無剣の騎士 第2話 scene8. 反乱
この小説を書き始めた当時『十二国記』に嵌まっていたため、固有名詞を除いてカタカナ(外来語)を使わない!という縛りを設けたのですが、そのせいで結構苦労しています(笑)。当時の自分を小一時間問い詰めたい。
今回「組合」と書いて「ギルド」と読むことにしたりと綻びがちらほら見られますが、どうせだれも気にしないので僕も気にしないことにします。
それは新月の夜だった。
アストリアで脈玉作りの鍛冶職人達が所属する組合の長の屋敷に、人目を忍ぶようにして数人の男達が訪れた。
(こんな時間に、一体どこのどいつが……?)
最初は訝った長だったが、取り次いだ執事から来訪者の名を耳打ちされて目の色を変えた。
「すぐにお通ししろ。くれぐれも丁重にな」
そして自分は急いで身なりを整えると、慌てて応接室へと向かった。
部屋に入ると、客は既に被り物を脱いで、客用の椅子に腰掛けていた。その背後には、屈強な護衛の男達が並んでいる。
「お待たせしまして相すみません。今日は組合の仕事が立て込んでたもんで……」
へつらうように笑いながら、長は向かい側の席に腰を下ろした。幸い、客は怒る風でもなく、静かに口を開いた。
「アストリア全土の鍛冶職人を束ねる長ともなると、流石に忙しかろう。ウィンデスタールの留学生が例の事件を起こしてからは、特にな」
「え、えぇ、そんなとこで……」
長を含め、多くの鍛冶職人達は以前から留学生の受け入れに反対していた。脈玉に関する技術の流出を快く思わない者や、それによって自分達の仕事が奪われるのではと憂う者がいる。彼らの不満は、レザリスらの起こした不祥事以来、ますます増大していた。
「それにしても、こんな夜更けに来られるなんて珍しいじゃありませんか」
長は、口髭の男を下から覗き込むようにして問いかけた。
「今日は一体全体どんなご用件で? オークアシッド閣下」
* *
その頃、一方のアストリア宮殿では、高層階に位置する一室にまだ明かりが灯っていた。そこは、エドワードの執務室。奇しくもこの時、この部屋でも内密の会合が開かれていた。
机を囲んでいるのはエドワードの他、リチャード、メルキオ、ケネス――エドワードの腹心の部下の内の三人であった。
「では、ここまでの情報を今一度確認しておこうか」
エドワードは一同を見回した。真剣な面持ちで三人が頷く。
「まず、ウィンデスタールへ輸出される脈玉入り武器の数が規定数に達していない件について。――ケネス」
「かしこまりました。
私共が関係書類を調査いたしましたところ、物流の過程において数字の書き換えがなされている模様です。大半の荷に関して、最終確認の手前までは正規の数が揃っていたことが、作業員達の証言から判明しております。問題は、オークアシッド候による最終確認の際に発生していると考えられます」
「ケネスの調査結果から察するに、義父上の監督下における検品の際に武器の数が減らされ、ウィンデスタールへはごく一部しか輸出されていない。
では、横領された武器はどこへ消えたのか?」
エドワードは机上の紙に模式図を描いた。アストリアとウィンデスタール、それぞれの国旗を、そしてその中間にオークアシッドの家紋を描いた。更に、アストリアからオークアシッドを経てウィンデスタールへと武器が流れていく矢印を引いた。ただしその流れはオークアシッドの家紋の所で二手に分かれ、もう一方はウィンデスタールとは全く別の方向へ伸びている。
「次に、リヒテルバウムとの国境付近にて先日発生した、関所襲撃事件について。――メルキオ」
「はい。
あの時の敵は、統率の取れた動きや身のこなしからして、ただの賊ではなかったと思います。そもそも、リヒテルバウムの賊が脈玉入りの武器を持っているなんて有り得ません。夜目ではありますが、恐らく鎧等は全員同じ物で、リヒテルバウム軍のものに似ていたような気がします」
「リヒテルバウムからは、賊が出没するとの情報がかねてより伝えられていた。しかし、メルキオや他の者達の証言によると、彼らはリヒテルバウム軍の兵士であった可能性が高い。
では何故、リヒテルバウムにそれほど大量の脈玉入り武器があるのかとの疑問が生じる……」
エドワードはそう言いながら、リヒテルバウムの国旗と、脈玉入り武器を表す剣の絵を描き加えた。
「……が、先程の件と合わせて考えると、答えは至極簡単だ」
次いで、オークアシッドの所で枝分かれしていた流れの片方を伸ばして、その先をリヒテルバウムへと繋げた。
「義父上は、ウィンデスタールへ輸出される武器の一部をリヒテルバウムへ横流ししている。これで辻褄は合う」
エドワードは顔を上げた。
「義父上の派閥がリヒテルバウムに内通していることを鑑みても、恐らく間違いないであろう。その証拠の一つが――リチャード」
「はっ。
某は、メルキオの小隊が敵から奪い取った――いや、奪い返した、と言うべきですかな――剣の何本かを、研究所に鑑定に出してきました。アンナ殿下の見立てによれば、どれもウィンデスタールへ輸出されているものと同じ型とのことです」
「他にも証拠は揃っている。いよいよ、真実を明らかにすべき時が到来した」
エドワードは拳を強く握り締めた。
「これより、叔父上、義父上達を公に攻める。それと並行して、リヒテルバウムから早急に武器を回収せねばならぬ」
四人はそのために各自が果たすべき役割を互いに確認し合った。
「それにしても……」
一息ついたところで、ケネスが呟いた。
「賊だなどと偽って、更には我々に手がかりを与える危険を冒してまで、リヒテルバウムが行動を起こしたのは何故なのでしょうか」
「理由は幾つか推測できるが、現時点で断言はできぬな」
エドワードは腕を組んで背もたれに倒れた。
「いずれにせよ、敵方が大胆不敵であることに変わりはないが」
「大胆ってことなら、私にはリヒテルバウムよりもオークアシッド候の方が驚きですよ」
メルキオが肩をすくめた。
「同じ“脈玉入り武器の密輸出”なのに、アーシェ達とは比べ物にならない規模ですからね」
* *
三日後、アストリア宮殿の会議室にて、閣議が開かれた。エドワードおよび大臣たちが参加して、国政に関わる様々な議題を話し合うのだが、この日はアーシェルとレザリスの件について最終決定が下されることになっていた。
「それでは本日の閣議を開始する」
エドワードが開会を告げると、大臣の一人が尋ねた。
「殿下、まだ全員揃っていないようですが」
「シュタール候は、緊急に来着したウィンデスタールの外相と会談中だ。オークアシッド候も、鍛冶職人の組合にて非常事態が発生したため遅れるとの連絡が入っている」
改めて、この日の閣議が始まった。
議題はやはり国葬のことや今後の体制作りに関することが多かったが、いよいよエドワードにとっては気の重い案件を取り上げる段となった。
「次は、先日のウィンデスタール人留学生と近衛騎士による不祥事の件だが……」
この日も、参加者の意見は分かれた。ある者達は極刑を求め、別の者達は無罪を勧める、という具合だ。
意見が一通り出揃ったところで、エドワードが口を開いた。
「確かに、法律および騎士団の規則に従えば、処罰の対象ではある。しかし、当事者達に悪意がなかったこと等から、余は情状酌量の余地があると考える」
「では……」
大臣達の視線がエドワードに注がれる。
「余としては、彼らに科料を……」
エドワードがそこまで言いかけた時、部屋の戸を勢いよく開けてケネスが入ってきた。いつも落ち着いて行動するケネスにしては珍しい。その苦渋の表情を目の当たりにして、エドワードはすぐに状況を察知した。ウィンデスタール側との会談が終わったのだ。
「申し上げます。ウィンデスタールは我が国に対して、留学生の無罪放免と即時解放を要求。もし当方に要求が拒否された場合、先の協定を破棄する可能性を排除しない、との通告です」
室内に戦慄が走った。
「殿下、ここはやはり留学生だけでも無罪になさったほうが……」
先程まで無罪を支持していた大臣の一人がエドワードにそう進言しかけた時、今度はオークアシッドが部屋に駆け込んできた。
「殿下、一大事です! 組合が反乱を起こしました!」
室内に更なる戦慄が走った。
「組合員達が暴徒と化し、城下の街で襲撃を行なっている模様です」
「彼らの要求は?」
「ウィンデスタール人留学生を死刑にしろ、これ以上 留学生を受け入れるな、などと主張しているようです」
「閣議は中止だ」
エドワードは立ち上がった。
「軍を出動させ、早急に反乱を鎮圧せよ。ただし、国民には極力危害を加えぬよう通達するように」
「はっ」
防衛大臣や関係する者達が急いで退出していった。残された者達も騒然となっている。
ケネスとオークアシッドの報告により、アーシェルとレザリスの事件に関する審議は振り出しに戻ってしまった。レザリスを幾らかでも罰すれば、ウィンデスタールとの同盟が危うくなる。かといって無罪にすれば、足元の組合員達が黙っていないだろう。
しかしエドワードにとってそれ以上に痛手だったのは、三日前に執務室で話し合った内容の基づいてこの後オークアシッドを追及する手筈を整えていたにも拘らず、その機会を逃してしまったことだった。
(アーシェの一件以来、組合の内部で不満が高まっていることは把握していたが……、何故この時機に暴動を起こしたのだ? 義父上は暴動の予兆を察知して事前に鎮めるために組合に行っていたのではないのか?)
悩むエドワードは、視界に入っているオークアシッドを何気なく観察していて、気付いてしまった。口髭のため判りにくかったのだが、他の大臣たちと同様に緊迫した面持ちで語り合うその合間、ほんの僅かだが彼が唇の端を上げて陰険な笑みを浮かべたことに。
(――――!)
暴動を煽ったのは、義父上か。エドワードはそう直感した。
しかし、もしそれが事実だとしても、今のエドワードにはそのことでオークアシッドをどうにかする術がないのだ。
* *
ウィンデスタールからアストリアに留学していた鍛冶職人見習いの学生が、脈玉入りの武器を国外へ不正に持ち出そうとした。その事件の処分をめぐって、両国間の思惑が対立。加えて、アストリア国内では国民による反対運動が暴動にまで激化。軍と反乱した民とが衝突し、双方に重軽傷者数名。暴動は一旦鎮圧されたものの再発が懸念されており、しかもその動きが全国各地に拡大する様相を見せている。
「――報告は以上です、閣下」
コンラートは書類から目を上げて、ヴュールバッハの反応を窺った。
「ふむ。オークアシッド候もようやく動いたか……」
ヴュールバッハは髭を撫でながら、今の報告内容を頭の中で反芻しているようだ。
「想定外の出来事もあったが、我々の計画通りの状況になったな」
「はい」
コンラートは口元の笑みを隠すかのように、右手を顔の前にやって眼鏡を軽く押し上げた。
「機は熟しました。――閣下、ご命令を」
その日、リヒテルバウムはアストリアとの休戦協定を一方的に破棄し、宣戦布告を行なった。
無剣の騎士 第2話 scene8. 反乱
次回予告:
遂に下される二人の判決。
アーシェルとレザリスの運命は。
そして、エドワードがアーシェルに語る最後の言葉とは。
⇒ scene 9. 約束 につづく