無断欠勤

 目覚まし時計に起こされたものの、今日はどうしても仕事に行きたくない。誰にでもある事だ。しかし実際に休むかどうかは別の話。
 まずは欠勤の連絡をしなくてはならないし、これがけっこう面倒だ。行きたくないので休みます、と宣言できればいいが、それでは角が立つ。というわけで、たいては体調不良など、適当な理由をでっち上げることになる。
 世間にはメールで欠勤を伝えられる職場もあるようだが、大半の人は電話連絡だろうし、これが最大のハードルだ。何せ、電話越しとはいえ嘘をつくのである。やる事はオレオレ詐欺と変わらない。
 それでも、何としても休みたい時はこれを実行する。職場に電話して呼出音を聞くうち、本当に頭痛だか発熱だかしているような気分になり、案外するりとその場を切り抜けられたりする。
 だが、その電話すらしたくない事もあるだろう。そんな時には無断欠勤である。幸か不幸か私にはその経験がないので、実行した人の心のうちは想像するしかない。一日ぐらいまあいいか、なのか、電話するのさえ嫌、無理!なのか。十人いれば十通りの理由があるはずだ。
 では、無断欠勤を実行された側はどうなのか。
 友人の職場での例。中途採用の新人、山田君が始業時間になっても現れない。数日前から欠勤が多かったので、周囲も何となく「とうとう来たか」という受け止め方で、総務から電話を入れたが誰も出ない。
 放っておくわけにもいかないので、実家に連絡し、母親に様子を見に行ってもらった。山田君は不在で、テーブルの上に「しばらく旅に出ます」という置手紙があったそうだ。
 その後しばらく職場では「山田君はマグロ漁船に乗った」とか、「いや捕鯨船だ」とかいう噂が飛び交った。
 また別の友人、銀行員の話。営業の若手、鈴木君が来ない。銀行でこれは本当にあり得ない事態らしい。定時に出社できないような事があれば、何が何でも、見知らぬ人の携帯を借りてでも連絡するのが鉄則なのだ。
 同僚たちは全員、不安に陥った。事故か事件に巻き込まれたのではないか?突然の体調不良か?実家住まいの鈴木君の両親にも連絡を入れたが、普段通り出勤したという。そうして、落ち着かない気持ちのまま業務に入ったが、昼前に支店長が本部に呼び出された以外、何の動きもなかった。
 その翌日の朝刊に「銀行員、痴漢で逮捕」という記事が出た。犯人として鈴木君の名が、銀行の支店名とともに掲載されていた。
「本当に、そういう事するタイプじゃない、好青年だったんだけどね」とは友人のコメントである。
 そしてやはりこれも紹介しておこう。我が職場である。どうしようもない話だが、我が社は異様に離職率が高い。理由は明らかだがここには書けない。なので、無断欠勤というより、いきなり退職が多い。メールもあれば、ポストに手紙、電話、いったん退社してから戻ってきて「もう来ません」。色々ある。
 そういうわけで、誰かが始業時間にいなくても、無断欠勤なのか既に退職しているのか、判らなかったりする。一時間ほどしてようやく「まだ連絡がない?って事は欠勤か」となる。
 更に恐ろしい事に、心配すらしない。営業新人、山本君が無断欠勤した時には、先輩社員が「仕事が嫌だから来てないだけだろ?」と放置プレイ。三日めにようやく電話を入れた。
「明日から来るって言ってます」という事だったが、まあ来ないだろうと思った。
 結局、一週間後にようやく先輩社員が下宿を訪れ、山本君はそれから一週間ほど無断欠勤を続けてから退職した。
 しかし、三日目にようやく電話はかなり悠長である。こんなケースがあるからだ。
 花子さんは独り暮らしのOLだ。ある日帰宅すると、マンションのドアに管理事務所からの手紙が貼ってあった。
「窓を壊して申し訳ありません。修理しますので帰宅されたらご連絡下さい」
 よく事情が呑み込めないまま、花子さんは鍵を開けて部屋に入った。空気が何か変だ、と思ったら、ベランダの窓ガラスが割られて大穴が開いている。慌てて管理事務所に電話すると、担当者がガラス屋を連れて飛んできた。
「ここに住んでいる人の職場から、社員が無断欠勤して心配だから、部屋を確かめたいという連絡があったんです。ドアにもチェーンがかかっているというので、ベランダから入ろうとしたんですけど、隣の棟だったのを間違って、こちらのガラスを割ってしまいました」
 あまりの間抜けっぷりに、花子さんは怒りを通り越して「はあ…」と言うしかなかった。
ガラスが入るのを待つ間、何とはなしに「で、その方は大丈夫だったんですか?」と訊ねると、「いえ、亡くなってました」という答えが返ってきた。
 実を言うと私の身近にも、就寝中に突然死した人がいる。無断欠勤を心配した同僚が訪ねてきて、すぐに発見された。同じ職場で働く仲間である、それくらい気にかけるのが普通の感覚であろう。そもそも、無断欠勤を放置するような職場だから、もう行きたくない、という気持ちが芽生えるのではないだろうか。
 というわけで、今日はどうしても休みたい、という朝には、やはり電話連絡をお勧めする。ほんの一分ほどの勇気と決断で、自宅に踏み込まれる事態は避けられるからだ。

無断欠勤

無断欠勤

どうしても仕事に行きたくない朝、無断欠勤、やりますか。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-27

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