45体位のアムール
天気雨が降りだして君は玉蜀黍畑を急いで駆けた
飲みかけのコークだけがこの手許に残されて
100万年 僕はポーチに横たわって待った
遠くの声がずっと泣き止まず それは僕の声だった
ゆっくり キスしようね
あの橋の下でね プリンを吸うようにね
そのあと 手をゆっくり繋いで
ゆっくりと シャガールの夜を跳ぼう
あのひとの背中の倦怠に 満月を見た
カトレアの押し花を こっそり印につけておいた
いつかこの田舎町に帰る頃は カーニヴァルで踊るの
魔法は必ず気づかれない 朴訥な優しさにはね
月夜の散歩道は いつも海沿いの岸壁
吹き付ける潮風 あなたが香る いつもこの場所だった
あの冬を境に 消えていった 最後の線香花火
だから一人で歩く 街灯もいらない もうここしか戻れない
レモネードとフレンチキスをかき混ぜて
あたしたちの恋愛小説を書いた
ミルクセーキが朝のベッドから零れ落ちた
恋愛小説は未完のまま別れを告げた
あなたのペンの先は震えていた。
「山川くん、あたしと共謀しよっか」
川べりの道 小指だけ結んで 進む 橋のたもと
「なにを共謀するの?」
水沢さんはいつだって唐突だ 小指が離れた
離れた手が両頬を包んで 生まれて初めてのキスだった 夕暮れ
ジョニー ジョニー 黄金の野原で呼ぶの
ジョニー ジョニー 髪を結んで欲しいの
ジョニー ジョニー どこにも行かないでほしいの
あの街の市場の片隅で ヴェルレーヌを口ずさむひとがいたら
誰も近寄らないで 最愛のジョニーだから。
紫の気高さがあなたの 言葉を 遮ろうとした
白濁の月が 鋭角の海に 落ちる 夜
光を閉じた黒の硬度がわたしの 言葉のなかに 入ってきた
悪魔が 眠る 赤と 青の ベッドで
天使の翼が捥げても 想いは跳躍する
地上の炎が消え失せても 花束を投げ入れる
あなたとわたしが ボーイ・ミーツ・ガールのルールなの
ミニクーパは疾り去る 甘くて ぬるい物語 残して
それはきっと 爪先立ちの想いだった
その名前を まだわたしは 知らなかった
あれほど脈打った鼓動が 冬の訪れとともに 去った
わたしは それを 何年も経って 恋と名づけた
激しく街を溶解する熱線の温度で乳房を吸った
「これは恋じゃないんだ」
高速の粒子が衝突する速さで屹立したペニスを擦る
「これは恋じゃないわ」
八月の終わりに 焼け落ちた恋だった
「あなたは知らせてくれなかった あのメリーゴーランドの夜を」
この身体のすべてから指紋が消えることを 哀しく思う
いつか また 通りすがるなら 奇跡が戻るなら
オルガンで あのメロディが もう一度欲しい
使われていない番号を刻みながら 雨脚を避けたビルの入り口
何度も飽和しつくした あの名前をもう一度だけ口にする
地下鉄に飛び乗って その名前はこの街を消失した
雨脚は激しかった 壁にもたれた 人ごみで泣いた
「恋を知るにはデリダはいらない、人が要るの」
「君を知るにはラカンはいらない、君だけで十分さ」
「あなたを知るにはドゥルーズはいらない、広めのマットレスが欲しい」
「僕らが僕らになるにはイデアなどいらない、この夜さえあればいい」
手許にまだ勝負を賭けたカードが残っていた
「あなたの番よ」
カードをテーブルに置く瞬間、囁かれた
「負けたら、あなたと寝るわ」
カードを隠したまま 僕の記憶は混濁のうちに途切れた
揺らいでいる 人生 ボトルに詰めた
まもなく 彼が来る 定刻どおり 深夜のワンコインバー
今日こそは 負けたくない まだ陥りたくない
きっと 情の深さなら 彼の勝ち
だから このゲームは あたしの勝ち
バラがあの人の帰りを待ちながら
シャンパンがセピア色の写真を折る
マティーニに揺れたあの晩の律動
コルトレーンが途切れ、カフェはいま、閉店の時間
鼓動の傍でいられればよかった体液
髪を愛撫していたらそれで安堵できた対面座位
あの振動と感触は神から差し伸べられた手のようだった
思い出しながら シングルベッドの白ワインは夢を夢見ていた
「どこまでもその先端を辿らなければならなかった。あなたを引き出すためには。その感覚を計って絶妙なタイミングを狙った。あなたは名前を切なく呼ぶだろう。そうすればあたしの栄誉。あなたを篭絡させるなんてちょろい世界大戦の発端だった」
短い詩の中にあなたを潜ませる
美術館のポップアートの絵の傍に置いてくの
きっと原色の色彩が誘爆を起こす
あなたが囁いてあたしが仕掛けたテロが完結する
不意に手を握った 真夜中の谷間
故意に口づけた アールデコの部屋
背中を脈動させて 覆われた顔を解かなかった
それが生まれて初めての 世界の絵だった
紫煙の先で 君を 描く
ジタンが 身に染みて もう動けない
あの頃は ハイボールを分け合いながら 夜は僕らが制圧したものさ
僕の背中と 君の乳房で 夜を分け合い その境界を壊した
「どうして詩を描くの」
「しょせん下らぬ短い人生だから」
「なぜあたしを選んだの」
「おまえが一番この世界に疲れていたから」
憂愁が出航するのは憧憬の岸壁
ウォトカの入った小瓶を故意に落とす
壊れたパラソルを持った彼女が過ぎて、消えた
詩を書く僕の ノオトは いつの日も 夕刻を織る
魂は眠ったふりをしながら
長い時間をかけてビンゴゲームを一人きりで楽しんだ
その間に待っていた瞬間がこの一室に再訪するはずだと
だが蠱惑な息遣いは二度と戻らず、残った湿り気はいつしか渇いていった
地下鉄の壁に描かれた カップルの言葉
誰かと誰かが衝突して いつも消えゆく定式
僕は悼みの代わりに 詩を書き加えた
「確かに彼らの地図には刹那な希望が刻まれていた」
黄昏時に 人々は足繁く 通過する
あなたと わたし以外の 心は
エレジーは 埃だらけの街を 洗おうとしなかった
わたしたちだけが 夕刻の ストーリィだった
「それは唯心論的に意味を成すのか。その思考の過程の中で君が欠落させたもの、魂の持ちうる理性への作用だ。悟性の崩壊の手順だ。あの女への情動は試算ではない。不可逆的な裸体、処女性からケツ振りへのアンチノミー、その危うさ。認めねばならない。君の情動が初期の値で屈服してしまったこの荒廃を。敗北だ」
「世界は・・・・あまりにも・・・・」
夜のパリ アパルトマンの街並み 疾走する
君はまだ 無を 仰いだまま
君とすれ違うなら 世界とすれ違ってしまう
もう一度試みる 刹那な恍惚 スピードの愛
停まったリムジンが誘惑する ベルリン 午後3時
男たちの狩猟は いつも空回りの狙撃
彼女のバレエだけが 僕に風穴を開けさせた
トウシューズの残滓に コニャックは朝まで混迷する
コテージの朝 指で数えて 爆発3分5秒前
あなたは教えなかった 刹那の想いの銃弾
カラシニコフで歌うわ あの告白の言葉
雨の舗道が教えてくれた ジュテームの伝言ゲーム
レンピッカのキャンバスに まどろむ
バルセロナの亡命者ブルース
二人は20世紀で最も悲惨なノンフィクションを生き切った
彼は壁を越え、彼女は鉄条網を潜った
共に弾丸が打ち抜いた頭に 牧場での情交だけ 残った
「なにを狙っているの? ただの機械仕掛けの女よ」
彼女は僕の熱を鎮めるオリエンタルの香り
「ベイビー、ちょっと黙ってて。交わるにはキスが必要」
唇で思想を塞ぐ。琥珀の匂いがする。上海の幻惑の夜
ワルシャワ行きの列車の中で やっと時間が重なる
二人でシナモンショコラ 齧りあった オリオン座の夜
雑誌でお互いの顔を隠して ふざけあった
イノセンスな彼らの 装飾のない 永遠の滅び急行
射精の瞬間の顔がたまらなく愛しく、滑稽だった
終わるといつものように吸っているカフェバニラ
口移しに煙をもらってから もう一度火がつく
モスクワの夜は長かった 千年交わりあってきたかのように
革命のさなかの ハバナ 旧市街
人々が 怯えるさなかで
わたしたちは 最後の残り火で 駆け引きしあった
やがて こんな夢も 終わる
最後の 抱擁を終えて 銃殺を待った
胸板の上に 頬を重ねて
濡れた体毛 いじりながら 慣れない黄鶴楼を吹き込む
思わずむせて あなたが笑った 破れかぶれに
まもなく夜明け 台北の朝焼けが 裸身を二つ 包む
君のゲバルトはオリオンの光だという
思想の代わりに僕は投げやりな怠惰を君に教えよう
僕らの赤軍が破綻を来たすレバノンの大地
僕の蒔いた種子はゲリラではなく君のハイビスカスだった
紫の傷みと 青色の鬱屈 鏡に隠した
ルージュで 今夜の感度を 弓なりに描く
もう一度 誘われて 先端を噛む
あなたが このチェルシーホテルで 一番不幸せな あたしへの隷従
最後のマティーニを 終えたら
君の計略は 僕を陥落させるだろう
いつだってそうだ 僕の情愛だけが君に負ける
ポーカーゲームのように 運命は時を選ばない
チャイナタウンの夜に また溺れようとした
音楽が途切れたら この恋もまた ちぎれゆくのだ
戦火が迫る シンガポール ホテルのロッジ
人々がわめき 途惑う この終末感の中で
わたしたちの踊るタンゴだけは 静寂のうちに終わりを待っていた
「あたしとあなたは亡命者、地下に潜ったの、当局は必死になってあたしたちを捜索している。でも見つけられやしない。あたしたちはこのコロニーの灰とダイヤモンド。誰も裂くことなんてできやしない。硬質なテキストの1ラインであたしたちだけが永久なのだから」
あなたを描いた詩は決して癒されないだろう
書き殴ったポストカードを壁に画鋲で留める
あらゆる脈絡を絶った紫煙を吹きかけて 思い起こすのだ
あなたのために投げ込まれた 多くの命のことを
あなたはずっと笑っていた
あなたと わたしが かすれた29.97コマは 5000光年間隔のフィルムのずれだった。
わたしも涙が出るくらいに 笑っていた
あなたの微笑が単なるディラック定数に過ぎなくて わたしの涙もまた些細な重力定数以外にありえなかった
あなたが過去へ揺り戻った わたしは未来で背を向けた
「やめてください、池上課長!」
「いいじゃないか、山下くん、前から好きだったんだ」
「田原軍曹殿、それは上田婦長へのセクシャルハラスメントであります!!」
「吉川二等兵、それが上官への口の利き方か!!」
「いえ、黒岩専務、自分も加わりたいのでありますっ!!!」
45体位のアムール
ツイッターの企画に43人の方々に参加して頂いて、お一人ごとに送らせて頂いた詩を編集した。
作者ツイッター https://twitter.com/2_vich
作者が所属するアートユニット「先端KANQ38」のアカウントを作りました。
映像製作を主に行ってます。遊びに来てください。
先端KANQ38ツイッター https://twitter.com/kanq38