僕の家には蜘蛛が住んでいる

 僕の家には蜘蛛が住んでいる。

 正確に言えば、蜘蛛が住んでいた家に僕が暮らすようになった。

 蜘蛛は小さくて無害だ。近寄るとよく跳ねる。

 家のどこででも見かけるけれど(同じ個体かどうかはわからない。僕には彼らが皆同じ顔に見えるのだ)、特にキッチンで出会うことが多い。

 僕はツナとトマトのスパゲッティが好きで、よくソースを壁に飛ばすから、それを食べに来るのかもしれない。

 …………調べたら、そんな食性は無いそうだが。大方、そのソースに誘われてくる蠅とかを食べてくれているのだろう、きっと。

 蜘蛛はいつも、ひょっこり音も無く現れる。

 不気味だ! キモイ! 殺せ! …………やたらにそう騒ぐ人もいるけれど、そんなヤツらを見る度、僕は本当に蜘蛛に同情してしまう。

 五月蠅いのはむしろ、喚くヤツらの方なのに。見た目が愛らしくないのも、お互い様なのに。蜘蛛の方は殺したいとまで思わないというのに。

 殺生は野蛮だよな。

 人を殺すのも、豚を殺すのも、虫を殺すのも、品の良いことじゃない。

 そりゃあ必要最低限はあるだろうが(僕だって蚊は殺してしまう)、それと上品なこととは別問題だ。
 
 人は色んな理由をつけて、殺戮を正当化する。

 ニュースも教科書も凄まじい口達者で、普通の人は敵う気がしないだろう。

 自由のためとか、秩序のためとか、清潔のためとか、健康のためとか。

 理屈はこね方次第でどうとでもなるって知っているんだけど、あんまり上手に練られると、ついつい小さく丸め込まれてしまう。

 僕のスパゲッティにも、ツナが不可欠なわけで、完全に他人事とは気取れない。ついでに言うなら、トマトだって小麦だって生き物だ。

 だけど何かが根本的に間違っている気がしてならないのも、確かなわけで。

 まぁ、難しい話は神さまに丸投げして、僕は引き続き蜘蛛を愛でよう。

 僕の家の蜘蛛は良い趣味をしている。

 蜘蛛は音楽が好きだった。

 僕が夜中にラジオをかけて勉強していると、蜘蛛はとびきり臆病なくせに、僕の机まで這って聞きに来る。

 お気に入りはクラシック。(格好良い!)

 無防備にラジオの前に座り、深夜を彩る旋律に聞き惚れる蜘蛛は、控えめに言っても知的だ。

 俺は蜘蛛を見つけると、勉強の手をしばし止めて、一緒に音の海へ溶けていく。

 心地良くって、うつらうつらと一眠りすることもある。

 そうして目覚めたときには、蜘蛛はもういない。

 僕はシャーペンをペンケースにしまって床に就く。

 明かりを落とす時に、どこかに帰った慎ましやかな同居人に「おやすみ」と囁きかける。


 …………僕の家には蜘蛛が住んでいる。

 見た目は怖いし、何を考えているかもわからないが、僕は蜘蛛が好きだ。

 できれば、色んなものとこんな風に過ごせたらと思っている。

 (終)

僕の家には蜘蛛が住んでいる

僕の家には蜘蛛が住んでいる

僕のちっちゃな同居人。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-03-06

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