転職希望者
初投稿です。
かなり長く、読みにくいかと思います。
ふと思い立って書き上げました。そのためオチはございません。
色々と勉強中のため誤字や脱字、分かりにくい表現や間違った分の使い方など、突っ込みどころ満載かと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
会社に入ると自分がどれだけ小さな歯車なのかを実感する。
会社にとって必要なのは「自分」という固体ではなく、「歯車」という部品だ。だから自分という歯車がなくなっても、代わりになる歯車はたくさんいるのだ。
この会社にいるとつくづく俺は「歯車」なのだと実感する。
憧れの企業に入社できて2年。頑張ろうとやる気満々だったのは最初の6カ月だけ。
定時になっても帰れず休日出勤当たり前。
ふたを開けてみればこんなひどい会社はなかった。
同期の連中はそれなりの役職についているのに、俺はいまだに平社員。下から入ってきた連中にもどんどん抜かされて、俺は転職しようかと本気で悩んでいる。
これまでにも転職しようという気はあった。
だけど苦労して入った憧れの企業だ。そう簡単に踏ん切りはつけられない。それに彼女のためにも今は転職する時ではないと思った。
彼女と結婚するために式の費用をためてから。その想いが一番強かった。だがそんな想いも無駄に終わった。
携帯電話を見つめる。
ディスプレイにはにこりと笑う彼女が映っている。
彼女とはすれ違いが続き、先週別れを告げられた。彼女とは結婚するつもりだった。別れ話を切り出された時はショックで頭が真っ白。
慌てて彼女にその場でプロポーズしたが、とってつけたようなプロポーズは最低だと平手打ちをくらい断られてしまった。
彼女がヒステリックに叫んだ。
『連絡もくれない!会ってもくれない!こんな状況でプロポーズなんて馬鹿にしないで!!もう嫌なのよ!こんなの!!』
そう言われて返す言葉が見つからなかった。
忙しくて連絡する気力がなかった。デートの約束をしても突然の休日出勤でキャンセルすることも1度や2度じゃない。
仕事ばかりで彼女の不安に気がつかなかった。
結婚したって何も変わらない。周りから祝福されておしまい。
転職しようがしまいがそこは変わらない。
自由に使える金はなくなり、休日も家族のために使う。結局休まる暇はなく、ストレスが増えるだけだ。
だからこれでよかった。
そう自分に言い聞かせているが、彼女と一緒に過ごした思い出はなかなか消えない。それどころか彼女への想いがどんどん強くなっていった。
仕事に没頭すれば忘れるかと思ったが、寂しさは未だに癒えない。
我ながらなんと未練がましい。
昼飯を食べ終わって公園でボーっとしながら俺はずっと彼女の事を考えていた。
ランチを楽しむOLの会話や子供たちのはしゃぐ声。子供たちの側では母親が雑談している。
平和な風景だ。
目の前にある噴水を見ていると声をかけられた。
「すみません。お隣よろしいですか?」
「え?」
反射的に顔を向けると、そこには紺のスーツを着た中年男性が立っていた。
知らない人だ。
「ええ。あ、どうぞ」
「どうも」
俺は少し端によけてスペースを作った。
男性は俺に軽く会釈をして座った。
公園のベンチはここだけじゃない。空いているところだってあるのに。何でわざわざ俺の隣に座るんだ?
男性はベンチに座ると前かがみになって噴水を見つめた。
俺も噴水を見つめた。
噴水の周りで子供たちが水遊びをしている。楽しそうに笑いながら水をかけあったり、手を出して水に触ったりしていた。
「子供はいいな」
男性がぽつりと呟いた。
俺に話しかけているのか?
答えていいものかどうか迷う。
ちらりと男性を見る。男性は噴水を見ている。
「君は結婚しているか?」
「いいえ」
先週振られたばかりですと返してやりたいが、今はそんな気力がない。
「そうか。私は結婚してずいぶん経つが、子供には恵まれなかった」
男性は体を起して背もたれにゆっくり寄りかかると空を見つめていた。
何だか聞いてはいけないことのような気がして、反応に困った。
「妻とは恋愛結婚だった。妻はいいところのお嬢様でね、片や私は会社に入ったばかりの新米平社員。地位も肩書もない。当然周りからは反対された」
振られたばかりで、人の恋愛話に付き合あう気分じゃない。だが男性は恋愛話を話し始める。
「妻と結婚するために私は会社でがむしゃらに頑張ったよ。はは、私も若かった。妻との結婚を認めてもらうために必死だった。ようやく肩書きがついて、妻との結婚も許してもらえた」
「それはよかったですね」
俺は心のこもっていない声でそう言った。
「はは、ありがとう。だけどね」
男が一拍置いた。
「肝心の子供には恵まれなかった。妻はとても子供を欲しがっていた。私もできるだけ妻に協力した。だが、何年たっても子供はできなかった。妻は子供を産むには歳をとりすぎ、私も子供を育てていくには体力がない。自分では若いと思っていても、体は正直だ。日に日に体力が衰えていくのを感じるよ」
「そうですか」
「病院に行って検査を受け、結果を聞いた時は目の前が真っ暗だった。医者から妻は子供が出来ない体だと告げられた。結果を聞いた妻は子供のように声を上げ嗚咽を漏らして泣きだした。私はそんな妻を見ている事が出来なかった。あんなに泣いた妻を見たのは初めてでね、正直どうしていいのか分からなかったのだよ。その後、妻と話し合って子供は諦めた。何度も話し合って出した結果だが、とてもつらい決断だった」
「・・・」
「つらい決断をして、それを受け入れるには時間がかかった。子供ができなくて私の心は悲しみしかなかった。だが妻の悲しみは私よりも深かった。当時の私は仕事に没頭するあまり妻を気にする余裕がなくてね。悲しんでいる妻の隣で慰めることも、温かい言葉をかけてやることもしなかった」
俺は黙って男性の話を聞いていた。
もし結婚したら俺もこの人のようになっているのだろうか。
何だか聞けば聞くほど自分の将来を聞かされている気分だ。
もしかしたらこの人は将来の自分で、過去の俺に将来の事を話してくれているのだろうか。
いいや。でも俺は彼女に振られた。だけどもしかしたらその後、俺は彼女にまた告白したのかもしれない。その後彼女とは寄りが戻って俺たちは結婚した。
都合の良い妄想ばかりが頭に浮かぶ。
俺はちらりと男性を見た。
現在の俺の面影はないが、歳をとったらこんな風になるのか。少しお腹は出ているが、白髪もあまりないし、頭もはげていない。身なりはきちんとしているし、余裕ある大人の男だ。
男性は話を続ける。
「悲しんでいる妻を慰めず、私は今まで以上に仕事に没頭した。それこそ家に帰らない日々なんて当たり前。たまに帰れば妻と喧嘩。いくら仕事だと言っても妻は信用してくれなくてね」
母親にタオルで手を拭いてもらい、子供たちが帰っていく。その姿を見ながら男性が話を続ける。
「まさか浮気を疑われるとは思わなかった」
男性は苦笑いして頬をかいた。
「そうですか」
「でもそのくらい妻の心は不安定だった。その気持ちも知らないで私は妻を責めた。お前は自分の夫が信じられないのか!?ってね。売り言葉に買い言葉。妻もあなたこそ私の事を分かっていないじゃない!!って2人で大喧嘩。大バカだった私はブレーキがきかなくなって妻にひどいことばかり言った。でも最後はやっぱり子供の話しになってしまってね。どうして私には子供ができないの?と妻が泣き崩れた。子供のように泣きじゃくる妻の姿を見て、私は妻の悲しみを知ったのだよ。今までだって子供ができないと泣いていたのに。本当にどうしょうもない夫だ。気がついた時には妻の心は崩壊寸前だったのだから」
「・・・」
「私と同じように妻も何かに没頭すれば子供がいない寂しさも忘れると思っていた。だから習い事やパートを勧めた。だけど妻は習い事もパートもしなかった。私の側にいて変わらず尽くしてくれる。今でも寂しい思いをさせているのは知っている。だけど私は働いて家にお金を入れる事でしか、妻を幸せにしてやれる方法が見つからなかったのだよ。それは今でも変わらない」
将来の彼女はそんなに寂しい思いをしているのか。
けなげに帰りの遅い俺を待っている彼女の姿が目に浮かんだ。
深夜を過ぎても帰らない俺のためにご飯の用意をして待っている彼女に思わず涙が出そうになった。
今までずっと忙しい、疲れている。そればかり言い訳にして俺はなんてひどいことを彼女にしていたんだ。それなのに彼女は俺にそんな俺に尽くしてくれている。
俺は現在も未来も大バカ者だ。彼女の愛に支えられているのに、気がつかない。それが当たり前だと思って彼女の愛に慣れてしまった。彼女なら何をしてもいい。彼女だから俺を理解してくれると勝手に 思い込んでいた。でも、その思い込みが彼女を傷つけ不安にさせていた。
「だけどようやく気がついたのだよ。妻を言い訳にして自分が逃げていただけだと。子供がいない現実に目を背けたかっただけだとね」
静かに息を吐き出す男性。一呼吸置いて男が語る。
「妻のためにと言いながら自分が逃れたかった。仕事に打ち込んで少しでも忘れたかった。子供ができないという事実を自分が認めたくなかった」
男性の話は重かった。
将来俺たちの間に子供はできない。そう考えるととても重い。
彼女と幸せになって、いずれは子供も欲しいと思っていた。だけど子供ができない。彼女に説明しなければならないが、うまく説明できない。きっと彼女は絶望に打ちひしがれてしまう。
『どうして!?何故!?私たちには子供ができないの!?』と泣きながら俺にすがってくるだろう。
「子供の出来なかった原因は何だったんですか?」
男性に尋ねる。
男性は言葉を選んで慎重に言った。
「妻には子供を産むためのゆりかごが付いていなかったのだよ」
「え?」
「妻は外見だけは女性だが、体のつくりは中性だった。だから体内にあるべきゆりかごはついていない。万に一つの可能性で子供が産めたとしても子供を育てるために乳は出ない。乳は飾りのようなものだと医者から言われた時は言葉を失った」
外見は女性。体は中性で中身がない。
優しく、愛らしく、どこからどう見ても女性だった。だけど彼女の服の下は見たことがない。
そうか。彼女は中性だったのか。でも彼女の愛が変わったわけじゃない。どんなになっても俺は彼女を愛している。
何も言わないでいると男性が俺を見たのがわかった。俺も男性を見る。男性は少し笑っていたが、どこか寂しそうだった。
「君のような若い方に子供の話しは退屈だったな。申し訳ない」
「いえ」
「君を見ていたらつい昔の自分と重なってしまってね。仕事にかける情熱、未来にかける可能性。私があきらめてしまったものばかりだ。私は何かに熱中するには私は歳をとりすぎた。もう可能性は何もない。そう、この先には何もない」
男性の話しを聞きながら俺は彼女の事を考えていた。
今からでも転職しよう。もっと彼女の側にいられる仕事を探すのだ。彼女が寂しい思いをしないようにちゃんと休みが取れる職場。
「体力もやる気もある君が本当にうらやましい」
「はぁ」
もう間抜けな声しか出せない。
「廊下ですれ違うたびに君は忙しそうにしている。書類運びや資料作成の雑務しかしていないが、君は文句1つ言わず頑張っている。同期が地方へ飛ばされ、後輩がどんどんやめていく中、君だけは残った」
へ?廊下ですれ違う?同期が飛ばされ?後輩が辞めている?
地方へ飛ばされれば最後、もう二度と戻ってくることはできない。
頭にたくさんのはてなマークが浮かぶ。
俺の疑問を無視して男性は続ける。
「私はそんな君を見るたびに、若い頃は自分もああだったなと昔を懐かしんで・・・」
「おい!いたぞ!!」
そう声が聞こえたと思ったら、ベンチは黒いスーツを着た男たちで囲まれていた。
公園にいた誰もが一斉にこちらを見る。
物々しい雰囲気に包まれ、穏やかだった公園に緊張が走った。
あっという間の出来事に状況が飲み込めない。目を丸くして驚いている俺とは正反対に男性は冷静に男たちを見る。
男性の前に立ったスーツの人は深いため息をついてこう言った。
「お探ししました。こんなところにいらっしゃったんですね」
「今は休み時間だ。どうしようが私の勝手だろう?」
「休み時間は5分と言ったはずです。あなた様が戻らないと他の業務がつかえます」
「休み時間は働く者すべてに与えられる特権だぞ」
「今は非常事態です」
「そんな事は知らん」
「とにかくあなた様がいないと仕事が片付かず、業務が混乱します。それにその件が終わったら今度は貧困者達が100万人ほど待っています。ですから早くお戻りくださいませ、閻魔大王さま」
閻魔大王さま。
この世界の頂点に君臨する冥界の王。死者の罪を裁く神。
この会社に入ると皆そこを目指して頑張るのだ。俺も昔はそこを目指して頑張った。だけど雑用ばかりの業務に疲れ、日に日に目標を失った。
まさか大王さま本人だったとは!!俺はなんて無礼なことを!!
血の気がさっと引いていく。
「やれやれ、家では妻が私の帰りを待ってくれているというのに、今日も帰れないのか」
億劫そうに立ち上がり、その方は私を見て笑った。
「私は君に一目置いているのだよ。私に跡継ぎはいないからな。君さえよければいつでも私の地位をやろう」
「え!?」
「閻魔大王さま!!そのような事を!!」
「私は本気だ。君は昔の私によく似ている。きっといい跡継ぎになるだろう。まあ君が私のいるところまで上がってこられれば、の話しだが」
そう言って閻魔大王さまは笑った。
「お戯言はそのくらいになさいませ。さあ、早くお戻りを」
男たちに囲われるようにして歩いていくその方の姿を俺はただじっと見つめていた。
まさかたまたま隣に座っていたあの方が閻魔大王さまだったなんて。
俺はベンチから立ち上がってガッツポーズをとった。
また頑張ろう!
転職希望者
あとがきというものを書いたことがないので、何を書いていいのやらです。
ですが、読んで下さりありがとうございます。ただただその言葉のみです。
そして気にいっていただければ、これ以上にうれしいことはありません。
これからもお付き合いいただければ幸いでございます。
最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。