太平洋、血に染めて(1)
★この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件など
には、いっさい関係ありません!
・プロローグ用BGM
https://www.youtube.com/watch?v=qGWAjxkbLlo
https://www.youtube.com/watch?v=zDG0_txuy-Q(予備)
*オープニング(第一話から第四話までのOPです!)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm10312816
https://www.youtube.com/watch?v=GJw8stE2g6Y(予備)
*** プロローグ ***
一九九九年七の月。天空より舞い降りし恐怖の大王によって人類は滅ぼされるだろう。かつて、ある偉大な預言者はそう断言した。そして運命の一九九九年が訪れ、いよいよ人類滅亡のカウントダウンが始まった。核戦争、あるいは巨大隕石の衝突か。根拠のないデマが飛び交い、パニックに陥る人々。だが結局、何事もなく一年が過ぎ、さらに一年、また一年と月日は流れ、やがて恐怖の大王の名は人々から完全に忘れ去られるのであった。
しかし、人の心から完全に悪が消えることはない。恐怖の大王は独裁者の弱き心に宿り、世界征服という巨大な野望に目覚め、ついに動きだした。
欲望。憎悪。狂気。冥府の鬼ならぬ、人が自らの手によって造り上げた地獄。大地は火の海となり、海は血の朱に染まる。恐怖の大王が、世界を焼き尽くす。終わりのない戦いに、人々は絶望する。そして、大五郎たちも太平洋をさまよいながら希望の光を探しつづけているのであった!!
第一話「炎のサムズアップ」
昼食を済ませると、ハリーは食堂の隅にあるベンチで昼寝をはじめた。なにもやることがないので、大五郎もとなりのベンチに座ってボーっとしていた。空母の中には子供が遊べそうなものはなにもないし、自分と年がちかい子供も乗っていない。
大五郎は、ふと幼稚園の友だちのことを思いだした。みんなは、先生は生きてるのだろうか。無事に脱出できたのだろうか。みんなと最後に会ったのは、戦争がはじまる二日まえの遠足の日だった。雲ひとつない、よく晴れた日。先生や友達と一緒にカブトムシをとったり、小川で小魚をつかまえたり、みんなでお弁当を食べたり……。とても楽しい遠足だった。また、みんなと一緒にあそびたい。母さんのつくったお弁当が食べたい。大五郎は、こみ上げてくる涙をぐっとこらえた。みんなは、きっと生きている。父さんや母さんも、きっとどこかで元気に生きているにちがいない。だから、もう悲しむのはやめよう。大五郎は、みんなの思い出をそっと胸の奥にしまいこんだ。
「どうした、ぼうず。元気がないのう」
長老がニコニコしながらやってきた。
「おいらは、げんきだよ」
大五郎もニコリと笑った。
「じいちゃん、ヒマか?」
「うむ、ヒマじゃ。なにもすることがないんでな、釣りでもしようかと思っとる。どうじゃ、ぼうずもやるか?」
「やる!」
あまりにもヒマなので、大五郎は長老とふたりで釣りをすることになった。
甲板に向かう途中、倉庫に立ち寄ってリールつきの釣竿をひとつ調達した。
「やれやれ。まるでアリの巣じゃな」
杖の音を通路にひびかせながら、長老は息を弾ませていた。幅が百センチあるかないかの細い艦内通路は、まるで迷路のようである。うっかりすると、乗組員でさえ迷子になってしまうこともあるという。艦内には陽の光が差し込まないので、通路や部屋の電灯は常に点いている状態だった。長く入り組んだ通路をひたすら進むと、ようやく甲板に通じる左舷側のタラップまでたどりついた。
「しかし、デカい艦じゃ。ひょっとしたら、わしの村より大きいかもしれんのう」
長老はその名の通り、中東の小さな村の長老だったのだ。しかし、こんどの核戦争でほとんどの国家は消滅。長老、そして大五郎たちは、帰るべき故郷を失ったのである。
「ぼうずは、疲れておらんか?」
「うん!」
「若さ、か。うらやましいのう」
長老はハゲあたまを汗で光らせながらゆっくりとタラップを上がりはじめた。しかし、ハゲているのは頭頂部のみで、長老の白髪は肩のあたりまで長く伸びているのだ。
出口の向こうに、青い空がのぞいている。釣竿を肩にかつぎ、大五郎も長老のあとにつづいてタラップを上がりはじめた。
「まぶしい!」
大五郎は掌で日差しをさえぎった。右舷中央にそびえるブリッジは上半分がミサイルで吹きとび、まるで王冠のようにギザギザになっている。その王冠の真上で、太陽が白く輝いていた。
「いい天気じゃな」
青空を仰いでうなずくと、長老はゆっくりとした足取りで舳先のほうへ歩きはじめた。大五郎は長老のあとを飛び跳ねながらついていった。舳先の向こうで、水平線が見え隠れしている。波で空母が浮き沈みしているからだ。大五郎は、ふと足を止めてうしろをふり返った。ブリッジのまわりや甲板の端には、飛行機の残骸が散乱している。
大五郎たちの乗る病院船が潜水艦の攻撃を受けて沈没したのが四日まえのことだった。運よく、ちかくを航行していたこの空母に、大五郎たちは全員、無事に救助された。しかし、空母は潜水艦の追撃を受け、ブリッジにミサイルが直撃、操舵室が吹き飛んだ。スクリューや舵も魚雷攻撃により破損、航行不能に陥った。かくして、空母は生き残ったわずかな乗員と避難民たちを乗せたまま、当てもなく太平洋を当をさまよいつづけているのだった。
「ぼうず」
舳先のほうで手をふりながら長老が呼んでいる。
「なにをしておるのじゃ。はやくせんと魚が逃げてしまうぞ」
「マグロがにげる!」
大五郎は全力で舳先のほうへ駆けだした。
そろそろ釣り糸を垂らして二時間がたつ。しかし、魚はまだ一匹も釣れていない。あぐらをかきながら竿をにぎる長老のとなりで、大五郎はつまらなそうにひざを抱えて座っていた。
「つれないね、じいちゃん」
大五郎は大きなあくびをした。
「なかなか釣れんのう」
舳先の示す水平線に目を向けたまま、長老もあくびをした。肩まで伸びた長い白髪を、さわやかな潮風でなびかせている。そして、ハゲた頭頂部は陽の光を受けて白く輝いていた。
「おいらに、いいかんがえがある!」
大五郎は立ち上がってズボンを下ろすと、釣り糸の先に向かって小便をはなつのだった。
「まきえ!」
「なるほどのう。撒き餌、か」
長老は白いヒゲを撫でながら、のん気そうにほほ笑んでいた。
「あっ、にじだ! じいちゃん、にじができた!」
大五郎は小便を指差しながら、満面の笑みを浮かべて長老をふり向いた。
「ブラボー!」
長老も親指を立てて歓喜の声を空にひびかせた。
きらきらと七色に輝くの美しい光の帯。大五郎は生まれてはじめて小便に感動していた。
――そのときである!
「フィッシュオン!!」
長老が吼えながら立ち上がった。竿が弓なりに大きくしなる。そしてリールは悲鳴を上げ、すさまじい勢いで道糸が海に引きずり込まれていく。
「マグロだ!」
きっと、マグロにちがいない。甲板に両手をついて、大五郎はじっと海の上に目を凝らした。
「こいつは大物だな」
うしろのほうで声がした。甲板に手をついたまま、大五郎はふり向いた。カウボーイハットの下で眩しそうに目を細めながらホットドッグをかじる男。
「手伝おうか?」
ハリーである。
しかし長老は返事をしない。聞こえているのかいないのか、長老は一心不乱にリールを巻き上げていた。
「マグロだよ!」
笑顔でハリーを見上げながら、大五郎は片方の手で釣り糸の先を指し示した。
「なにか浮いてきたぞ」
水面に目を細めながらハリーが言った。大五郎も海の上に視線を戻した。青い海の下から、なにか丸い、大きな黒いものが浮かんでくる。
「れおなるどだ!」
水面に向かって大五郎は叫んだ。鉢巻きと刀は装備してないようだが、あれは〝レオナルド〟にちがいない。大五郎は、そう確信した。
「あ~。あれはアオウミガメだね~」
いつからいたのかわからないが、大五郎のとなりで白髪あたまの老人が海をのぞき込んでいた。動物マニアのムツゴローである。
「釣ったら、ちゃんと逃がしてやらないとだめだよ~?」
ムツゴローは甲板の上に両手をついて大五郎とおなじ格好になっている。黒縁メガネの奥で目を細めながら、ムツゴローは無邪気な笑みを浮かべていた。
「あっ!」
大五郎と長老は同時に声を上げた。長老が竿をにぎったまま、勢いよくうしろのほうに弾け飛んだ。釣り糸が切れたのだ。
「はうぁ!」
長老は背中から倒れ込んで後頭部を強打した。口から白い泡を吹きながら、長老はピクピクと痙攣していた。
「マグロじゃなくて残念だったな、ぼうず」
やれやれというように肩をすくめると、ハリーは残りのホットドッグを口に放り込んだ。
「かわいそうにね~」
ムツゴローが言った。長老のことではない。アオウミガメに言ったのだ。アオウミガメは、まだ空母のそばに浮かんでいる。まるで助けを求めるかのように、じっとムツゴローの顔を見上げていた。
「いま針を抜いてあげるからね~」
そう言って立ち上がると、ムツゴローは飛びこみ選手のように体を大きくまえに倒し、あたまを海面に向けて腕をまっすぐに伸ばした。
「とう!!」
ムツゴローが飛んだ。まるで本物の水泳選手のような、すばらしいフォームである。しかも途中で体を丸めてひざをかかえ、みごとな前転まで披露してくれた。もちろん、着水もじつにあざやかなものだった。とても老人とは思えない身のこなしである。
立ち泳ぎをするムツゴローの元へ、アオウミガメが自ら近づいてゆく。
「よ~しよしよし」
アオウミガメのあたまを軽く撫でまわすと、ムツゴローはさっそく針を外しにかかった。
「どうかしてるぜ、あのじいさん」
呆れた口ぶりでハリーが首をふった。
「よ~しよしよし。よくがんばったね~。痛かったね~。もう大丈夫だからね~」
どうやら針が抜けたようだ。
ムツゴローは目尻にしわをつくりながらアオウミガメのあたまを撫でまわした。
「よ~しよし。それじゃあ、おうちに帰ろうね~」
ムツゴローがアオウミガメの甲羅に跨った。
「あっ、うらしまたろーだ!」
大五郎は絵本で見た浦島太郎を思いだしたのだ。
「う……ここは、いったい……」
どうやら長老が覚醒したらしい。杖につかまりながらヨロヨロと立ち上がった。
「さてと。オレはもう行くぜ」
ハリーが葉巻に火を点けた。
「じいさんも来いよ。食堂でポーカーでもやろうぜ」
「そうじゃな。それじゃ、ワシらも行こうか、ぼうず」
「おいらは、もうすこしここにいる!」
「海に落ちないように、気をつけるんだぜ?」
口もとに笑みを浮かべながら大五郎にうなずくと、ハリーはもういちどポセイドンをチラリと見やった。アオウミガメの背に乗るムツゴローが、波に揺られて、ゆっくりと空母から遠ざかってゆく。ハリーはくわえた葉巻から煙を立ちのぼらせながら、呆れたように首をふった。
「それじゃ、あとでな。ぼうず」
葉巻をふかしながら、ハリーが左舷のタラップを降りていった。長老もハリーの後につづき、ゆっくりとタラップに向かってゆく。両手で杖をにぎりしめ、寄りかかるように歩いている。まだ、あたまがハッキリしていないのだろう。その足取りはふらふらとおぼつかず、なんだかゾンビが歩いているようで気味が悪い。
はたして、長老は無事にタラップを降りることができるのだろうか。
「あっ……!」
あぶない、と大五郎は叫ぼうとした。長老がタラップを踏み外したからだ。だが、もはや手遅れである。
「ぅわラッ……ば!」
断末魔と共にタラップを転げ落ちる長老。その様子は、さながら山の斜面を転がってゆく落石のようでした。
「なけるぜ」
大五郎は大きなため息をつくと、ハリーの真似をして肩をすくめるのでした。
しずかになった。甲板にいるのは大五郎だけである。舳先でひざを抱えながら、夕焼け空の下で朱く燃える海をながめていた。はるか水平線の向こうに、紅い夕陽が半分沈みかけている。アオウミガメの背に跨るムツゴローの影が、夕陽の中に黒く浮かび上がっていた。
しばらくボーっと朱い海をながめていると、背中のほうから何者かの足音がちかづいてきた。大五郎は、ひざを抱えたままうしろをふり向いた。
「あっ」
カタパルトオフィサーのイエロージャケット、そしてカタパルトオフィサーを示す黄色い甲板作業員のヘルメットを被るメガネの男。ヨシオである。
大五郎のとなりに立つと、ヨシオは腕組みをして舳先の示す水平線のほうをながめはじめた。いや、夕陽を見つめているのだろうか。ヨシオのメガネは、陽の光を受けて白く輝いていた。
大五郎がヨシオに声をかけようとしたとき、もうひとつ足音が聞こえてきた。
「いい夕陽じゃな」
うしろの声にふり向くと、シワだらけの顔でスミスじいさんが笑っていた。産毛のような白髪あたまは地肌が見えており、右のこめかみには大きな茶色いシミができていた。
大五郎のとなりに立つと、スミスじいさんは夕陽に目を細めた。
「夕陽を見ると、思い出すのう。わしらの国を……世界を焼きつくした、あの忌まわしい炎の色を」
ふたりの間でひざを抱えながら、大五郎も夕陽をながめていた。核の炎は、人々に地獄の闇をもたらした。しかし、夕陽の炎は人々に安らぎの夜を与えてくれる。そして朝の陽射しは、人々の心に希望の火をともしてくれるのだ。そんな太陽に、大五郎は両親の温もりを感じているのであった。
「おや、なんじゃあれは?」
スミスじいさんがムツゴローを指差した。
空母の前方、およそ五百メートルのところを、アオウミガメの背に跨るムツゴローが漂っている。紅く燃える水平線のほうへ、ゆっくりと遠ざかりながら。
「あっ!」
スミスじいさんと一緒に大五郎は叫んだ。
とつぜん、海の中から大きなサメが現れたのだ。まるでクジラのように巨大なサメは、ムツゴローのまわりをぐるぐる回りながら品定めをはじめた。はたして、ムツゴローの運命やいかに?!
「ああっ!」
大五郎はまたスミスじいさんと一緒に叫んだ。
口を大きく開けながら、巨大なサメがムツゴローめがけて高く飛び上がったのだ。
「くわれたーっ!」
大五郎も飛び上がって叫んだ。ムツゴローとアオウミガメは、ひと口で巨大なサメに飲み込まれてしまった。浦島太郎よろしく、ムツゴローたちは皮肉な最期を迎えたのであった。
おどろいて口を大きく開けすぎたのだろう。スミスじいさんの口から入れ歯が飛びだした。
「ばっちい!」
大五郎は足もとに落ちてきた入れ歯を海に向かってけり飛ばした。
「ああっ」
スミスじいさんが慌てて海に身を乗りだした。まっすぐに伸ばしたスミスじいさんの右手が入れ歯を追いかける。
「あっ」
大五郎は大げさな声を上げた。スミスじいさんの足が甲板から離れたからだ。入れ歯と共に、スミスじいさんは朱い海へと落ちていった。
「じいちゃんがおちた!」
大五郎はヨシオを見上げた。しかし、ヨシオは動かない。ヨシオは腕組みをしたまま、じっと水平線のほうを見つめていた。
「じいちゃん!」
大五郎は甲板に両手をついて海をのぞき込んだ。白い波紋の中に、スミスじいさんのあたまが浮かんでいる。スミスじいさんは両手で宙を、そして水面をかいて、叫びながら助けを求めていた。
「じいちゃんがおぼれてる!」
甲板に両手をついたまま、大五郎はヨシオを見上げた。ヨシオは水平線に目を向けたまま、だまっている。まるで気にしていない様子だ。舳先のほうから差し込む夕陽の光を正面に受けながら、ヨシオは黄昏ているのであった。
「あっ」
大五郎が海の上に視線を戻すと、さっきまで見えていたスミスじいさんのあたまはすでになく、右腕だけが、まっすぐに海面から突きだしていた。しかも、天に突き上げたそのこぶしは、なぜか親指を立てているのであった。
大五郎は「はっ」とした。ある映画のワンシーンを思い出したのだ。スミスじいさんは、きっとあのシーンを再現しようとしているにちがいない。
「じごくであおうぜ、べいびー!」
大五郎も親指を立てて叫んだ。
すると、海面から突きだしたスミスじいさんの腕が、ゆっくりと沈みはじめた。力強く親指を立てたまま、スミスじいさんは朱く燃える海の底へと沈んでゆくのであった。
スミスじいさんを見送ると、大五郎は立ち上がってヨシオを見上げた。
「おじさんは、さっきからなにをみてるの?」
ヨシオは返事をしない。腕組みをしながら、じっと夕陽を見つめている。いったい、ヨシオはなにを考えているのだろうか。
「あっ」
まぶしい。ヨシオのメガネが燃えている。夕陽の光を受けて、メラメラと燃えている。大五郎は目を細めてしばたきながら、白く燃えるヨシオのメガネをいつまでも見つめていた。
大きな戦争があった。
世界は核の炎に包まれ、国家という国家は消滅した。
生き残ったわずかな乗組員と避難民たちを乗せたまま、大海原をあてもなく漂う一隻の航空母艦。
ここは太平洋のド真ん中。
羅針盤の針がくるくる回る。天国と地獄を交互に指しながら、くるくる回る。
今日も夕陽は真っ赤に燃える。
空と海を朱に染めて……。
第一話「炎のサムズアップ」
おわり
太平洋、血に染めて(1)
*エンディング(第一話から第四話までのEDです!)
https://www.youtube.com/watch?v=RxUxgNDFCWU
https://www.youtube.com/watch?v=2iqSfTRs1Lc(予備)
*次回予告BGM(詳細は「公式ファンブック」にて!)
https://www.youtube.com/watch?v=zRAjiv23A3M
https://www.youtube.com/watch?v=ulFc-R1BFRo(予備)
【映像特典】
https://www.youtube.com/watch?v=Wer6LooOPks
https://www.youtube.com/watch?v=CAJpFheQ_wM
・BGM「ヨシオの夕陽」
https://www.youtube.com/watch?v=i4B_yPWZRdU
https://www.youtube.com/watch?v=FdaAKt9JuPI(予備)