彼と私と……
三題話
お題
「切る」
「勇気」
「汚れ」
熱めのシャワーを頭から浴びる。
いつもより少し勢いを強くして、痛いくらいに叩き付ける。
自分で身体を抱きしめて、静かに佇む。
気持ちが落ち着いてきた頃にはシャワーを浴び始めてから三十分も経過していた。
◇
学校からの帰り道。電車に乗った私達は二人並んで座っている。
私は心地良い揺れにうとうとしてきて、隣にいる彼の肩に頭が当たってしまった。
「ふぁ、ごめん」
「眠たいのなら、俺にもたれて寝てていいよ。着いたら起こしてあげるから」
「……うん、ありがと」
その言葉に甘えて、彼の肩に頭を預けて両目を閉じた。
こんな私達は付き合っている恋人同士ではなくて、ただの幼馴染。今は、まだ。
家が近所で徒歩三分の距離。誕生日も五日違いで、しかも産まれた病院も一緒だとか。
そんなわけで記憶はともかく赤ちゃんの頃からの付き合いで、幼稚園、小学校、中学校、そして今も同じ高校に通っている始末。クラスは違うけど。
でも卒業して大学へ入学したら離れてしまうのだろうな。彼は県外でここから遠くの大学を狙っているらしいから。
あと半年とちょっと。
こうして二人で電車に乗ったりすることもなくなるのだろうな。
夏休みが終わって二学期初日である今日はとても長く感じた。
というのも、夏休み最終日である昨日、彼から告白されてしまったからだ。
もちろん愛の告白。
私は驚いた反面、とても嬉しかった。
今年は、というかいつも長期休暇は半分くらい彼と過ごしていると思う。私達は親同士も仲が良く家族ぐるみの付き合いをしているから、自然と会う機会が多くなるのだ。
私も彼のことが好き。たぶん私のほうが先に好きになっていた。
小学生の頃からだけど、もし断られたら関係が崩れてしまうと思って、告白する勇気がなかった。
人間関係は、切った貼ったのように単純ではない。
今、二人は両想い。
だけど、ね。
それじゃあダメなんだ。
「おーい、次だから起きろー」
そう身体を優しく揺らしてくれる彼は、誰よりも純粋で心が綺麗な人なのだから。
…
そのまま月が変わって、もうすぐ彼の誕生日。その日がちょうど日曜日ということで、合同のお誕生日会を開くこととなっている。
私達は毎年このように誕生日会を合同で行い、プレゼント交換をしている。
今年のプレゼントは、黒い長財布。彼がこの前そろそろ新しい財布にしたいと言っていたからだ。
彼からは何をもらえるのだろうか。
まだあの時の告白に対して、私は返事をしていない。ごまかしながら先延ばしにしてここまで来てしまった。
ここ半月は彼も話題にしないからもしかしたら諦めてしまったのかも。
私の気持ちを知りもしないで。
知られたら困るのは私だけど。
本当は即答でOKしたかったけど、それができなかったジレンマ。
断るべきだとわかっているのに。
心はまだ揺れている。
…
「なあ、一ついいか?」
今日は二人のお誕生日会。彼のお母さんが作ってくれたケーキを食べて、プレゼント交換もして、彼の部屋で何をするわけでもなくのんびりとくつろいでいた。
この話の切り出し方は、あのことだな、と瞬時に察することが出来た。
「うん……」
「まだ、さ、ちゃんとした返事、聞いてないよね」
「うん……」
「まだ、なのか?」
「あのね」
きっと、私では。
「私は、ふさわしくないと思うの」
だって……。
「ほ、ほら。隣のクラスのあの子とかは? かわいいし性格も良いし、たぶんタケちゃんのこと好きだと思うよ」
「もしかして、他に好きな人がいるのか?」
ここで本当のことが言えたら、どんなによかっただろう。この返事を先延ばしにして無駄にした一ヶ月でどれだけのことができただろう。
たくさん考えて、たくさん迷ったけど、何も言わないことに決めた。それが一番良い選択。
「うん。返事が遅くなっちゃってごめんね」
「お前が謝る必要はないだろ。あーあ、もしかしたら俺のこと好きなのかなーって思ってたのにー」
彼のその冗談まじりの言葉が、私の心にちくりと刺さる。
「お前とならうまくやれそうなのに……って、なに未練たらしく言ってるんだろ」
彼のその頭を掻く仕種が、私の心を更に傷つける。
自業自得、なんだけどね。私が勝手に傷ついてるだけ。彼は何も悪くないどころか、彼のほうがショックを受けているだろう。
私も彼と同じ気持ちだったのは、私が一番わかっている。
両想いなのはかなり前から確定的だったと思う。
ただ、私は綺麗な彼を守りたかったのだ。
自分の汚れで彼を穢すことは、絶対にしたくない。
だって私は、私は――――
彼と私と……