アスリーの箱庭

アスリーは箱庭を愛している。
彼女を知る者は口々にそう言った。
アスリーの箱庭には近付くな。
箱庭を知る者は皆そう言って、それ以降口をつぐんだ。
だけど、誰一人として彼女の本当の姿を知る者はいない。
アスリー、彼女は何者で、彼女の箱庭にはどんな謎がなるのだろうか?

昔から一部の人々の間で都市伝説のごとく囁かれている噂がある。
その噂の主人公がアスリー。
20歳前後の若い女性で、国籍は不明。
人形のように美しい顔立ちで、ゴシック調のコスプレとも取れる服を着ているらしい。
彼女はふらりと現れて、ある日突然いなくなる。
彼女の持ち物は大きな茶色い革製のトランク一つ。
トランクの中には彼女が作った箱庭があり、その箱庭は異国の町がそのまま小さくなって入ってしまったかのようにリアルに作られていて、目にした誰もが魅了されるという。
しかし、彼女は自らは決して箱庭を人に見せることはしない。
ある者はアスリーがトランクを開いた所に偶然遭遇し、ある者は噂を聞きつけ覗き見をし、ある者は箱庭を欲して盗もうとした際に箱庭を見る。
そして見た者は大半がその地から忽然と姿を消してしまう。
皆が口々にこう言う。
アスリーの箱庭に取り込まれたのだと。

そんな事がある訳がないが、配属された『月刊ミステリー』編集部で私が任された仕事は、このアスリーの箱庭の噂を追う事だった。

私、『松尾 実里(まつお みのり)』は一週間前までファッション雑誌の編集部に配属されていた。
ファッション雑誌は昔から好きだったのもあり、仕事にやりがいを感じていたのだけど、新しく編集長に就任した『足田 圭介(あしだ けいすけ)』の誘いを断った結果、廃止寸前のオカルト雑誌の編集部に飛ばされてしまった。

月刊ミステリーは、まことしやかに囁かれている噂を追求、解明する雑誌で、主にUFOやUMA、オーパーツの類いを特集している。
根強い読者はいるらしいが、その数は圧倒的に少ない。

「待ちに待った新入りだ!期待してるぞ!」
編集長に初日に掛けられた言葉。 
内心、期待されても困ると思った。
「早速だか、君はアスリーの箱庭を知ってるよね?」
アスリーの箱庭。
ゲームか何かの名前だろうか?
ゲームには無知だから知るはずがない。
「…すみません、分からないです。」
私がそう言うと、編集長は大袈裟なくらい大きなリアクションを取った。
「アスリーの箱庭を知らない人間がこの世の中にいるとは信じられない!君、一体今までどうやって生きてきたんだ?この世には不思議だらけだと言うのに!」
どうって、至って普通の生活してましたが。
身の回りに不思議なんて更々なかったですけど。
なんてこと言えるはずがなく、とりあえず謝っておいた。
「アスリーの箱庭。世界七不思議の一つと言っても過言ではないこの事象を、君は本当に知らないのか?かーっ!何たる無知!何たる怠慢!よし、君にミッションを授けよう!アスリーの箱庭の謎を解きたまえ!」
そうして私はアスリーの箱庭を追うことになった。

編集長は何の手掛かりもくれないので、とりあえずネットで検索をしてみた。
沢山の検索結果が表示され、私は初めてアスリーを知った。
想像で描かれた沢山のイラストのアスリーはとても綺麗だけど人間味がなく、蝋人形のようだった。
アスリーの噂は、遡ると明治時代から存在しているらしい。
アスリーの神隠しとも言われ、当時は新聞に小さく載ることもあったそうだ。
ただ、どれもこれも憶測の域を出ない内容ばかり。
噂が一人歩きして、話が大きくなっていった様な雰囲気だった。

検索内容を変え、アスリーに実際に会ったことのある人をを探してみた。
大抵がどこどこの誰それが会ったらしいとか、アスリーっぽい人を見たとか信憑性のないスレッドばかりだったけど、中には何人か会ったと思われる人がいたのでピックアップし、連絡を取れないものかとコンタクトを試みた。

数日後、私の書き込みに気付いた数名から連絡をもらうことができ、これからその中の一人に会いに行く事になった。

待ち合わせ場所には約束の10分以上前に着いた。
まだ相手が来てないだろうと踏んでいたのに、待ち合わせの主は私よりも前に到着していたらしい。

「雑誌の記者さんですか?」

着くなり背後から声をかけられ、思わず叫びそうになるほど驚いた。

女子高生と聞いていたから、今時の子か、よく見かける普通の若い子を想像してたのに、彼女は明らかに何か違った。
個性的と言えばいいんだろうか?
2cm程しかない前髪に、立派な眉毛。
それに似つかわしいとは思えない虎のプリントされたトレーナーと紫のラメ入りのミニスカート。
そのトレーナーを着るのは大阪のおばちゃんだけだと思っていたからカルチャーショックだ。

「前田 紫帆(前田、しほ)さんですか?」

衝撃を受けてることを悟られないように、冷静を装うのは大変だった。

「はい、そうです。今日はよろしくお願いします。」

見た目とは違い、話してみるととても礼儀正しい良い子だけど、話してみようと思うまでに相当時間がかかりそうな雰囲気がある。

「早速ですが、お話を聞かせてもらってもいいですか?ここでは何なのでカフェでも行きませんか?」

「その事なんですが、実はアスリーに会ったのは私じゃないんです。」

「え?」

「アスリーに会ったのはおばあちゃんなんです。だからおばあちゃんに会ってください。おばあちゃんの家はこの近くなんで」

ネットの書き込みは、あたかもこの子が会ったように書いてあったのに、それがおばあちゃんだったとは。
それでも生き証人に会える。
私は紫帆さんと二人で、彼女のおばあさんの家に向かった。


待ち合わせ場所から徒歩5分程で紫帆さんのおばあさんの家に着いた。
外壁にびっしりと蔦の絡んだ小さな洋館のような洒落た一軒家で、庭にハーブが生い茂っている。
でもそれは決して手入れされていない荒れた庭ではなく、綺麗に管理されているのだろうと分かった。
ガーデニング雑誌の記者なら飛び付きたくなる庭だろう。
所々に置かれた陶器製の置物や石畳の小道。
どれを取ってもセンスが分かる。

「素敵なお庭ですね。」

「はい、おばあちゃん自慢の庭なんです!」

おばあさんの事が大好きなんだろうなと思うほどキラキラした目で、嬉しそうに言われ、思わず顔が綻んだ。

「おばあちゃん、連れてきたよー」

紫帆さんは玄関のドアを開け、そのまま家の中へと入っていった。
勝手に上がるのも失礼と思い待っていると、中から紫帆に呼ばれた。

アスリーの箱庭

アスリーの箱庭

アスリーの箱庭には近付くな。 まことしやかに囁かれている噂がある。 私はその噂を追って、少しずつアスリーに近付いていく。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-28

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