第00話 さくら編

プロローグ(さくら)

『・・・・・――しゃい・・・・・――』
なに?よく聞こえない。私を呼んでるの?
『・・・・・ぁ――・・・・・ら、・・・・・愛し・・・・・、――・・・・・くら・・・・・――い』
誰?――、誰なの?


雑誌がバサバサとテーブルから床へ落ちる音で、鏑木(かぶらぎ)さくらは目を覚ました。そこは渋谷にあるカフェ2階の窓際にあるカウンター席。既に夕闇の訪れた窓の向こう側の街はネオンで輝き、人混みを明るく照らし出していた。窓ガラスには眠たげな制服姿の少女が一人映る。長い黒髪に少し気が弱そうなたれ目がちな少女は、異性にモテるというよりおば様方に可愛がられるような、まぁまぁ可愛らしい見た目だが、今は前髪がはね口元にはヨダレの跡が残り、なんとも残念な姿になっていた。

――誰かに呼ばれた気がする。

さりげなく前髪を直し、口元を手で拭いながら、周囲を見渡した。手渡されたファッション雑誌を受け取りながら、違和感を感じ手元に視線をやる。最近始まったドラマのヒロイン役の女優が表紙を飾るそれは、さくらが毎月買っている雑誌だ。
「・・えっ?・・・――あっ!ありがとうございます!」
雑誌を拾ってくれた女性は、「どういたしまして」と笑いながら、階下に降りていった。
――やばい、恥ずかしいっ!あぁ、もう自分はいつもこう、何かダメなのだ。
さくらはテーブルに突っ伏す。
そもそも、愛由美のせいだ。
友達の愛由美との待ち合わせの時間まで暇を潰そう雑誌を開いて、そのまま寝こけていたようだ。携帯を見ると18時を過ぎてる。メッセージ通知が2件来ていた。

『ごめーん!キモ村に捕まった!!!マジないわ。今日はヤバそうだから、買い物はまた今度で!』

『・・・・・さくら?怒ってる?』

愛由美は風紀の崎村先生に捕まったらしい。彼女は色素の薄い茶髪のくせ毛は毎回頭髪検査に引っかかり、悪い事など何もしてないのに、派手に見える外見のせいでいつも問題児扱いだった。それでも、スポーツだけは万能で、明るい性格から、なんだかんだ周囲から愛される。自然体のまま愛される彼女は羨ましい。

『怒ってないよ。カフェで待ってたら寝ちゃった。』
『良かったぁー。既読もつかないからメッチャ怒ってるのかと思った。明日ならさ、優香も習い事ない日だから3人で行けるんじゃない?どう?』
『いいよ』
『ちょっと聞いてみる!』

待っていたのか、愛由美からの返信はすぐに来た。優香はさくらが中学の時からの友人だ。勉強もスポーツも優秀で教師からの覚えも良く、真面目で優しい優香は、ちょっと鈍臭い愛由美をさり気なくフォローすることが多かった。
さくらはシャツの襟元からネックレスを引っ張り出して、窓に映る自分を見る。この前、愛結、優香、さくらの3人でお揃いで買ったネックレス。ハートのチャームに、愛由美は赤、優香は青、さくらはピンクのストーンがはめ込まれているものを選んだ。
さくらにとって、二人は自慢の友人だ。何の取り柄もない自分を二人はどう思ってるんだろうか?

携帯のバイブレーションを感じ、手元に目をやる。

『姉ちゃん、今どこ?腹減ったよー。夕飯先食っちゃうよー。』
「あ、やば。早く帰らなきゃ」

愛由美かと思ったら、弟の奏太からのメッセージだった。

『今、渋谷!あと30分ぐらいで家着く。』

さくっと返信して、さくらは鞄を掴んで店を出た。さっさと帰ろう。
人の波に流されつつ駅に向かう。歩いながら携帯を見ると、愛由美からメッセージが来ていた。

『優香、OKだって。明日3人で行こ!』
『ありがとう、わかった。今度は遅れないでよ。』
『へーき、へーき。大丈夫だって!』

何の自信があるんだか。

『また明日』

いきなりぐらりとさくらの視界が傾いた。倒れそうになり、慌てて踏ん張る。
貧血かと思ったが、眩暈は次第に酷くなりり、視界はチカチカする。モスキートーンの様な、甲高い、不快な、でもとてもとても小さな音が聞こえてきた。
「ナニ、これ…」
携帯電話を握り締める手が汗ばむ。
次第に目眩が酷くなり、さくらは堪えきれず、地面に手をついた。
急に高い場所から落とされた時の様な浮遊感とな上から押さえつけられるような圧迫感とが繰り返しさくらを襲う。身体の重みに耐えきれず、力を入れている腕が震える。
頭が割れそうに痛い。初めはモスキートーンの様だった甲高い音は、どんどん大きくなった。

『…いらっしゃい…』
――恐い。
また、あの幻聴。

助けを求めようと、さくらは力いっぱい顔を上げた。遠巻きにこちらをうかがう群と目が合った。拒絶、好奇、驚愕・・・・・それぞれの顔で、でもしっかりと携帯のレンズをこちらに向ける人々の群れに先程とは違う現実的な恐怖が湧いた。
何故。
視界の端に自分と同じようにうずくまっている人達がいる。
ざわりと肌が泡立った。そう、だからだ。だから、誰も近寄らない。みんな本能的に分かるのだ、コレは。。
危険だ。
「誰っ・・・・・か・・・・・っ」
伸ばされた手は、ただ宙を切った。


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「姉ちゃん、遅いなー。30分とか嘘じゃん。」
「電車が遅れてるんじゃない?」
「もう、先に食っちゃおうよ。」

奏太はリビングのテレビのチャンネル変え、ニュース番組を探す。渋谷の映像が流れていた。

─本日、19時ごろ渋谷駅で発生した集団幻覚について、幻覚症状がでた方々は、「人が消えた。」「空間が歪んで見えた。」等の幻覚が見えていたと証言をしているとのことですが、監視カメラには何も映っていなく、警察では何かしらの薬物が散布されたことも視野に入れ、JR南口からモヤイ像にかけての通路を一時通行止にして、調査を行なっております。専門家の話では……

第00話 さくら編

第00話 さくら編

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-26

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