Seventeen
本編に登場する主人公は高校一年生ですがタイトル通り十七歳となっております。私事ながら少々理由がございますので、そこは大目に見て頂ければと思います。
途中、極わずかではありますが同性愛者についての描写がございますが、本編は女子高校生の恋を描いた物語となっておりますので、宜しくお願い致します。
1
夏の声がすぐそこに聞こえる春の終わり。
高校一年生になりたての秋花は、騒々しい街を早足ですり抜けながら電話口で誰かと話しているようだった。
「いや、タダの同僚があんな仲いい訳ないやん」
彼女は物憂げに眉を下げ周りを気にしながら小さな声で言葉を紡ぐ。心做しか歩く速さも落ちた。重いリュックを背負い直しつつ延々と愚痴を垂れ流す理由、それは、新しい環境での新しい恋愛に、ひどく、困惑しているからである。
彼女はごく普通の高校生な筈だ。
人並みに化粧をして、人並みに羽目を外して、人並みに勉強をする。何処にでもいるような、普通な、高校生である。
因みにそれは、好きになった人が高校に務める教師である事を除けばの話だ。しかもあろうことか、意中の人は同じ学校の男性教諭と付き合っているんじゃないかという噂さえある。
噂と言ったってほぼ秋花の考えすぎなのは恐らく間違いないだろう。
「秋花落ち着け。男同士、しかも同僚って、確率的にはほぼ無いから」
秋花の至極真面目な相談を尻目に、けらけら笑いながら受け答えをするのは彼女の幼馴染である、冬梨。電話の向こうでカタカタとゲームスティックを鳴らしながら冬梨は呆れた様に言った。
「考えすぎなんだよ。そんな証拠、何処にもないじゃん」
その言葉と共に秋花は深くため息をついた。
本当に自分の考えすぎなのだろうか。
いや、確率がほぼ無いって言ったってやっぱり、多少は……
秋花はいよいよ自分が無理にこうやって解釈して自分の首を自分で絞めて勝手に苦しんでるだけなんじゃないかとさえ思い始めた。
「よし決めた。こういうのってさ、自分で見な分からへんもんやんな?」
しかし、先日やった漢字のテストに、"百聞は一見にしかず"という諺があったことを秋花は思い出した。そして何かを決意したようにぎゅっと拳を握り真っ直ぐ前を見据えながら頷く。そんな彼女に冬梨は困惑を覚えていた。
「いや、待って、ちょっと待って、あんた何する気?」
電話口の向こうで少し慌ただしくゲームを切る冬梨。一寸の迷いも無い秋花の声に、恐らく不安でも覚えたのだろう。何せ幼馴染が警察沙汰にでもなれば冗談を言っている場合ではないし、一般人ならまだしも秋花ならそういうことをやり兼ねないと冬梨は思っているからだ。そんな冬梨の焦りや不安とは裏腹に、秋花の意思は固かった。
「後をつける、放課後に。二人で怪しいことしてるんじゃないかって情報貰ったりするし」
誰から貰ってんのよ、という一言は取り敢えず飲み込んだ。同じような人の周りには同じような人しか集まらないと冬梨は自分で自分を納得させ、ツッコミをとりあえずしまい込む。
「それで?何も無かったらハッピーエンドだけどもしかしてしまったらどうすんの?」
冬梨の鋭い意見に、秋花は思わず言葉を詰まらせる。もし、本当に、一番見たくない場面に遭遇してしまったら。秋花はそんなことを考えたことが一度もなかった。
「その時は、──その時、だよ。」
本当にその時に直面しても私はこうやって冷静に居られるのかな。微かに残る疑問と不安を無理矢理抑え込み、秋花はそう告げる。その態度に冬梨はまた深くため息をつくだけであった。
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2
「秋花?どうしたん?帰らんの?」
その日一日、秋花は気が気では無かった。頭の中では幼馴染に言われたことが何回も何回もループする。それを見兼ねた親友は心配そうに彼女の顔を覗き込みながら慎重に尋ねた。
「あ、…陽菜ごめん、今日ちょっと用事あって…」
やっと我に返ったかのように目を大きく開けば、秋花は苦笑い気味に陽菜に返す。陽菜は俄然納得の行かなさそうな表情で秋花を見詰め、口を尖らせた。
「秋花また隠し事してるやろ。もう。まあええわ、いつでも相談してよ?」
親切な不満を漏らせば、陽菜はまた元気な笑顔に戻り、手を振りながら教室をあとにした。がらんとした部屋にはもう秋花一人しか残っていない。秋花の狙いの時間帯は生徒も教員ももう殆ど残っていない7時だった。あと二時間をどうやって潰そうか、そう考えながらも秋花はいつの間にか机に突っ伏し、静かに夢路についてしまっていた。
「……え、寝てた、…」
目覚めると、時計は6時50分を指している。丁度いい時間の目覚めに、秋花は心の中で小さくガッツポーズをしながら自分のリュックを肩にかけ、教室に鍵を掛ければ、ひとまず鍵を返そうとぼんやりした頭で職員室へ向かった。
廊下は既に消灯しているものの、職員室と生活指導室は未だ三々五々に散らばって残業をする先生達がいて、明るい光が廊下に漏れていた。街の綺麗な夜景は人々の残業で出来ているというジョークはどうやら間違ってはいないらしい。
鍵を返した後、秋花はその場に立ち尽くしてそう考えた。後を付けると言ったって、相手が動いてくれなきゃ意味が無い。参ったなあ、と途方に暮れる秋花の後ろで、聞き覚えのある声が二つ、暗い廊下に響いた。それは間違いなく彼女の恋した柳田先生、…と、その例のお相手、水源先生の声だった。チャンスがいよいよ巡ってきたのである。
彼女は死角に隠れじっと向こうの様子を窺った。何か談笑しながら二人で角を曲がって行くので、秋花は慌てて静かに後ろへついていった。そして壁の後ろに隠れ、ふぅと一息ついた頃、何やら鍵を開ける音が聞こえてきた。ドアが閉まったことを確認し、少しだけ顔を覗かせて見れば、どうやら"会議室"という札が掛けられた部屋へ二人で入っていったらしい。
会議室の用途は他でもない、会議するための場所だ。しかし既に夜は幕を開けている、こんな時間から会議なんてするのだろうか?段々と、表しようのない悪い予感が秋花を襲う。
───まさか、本当に…?
引き返してこのまま家に帰りたい気持ちは十分にあった。しかし、何かに後を押され、と言うよりも、魔が差したかのように秋花はその部屋に近づき、そっと聞き耳を立てた。
何度も何度も神に祈ったものの、柔らかくて冷たい月の光に包まれながら秋花の耳に届いたのは、普段聞いてる授業の声でもなければ大好きな笑い声でも無い、彼の中にある自分の知らなかった何かの鳴き声と吐息のみである。一瞬にして、秋花の今までの記憶がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。楽しかったことも嬉しかったことも目が合った時の忙しく煩い心の声も、何もかも、全部が、今となっては嘘だったかのように思える。
そのドアの前に立ち尽くした数秒間が、もうそれは数時間のようにも感じた。逃げることさえも忘れていた彼女は、呆然と、正気のない顔で踵を返し、一歩、二歩、あの禍々しい場所を離れようと歩く。皮肉にも彼女の頭上には、幾千の星屑が輝く綺麗な晴れた星空が広がっていた。
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3
暗闇に、光るディスプレイが浮かぶ。辺り構わず走ったせいでスマホを落とし、その割れた液晶には、何十件のメッセージと不在着信が届いていた。秋花はと言うとそれらを見詰めながらも何を考えてるわけでもなく上の空である。時刻は既に零時を回り、散らかった机の上には母親が置いた食事が冷めきって並べられていた。
「…どうしたらいいんやろな」
そうやって何も無い部屋に言葉を吐き、秋花は傍にあった枕を抱き締める。ドクドクと心臓は脈打ち、ズキン、と頭が痛んだ。悲しみよりも辛さよりも、もっと根本的な何かが、秋花の首を絞めては離さない。
切羽詰まった彼女は、藁にもすがる思いでスマホを手に取った。見るとメールも電話もLINEも、全て通知で埋め尽くされている。それも、全て冬梨からであった。
それを見た途端、彼女は妙な安心感を覚えた。まだ自分には頼れる人がいたんだ、そう思い出した彼女は覚束無い手付きでコールバックをする。一回、二回と短いコールが鳴り、三回目に差し掛かった辺りで、電話は繋がった。
「秋花?…秋花!返事してよ、どうしたの、大丈夫なの?」
爆音とは言え、耳に流れる幼馴染の声を聞くと、先程感じていた小さな安心感はみるみる大きくなり、彼女は遂に大声で泣き出してしまった。意外にも学校を出てから涙を流したのはこれが最初である。大粒の透明な雫が流れては手の甲に落ち、そしてそれはまるで壊れた蛇口の如く、留まることを知らなかった。
「私、どっかで、何か、間違えたんかな、…好きになったら、あかんかったんかなあ、…っ」
枯れて上擦る声で必死に紡いだ言葉に、冬梨はだんまりした。追跡の結果は何となくではあるが察したし、秋花が今どれだけ辛いかも自分なりの見当がつく。でも、何もかけてやる言葉が見当たらない。
彼女は何も間違ってはいない。ましてや誰を好きになるかなんてそんなことは自由でなければいけないはず。分かりきっている。しかし冬梨は泣き喚く秋花を前に、未だ言葉を失っている。冬梨は秋花の幼馴染として十数年付き合ってきたが、未だかつてこんなに泣かれたことはなかった。よっぽど辛いんだろう、と彼女は瞼を伏せ、今はまだ暫く何も言わずただただ静かに話を聞いてやろうと決め込んだ。
十数分は経っただろうか。暫く嗚咽を繰り返していた秋花だったが、段々と落ち着きを取り戻し、呼吸を整えてぽつりぽつりと話し出した。
「……わかってた。柳田先生がどんだけ水源先生のことが好きか、ずっと前からわかってた」
そのか細く震える声は、厳寒に挫けそうになりながらも未だ咲こうと懸命に冬を生き延びる梅花のように可憐で、華奢で、なんと言っても…可哀想、だった。冬梨は無意識に眉間に皺を寄せた。そして相槌を適度に打ちながら彼女の次の言葉を待つ。
「…私じゃあ、きっとどうにもならんって思ってたんよ」
秋花は自分には勝算なんてこれっぽっちもないとわかっていた。現にそれが証明されたばかりである。そりゃあ、柳田先生に彼女がいたなら。仮にも相手は自分と同じ女の人であり、一千万分の一でも一億分の一でもその微々たる確率を信じて自分は三年間頑張れたのかもしれない。結婚したと聞いたならばそこで諦められたのかもしれない。しかし自分が今しがた聞いてきたのは他でもない、少し前に勝手に予測していたことが現実となっていた。加えてしっかりと証拠もついた謂わばお墨付きの情報である。
「性別、…ちゃうかったら、ほんまに手の打ちようがない、やん?そんなん、さ…」
冬梨は不覚にも確かにそうだ、と納得した。優しい嘘であろうとつくつもりは端から無かったし、言われた通りの事を冬梨も思った。しかしそんな機械的な感情もあれば、自分の幼馴染が正当に告白してふられてって失恋してるんではなく、無理矢理失恋させられているこの状況に無性に腹も立ってきた。確かにあとを付けようだなんて考えた秋花が悪い。間違いない。でも、知る権利は誰にでもある筈だ。それがいい事だろうが
「でも、もう、おしまいなんや。全部。私、もう好きでおったらあかんのやな」
悪いことだろうが。
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4
"拝啓
柳田先生
聞きたいことが沢山あるんです。
入学して間もない頃、私はよく色んな指導で生活指導室にお世話になってましたね。あの時あなたはどんな気持ちで私と水源先生が話しているのを聞いていて、どんな気持ちで話に入って私と水源先生を笑わせてたんですか。
あの時に気付けばよかった。二人が時折目を合わせて笑うのは、楽しいからなんじゃない、"幸せ"だからってことに。
私なんかきっと居なくてもよかったし、寧ろ消えて欲しいって思ってたのかもしれないんですよね。好きな人に消えて欲しいなんてこと思われるのは、きっと生涯でもうこれっきりです。
じゃあそう思えば、あなたが水源先生に恋しているその横で、私は馬鹿みたいにあなたを好きになったんですね。滑稽な話だと思いますよ、私自身も。
なのにあなたは何にも知らない。
今までずっと知らず知らずに幸せそうに笑うあなたの横顔を見詰めていて、尚且つこれから先もずっとそうしざるを得ない場面に直面する私の気持ちはわかりますか。
私、本気で柳田先生が好きなんですよ。"
ふと、夏風が窓から舞い込む。
漆が光る万年筆を置き、秋花はゆっくりと背伸びをした。昨日一晩中泣きながら冬梨に愚痴を言っただけあって、今朝の目覚めは妙に良かったし、何か吹っ切れたような気持ちになった秋花は自慢の綺麗な字で書き連ねた文書を淡い橙色の封筒に詰め込み、それを机の引き出しの一番奥にしまった。まるで自分の昨日までの思いをしまい込むかのように。
そして暫くぼうっとしていた秋花は、昨日冬梨に言われた事を思い出し、じんわりとした暖かさに包まれる。
「好きで居続けなよ。区切りをつければいい。今までは彼女がいない彼のこと追いかけてたけど、それが彼女ありになっただけじゃん。死んだ訳でも消えた訳でもない、彼は今も秋花のそばに居るんだよ?ふられた訳でもないのに諦めるなんて勿体無い。私は応援してるから」
そう言われるまで秋花は当たり前にもう諦めるつもりでいた。最悪の事態を目の当たりにして、叶わないんだってわかって。積み重なるショックに耐えられそうにもなく、この恋を諦めようとしていた、楽な方に逃げようとした。そんな矢先、冬梨に言われたことで秋花は我に返りはっとした。
そうだよね、一つの節目なんだよね。季節が変わるのと、同じようなものなんだよね。だから、また自分なりに方法考えて頑張れば…。結局可能性はゼロじゃないんだよね。そうやって冬梨に励まされ、自分でも明るく前向きに自分を宥めるうちに、秋花の顔には元気が戻ってきた。
「今日も学校頑張ろう」
誰に伝える訳でもなくそう告げると、秋花はリュックを背負って外へ踏み出す。
また、新たな季節の始まりである。
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5
「それでね、柳田せんせ、…あ。」
「お、宮本も居るんか。…柳田先生、ちょっと用です」
まただ。
またこの人だ。
そうやって曖昧な目線で私の前からその人を引き離す。一刻だけでも叶わない、一瞬たりとも容赦せずにこの人は自分のものだ、お前に入る隙間はないと叫びを上げられる。
秋花は心の底からふつふつと湧き上がる悔しさを抑えるために唇を噛み締めた。そんなことを知る由もない柳田先生の純粋無垢な笑顔が心に鈍く打撃を与える。
「嗚呼、水源先生。…ごめんな、行ってくる」
「うん。じゃあ、さようなら」
遠ざかる柳田先生にお辞儀をひとつすれば、秋花は自分の腕を抓った。
目を覚ませ。
柳田先生はお前なんかどうでもいいんだよ。
そうやって言い聞かせるものの、男と男という不可解な結論に醜くも彼女は鼻で笑った。本当に未来があるとおもうの?そうやって笑った。
それは単なる風刺ではない。自分の悔しさをぶちまける捌け口を作ったのか、或いは自分の方が上だという立場を無理矢理正当化しようとしたのか。どちらにせよ綺麗な感情でないことは確かである。
数十メートル先で寄り添う二つの影を恨めしそうに睨みつければ、秋花は踵を返す。然し、後ろを向いた拍子に何かにぶつかり、彼女は思い切り尻餅をついた。
「う、わっ、すみませ、…ん…、あ」
慌てて謝りながら顔を上げると、そこには秋花と仲がいい数学の先生が申し訳なさそうにしながら手を差し伸べてくれていた。
「ご、ごめんな?宮本大丈夫?」
「ううん、私が見てなかったから。ありがと」
秋花は小さく首を横に振れば、差し伸べられた手を掴んで立ち上がる。
秋花の数学の先生、永瀬先生は学校でかなり人気のある男性教諭だ。三十路という年齢に反したルックスの若さと整った顔立ち、それに加えた流行りのスポーツブランドのお洒落でラフな着こなしや、本人の話の面白さと授業のわかり易さ、時折雑談から垣間見える揶揄するような悪戯っぽい言動は幾多の女学生の心をぐっと鷲掴みにした。
その中に秋花は含まれない。
秋花は世の中の多数の女の子と同じように数学が苦手だった。しかし、彼女の文化系の突飛な優良成績は、良しも悪しも彼女を優等生へと仕立て上げる。そんな優等生が欠点ギリギリを取るようじゃ、周りからの威圧も大きい。そのため秋花は放課後によく永瀬先生と二人きりで補修をしていた。
仲良くはなったものの、彼女の永瀬先生に対する好きという気持ちは、柳田先生のものとは程遠い。
然し永瀬先生はそれに納得してはいなかった。
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6
話は入学式直後の数学の授業まで遡る。初回の授業では問題の完成度に応じたクラス分けが出来るように筆記試験を行っていた。勿論教諭である永瀬は生徒の入試合計点数を控えている。
クラストップは山本、二番目は桜田。
三番目は…
永瀬は窓際の一番前の席の女の子に目をやった。肩まで下ろした艶やかな髪は陽の光を受け黄金色の光暈を纏う。彼女は試験用紙を見詰めながら軽く顔を顰め、何分もしないうちに鉛筆を置いて窓の外を眺め始めた。光を受けて目を細めるその横顔が如何に美しいものか。永瀬は監督することさえも忘れて見入っていた。
宮本秋花。
国語と英語の学年レベルで一二を争う程の実力に比べ、数学の成績は三百人中二百位にすら入りがたい。秀才と呼ぶべきなのか否か。
彼は見回りをするフリをして教室を歩き回った。秋花の机の横を通ると、視界の端でほぼ真っ白な答案用紙がちらつく。そして彼女の顔を見遣れば、その透き通って潤ったヘーゼルの瞳は永瀬を見上げていた。まるで謝るかのように、申し訳なさそうに秋花は永瀬をじっと見上げ、緩く口角を吊り上げた後瞼を伏せた。漆黒で濃密な長い睫毛が頬に陰影を落とし、くっきりした顔立ちが浮かび上がる。
嗚呼、綺麗だ。
直感が、感性が、本能が、その全てが理性と正義の鉄柵をぶち破り、壊していく。永瀬を秋花を見詰めたまま喉を鳴らした。上下する喉仏から伝った生温い汗ですら厄介に思う程永瀬は動揺する。
まさか。今まで散々自分に向けられた好意を利用し自分の思うままに相手を弄んでいた自信と魅力で満ち溢れたこの自分が、まさかこの平凡な学生に惹かれて、
一目惚れ、だなんて。
馬鹿馬鹿しい話だ。
然し、その事実は逃げも隠れもせずただそこに鎮座している。認めざるを得ない、真実。
永瀬は初めて秋花に会った時のことを思い出ししみじみ、と瞼を伏せた。喉から手が出る程欲しがってた相手は今や振り向きもせず別の人を追いかけ回している。
──あんな奴の何処が良いのやら。
永瀬は呆れながら未だ廊下の末端から目を離さない彼女を見遣り、その細い手首を掴んで数学準備室へと引き返した。
…決して嫉妬なんて。
自分の事が好きでもないのに尚何も反抗せず大人しく引かれるままに歩き出す秋花の態度を永瀬は酷く気に入らなかった。その反面、心のどこかでは嬉しかった。
お前がアイツのことを一刻たりとも所有出来ない、入る隙間が無い代わりに、俺は少なくとも今からお前の事を独占していられる。
永瀬も秋花と同じように、綺麗な感情は持ち合わせていない。
彼らはそう、似た者同士である。
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