騎士とメイド
今日も晴れてるなぁと思いながら、外を眺めているとき、ワタワタと、ここのメイドにしては珍しく、焦っているメイドがいた。だから、少しだけ気になって、慌てているメイドを目で追った。
窓を拭きながら、次の仕事もしようとするメイドは、仕事に追われているようだ。
………新人メイド?みたことないし。
最近、新しいメイドを入れたことを聞いていたから、なんとなく焦り具合と必死なところをみて、そう感じた。
というか、焦りすぎじゃね?
慌てすぎて、躓く、ぶつける、物は落とす。余計に時間がかかっているような気がしてならない。もう少し………いや、かなり落ち着いたら、もっと早く綺麗に窓拭きが終わると思うが、本人は今の仕事と次の仕事のことで頭がいっぱいらしく気づいている様子もない。
はぁと小さく嘆息すると、新人メイドに近づいた。
「新人メイドさぁーん………?」
おそるおそる声をかけると、びくぅ!っと効果音が付きそうな驚き方をして、勢いよくこちらを振り返った。
その動作に、オレもつられて驚く。
こちらを見た新人メイドは、緊張しているのか、しどろもどろに応えた。
「は、はいっ、!な、なん、なんでしょうか、!!」
なんか、オレが虐めてるみたいな気持ちに………。
オレが黙っていると、不思議そうに首を傾げ、こちらを覗き込んできた。
「あっ、あの、………なにか、御用では、?」
「ああ、そうだった。」
危うく、本来の目的を忘れるところだった。
「あのさ、新人メイドさん。」
はい?と新人メイドは、きょとんとする。
「もう少し、落ち着いて仕事すれば、いいんじゃない?」
そういうと、見るからに新人メイドのテンションが下がった。いや、下がったというより、落ち込ん だという表現の方が正しいような気がした。
どうやら、自分でも仕事のやり方が上手くいってないことは分かっているらしい。
「同じことで、メイド長にも怒られました。これで、何回目か分かりません。」
そんなに怒られてるんですかと思わず、聞きそうになったオレは悪くないと思う。
「いつもいつも怒られています。でも、どうしても上手くいかない、です。丁寧にすると仕事が終わらないし、早くすると失敗します。」
新人メイドは、本気で落ち込んでいるようだ。言葉を間違えた。彼女は彼女なりに必死に仕事をしていたわけで。と、いうより、
「オレは、怒ってないけど?」
と、先に勘違いを解くことにした。
きょとんとした新人メイドに、笑みをこぼしてオレは言う。
「落ち着いた方が仕事が早く終わるんじゃない?って言っただけ。焦って別の仕事増やすよりいいかって思って、声をかけただけ。あんたが、そんなに落ち込むとは思ってなかったけどね。」
クスクスと声をたてて笑うと、彼女は、かぁぁぁと 顔を真っ赤にして、
「ごめんな、さい、!」
と頭を下げる。
オレは、オレの言葉で一喜一憂する彼女が面白くて、不憫だけど笑ってしまう。
ポンポンと頭を撫でる。
「あんた、仕事いつ終わるの?」
そう聞くと、5時の鐘が鳴る頃に終わりますと返ってきたので、
「じゃ、その頃、メイド室に迎えにいく。」
と答えた。
「え?」
と呆然としている新人メイドをおいて、オレは自分の仕事に戻るべく、早足で執務室に向かった。
執務室のドアを開けると、オレの主人で友人は、怪訝そうな顔をした。
「なんだ、その笑顔。気持ち悪いな。」
「いやぁ、可愛い子見つけちゃって。つい、夕飯のお誘いしちゃった。」
そういうと、更に眉間のシワを増やす彼。まるで、何を言ってるんだ、こいつみたいな表情で、本気で気持ち悪いと思っているに違いない。
「………珍しいな。だれだ?」
「新人メイド。」
オレの主人は、少し思案した後で、思い当たったようで、ぽつりと言った。
「ああ、よくジェイダに怒られている娘か。」
本当にメイド長に怒られてたんだとまた可笑しくなって少しだけ笑う。
「そんなに怒られてるんだ、あの娘。」
「礼儀正しいし、仕事を覚えるのは早いんだが、慌てすぎて、よく自分の仕事を増やしているらしい。」
ジェイダが困っていたとオレの主人は淡々と告げる。
あのメイド長が困るとは相当だなと、先ほどの彼女が怒られているところを想像して、また笑いがこみ上げてくる。
「まぁ、なんでもいいが、程々にしろよ。」
書類から目を離さず、顔色も変えずに彼はいう。
それは深く関わりすぎるなっていう警告かな。
「はいはい、わかってますよー。」
そう適当に返事して、彼女をどこに連れて行こうかと思いめぐらせ、既に彼の警告はなかったことになる。
それから、5時の鐘が鳴って、新人メイドは、必要以上に驚いた。
数刻前に、この国なら、誰でも知っている有名人に声をかけられた。
いつも周りに人が絶えずに誰からでも愛されている人。
この国の第二王子の側近の彼は、友好関係が広く、下町にも沢山、友人がいると聞く。そんな方が、私を迎えにくる。ありえなさすぎる展開に自分自身が一番ついていけていない。そもそも、数刻前に、彼に注意を受けたばかりなのに、今日もジェイダさんに怒られてしまった。
そんな落ちこぼれの私を何の用で迎えにくるのか分からない。
「………来て欲しくない。」
ぼそりと口から出た言葉を、聞き慣れた声が拾った。
「どうされました?」
バッと顔を上げると、ジェイダさんがこちらをみていた。
「い、いえ、何も。」
慌てて首を振る私に、ジェイダさんは、小さく溜息をつき、
「付いて来なさい。」
と一言告げた。
凛とした透き通る声は、他のメイドたちにも聞こえたらしく、ひそひそと会話が聞こえた。
「また呼び出しね。」とか「仕事が向いてないんじゃない?」とか、概ね悪口だ。
分かっている。自分が一番、向いてないことも何もできないことも理解している。
少しだけ、気持ちが沈んだが、ジェイダさんのお説教もいつものことだ。
トボトボとジェイダさんを後をついて、部屋を出る。
ジェイダさんは、何も言わず、前を進んでいく。その姿は、私には眩しくて羨ましい。私もこんな風になれたらと何度思ったことか。
メイド室から、程よく離れたところで、ジェイダさんは、ピタリととまった。そして、こちらを向くと、告げる。
「イグレシア様がお待ちよ。行きなさい。」
「え?」
一瞬、誰のことを指しているのか分からなくなった。
「あの方がメイド室まで来ると聞かなかったので、 私が貴女をこちらにつれてくるように説得しました。」
「え、あれは、戯れでは、?」
ジェイダさんは疲れた様に、首を振る。
「ただの戯れであってほしいわね。行きなさい。これ以上、待たせるわけには行きません。」
そういうと、私を置いて、メイド長は、そのまま、こちらを振り返ることもなく去っていった。
私は帰ることもできず、オロオロしながら、とりあえず、目の前のドアを開けた。
「おー、まった。」
そういって、にやっと笑うのは、この国の有名人。
夢でも嘘でもないらしい。
「あの、私に、」
喋り出そうとする私の言葉を遮って、彼はゆったりとした口調で問うた。
「とりあえず、名前は?」
「え、?あ、えっ、と、」
名前くらい言えるはずなのに、少しだけ躊躇した。こちらでは、珍しく聞きなれない名前だから。
「あー、ごめん。男から名乗るべきだよな。オレは、フェレ。フェレ・デ・ラ・イグレシア。フェレって呼んで。」
いえ、貴方の名前はよくご存知です。誰でも知っています。とは言えず、よろしくお願いしますと頭を下げた。
「敬語なし。様もいらないから、フェレって呼べよ。な?」
「いえ、さすがに、それは、」
ニコニコと笑っている顔が怖い。この有無言わせない感じが怖い。
「わかりま、………わかっ、た。よろしく、フェレ。」
不本意にそう呼ぶと、彼は本当に嬉しそうに笑った。その表情にトキめいたのは内緒だ。
「で、あんたの名前は?」
「………きよすみ。香月 清澄です。」
彼は、一瞬きょとんとしたが、すぐに名前だとわかると、
「どっちが名前?」
と聞いてきた。
「清澄の方です。」
「へぇ、どんな意味?」
「え、いみ、?え、えっと、清らかという字と澄んでいるという字なので、清らかで澄んでいるって意味なんじゃ………。」
そのまますぎて、それ以上、何も言えなくなる。どう説明しようか迷っていると、いい名前だと言われた。
「綺麗な名前だ。キヨスミは東国の出身なんだな。」
「はい、そうです。」
コクリとうなづくと、クスクスと笑われた。首を傾げると、敬語と一言言われた。
「あ、ごめ、」
あたふたしている私の側によると、まだ笑いながら、ポンポンと頭を撫でてくる。
「さて、キヨスミ。ご飯食べに行こうか。」
唐突にそう告げられて、ぽかんとする。
「いつもジェイダに怒られてるんだろ?とりあえず、ご飯でも食べて、元気になろーな。」
え、まさか、それだけのために私はここに呼ばれたのだろうか。ただのメイドにしかすぎないのに?
そんなことを考えている私には御構い無しに、どこに行こうかと悩んでいるフェレに少しだけ不安を抱いた。
一度だけとご飯に行ったら、戻れなくなってしまうではないか。
そんな不安をよそに、フェレは私を呼び、そのままご飯をご馳走されることになってしまった。
数日後。
ここ何日間か、オレは、キヨスミに話しかけていた。もちろん、他のメイドや婦人たちが居ないのを確認してだ。メイド長にも言われたが、キヨスミに危害が及ぶのは、オレだって本意じゃない。
「キヨスミ、掃除は上手くいってる?」
そう後ろから話しかければ、分かっているだろうに、未だに慣れないのか、びくっと驚いてからこちらを振り返る。
「フェレ………。」
まだ緊張気味だが、それでも名前で呼んでくれる。それが嬉しくて、ついつい見かける度に話しかけてしまう。
「いいの?ここにいて。お仕事は?」
敬語も抜けてきて、普通に接してくれる。
「んー、休憩時間かな?」
それが、適当に言っていることが、キヨスミには分かっているらしい。呆れた顔をこちらに向けてくる。
ニシシと笑うオレに、小さく嘆息すると、そのまま仕事を始める。
ここ数日話しかけて分かったことは、キヨスミは、割と喋るし表情豊かだってことだ。仲良くならないと分からないだけで、本当は沢山の人と話したいと思っている。
もったいないなぁ………。
素直にそう思う。顔立ちは綺麗だし、本来はよく気遣いが出来る娘だ。これで、モテないはずもない。それに、オレが惹かれてる。いい女だと分かっている。
「………レ、フェレ!」
名前をよばれて、現実に引き戻された。キヨスミの心配そうな顔がみえる。
「ごめん。ぼーっとしてた。」
「大丈夫なの?」
大丈夫、大丈夫と返して、オレはキヨスミの頭を撫でる。
「私、別のところの掃除もあるから行くけど、本当に大丈夫?」
本当に大丈夫だと返して、彼女を見送る。キヨスミが見えなくなったところで、オレの主人は話しかけてきた。ずっと見てるなんて趣味の悪いことをする人だ。
「入れ込むなと言わなかったか。」
なんの感情もこもっていない冷たい声。
「無理だね。」
即答すると、主人の眉間のシワが濃くなる。
「お前、恋人がいるだろ。いいのかよ、他の女にうつつ抜かして。」
「あれとは、そういう関係じゃないって知ってるだろ。一体、何がそんなに気にくわないんだ?オレのご主人様は。」
理由は分かっている。その原因がオレにあることも。
「………そんなんじゃ、サラが報われない。」
そう呟くと、こちらも見ずに彼は去っていった。
「報われないのはサラじゃなくて、お前だよ、ハインリヒ。そんで、不憫なのは、サラだ。」
どちらも行き場のない思いを抱えて、まだ背を向けたままだ。
憂いた瞳が揺らいだが、それはほんの一瞬のことで、また不敵な笑みが浮かんだ。
今日の掃除を終えて、一息ついていると、ぽんっと頭の上に手が置かれた。こんなことをしてくるのは1人しかいない。
「フェレ?」
「おー、よくわかったな。」
貴方しか、してこないもの。
上を向いて、彼をみると少しだけ違和感があった。
瞳がゆれている、?
彼とは数日の付き合いでしかないけれど、なんとなく分かる。フェレは楽しいことが好きで、周りも楽しくさせるのが得意だ。自分の気持ちには正直で隠さず真っ直ぐ。どちらかというとハチャメチャな部類だけれども。その彼の瞳が揺れている。
「………何かあったの、?」
彼はきょとんとした後、一瞬だけ泣きそうな顔をしたが、何も言わず、いつもの表情に戻った。
何も言わないのね。
それが寂しくもあったけれど、言えないことかもしれない。いつも忘れそうになるが、彼はこの国の重役の1人だ。言えないことも隠さなければならないことも多いだろう。
「フェレ。」
「んー、なに?」
「パフェ、食べたい。」
そういうと、今度は驚いて、その後は嬉しそうに笑うと、私の手を引いて、パフェ巡りを始めた。
数日、フェレを誘い、食べ物巡りをしていた。気分は晴れているのか、いつもの調子で喋りかけてくる。少しは気が紛れたといいけれど。
今日は、フェレがこない。出会ってから毎日のように話しかけられていたので、何故か不思議な気持ちだ。
「今日から任務についている。暫く帰ってこない。」
後ろから声をかけられて驚く。振り返ると、フェレのご主人様で、この国の第二王子だった。
「そうなんですね………。教えてくださ、」
「あれには、恋人がいる。これ以上、関わるのはやめろ。」
私の言葉を遮り、王子は早口で告げる。少なからず、衝撃的だった。もちろん、恋人がいることは考えたし居ないとも思っていなかった。それでも、彼を好きになるのは時間の問題だった。
だって、好きにならない理由がないもの。
「それは、この仕事をやめろということですか?」
「は?誰もそこまでいってな、………好きなのか、フェレが。」
驚いた後に、理解したのか静かに尋ねてくる。
コクリとうなづく。
もし、関わるなというのなら、仕事を辞めるしかない。でなければ、彼とは必然的に顔を合わせるし、合わなくても見つけにくるだろう。そうすれば、関わるなというのは無理な話である。
「………辞めるか?」
そう聞いてきた王子に、私は笑って答えた。
「辞めます。貴方はそうして欲しいんでしょう?」
眉間にシワが寄る。
「いいんです。私と彼では身分が違いすぎるし叶うとも思っていません。それに、私は、この仕事を辞める理由は幾つでもあるんです。」
どうして自分が笑っているか分からないくらい、今の私は笑っている。王子は黙ったまま、こちらを見ている。何を考えているかなんて私には分からない。
「辞めてどうする。」
そう聞いてくる王子は、本当は優しい人なのかもしれない。
「国へ帰ります。二度と戻ることはないと彼に伝えてください。」
「そうか。」
そのまま、ジェイダさんに辞職を伝えようと歩き出した私は、ふと思い出して王子に告げた。
「フェレが時々、泣きそうな顔をするんです。私には言えないことが沢山あると思います。だから、聞いてあげてください。そして、貴方も悩まないで。」
そういった私に、王子は、目を瞬かせる。
「怖い。そう思っているだけです。私はいつもその感情に囚われているからよく分かる。」
それだけいうと、メイドは、ごめんなさいと告げて去っていった。
そして、本当に彼女はいなくなってしまった。
任務を終えて、帰ってきたオレは、まず違和感を拭えなかった。それだけじゃない。嫌な予感もする。ジェイダを見つけて、キヨスミのことを聞くと、彼女は困った顔をして、二週間ほど前に辞めて、自国へ帰ってしまったと答えた。
頭を殴られたように動けなくなる。
それからどうやって執務室に来たか覚えていない。でも、わかる。彼女は、自分の仕事が嫌になったから辞めるような人でも、何も告げずに何処かに行くような人でもない。ならば、答えは簡単だ。キヨスミとオレが仲が良いのを知っていて、関わるなという人物は1人しかいない。
「キヨスミに、何をいった!!?こたえろ、ハインリヒ!!!」
バンッとドアをあけて、ハインリヒのところへ行く。だけれど、足が動かなかった。
「なにを、」
「悪かった。」
頭を下げているのは、ハインリヒだ。
「あの娘は気づいていた。お前の孤独にも、オレの恐怖にも。」
何があったの?と尋ねてきた彼女が、心配そうにオレを見たのを覚えている。答えられなかったオレを気遣ってか、パフェを食べに行こうと言い出したのも忘れていない。
「なんで、なん、で、いま、謝るんだよ。ずるいだろ………。」
この怒りをどこにぶつけたらいい。
「すぐに彼女を探した。でも、見つからなかった。東国の国は、ほぼ一つに統一されている。ならば、滅んだ自国には帰らない。」
何処かを旅しているか、はたまた違う国にいるか。探すには時間と手間がかかるだろう。見つかるかも分からない。
「くそっ………」
どうしようもない気持ちを持て余していると、ハインリヒは尋ねてきた。
「サラは、幸せか、?」
キヨスミのことで、いっぱいいっぱいになっていたオレはその言葉で我に返った。
「え、?」
「本当は知っていたんだ。病に侵されていたこと。 そして、サラが結婚してること。」
驚きのあまりにぽかんとしていると、ハインリヒは小さく笑った。
「愛想つかされてもしょうがないな。仕事ばっかりで見てもやれなかった。それをお前に押し付けていた。」
嫉妬してたんだ。俺じゃなくて、お前に頼るサラを見てられなくて。かっこわるいだろ?と笑う彼は、今までのような冷たい彼ではなく、よく知る友人の顔だった。
その友人が少し切なそうに、そして吹っ切れている表情で、もう一度尋ねてきた。
「サラは、幸せか?」
泣きそうになった。誰にも言えなかった。サラは辛そうだったし、ハインリヒは王家としての仕事が忙しかったのをよく知っている。2人とも大変だった。だから、別れが来るのもそう遠くないことは分かっていた。
サラが病に臥せってからはすぐに2人は破局した。その後も連絡を取ることもなく、地方の伯に見染められたサラは結婚し、病も回復して子どももいる。
「ああ、幸せだよ。」
そう答えると、ハインリヒは満足そうに笑う。友人が返ってきた。それは素直に嬉しかった。
でも、好きになった女は帰ってこない。それが、すごく悲しくて。
「あの娘は言った。フェレが悲しそうな顔をしているから話を聞いてあげて。貴方は恐怖にも囚われているだけと。」
ポタッと涙が溢れる。
「こちらも全力で探す。見つかるまで。」
そういってもう一度、ハインリヒは、オレに頭を下げた。
ふわりと優しい風が吹いて、私は森の中で笑った。あの人みたいな風で、少しだけ心が温かくて切なくなる。
もうどれくらい経ったのだろう?
あの人に会えなくなって、毎日寂しい。でも、次会えたときに恥じないように、少しずつ頑張っていた。
東国から出てからは出来なかった銀細工を、この国にきて落ち着いてから始めた。元々の職はこちらだったから。少しだけ売れ始めて、今では知る人ぞ知る銀細工師だ。おかげで、女1人でも生きていける。
暫く、森でぼーっとしていたが、仕事も溜まっていることだし、家へと帰った。
「待っていた。」
そう、少しだけ穏やかになった声は忘れていない。
「おうじ、?」
「ハインリヒだ。親しい者はハインツとよぶ。お前もそう呼べ、キヨスミ。」
こちらに笑いかけてくる顔は、私が最後にみた顔とは比べものにならないくらい綺麗な顔だった。
「どうして、ここが、」
「巷で有名な銀細工師とは、お前だろう?それを追っただけだ。」
やっと見つけたと言わんばかりに、こちらに寄ってくる。
「フェレが、落ち込んでいる。かれこれ3年もだ。お前がいなくなった後から。」
でも、関わるなといったのは、ハインツの方だ。
そう、言おうとしたら、小さく謝罪された。悪かったと。自分のことしか見えていなかったと。それで傷つけてしまった友が2人もいると頭を下げた。
「頼む、フェレに会いにいってくれないか。ずっと待っているんだ。」
断る理由なんてなかった。私もフェレが好きで会いたくてたまらないのだから。
ハインツと一緒に王宮へと向かう。昔と変わらず、けれど、雰囲気は少しだけ変わった王宮へと足を踏み入れて、フェレの部屋へと案内された。
あとは頼むというと彼は去っていき、私は、ドアをノックした。
「あいよー。空いてる。」
久しぶりに聞いた声は何も変わらず、泣きそうになるのをこらえて、中へとはいった。
「何のようけ………。」
こちらを振り返って、フェレは目を瞬かせた。まるで、夢でもみているように。
「………ゆめ?それとも現実?」
「現実だよ。ハインツがここまで連れてきてくれた。」
暫く黙ると、ガシガシ頭をかきはじめて、何やらブツブツと文句をいうと、私を勢いよく、そして強く抱きしめる。
「逢いたかった。」
その声が震えているのは、彼だけじゃなくて私もだ。私もと抱きしめ返すと、更にぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
「なんで、帰ってこないの。キヨスミが帰ってくるところは、オレのところじゃないの。」
なんとも理不尽な。でも、それが嬉しくて涙が零れおちる。
「やっと、やっと言える。やっと、逢えた。」
彼はそう呟いて、
「好きだ。」
と甘いキスをくれた。
騎士とメイド
お久しぶりです。
この作品は、随分前に書き上げていたものなんですが、投稿しないまま、メモ帳に保存されていました。
これも、またいつも通り、自己満足小説で、僕の理想やら妄想やらを詰め込んだ書きました。
楽しかったです。