朽ち果てた長屋の畳に残された
君の記憶が、雑草に被われている。
僕は、縁側に座って小さな庭を眺めている。
君が育てていた植木鉢には、
薄く淡く見知らぬ群青の花が咲いている。

僕は、断崖の上で無数の島影を見下ろす。
小さな船着場の橋桁が、波に揺れている。

この島から盗まれた宝石。
この島から消えた初恋。

そうして、寺院もない共同墓地。
山に消えた友人の墓標が、消えかけている。

僕は、再びここにいる。
僕は、再び君を思い出す。

あの日、君が声を震わせて、
船着場の前で、僕の腕を掴んで離さない。
笛が鳴る。橋桁の下で波が渦巻いていた。

『さようなら』

君は、今何処にいる。
君は、今でも、記憶に苛まれるか。

もう、ここには、僕達の記憶しかない。
もう、ここには、錆びれた時間の残骸しかない。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-26

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