建前
自己紹介とマンデーブルー
ああ、今日もか。
本音を語るやつなんていないんだ。
俺の名は山倉健。
いたって普通の男子高校生だ。
学校と家の往復を繰り返す日々を送ってる。しかしながら、俺には大きな悩みがある。
いや、あったと言った方が語弊がないだろう。
俺は人の本音を知る事が出来るんだ。
どういう事かというと、人の思っている事が俺には聞こえてしまうんだ。
これを便利だと思う人もいるだろう。
好きな子の考えてることがわかったり、テストの時は賢い人の本音を聞いてカンニング出来るとか。
冗談じゃない。全然違うから。
前述したが、俺には人の思ってる事が聞こえる。
ただ、聞きたい人の本音を限定しては聞けない。
つまり近くにいる人全員の本音を聞くことになる。
これがどういうことかお分かりになるだろうか。
言うなれば、無秩序な保育園にいるようなものである。
誰もが好き勝手に、他人のことなど考えもせずしゃべっている。
そんな状況じゃテストどころでないのは分かって頂けるだろう。
好きな子の気持ちだって、その子が他の男に夢中なのが分かり、ハッピーな気分になる奴なんているのだろうか。
そんな感じで、ろくでもない能力(病気とでも言ったほうがいい気もするが)であるのは明白だ。
だが、そんなひどい能力にも救いがあった。
スイッチ機能があるのだ。
左耳を触る事で、本音を聞こえるようにしたり本音を遮断出来る。
これのおかげで俺の精神は安定を保つ事が出来る。
もしこれがなかったら、間違いなく精神科に直行していただろう。
感謝、感謝。
そんなわけで、俺はスイッチ機能をいかんなく発揮している。
つまり、ずっとオフにしてる。
オンにする、人の本音を知りたいなんて決して思ってたりはしないだろう、永遠に。
ああ、行きたくない。
日本の大家族を象徴するアニメを見ながら、俺はマンデーブルーに襲われていた。
明日からまた同じことの繰り返しが始まる。
そんな暗い気持ちを振り払うために、さっさと寝てしまうことにした。
しかし、これは大きな失敗だった。
良い子のみんなが眠る時間に俺も寝床に入ったのだが、全く寝れない。
原因は明らかで、夜遅くまで毎日ネットサーフィンをしているからだ。
日頃、何もすることのない俺は(勉強をしないのはご愛嬌だが)ネットの世界を夜遅くまで徘徊しているのだ。
そんなわけで全く寝れない。
俺は日頃の自分の不摂生を悔やんだが、どうしようもない。
慣れないことはするもんじゃないな。
俺はやっぱりいつも通り、ネットサーフィンをすることにした。
日付が変わったあたりで、俺の意識は朦朧としてきた。
ああ、宿題するの忘れてた。
そう思った瞬間、俺の視界はフェードアウトした。
いつもの朝
「お兄ちゃん、朝だよ。起きて」
「もう少しだけ待ってよ。」
「お兄ちゃん、朝だよ。起きて」
「わかったよ、起きればいいんだろ。」
俺はモーニングコールしてくれる物体の頭をポンと叩いた。
物体とは言わずもがな、アニメに出てくる可愛い妹の声がする目覚まし時計だ。
我ながら情けなくなってくる。
朝一番にすることが目覚まし時計との会話なんて。
まあ、可愛いモーニングコールが毎日聞けるのは、刺激のない俺の生活のスパイスになってるのも事実だ。
至福の時間もつかの間で、学校に行かなくてはならない。
俺は急いで支度して、家を出た。
さあ、今日もルーチンワークが始まる...............はずだった。
フラグを信じて
学校までは徒歩で10分あれば着く。
ご推察通り、俺はぼっちで登校している。
別に寂しくなんかない、もう慣れてしまったから。
願わくば、可愛い幼なじみとたわいもない会話をしながら登校したいものだ。
そんな儚い妄想をしているうちに学校に着いた。
クラスの友人と挨拶を交わす。
間もなく、HRが始まった。
「今日は、みんなに知らせておくことがあるんだが、このクラスに転校生が来る。」
担任の言葉にクラスがざわめいた。
俺はさほど気にしていない素振りをみせていたが、内心はドキドキとウキウキでいっぱいだった。
どんな子なんだろう。
可愛い子だろうか。
いや、可愛い子だろう。
転校生が可愛くないはずがないんだからな。
と、女かどうかも分からない転校生を可愛いと決めつけるほど、俺はワクワクしていた。
最近読んだ漫画に、何の個性もない男子高校生が、ふとしたきっかけで可愛い転校生と恋に落ちるというストーリーがあった。
その影響で、俺の脳内はピンク色のお花畑になってしまっていた。
そんな事を考えていると、教室のドアが開きかけた。
俺は祈りながら、ドアを凝視した。
その先には、、、
漫画にも負けず劣らずの美少女がいたのだ。
「入っていいぞ、中井。」
「はい。」
その後に彼女が自己紹介をした。
名前は、中井瞳。
親の転勤で引っ越してきたらしい。
黒髪のロングで、容姿端麗で色白のお嬢さんだ(おっさんクサい表現だな)。
「じゃあ、山倉の横な。しまりのないツラしてるやつの横だ。」
何だとっ。
教師の失礼極まりない発言は置いといて、あの美少女が俺の横に来るのか。
まあ、分かってはいたが。
俺の席は一番後ろの一番窓側の席。
漫画の主人公がよく座るところ。
しかし俺らのクラスは37人学級で、教師から見て6列編成なのだ。
よって一人余る。
その選ばれし孤島の戦士が俺なのだ。
そんな孤島の横に今は新しい島ができている。
そりゃ、そこに来るのは明白だ。
俺は横に人が来るだけでかなり嬉しかった。
授業でペアワークがある時に、前の席のペアに混ぜてもらわないといけない。
快く混ぜさせてもらえるのだが、疎外感は拭えない。
そんな哀しい思いと、もうおさらば出来るからだ。
その上、美少女ときたものだ。
美少女の横には俺しかいない。
必然的に、俺がこの子の心のよりどころとなるだろう。
俺の脳内では、その子との青春ストーリーが瞬く間に作られていた。
あの子から体育館裏で告白され、初めて手をつなぎ、花火大会でキスをする。
ダメだ、どうしてもにやけてしまう。
恋愛フラグは立った。
後は流れに身を任せるだけだ。
こうなったら、青春を思う存分謳歌してやるぜ。
俺はこの幸せな状況を噛み締めながら、心に決めたのだった。
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