裏口と替え玉
今年の初詣は菅原道真を祀る、天満宮へお参りした。
別に身内に受験生がいるというわけではなく、出かけた足の向きで「じゃ、天神さん行ってみようか」的なノリである。しかしやはり受験シーズン真只中、バスを降りると鳥居の前からすでに人が溢れている。
半端ない人込みを避けるため、我々は参道を通らず、外から回り込んで本殿前に至る門をくぐった。この辺りから参拝客が長蛇の列を作っているが、遅々として動く気配がない。みんな忍耐強く自分の順番が来るのをじっと待っている。
しかしスピーカーからは巫女さんらしき声で「お急ぎの方は、脇を通って端の方からご参拝下さい」と呼びかけている。参拝客の行列はあくまで自主的に出来上がったもので、神社が並ばせたものではないらしい。
それでは、と我々は列の後につかず、脇をすり抜けて賽銭箱の端からあっさりと参拝をすませた。裏口入学ならぬ裏口参拝の気分だが、神社が推奨しているのだから推薦参拝だろうか。別にそう急いでいるわけでもないが、行列に並んでじっと待つほどでもなかったからだ。
端っこから拝んでいるからといって、祈る気持ちがおざなりというわけでもないし、「遥拝」という言葉もあるほどだ、ご神体との物理的距離も、境内にいる限りそう影響しないだろう。
このように、菅原道真公といえば学問や受験の神様のイメージだが、就活にもご利益があるらしい。就活、特に新卒の場合は入社試験の形をとることが多いから、当然かもしれない。その入社試験について、少し前に奇妙な話を聞いた。
とある中小企業の社長さん。年は五十代半ば。そろそろ次世代へのバトンタッチを準備しようと考えている。彼は創業者である父親からこの会社を継いだ二代目で、三代目にはやはり親族を任命するつもりであり、社員にもその事は伝えている。
彼には二人の子供がいる。三代目の候補者だ。姉と弟で、世間一般の流れからゆくと、会社を継ぐのは男である弟、という事になる。しかし弟は名門大学に入ってはいるのだが、どうも大人しくて覇気に欠ける。経営者の器、という奴ではない。かといって姉が男勝りの女社長タイプかというと、そうでもない。文系の、これまた大人しい女子大生である。
そこで社長さんはかなりの長期計画を練った。
姉を一流の上場企業A社に入れ(誰もが知る大企業だ)、有能な男性を見つけて職場結婚させ、しかるべき時期をみてこの娘婿に自分の会社を継がせる、というものである。
まずは採用試験突破からだ。
他の一部上場企業と同じく、A社の新卒募集もエントリーシートの記入に始まり、かなりの段階までがネット経由で、お互いの顔も見ないままに進行される。
社長さんはそれを逆手にとった。
実は、このA社は理系色の強いメーカーで、入社試験も理数系の出題がかなりの比重を占める。このため、文系の姉が突破するのはほぼ不可能なのである。そこで、弟の登場となる。
弟は父である社長さんの命令に従い、パソコンに向かう姉の隣に座って、入社試験を次々と解いていった。姉はただ、答えを入力するだけである。こうして彼女は無事、ネットでの関門を突破し、本社での最終面接も通過して、社長さんの計画通りA社に採用された。
普通の家庭ならこれだけでもう十分、と喜ぶところだが、社長さんの計画はまだ第一段階をクリアしたばかりである。この後さらに、次期経営者にふさわしい男性社員の選定、交際の開始、婚約、結婚とミッションは続いてゆく。
しかし入社試験は弟の力を借りて何とかなったが、後はどのように展開するつもりなのだろうか。話に聞く限り、姉は魔性の女とかそういうタイプではないらしく、これぞと思った男を狙い通りに落とす才覚があるのかどうか。
とはいえ、A社は何百という人数が働く大企業である。出会いの機会は山ほどあるだろう。そして、彼女のことを大切に思ってくれる相手であれば、妻のためならと、会社経営という重責を引き受けてくれるかもしれない。
そんな事より気になるのは、弟の助けを借りての入社試験突破はいかがなものか?という点である。もちろん、彼女は一次試験の後に続く選考を経て採用されたのであり、本当に駄目な人材なら、その段階で外されていただろう。しかし、やはり選考結果には嘘がある。一種の替え玉受験だ。
もちろん、簡単にそれができてしまう選考方法にも問題はある。だがせめて、そんな手口を使ったことは、家族だけの秘密にしておくべきではないだろうか。少なくとも私には、とても浅ましい行為に思えるし、それを成功談として語る人の気が知れない。
さてこの話、清き心をモットーとする菅原道真公が聞いたら、どのようにコメントされるだろう。案外「そういうの、俺の時代も結構あったし。藤原家なんかもう、やりたい放題!」などと、「宮仕えあるある」で盛り上がるかもしれない。
裏口と替え玉