おまえをオタクにしてやるから、俺をリア充にしてくれ! Anniversary novel【2017】
原作の作風を少しでも追体験出来たら、それ以上に嬉しい事はありません。
after the Grand Finale
「ふんふんふ~ん♪」
今日は朝から天気が良い。だから絶好の洗濯日和だ。ここ最近雨ばかりが続くいやーな日々だったので、久しぶりに洗濯物を外で干せる事に、主婦として安堵しているのだ。
どうして私が”主婦”かといえば、恋ケ崎桃――改め『柏田桃』は、一年前に、高校からの同級生で、五年の遠距離恋愛の末に柏田直輝と結婚した。馴れ初めを話そう思うと、少しばかり気力がいるし、とても長くなるので、またの機会にでも。
直輝は、富士見社で編集者として働いている。私の新婚旅行に行く時、土日で仕事を片付けた事から分かるように、編集者というのはとても過酷で体力がいる仕事みたい。私も、今でも小説を書いているけれど、それを見る側の編集者さんの気持ちを、直輝を通じて知れて、ちょっと新鮮だった。
だから、直輝は土日に帰れない日が出来てしまう事もあって、随分と不規則な勤務のなかで働いている。
不規則な生活を送らざるを得ないからこそ、妻である私が支えてあげないといけないのだと心に強く留めている。
さて。洗濯物をあらかた干し終わって、一息ついてふとカレンダーを見ると、二月二十八日――私の二十三歳の誕生日だ。
直輝に初めて誕生日を祝ってもらえたのは、確か私が十七歳の時で、あれは私がパパの都合で北海道に引っ越す直前の事だった。あの時直輝と抱き合って、お祝いしてもらったんだったな――と昔の事を懐かしんでいると、頬を染める自分がいて、直輝の事を本当に愛している事を実感させられる。
今日は八時くらいには帰れると朝に伝えられているので、それまでに家事を済ませて、自分で自分を祝うのも変だけど、お料理もいつもより豪華なのを作るために準備をしないとね。それは、いつもお仕事を頑張ってくれる直輝への感謝の意味も含まれているのだけれど。
部屋に掃除機を掛け終わった頃、インターホンが鳴らされた。
「誰だろう……」
結婚した今では男性への恐怖心というのもほとんど無くなったけど、それでもぶり返すことがたまにある。そういう時は隣に直輝がいる時だから、すぐに安心できるんだけど、直輝がいなかったらちょっとやばいかも。
そんな事を考えつつ玄関を開けると、私を待っていたのは小豆ちゃんと翠ちゃんだ。
「こんにちは~桃ちゃん!」
「こんにちは、桃さん」
「小豆ちゃんに翠ちゃん!! とりあえず入って入って」
二人をリビングに案内して、キッチンでお茶と軽くつまめるものを用意してから彼女たちのもとへ戻る。
「簡単な物しか無いけどどうぞ」
「わあ! ありがとう!」
「ありがたく頂くわね」
しばらくはお互いの近況などを語り合う。その中で、働いている職種に話題が移った時、当然の事ながら直輝の編集者という職業についても及んだ。
直輝の最近の様子を伝えると、しんみりとした様子で何かを噛みしめている様子だった。
小豆ちゃんは直輝の元交際相手——翠ちゃんは直輝を異性として意識していた――直輝と深い人間関係のあった人たちだ。
高校生の頃は、直輝が翠ちゃんの事を好きで、私が鈴木君を好きでという状況で。だからお互いの恋を助け合っていた。だけど、翠ちゃんに告白を断られて、すぐに小豆ちゃんとの交際が始まった。それからは————
「……ちゃん? 桃ちゃん?」
「え!?」
「桃ちゃん、何だかぼーっとしていたから。どこか体調が悪かったりする?」
「ううん。そういう事じゃないの。ただ、昔の事を考えていて」
「そっか」
小豆ちゃんはすぐに話を戻してくれた。正直「何を考えていたの?」と聞かれていたら、平静を保って話せる自信が無い。でも、小豆ちゃんも翠ちゃんもその当事者だから、あえて聞かない、その優しさが嬉しいしありがたい。
そうして女子会はお昼を超えて夕方の五時まで続いた。
普段であれば、そろそろ夕食の準備をし始める頃なので、翠ちゃんが声を掛けてくれる。
「桃さん、そろそろ夕食の準備をする頃ではないかしら」
「それがね。直輝の帰り、今日遅いから。もうちょっと後でも大丈夫なんだ」
「でも、今日は桃さんの誕生日だから夫婦でお祝いするのだろうし、ここら辺で失礼するわ」
翠ちゃんと小豆ちゃんをお見送りしてから、私は夕飯の支度に取り掛かる。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
今日は俺の妻であり——最愛の人、桃の誕生日。
桃には八時には帰れると伝えてあったのだけど、三十分程遅くなってしまった。駅からの道を急ぐ。
ようやく一軒家の玄関までたどり着く。リビングの明かりが点いている。桃が待っていてくれる。
玄関を抜けてリビングに通じるドアを開けると、俺に気づいたのか、桃が駆け寄ってきて抱きついてくる。
「どうしたんだよ桃……」
「遅いよ直輝……帰りが遅いから、何かあったんじゃないかって。私たち、こういう大事な時に限って何かが起こるから、心配で……」
桃の言う”こういう大事な時”というのは、恐らく彼女の十七歳の誕生日の事。それから、それ以外の沢山の事を指しているのだと思う。
「大丈夫だ、桃。俺はこうしてお前のいる場所にちゃんといるからさ。それに今は夫婦だ。たとえどんな事があろうと、必ずお前のいるところに戻って来るから、な?」
「うん……」
昔から変わらない桃の綺麗でしなやかな髪を撫でてあげると、桃がさらに寄り掛かってくる。高校生の時や大学生の時とは違う、大人の女性の感触。
しばらくそうしていたけれど、俺は鞄の中から一つの箱を取り出して、それを桃に渡す。
「直輝、これは?」
「いいから開けてみろって」
桃が不思議そうに包みを解いていく。そして、そのふたを開けると————
「——これって。私が欲しかったネックレス……」
そう。それは、この間お出かけをした先で桃がとてもデザインを気に入って、買いたいとまで言っていたやつだ。だけど、値段が少々お高めだったので、一旦は諦めたのだが……。
「つけてあげるから、ちょっと貸して」
「うん」
桃からネックレスを借りて、彼女の髪をかき分ける。桃の綺麗なうなじにドキッとしてしまう。いくら夫婦と言えども、流石に女性のこういう部分までは見るはずが無い。
ネックレスをそっとつけてあげる。視線を胸元に落として確認した桃は、こちらを振り向いて、とびっきりの笑顔で言った。
「ありがとう直輝。大切にするね――」
そして、桃の熱くて瑞々しい感触が、俺の理性を包み込む。
桃は——昔と何も変わらない――あどけない笑顔で、抱きついて、その温かな感触とともに、言った。
「愛してるよ、直輝」
おまえをオタクにしてやるから、俺をリア充にしてくれ! Anniversary novel【2017】
オタリアの原作に近い作風を意識して執筆しました。少しでも、原作の著者であります村上凛先生に近づけたらなと、思っています。