言う。
「は?そんなニュースみたことねぇぞ。どうせ誰かのでたらめだろ。」
 やかんを掃除の行き届いてない脂ぎったコンロへ置き、火にかけた。
「いやいやいや、実際、指を全部切り落とされたって画像をあげてたやつがいたんだよ。」
 棚からコップとインスタントコーヒーを取り出しながら、僕は言う。
「指全部切り落とされてどうやって、打ち込んでんだよ。完全にデマじゃねぇか。」
 スプーンを取り出し、コップに粉末をいつも通り三杯入れ、コーヒーの瓶を棚に戻す。
「そりゃツッコまれてたぜ。だけど、口にペンくわえてタイプしてるってそいつは言ってたぜ。写真も一枚や二枚じゃなくて、十枚くらい挙げられてた。URL貼ってやっから見てみろよ!」
 僕はふんっ!と鼻で笑った。その鼻息で、コップの中の粉末が流し台の上にこぼれた。僕はやれやれといった調子でふきんを取り出す。
「ああ。気が向いたらな。そもそも写真も指が全部ないのに、そうそう何枚も撮れないだろうが。」
 半笑いで返す僕の言いぐさが気に入らなかったのか、前川は言葉に熱をいれてしゃべりだした。
「いやいやいやいや!これほんとまじだって!度の過ぎた頭のイカレた誹謗中傷ばかりしてる常駐者は匿名掲示板だけじゃなくて、ゲーム、サイトのチャット欄からここ最近、段々といなくなってるらしいからな!なんか神聖化して持ち上げてるスレまであっからな。そこのURLも貼っといてやっから、ついでに見とけよな!!」
 コーヒーを拭き終えて、ふきんを流しで洗いながら僕は答える。
「はいはい。わかったよ。結局、僕の写真はどうなんだって件はスルーなのな。」
「おまえほんといい性格してるよな。あんまり友達いないのが頷けるぜ。」
 ふきんを絞り終え、定位置にタオル掛けにビシッと干した。
「気になることは空気読まずに全部聞いちゃうからな。おまえほど空気とノリだけでコミュニケーションとれねぇんだよ。」
 お返しと言わんばかりに皮肉を前川にぶつけてやった。
「ま、俺、コミュ力高いしな!!」
 皮肉を皮肉ともわからない前川らしい返答に安心しつつ、やかんの調子を見る。やかんの口から微かに蒸気が漏れだした。
「おまえは友達多いもんな。羨ましいぞ。」
 心にもないことを言いながら、コンロの下の戸棚から愛器をゴトリとシンクの上に取り出した。
「そんな褒めてもなんもやんねぇかんな!」
 簡単なお世辞で前川は上機嫌になり、傍から聞くとウザったい高笑いをしている。ピューッとやかんが蒸気をあげて僕を呼ぶ。コンロの火を消し、コーヒーの入ったコップに湯を注いだ。その横で愛器が、ギラリと光沢を放ちボクの番はまだかな?とささやきかけてくる。
「わりぃけど、今夜はもう切るわ。また明日な。」
 と、僕は言い、コーヒーを持ってPCのある机へ向かう。
「おいおい、おまえが会話してぇっつっから、相手してやってたんだろ?まだ、二十三時じゃねぇかよ。」
「レポートが行き詰ってよー。まじに集中しなきゃ無理っぽいんだわ。」
「そうか。まぁそれならしゃーないな。じゃあまたな!」
「またな!」
 そうして、僕はスカイプを切った。コーヒーを啜りながらラップトップを取り出して開いた。
 もうすでに起動しており、無数のブラウザが画面いっぱいに細かく並べられている。
「はぁ。今日もまだこんなに沸いてんのか。」とひとりごちた後に、コーヒーを机に置いて台所へ向かった。
 愛器がボク出番?出番??と嬉しそうに笑いかけてきた。
「そうだよ。君の好きな人の指を今日もたくさん食べようね。」
 僕は親や恋人にも向けたことのない最高の笑顔で愛器に言った。
 僕は、シンクに洗面器を置きその中に先ほど沸かした熱湯をすべて注いだ。
 指のギロチンのような構造を指の形状に合わせた五つの窪みのある愛器を刃を起こしてゆっくりと洗面器漬ける。
 はぁ~いい湯だなあと、愛器が言っているのを見て、僕は一層微笑ましくなった。
 PCの机からラップトップを台所へ持ち運び、数多のブラウザを眺める。このブラウザひとつひとつに同士から寄せられた情報を元に判断した悪質な常駐者を監視するソフトウェアが起動している。インターネットにつながっている特定のIPからどんなハードウェアからでも文字を送信すると、このブラウザに飛び込んでくるようなソフトウェアだ。
 目を凝らしながら、適格にすばやく過去の情報をひとつひとつ網羅していく。相変わらず、プライベートらしきコメント打つことが少ない。常駐者に多いのは、デバイスでのコメントを滅多にしないということだ。たまに現実の知人らしき人に当てたコメントがあったとしても、恐らく親族に送ったであろう素っ気ないものばかりだ。逆に、そのギャップに腹を抱えて笑うこともあった。
 一通り目を通し終えて、明日の獲物へ羊の皮を被って接触する。この段階を踏むか踏まないかで、実行したときの愛器の喜びようがまるで違うのだ。
 相手の思い通りに間抜けを演じ、獲物が最高に自己陶酔の演説をぶちかまして取り巻きに勝利宣言をさせるのだ。
 ただ、今日の獲物の食いつきがあまりよくない。突っかかってくるのは、取り巻きばかりで肝心の獲物は二十四時を境にピタリとレスが来なくなった。
 おかしい。いままでこんなことはなかったのだが。
 僕は、洗面器からすっかり冷めてしまったお湯を抜き、愛器を取り出した。
 愛器は、どうしたの?どうしたの??と心配そうな目を向けてくる。僕は子供を安心させるように言った。
「大丈夫だよ。きっと明日行ってみればわかるよ。きっと寝ちゃったんだよ。」
 キムワイプを取り出し、丁寧に愛器から水分を拭きとった。余分な脂を綺麗に洗い去って、愛器は一層ギラリと光り、美しく官能的な刃を僕に見せつけてくる。
 僕は我を忘れて、愛器の前でズボンを降ろし、怒張した一物を激しくしごいた。そして、うっという呻きと共に定位置のふきんへ射精した。
 ティッシュがベッドの近くにあるので、仕方なくキムワイプで処理をした。

 翌朝、TVを付けると 斎藤 純(45)がすべての指を切られて自宅で死亡していたと報道されていた。
「馬鹿な!くそっ!!」
 その男は僕と愛器の獲物だった。僕は悔しさのあまり椅子を蹴り上げた。椅子は、壁に激しく衝突し肘掛けの部分がバキリと折れた。壁にはベコリと隠し切れない凹みができてしまった。
「くそっ!!誰だ!!模倣犯かっ!!くそっ!!!はた迷惑なゴミくず野郎が!!わかってねぇ!!わかっちゃあいねぇ!!!!!!!!」
 僕は怒りが収まらず、ニュースを聞くどころではなかった。
 ニュースでは、被害者宅に怪しい人物が目撃されており、警察は目下捜索中とのことだった。
 怒りのあまり包丁でベッドを切り刻んでいると、スマホが鳴った。おそらく前川からだろう。
 僕は落ち着きを取り戻すために大きく深呼吸したあと、スマホをとった。
「おい!川上!ニュースみたかよ!!昨日、俺が話してたの本当じゃねぇか!!なぁ?なぁ?」
「ああ、見たよ。まさか本当だとはな。」
 僕はいつものように前川に合わせることに努めた。深呼吸のおかげで今は模倣犯への怒りは別の心の棚にしっかりしまうことができた。
「実はさ、昨日、おまえとスカイプしてる裏で、指切りハッカーを崇める掲示板見てたんだけどさ。変な書き込みがあったんだよな。」
 僕は、PCのスカイプから昨日前川から送られてきたURLにアクセスした。
「HNに元祖指切りハッカーなんてつけちゃってさ。もう、大荒れだったんだぜ。」
「それで、あんなに僕にしつこく推してたのか。それって何時ごろの話だ?」
「んー、その元祖指切りハッカーってやつは二十時くらいに来て、おまえとスカイプするくらいの時間、二十時半だったかにはいなくなってたぞ。これから一人やりにいくって。みんな完全に口だけだと思ってたみたいでさ。笑っちゃうぜ。」
「ん?なんで、おまえが笑っちゃうんだよ。」
「だって、まじにやっちゃったんだぜ?これってまじやばくね?」
「ああ。確かにやべぇな。でも、なんでおまえが口だけと思ってるようなコメントを笑えるんだよ。」
「おいおいおい、俺が元祖指切りハッカーだとでも言いたいのか?ずっとお前と話してただろうが。」
「通話はスマホでもできる。」
「そうだけど、もし仮に俺がそうだとしても、先に通話を切ったのはお前だぜ?」
「って、なに真に受けてんだよ。冗談だよ。」
「明日は雨でも降るのか?おまえが冗談いうことなんてなかっただろ。ま、いいや。今日、学校の授業あんだろ?確か俺と同じのとってたよな?また、学校で会おうぜ!」
「おう。じゃあな。」
 僕は前川との通話を終え、学校へ向かう準備を始めた。
 悲惨なほどに散らかった部屋を後に、僕は愛器と必要な道具と共に鞄に備え付けた隠しポケットへそっと詰め込み、学校へ出かけた。

つづく

指切りハッカー

お読みいただきありがとうございます。
理屈がガバガバな殺人描写はこれからになります。(作者による盛大なネタばれ)
サイコパスの活躍にご期待ください。

もちろんすべてフィクションです。

指切りハッカー

WEB上でにわかに信じがたい噂が飛び交うようになったのは、去年の暮からだった。 僕は学校の友人の前川とスカイプで他愛のない会話をしながら、PCで来週提出しなければならないレポートを書き上げていた。唐突に前川が、そういえばさ、おまえ『指切りハッカー』の噂みたかよ。と言い出したのだった。 「いったい何だよ、それ。ハッカーが指切りげんまんとか言って約束した後、特定の人物に制裁でも加えてくれんのか?」 レポートに行き詰まり、ヘッドセットを有線から無線に切り替え、コーヒーを作りに台所へ僕は向かった。 「そんな生ぬりぃ話じゃねぇよ。今、匿名掲示板で流行ってる話なんだけどよ。どうやら目に余る誹謗中傷をしてるやつらの指を全部切り取っちまうって話だぞ。」

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ホラー
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2017-03-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted